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『ジャッリカットゥ 牛の怒り』感想(ネタバレ)…ヤバすぎる映像を見てしまった

ジャッリカットゥ 牛の怒り

ヤバすぎる映像という言葉でしか形容できない…映画『ジャッリカットゥ 牛の怒り』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Jallikattu
製作国:インド(2019年)
日本公開日:2021年7月17日
監督:リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ

ジャッリカットゥ 牛の怒り

じゃっりかっとぅ うしのいかり
ジャッリカットゥ 牛の怒り

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』あらすじ

南インドのジャングルにある小さな村。冴えない肉屋のアントニという名の男が1頭の水牛を屠ろうとすると、命の危機を察した牛は怒り狂って脱走し、森へ消えてしまった。そのことを知った村の男たちは牛を捕まえようと血気盛んに意欲を示し、続々と牛探しに参加していく。しかし、牛は全く手に負えず、暴れまくっては村のあちこちを荒らしていくだけだった。そして牛追い騒動は、いつしか人間同士の醜い争いへと変貌し…。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』感想(ネタバレなし)

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インド映画の暗黒面へようこそ

日本では住宅地などにシカやクマなど本来はそこで見られない野生動物が出没したとき、捕獲のために行政の人や警察、猟友会などのハンター、場合によっては研究者や専門NPOなどが現場に集まり、大捕り物が繰り広げられ、それをカメラにおさめようとマスコミや野次馬もわんさか追跡して騒がしさが一層増していきます。

ああいう光景をメディアで見て、なんであんなに大騒ぎになるんだろうと思った人もいるかもしれません。住宅地に現れた野生動物をそのまま放置していて勝手に立ち去りそうなものですが、人工環境は野生動物には迷路として機能して自力での脱出を困難とするケースがあるため、人間側が捕獲してあげないといけないことになります。静観しているだけだと負傷者や交通事故などが発生して取り返しがつかない事態に悪化することも。

一方で住宅地などに出没した野生動物を専門に対処する職業や役職など実は存在しません。行政も業務範囲外ですし、警察も動物対応の知識はなく、ハンターだって住宅地は普段のフィールドにしていません。だからとりあえず関係しそうな諸々の人たちが現場に集合し、あれほどの雑多でカオスな感じになってしまうんですね。ときには指揮系統も責任所在もままならない感じで場当たり的に捕獲に動くしかないこともあるのです。

日本のみならず世界どこでも野生動物への対応は場当たり的にならざるを得ないのが現実です。かの有名な『ジョーズ』を思い出してください。一部の人間の利益だけが暴走し、専門家などまるで軽視され、最悪を招いてしまうあの有様。野生動物が人間環境に出現したとき、それは人間社会の本質が剥き出しになると言えるのかも…。

今回紹介する映画はそんな動物がトリガーになって人間社会のあられもない本質が暴露されていく物語としてはかつてないほどに最悪レベルでえげつない一作です。それが本作『ジャッリカットゥ 牛の怒り』

本作はインド映画。しかし、歌と踊りでひたすらに盛り上げるエンターテインメント満載なインド映画のイメージは忘れてください。この『ジャッリカットゥ 牛の怒り』はそれとは真逆。インド映画の暗黒面ですよ…。

この映画をどうネタバレなしで雰囲気を伝えて紹介すればいいのか悩むところなのですが、あの『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が絶賛していたという情報で、そのあたり察しがつく人はいるかもしれません。私も『ジャッリカットゥ 牛の怒り』鑑賞を終えてみれば、確かにこれはアリ・アスター監督が大絶賛するのも頷けると納得。やっぱり人間のコミュニティというものをまるっきし信用してないんだな、あの人…。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』のあらすじ自体はとてもシンプルなのです。インドのジャングルの奥深くにある村で食肉用の水牛が1頭逃げ出してしまい、それを男たちが捕まえるべく追いかける。本当にただそれだけの内容です。別にその牛が実は地球外生命体だったとかそんなオチはありませんよ。

単に人々が牛を追いかけている。それだけなのに…それだけだったはずなのに…なんでこんなことになっちゃったんだよ!と絶句するような映像がお見舞いされるから衝撃なのです。久しぶりに語彙力を失うというか、映画の感想で「ヤバイ」なんて安易な言葉を使いたくないのに、それしか呟けなくなってしまった…。

雰囲気としては「モンド映画」に近い側面があると思います。観客の見世物的好奇心に訴えるモキュメンタリーをそう呼びますが、この『ジャッリカットゥ 牛の怒り』もその系統とみていいのではないかな。

