一体何を見せられたんだ…ドラマシリーズ『THE IDOL ジ・アイドル』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にU-NEXTで配信(日本)
原案:サム・レヴィンソン、エイベル・テスファイ ほか
性描写 恋愛描写
THE IDOL/ジ・アイドル
じあいどる
『THE IDOL/ジ・アイドル』あらすじ
『THE IDOL/ジ・アイドル』感想(ネタバレなし)
なぜこれは面白くないのか
あらためてこんなことを言うのも少々思いあがりのようで気がひけますが、私は一応それなりの数の映画やドラマを年間で観ているほうだと思っています。「良い作品だな…」と思うものもあれば、「これは個人的にはイマイチだな…」と思うものも当然あります。私は有名作ばかりでなく、それこそZ級サメ映画だって鑑賞する、飽食な視聴趣味で気ままに楽しんでいるスタイルなので、品質はさほど重視しません。あからさまにつまらないと評価される作品でも、あえて開き直って観てます。
逆に面白くない作品に出会った場合、「なぜこれは面白くないのか」とあれこれ考えるのも“面白い”です。「not for me」という言い方で「自分向きじゃない」とやんわり評価する手口も多用している人はチラホラ見かけますが、私はあまりこの言い方はしたくありません。
そうじゃなくて「なぜこれは面白くないのか」を理屈で考えてみたいのです。別に他者に「この作品は面白くないから観るな!」と声を張り上げたいわけではなく、自分はどうして面白くないと思ったのかをちゃんと言語化して整理しないと、自分が納得できないのです。「なぜこれは面白くないのか」を自分で自分に説明できれば、その反対に「なぜこれは面白いと思ったのか」も説明できるようになるので、作品鑑賞が全体的に楽しくなります。
今回紹介するドラマシリーズは「なぜこれは面白くないのか」をひたすらに考えさせる作品でした。まあ、遠回しに言いましたけど、要するに私の中では最低レベルの評価点をつけたくなるドラマだった…ということなんですが。
それが本作『THE IDOL/ジ・アイドル』です。
本作は実は配信前の製作段階から物議を醸していました。
『THE IDOL/ジ・アイドル』は“サム・レヴィンソン”が「HBO」の配信ドラマとして企画し始めました。“サム・レヴィンソン”と言えば、批評的にも高評価&高視聴率を獲得した『ユーフォリア/EUPHORIA』を生み出したクリエイターであり、当然「HBO」も期待大だったでしょう。
しかし、撮影の多くを終えた段階で、監督&製作総指揮の“エイミー・サイメッツ”(『ガールフレンド・エクスペリエンス』)が急遽降板するという事態が発生。どうやらクリエイティブ面で相違があったようで、結局、“サム・レヴィンソン”が監督し、彼と主演の“ザ・ウィークエンド”(“エイベル・マッコネン・テスファイ”)が脚本として、作品を大幅に練り直したようです。
そんなドタバタもありつつ、ついにカンヌ映画祭でお披露目を迎えたのですが、さっそく激烈なネガティブ反応が多数…。ある程度、予想はできました。『ユーフォリア』だって10代を性的に描きすぎではと論争になりましたし…。
ただ、この『THE IDOL/ジ・アイドル』はその低評価が最初から振り切っていました。「ドラマ版クリックベイト」「Pornhub」「性的拷問ポルノ」などの目をひくコメントが並び、「いや、これはむしろ巧妙な宣伝キャンペーンなんじゃないか」と私は疑いたくなったほどに…。
で、実際に配信が一般で始まって私も鑑賞しましたけど、う~ん…。第1話は、まあ、良しとしよう。若い女性のポップスターを主人公にエンタメ業界を風刺するやつか…性的なシーンは相変わらず大量だけどこの製作者なら想定の範囲内…なんとなくテーマも見えてはいるし、続きを観れば観るほどにある程度は整理できるだろう…。
甘かった…。本作、話数を重ねて視聴すればするほど、支離滅裂になっていくじゃないですか…。なんだこれは…。最終話を見終わった率直な感想は「私は一体何を見せられたんだ」という気持ちですよ。
ここまでの困惑はなかなか久々です。そして考えてしまいますよね、なんでこんなに壊滅的に酷いのか、と。
たいしてよくも考えてなさそうな日本の一部メディアでは「過激な性描写が賛否」とかテキトーな説明で片付けていたりするのですが、別に過激な性描写がある作品なんて世の中いくらでもあるし、それでも高評価な作品もいっぱいあります。
『THE IDOL/ジ・アイドル』の場合はもうそういう次元じゃないですよ。
ということで後半の感想では、『THE IDOL/ジ・アイドル』について「なぜこれは面白くないのか」を必死に私が考えている姿を眺めることができます。
『THE IDOL/ジ・アイドル』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :関心あれば |
友人 | :気まずくなければ |
恋人 | :恋愛…なのか? |
キッズ | :性描写大量です |
『THE IDOL/ジ・アイドル』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):これで歌える
