2018年7月21日になって時間もたたないうちに、映画ファンをビックリさせるようなニュースがネット中を拡散していきました。残念なことにそれは良いニュースではありませんでした。
その内容は、マーベルのアメコミ映画である『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズを手がけてきた“ジェームズ・ガン監督”が降板するというもの。
ジェームズ・ガン監督といえば、シリーズ3作目である『Guardians of the Galaxy Vol.3』の脚本を最近になって完成させたばかりで、撮影に入るという情報が流れたばかり。ジェームズ・ガン監督は、このシリーズだけでなく、今では『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』のエグゼクティブプロデューサーを務めるなど、「マーベル・シネマティック・ユニバース」と呼ばれる巨大なプロジェクトの欠かせない主要メンバーでした。
それが突然の驚天動地。なぜこんな事態になったのでしょうか。
降板の理由
今回の降板の理由。それは、ジェームズ・ガン監督がSNSで過去にしてきた不適切な発言でした。
具体的に言うと、2008~2011年ごろにかけてジェームズ・ガン監督がTwitter上で発信していたもので、その数はかなり多く、ひとつひとつ掲載していると量が凄いことになるので割愛します。簡単にかいつまんで書くと、小児性愛(ペドフィリア)や強姦、エイズ、911テロなどに関する発言で、関係者を小馬鹿にするようなブラックジョークともとれる文面です。
この発言が指摘されて炎上したのが7月19日(米国時間)。ジェームズ・ガン監督はすぐさま以下のように釈明しました。
「私のキャリアを追ってくださっている多くの方々がご存知のように、活動を始めたころ、私は自分自身を挑発的な人間だと捉え、乱暴でタブーに触れる映画を作り、ジョークを口にしていました。公に何度もお話ししているように、私が人間として成長するにつれ、作品やユーモアも成長しています。良い人間になったとは言いませんが、数年前とはまるで別の人間になったのです。現在、私は怒りではなく、愛情や繋がりに根ざした仕事をしようとしています。単にショッキングな内容だから、単に人々の反応が欲しいから何かを言っていたような日々は終わりました」
和訳は THE RIVER より引用
しかし、それで騒動は収まることなく、マーベルを有するディズニーのアラン・ホルン会長は、7月20日(米国時間)に以下の声明を発表、ジェームズ・ガン監督を解雇したことを告知したのです。
「ジェームズのTwitterアカウントから発見された不快な姿勢や発言の数々は、擁護できるものではなく、我々のスタジオの価値観とは相容れないものです。私たちは彼(ジェームズ監督)とのビジネス関係を解消しております」
和訳は THE RIVER より引用
これに対して、ジェームズ・ガン監督も以下のコメントを発表。
「10年近く前の発言や、挑発的であろうとする不幸な努力は、当時から完全に間違っていたものです。以来、私は長年後悔してきました。愚かで全く面白くないだけでなく、非常に無神経で、私自身が望んでいた挑発とも違うものだったからです。また、それら(の発言や態度)は、現在やこれまでの私を反映するものでもないからです。それから長い時間が経ちましたが、私は今日のビジネス的な決定を理解し、受け入れます。長い年月が経過してもなお、当時の自分自身のふるまいについては私に全責任があります。今できることは、心から、誠実に後悔の念を表明すること以上に、私自身がなりうる最高の人物になるということだけです。受け入れ、理解し、平等性に貢献し、公の場での発言や責任に対してさらに思慮深くなるということです。私の関わる業界、またそのほかの皆さんに、改めて深くお詫びいたします。皆さんへの愛をこめて」和訳は THE RIVER より引用
ジェームズ・ガン監督がどれほど納得しているかはわかりませんが、彼はマーベルの世界からあまりにもあっけなく消えてしまいました。まるで『インフィニティ・ウォー』の悪役サノスによる指パッチンが行われたかのような、虚無感が映画ファンの間に漂うだけです。なお、製作中だった『Guardians of the Galaxy Vol.3』がどうなるのかは不明です。
降板の理由(裏側)