ただ、この映画を生み出した“リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ”監督、地元を本作の舞台にしているんですよね。いいのかな、地元をこんなふうに描いて…。私はこの監督の作品を初めて観たのですが、これはカルト的支持を得る逸材だとすぐさま大納得でした。映像センスも秀逸で、こんなの見たことがないというショッキングな体験に引きずり込む。恐ろしい監督だ…。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』は2020年のアカデミー賞のインド代表に選出されたそうですが、これを送り込んでくるインド映画業界も怖いよ…。

なお、牛を虐待する場面があるのかな…と懸念している人もいるかもですが、確かに食肉用の牛なので殺される運命なのですが、本作は動物虐待よりも人間虐待じゃないかと思ってしまうような映画なので、その点の危惧は見当違いと言えるのかも…。

オリンピックなんていう権力と強欲にまみれたスポーツ・イベントよりも、こっちの権力と強欲にまみれた牛追いイベント映画の方がきっと何百倍も衝撃的で新鮮な気持ちになれますよ。

映画を新鮮に満喫したいなら予告動画は観ない方がいいです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:ショッキング体験をどうぞ
友人 4.0:怖いもの見たさで一緒に
恋人 2.5:なぜこの映画を選んだ…
キッズ 2.5:トラウマになりそう
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):牛だ、牛だ、牛だ!

南インド、ケーララ州最奥のジャングル。州は交易で栄える地域ですが、このジャングルの中にポツンと存在する村はすっかり外界から遮断され、自然と一体となった生活リズムが存在しています。

今日も村人たちは日の出を合図に活動を始め、各々の仕事に出ていきます。ある者は料理をし、ある者は車を運転し、ある者は祈りを捧げ…。

そんな中、アントニという男は日の出前から起きて仕事に取り掛かっていました。彼の職業は肉屋であり、村においてとても評判がよく、各地から客が押し寄せるくらいに繁盛していました。というのもアントニはその日の早朝に自分で牛を捌き、新鮮な肉を販売していたのです。肉を吊るして、大鉈で肉を剥いでいくと、美味しそうな肉塊はほどよい大きさに。それを朝の野外売り場でどんどん売っていけば、みんな手を伸ばして肉の入った袋を手にし、帰っていきます。

ところが地元の食欲を満たしていたアントニはある失敗をしでかしてしまいます。いつものように暗い中で水牛を“と殺”しようと鉈を振る瞬間、その牛は隙を見て逃げだしてしまったのです。牛はすぐに森へ消え、アントニひとりにはどうすることもできませんでした。

今日売るはずの肉がないのですから地元の人はすぐにその事態に気づきます。アントニが牛を逃がしてしまったらしい。その情報は瞬く間に拡散し、村の男たちは「俺が捕まえてやる」と張り切りだします

また、夜、村にあった干し草の山から突如として火の手があがり、村人総出で消火が行われます。炎の勢いは凄まじく、水をかけてももはやどうにもできない状況。

こんな不安を煽る出来事もあったせいで、村の男たちは逃げた牛に異様に関心が集まります。男たちが続々と集まり、捕まえようと熱気ムンムン。お手製の槍のようなものまで用意する者も。

アントニにしてみれば牛は商品なので穏便に捕獲してまた解体したいのですが、そういう雰囲気でもなくなってきました。ゴム農園の作物が踏み荒らされ、村に実害も発生しだしています。

一方、警察も来るのですが「勝手に捕まえるな」とアナウンスするばかりで、実際には役に立ちません。

いつしか村の男たちは普段の仕事も放り出して真っ昼間から牛探しに走り回る状況が当たり前に。

そしてついに水牛が村の路上に出現。大騒ぎになります。男たちが取り囲むも相手は暴れ牛、押さえつけられはしないです。建物内に侵入し、大暴れで室内は滅茶苦茶に。また外に逃げ出し、行方不明に。カーラン・ヴァルキもロープ片手に挑みますが、どうにもできません。

さらに異様な熱狂ムードに包まれ出した村。男たちの言い争い合いも勃発し、そこへクッタッチャンという銃を持った男がやってきて、過激さが増していきます。

ところが牛は意外な場所で発見されました。大穴の中です。男たちは集まり、この牛をどうするべきか論じ始めますが…。

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群衆が牛を狙う理由

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』はストーリーらしいストーリーがないと言われてしまうかもしれません。確かに牛を追っているだけですからね。しかも、一応は名前が強調されるキャラクターも登場するものの、ほとんどは「群衆」という存在によってかき消されてしまっています。