ジョスリン(ジョス)は自宅でミュージック・ビデオの撮影に臨んでいました。カメラの前でセクシーな表情をつくってと促されて撮影され、目に涙がこぼれます。一旦中止してメイク直し。
この広い家ではジョスリンはアシスタントで親友のレイアと一緒に暮らしています。朝、起こすのもレイアの仕事です。
レコード会社の幹部のニッキは「撮影のイメージは?」と聞かれ、「美しく壊れている女」と即答。「メンタルの病気を美化している気がするけど」と言われても「そのとおり。大衆にセックスやドラッグを楽しませてやるのよ」と気にしません。「でも病院のリストバンドはシャレにならない」と指摘されますが、「情緒不安定はセクシーよ。精神的に参っていたら高嶺の花の女でも寝てくれるかもしれない」と言い放ち、クリエイティブ・ディレクターのザンダーも納得するしかありません。
「彼女はブリジット・バルドーの再来かもしれない、シャロン・テートかも」と、レコード会社は高く評価しています。
一方、撮影現場ではインティマシー・コーディネーターが「ヌード契約では見せられるのは横乳や下乳だけなんだ。乳首は契約上見せられない」と主張していました。そこにジョスリン本人がやってきて「これは私の体よ」と言い、「わかってる、でも裸を見せるなら契約を変更する必要がある。それには48時間かかる」とコーディネーターもルールを説明します。
その頃、マネージャーのカイムは卑猥な性的写真の流出に対処していました。ジョスリンのプライベートな写真のようです。「自撮りなのか? 有名人として自覚がなさすぎる。相手を突き止めろ」と指示し、レイアには性的写真流出で炎上中のネットを本人に見せないためにスマホを隠すよう指示します。カイムはコーディネーターに対峙し、トイレに閉じ込めてしまいます。
カイムはニッキに写真の件を知らせ、「Vanity Fair」記者のタリア・ハーシュもいる中、議論するしかできません。イベントプロモーターのアンドリュー・フィンクルステインが車でやってきて、今後の活動にも影響しかねない事態に頭を悩ませます。「チケットは売れてないぞ」とアンドリュー。「シングルがでれば大丈夫だ」とカイム。
ジョスリンは友達のダイアンなどのダンサーのもとに行き、パフォーマンス練習します。会社の大物に見られているのを気にしながらジョスリンはまた踊りだし、完璧にキマります。
大人たちは声明文を議論し、リベンジポルノということにします。ジョスリンもこの事態をついに知り、「まだマシね」と無感情な反応です。
ダイアンと車で夜の街に駆けだすジョスリン。クラブでも注目のまとですが、そこでテドロスという店のオーナーと踊り、階段でキスします。
自分の音楽の方向性に不安を感じ、「みんなが私の失敗を待っている気がする」と思い悩むジョスリンは、テドロスに惹かれていきます。レイアが「危ないのでは?」と懸念を示しても、もう止まりません。
こうしてテドロスを家に招いて新曲を聴かせます。「お母さんの死後の初めての曲か?」と質問するテドロスは「極上のセックスを知ってるように歌え」と彼女を新しい快楽へと引きずり込んでいき…。
ムカついているのはわかるが、向き合ってはこない
ここから『THE IDOL/ジ・アイドル』のネタバレありの感想本文です。
『THE IDOL/ジ・アイドル』の物語はざっくり言えば、トラウマを抱えた若きポップスター女性が、テドロスという男が率いるミュージシャン志望の若者を集めたセックス・カルトみたいな集団(ストリーミング時代のマンソン・ファミリー風)にハマり、そこで音楽性に目覚めていく…そんな流れです。
そして間違いなくエンタメ業界や芸能界を風刺したいのだろうという狙いはわかります。ただ、エキセントリックな風刺で真っ向から挑む『僕は乙女座』や、音楽業界を痛烈に風刺する『ラップ・シット』、同じくカルトとアーティストの世界を絡めた『キラー・ビー』などと比べると、雲泥の差というか…。
『THE IDOL/ジ・アイドル』はハッキリ断言すると、風刺が下手糞すぎる…。
けれども“サム・レヴィンソン”の初期作を見ても、そんな壊滅的なほどに下手な人じゃないんですよ。
ただ直近の監督作映画『マルコム&マリー』も、業界批評的な側面がありましたが、あれはほぼ会話劇からなる構成で攻めており、主演の2人の芸達者な演技に大きく支えられていました。ワンシチュエーションならそれで押し切ることもできたでしょう。
対してこの長丁場となる『THE IDOL/ジ・アイドル』は一気にボロがでたような…。本来ならもっとドラマの脚本に慣れている人にフォローしてもらって完成度を上げていくべきだったのでしょうけど、前述の製作のゴタゴタもあり、悪い意味で“サム・レヴィンソン”のマイナス面が露骨に噴出したのかなと思います。
第1話からさっそく「世間の言う“正しいこと”って本当に正しいんですか~?」みたいな中学生くらいが思いつく「問題提起」をやってみせる挙動はとるのです。でもそれをしっかり腰を据えてメインテーマとして向き合うだけの力量も度胸もなく、単に「たまに反抗心をみせては引っ込める」を繰り返すだけになってしまい、ものすごくカッコ悪い出来栄えです。ビジュアルはオシャレに作ろうとしているのに、中身がとことんダサいままで…。