この表向きの情報だけを切り取っていくと、不適切な言動で降板したクリエーターのよくあるニュースに思えますが、この騒動には裏があります。それを理解するのと、しないのとでは、この騒動への反応は大きく変わってくるでしょう。
ジェームズ・ガン監督は戦っていた
そもそもなぜジェームズ・ガン監督なのでしょうか。今回の問題発言がどの程度、不適切なのか、その判断は置いておきます。しかし、あの程度のブラックジョークであれば、言っている人は山ほどいます。ジェームズ・ガン監督は、トロマ・エンターテインメントでキャリアをスタートさせた人物です。知っている人はわかるでしょうが、トロマは「B級」どころか「Z級」と呼ばれるような馬鹿げたナンセンス映画を大量に生産してきた映画製作会社で、その中身も不謹慎の塊みたいなものです。エロ・グロ・ブラックユーモアなんでもあり。そこで培ってきた作風は、ジェームズ・ガン監督作品にもしっかり活かされています。なのでジェームズ・ガン監督がそんな発言を過去にしていたとしても、古くを知っているファンであれば別に驚くことではありません。
実は今回の騒動は、今もっともアメリカで過熱している「保守vsリベラル」、言い換えると「トランプ支持派vsトランプ反対派」の対立が土台にあります。
あらかじめ言っておきますが、ジェームズ・ガン監督は政治論争に巻き込まれたわけではありません。むしろ本人は積極的にこの昨今の政治論争に進んで挑んでいました。最近のジェームズ・ガン監督はリベラル的思想に基づき、ときにトランプ支持派に噛みつくような言動をとることで有名でした。映画の話題でも同じです。例えば、『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』にて新登場したアジア人キャラが一部で猛烈に批判され、演じたケリー・マリー・トランに差別的な言動が浴びせられたとき、ジェームズ・ガン監督はすかさず擁護。今回の騒動の直前も、マーク・デュプラス監督が保守派のコメンテーターとして著名なベン・シャピロ氏(最近だと「Me Too運動」を行う女優たちを「なにをいまさら正義面して表に出てきているんだ」と揶揄したばかり)を非難したことに援護したばかり。つまり、ジェームズ・ガン監督はディズニーやマーベルが映画で主張するグローバルや多様性を誰よりも目立つかたちで主張している前線部隊の兵士だったわけです。
駆除されたアライグマ
当然、そんなジェームズ・ガン監督は、保守派のコミュニティにとって「目の上のたんこぶ」、いや「口うるさいアライグマ」です。どうにかして排除したい邪魔者でした。
そもそも保守派にとって今のディズニー自体が目障りです。あそこまで巨大な企業が政治的な領域には踏み込まないにせよ、多様性を主張し、間接的なトランプ批判につながる映画を作るなんて…。かといって、天下のディズニーにはそう易々と勝てません。
そこでジェームズ・ガン監督でした。言ってしまえば、彼は駆除しやすい害獣です。
最初に火矢を放ったのは保守系ニュースサイトで有名な「The Daily Caller」です(発端の記事はこちらです「AFTER ATTACKING CONSERVATIVES, DISNEY FILMMAKER’S TWEETS REVEAL RACISM, HOMOPHOBIA AND ASSAULT AGAINST CHILDREN」)。
さらにこの問題発言を発掘して、拡散したのは親トランプで知られるジャック・ポソビエック氏(映画関連だと「スター・ウォーズは女に乗っ取られるまでは最高だった」と発言した人ですね)。
要するには「お前は散々俺たちのことを差別主義者だと罵ってきたけど、お前も昔はかなり酷いじゃないか」と、揚げ足を取られたかたち。情報は瞬く間に「ジェームズ・ガン監督をウザいと思っていた人たち」によって拡大。しかも、タイミングが最悪。というのも、同時期にポップカルチャーの祭典「San Diego Comic Con 2018」が開催中で、監督も出演予定でした。世間の目は否応なしに集まりやすい状況です。もちろん、この騒動を計画した保守系ニュースサイトを始めとする首謀者たちは、それも計算に入れたことなのでしょうけど。
この時期の悪さもあって、こんなにもディズニー側の対応が速かったと見るのが妥当でしょう。じっくり考えている余地はありませんでした。
ジェームズ・ガン監督は差別主義者か?