でもその「群衆」というものを細かく見ていくことで、映画が「群衆」をどう描きたいのかも窺えるのではないでしょうか。

まずインドというとどうしてもヒンドゥー教を想像してしまうので、牛は聖なる動物だから食すことは禁忌じゃないの?と思うもの。しかし、インドは多宗教な国です。ましてやこの本作の舞台になっている村はどうやらヒンドゥー教ではない(キリスト教かな。でも他にもいろいろな宗教を個人で自由に信仰しているのかも)ようなので、牛も普通に肉として売られており、作中のとおり大人気です。

ここもまた本作による「群衆」風刺だと思うのです。つまり、信仰よりも食欲の方が人を動かす力があるんだという皮肉。牛が逃げ出してからは牛以上に暴走を続ける人間たちですが、それを宗教がコントロールすることもできません。本作はかなり宗教の無力さを痛烈に映していますね。

あと忘れてはならないポイントは暴走する人間はみんな「男」だということ。本作における「女」の描写はほぼ背景レベルです。ソフィという女性がアントニとクッタッチャンの因縁の起因となっていますが、そのソフィの意志自体はほぼ関係ありません。村の女たちは男たちの暴れまくる姿を達観するしかできず、なるべく巻き込まれないようにじっとするだけ。

要するに本作は非常に「群衆」という存在における男の影響力を暴いています。男たちが寄せ集まると本当にろくなことにならないという現実。そこにはガバナンスなんてものはなく、ノリとプライドだけ。なんか舞台は全然違いますけど『ボーイズ・ステイト』に近しい空気を感じる…。

SNSの世界でもマチズモ的なノリで男性たちが女性差別で盛り上がったりする光景が当たり前のように確認できますが、まさにそういう状態を映像化しているのがこの『ジャッリカットゥ 牛の怒り』であり、今回はたまたま対象は「牛」なのです

その「群衆」が「牛」を狙う明確な理由はありません。ただこの狂乱に参加していたいだけ…。

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啓示的ですらある群衆描写の極み

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』は“リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ”監督による映像センスが本当に秀逸で、これがあるおかげで本作の牛追いが単なる牛追いで終わらない、何か啓示的な意味があるかのように思わせてくれます。

冒頭から心を一気に掴まれます。一体何が始まるんですか…?って思ってしまうような出だし。チクタクチクタクと時計のリズムとともに、人々が次々と目を開け、ハァーと息がこぼれ、その映像は虫たちの蠢きと重なり、森の動物が動き出した音と合わさって自然の風景がデカデカと映し出され、太陽の光が雲間に赤赤と滲む…。このオープニングだけで100点満点だった…。

で、村の男たちは牛を追っていくのですが、その姿の捉え方も独特で、上空からの視点や長回しを巧みに組み合わせながら、まるで大自然の動物たちをとらえるドキュメンタリー番組のようにダイナミックに見せてきます

そして牛が大穴で見つかった後。ここで牛救出作戦が展開されますが、この場面では男たちが一致団結して牛をロープで救い出すという、それまでのカオスを浄化するような一種の希望を提示させる演出になります。牛が縄で吊り上げられていく姿を下からとらえた映像とかは、もはや神秘的にも見えてくる。ついに牛が地上まで持ち上がったとき、謎の高揚感と達成感があります。それまで牛を殺すことしか考えていなかった男たちが牛を助けているのですから。

しかし、本作は意地悪だった。この直後の惨劇によってその希望は一瞬で崩壊。男たちはさらなる狂人化を進行させ、牛探しに一心不乱に。ここで松明とライトを持ちながら集団が夜の森に入っていく姿が映されますけど、すごくSF的な異様さも感じて本当に変な映像です。

ついに終盤。橋を越えて牛を追いかけ真っ先にたどり着いたアントニは泥に身動きがとれない状況になりつつもやっとゴールに到達。けれどもそこに大挙して押し寄せる、人、人、人…。この終盤のスペクタクルは大作ゾンビ映画さながらの恐ろしさであり、折り重なって山になる光景はただただゾッとします。

よくこんな映像を作れたなと思うのですが、この狂気のラストのオチとして挿入される原始人の姿といい、本作の描く人間の本質への目線は冷酷で…。『ジョーズ』と『ジュラシック・パーク』を参考にしたと監督は言っていましたけど(牛はアニマトロニクスを組み合わせているのだとか)、群衆を魅せる映像センス、それによる人間風刺という意味では私はキューブリックみたいなSF寄りにも思えます。

とりあえず衝撃から目を覚ました私が言えるのは「参りました」ということだけですかね。この映画を観終わった後に牛を食べたい気分にはならないかな…。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience –%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2019 Jallikattu ジャリカットゥ

以上、『ジャッリカットゥ 牛の怒り』の感想でした。

Jallikattu (2019) [Japanese Review] 『ジャッリカットゥ 牛の怒り』考察・評価レビュー