例えば、インティマシーコーディネーターを嘲笑ってみたり、セクスティング流出でリベンジポルノの言葉を誤魔化しの手段として描いたり…。レコード会社のニッキへの「メンタルヘルスを美化している」という批判は、『ユーフォリア/EUPHORIA』に実際にあった批判だし…。
たぶん“サム・レヴィンソン”はこれまでのキャリアの中で、周囲の「“正しいこと”」に基づく批判にちょっとイラっとしたことがあったんでしょう。そりゃあ作り手ならそういうムカつくことのひとつやふたつあるものです。
けどもそれを単に作品内にぶっこんでも、傍から見ると「こじらせた人」にしか見えなくて、余計に痛々しくなります。
別に反論したいならすればいいんです。やるんだったらとことん向き合う。そうしたら「同意はできないけど、言いたいことは伝わったぞ」となる。しかし、本作はそこまでの姿勢も見せず…。
弱者男性救済カルトのフィナーレ
では『THE IDOL/ジ・アイドル』はテーマ雲散霧消の中で何をしているのかと言えば、非常にビジュアル重視の「雰囲気」だけで残りの話数を流すという、イメージビデオみたいになっています。
配信前から悪評だった性描写については、ハイパーセクシュアライゼーション(極端な性的対象化)は想定範囲内で、別にエグイほどの超過激な性描写とかは全然ありません。問題は全編にわたって「male gaze(男性の視線)」でセクシャルなシーンが映され続けることで、このあたりは『ブロンド』と同様です。
ジョスリンを演じる“リリー=ローズ・デップ”は限りなく面積の小さいか、常に透けている衣装だったりを身に包んで、ひたすらに喘ぎながらパフォーマンスするのが全話に盛り込まれている一方、お相手のテドロスはほぼ性的に描かれません。『ユーフォリア/EUPHORIA』では10代男子の股間もモザイクで描写したのに、今回の“ザ・ウィークエンド”はガッチリ保護。「お前はチ●コをだしまくったりしないのかい!!」って思いましたけど…(こうやって比較すると『レッド・ロケット』はさすがだったな…)。
『ブロンド』と違って本作のジョスリンは実在の人物ではないだけマシかもしれませんが、ジョスリンの存在感は“ブリトニー・スピアーズ”を意識しているのは露骨で、ただこういう一面的な借用は今はもうどうなの?とも思います。『ブリトニー対スピアーズ 後見人裁判の行方』とかでも明らかなように、“ブリトニー・スピアーズ”は業界による女性への支配構造に苦しんできた立場の人ですよ。
『THE IDOL/ジ・アイドル』は、終始、芸能界では若い女性は男に管理されることでしか成熟できない、能力を開花できない…そんな方向性を滲ませていきます。
どうオチつけるのだろう?と思ったら、最終話の5話は力技の反転でした。まずテドロスが急に弱り切った男になり、「ボク、可哀想な男なんです」という弱者ポジションを漂わせ始めます。つい前の第4話ではノリノリでショック首輪で拷問とかしてたのに…。
これは各メディアで散々指摘されてますけど、本作は当初は全6話と理解されていて、急に配信中に全5話だということになり、打ち切りか?カットか?と推察されました(The Daily Beast)。配信版を観る限り、4話目と5話目で明らかに大幅なタイムジャンプが起きている気がしますよね。
でもラストで何をしたかったのかはわかります。これはテドロスを「不祥事で責められる悲劇の男」として位置づけなおし、終盤のツアーステージでジョスリンがテドロスと和解のキスをすることで、「若い女性が落ちぶれた男を救ってあげる」というストーリーです。「暗くてひねくれたおとぎ話」というから何をするんだと思ったら、最後は風刺でも何でもなく、「特定の権力男性のナルシシズム」を描いただけでした。
シャレとかでなく、本当にカルトが作ったPRビデオみたいだ…。
そう言えば、本作には「BLACKPINK」の“ジェニー”が出演することでも話題でしたが、最近はアジア系表象も声を上げつつある中で、近年稀に見るレベルの雑な扱いで終わるアジア系キャラだったな…と。現実では“リナ・サワヤマ”が音楽界のアジア系蔑視を痛烈に批判しているけど(Attitude)、これじゃあやっぱり厳しいな…。
『THE IDOL/ジ・アイドル』自体はカルト作にもならないでしょうが、2023年屈指の迷走ドラマとして、はたまたダメな手本としてたまに言及されるくらいで名を残すかもしれません。でも著名なクリエイターならこれすらも汚点にならず、次の仕事をゲットできるでしょうね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 20% Audience 41%
IMDb
5.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 Home Box Office, Inc. All rights reserved. ザ・アイドル
以上、『THE IDOL/ジ・アイドル』の感想でした。
The Idol (2023) [Japanese Review] 『THE IDOL/ジ・アイドル』考察・評価レビュー