では、ジェームズ・ガン監督は差別主義者なのでしょうか。もちろんそんなことはわかりません。リトマス試験紙のように科学的に判定はできませんし、人の内面なんて見えないものです。哲学的に語るなら、人間は誰しも差別や偏見の感情を持っているかもしれません。
ジェームズ・ガン監督はコメントの中で「昔は悪い人間だったが、今は良い人間になろうとしている」と反省ともとれる趣旨のことを書き記しています。これだって文章ですから、本当に反省しているかなんて不明です。
でも少なくとも私はいち映画ファンとして、彼の反省の意志は、ちゃんと映画に込められていると思います。
例えば、2010年の『スーパー! 』はまさにその最たる作品です。この映画は、ある気弱でどうしようもない男が、この世に蔓延る犯罪や差別を行う人間たちを情け容赦ない暴力で制裁していくヒーローを描いたものです。興味深いのが、主人公はヒーロー的な正義心が動機にあるのにやっていることは残酷以外のなにものでもないということ。まさに「理想は正しいけど、行動がともわない」という典型です。そして、ジェームズ・ガン監督の出世作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。この作品の主人公とその仲間は全員、どちらかといえば社会でダメなことをしている奴らで、そんなはみ出し者が正義に目覚めて自分なりに世界を救う話です。
つまり、これら2作はジェームズ・ガンという人間の「反省と成長」をしていく姿そのままじゃないかと思うのです。少なくともこの2作を観て、中身を受け取ったならば、ジェームズ・ガン監督を差別主義者だと罵る人はいないと確信しています。
今さらですが、ジェームズ・ガン監督も反省したと思った時点で、問題のあるツイッターを削除するなり、新しいツイッターアカウントで再スタートするようなことをもっと前からしていれば良かったのですが、手遅れでしたね…。
ディズニー批判でいいのか?
そんな私の意見と同じ人が多いのか、ネット上では今回の騒動を受けて、ジェームズ・ガン監督を批判する人よりも擁護している人が多い気がする雰囲気を見ていると救われるような気分になります。良かった、映画は人に思いを伝えられるんだと。
ところが、これを受けて、ジェームズ・ガン監督の解雇を決めたディズニーを批判する意見がチラホラと散見されて、それがまた個人的にはショックでした。
確かにディズニーにヘイトが真っ先に向かうのはわかります。「俺たちの大好きな監督をあっさりクビにしやがって!」という怒りはもっともです。でも、ちょっと待ってほしいのです。本当にそれでいいのかと。
今回の一件を、ディズニーによる「表現規制」や「言論統制」だと非難する意見も見られますが、そもそもディズニーがジェームズ・ガン監督を差別主義者だと思っているでしょうか。もしそうであれば『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』という大作にあんな無名な監督を起用するでしょうか。それはないと私は思います。ましてやジェームズ・ガンという人間の人柄を誰よりも身近で理解しているのはディズニーやマーベルの人たちのはずです。一緒に仕事しているのですから。少なくとも私たち映画ファンでしかない赤の他人よりは詳しいでしょう。なのであれば、今回の解雇の決定も苦渋の決断だったのではないでしょうか。
そして、今回の騒動でディズニーの批判をしている人たちは、それが騒動の火を放った保守派の思惑どおりだと気づいているのでしょうか。保守派の最大の目的はディズニーを潰すことです。ジェームズ・ガン監督への攻撃はその土台のひとつに過ぎません。なのに「昔は差別や問題表現をしていたディズニーが、ジェームズ・ガン監督に“正しさ”を説教するのはおかしい」と主張してディズニー批判に傾倒してしまうのは、それこそ保守派がジェームズ・ガン監督に対して使った手口と同じじゃないですか。まさに保守派サイトがディズニーに言いたいことを大勢の人が代弁している状況。たったひとつのメディアによってネット上の無数の人間が手のひらの上で踊らされるという…恐ろしいとしか言いようがないです。
思うに、ディズニーはなぜか安易に批判されやすい体質がありますよね。「優等生ぶっている」とか「正しさの押しつけが鬱陶しい」とか「しょせん大企業だから金儲けが目当てでしょ」とか。でも、ディズニーの歴史をちゃんと学ぶとそんなことはなくて、むしろジェームズ・ガン監督と同じ経緯を辿っている、苦労の積み重ねの上に今があるんですね。だからディズニーを批判すると、それはジェームズ・ガン監督を批判していた保守層の人と同じロジックになるのです(そこが今回の騒動の巧妙な仕組みですが)。もちろん、こんな騒動以前からディズニーが嫌いだったよという人は全然それでいいのです。問題なのは、今回の騒動の首謀者はその“元からディズニーが好きではない人たち”の感情さえも操り人形のように利用していることです。
当然、ディズニーの今回の判断が正しいとは言えないでしょう。でも逆に100%正しい選択肢なんてないのも事実。解雇しなければ差別主義者を雇っているとして非難され、解雇すればファンから非難される…どちらも地獄。なにかアクションを起こさないとマズいのは企業としてはやむを得ない…ましてディズニーならなおさら…。ディズニーはこの問題が起きた時点で詰んでいます(本当に巧妙…)。
ハッキリ「正しくない」といえるのは、映画製作者の意思を無視して“揚げ足取り”に出た「保守系サイト」ではないでしょうか。本来、私たち映画ファンが真っ先に非難すべきはそっちです。
しかし、現状はそうならず。黒幕は批判されずに、ディズニーに上手い具合に批判が集まるなか、アメリカのメディアは「今回の一件はすべてジェームズ監督の失脚を狙って画策されたものであり、その目的は完全に達された」と報じています。
私たちはシビル・ウォーを起こしてはならない
今回の一件で思い出したのが、『シビル・ウォー キャプテン・アメリカ』です。
この作品はヒーローであり、これまで一緒に戦ってきたアイアンマンとキャプテン・アメリカがあることを理由に対立してしまう話です。ネタバレしてしまいますが、この対立は仕組まれたもので、悪役がこんなようなことを言うわけです。
「私のような弱い立場の者が強者に勝つには、仲間割れさせるのが一番だと思った」
まさしくジェームズ・ガン監督降板騒動もこれと同じですよね。一部の政治的思想を持つものが、ディズニーとマーベル、製作者とファン、そのつながりに不和をもたらし、あまつさえ分断させようとしている。これはコンプライアンスという企業ならどこでも有している社会の仕組みを悪用しているやり方です。
『シビル・ウォー キャプテン・アメリカ』を鑑賞して、喧嘩に発展するアイアンマンとキャプテン・アメリカを見て「ちょろいな…」と思った人もいるでしょうし、私も少し思ったのですが、今回のジェームズ・ガン監督降板騒動を見る限り、全く笑えないのでした。
ディズニー、マーベル、映画ファン…映画を大好きで趣味や仕事にしている人たちが、“映画を好きでもないであろう人たち”の政治的策略(もしくはただの金儲け)のせいで、仲間割れする姿なんて、私は見ているのが辛いです。
ディズニー批判が巻き起こる状況は、騒動の首謀者にしてみれば「しめしめ」と不敵に笑うでしょう。そして、効果があったということですから、さらに他のディズニー関係者にターゲットを移すはずです。そのたびにファンからディズニーに批判が起これば、ディズニーはますます受け身の対応をとり、監督選びも最初から安全牌しか手を付けないでしょう。それが他の映画会社に広がれば、もう映画業界は成り立ちません。下手すれば、差別や偏見に対して勇気をもって積極的に戦う映画クリエーターが映画業界での居場所を失うかもしれません。つまらない世界になってしまいます。
今回の一件で学ぶべきは、あのディズニーという世界で一番成功している映画会社でさえ、たったひとつのサイトに負けてしまうという事実。ディズニーは思っているほど権力はない、ちっぽけな“こねずみ”なんです。“きつね”を買収しても、それは変わりません。だからこそ、私たち映画ファンが盾になって、敵の分断作戦に煽られることなく、黒幕にぶつかっていくべきです。それこそジェームズ・ガン監督のように。
いつか『インフィニティ・ウォー』のキャプテン・アメリカのあの登場シーンのごとく、ジェームズ・ガン監督も颯爽と戻ってくることを期待しています。そのときは私もいち映画ファンとして、一緒にサノスのあのデカイあごをボッコボコにしてやりますよ。