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『海獣の子供』感想(ネタバレ)…日本のアニメ映画の海は命を育んでいけるのか

海獣の子供

日本のアニメ映画の海は命を育んでいけるのか…映画『海獣の子供』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Children of the Sea
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2019年6月7日
監督:渡辺歩

海獣の子供

かいじゅうのこども
海獣の子供

『海獣の子供』あらすじ

自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花は、長い夏休みの間、家にも学校にも居場所がなく、父親の働いている水族館へと足を運ぶ。そこで彼女は、ジュゴンに育てられたという不思議な少年・海と、その兄である空と出会う。やがて3人が出会ったことをきっかけに、地球上で科学では説明不可能なさまざまな謎の現象が起こりはじめる。

『海獣の子供』感想(ネタバレなし)

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海は広いな、大きいな

海は地球に生命を生み出したです。それは比喩でもなんでもなく、歴史に裏打ちされた事実。

学校の科学の授業で習ったと思いますが、今から35億年前に深海だったと考えられる地層からバクテリアと思われる化石が見つかっており、これが最古の生命だとされています。その後、7億年前の地層からシアノバクテリア(藍藻)と思われるストロマトライトの化石が発見。このシアノバクテリアの光合成によって地球の大気には酸素がありふれました。今の私たちが自由に呼吸できるのもシアノバクテリアのおかげですね、ありがとう、シアノバクテリアさん。

しかし、我々人類はその生命の起源となった海の超越した素晴らしさに気づけずにいました。アリストテレス先輩がいた頃の大昔は、生命は腐敗した有機物から自然発生的に生じると本気で考えられていました(ウジ虫みたいに)。

ところがどうです。海のパワーを知った今の人類は手のひら返したように「海、すげぇー!」ですよ。海の偉大さを科学的に語り、歴史的に語り、サメ映画でも語り(ん?)、そう、とくに物語において海の神秘に言及した作品はたくさん溢れています。

今回の紹介する映画もまさにそういう作品です。それが本作『海獣の子供』というアニメーション映画。「怪獣の子供」ではなく「海獣」です。念のため。

本作の原作は、小学館の漫画雑誌「月刊IKKI」にて2006年から2011年まで連載された五十嵐大介による日本の漫画です。

一見するとティーンが海をめぐって大冒険でも繰り広げるジュブナイル・ファンタジー・アドベンチャー的なよくあるやつなのかなと思うのですが、これが全然違って…。少なくとも『君の名は。』以降の新海誠監督作品を観るような一般観客層が想像するエンターテインメントとは正反対にあるような作品。私なんかビジュアルを観た時は、『アクアマン』? アクアガール? そうなんですか!と勝手に妄想したけども、もちろんそういう作品じゃないことは劇場に行く前からわかっていましたが…。

なんていうか、SFというか、啓示的な抽象概念の高い内容で、普通に見るぶんにはと~っても理解がしずらいものです。日本人には「宮沢賢治」風と説明すればいいのか…。個人的にはテレンス・マリック監督作っぽい作風があるなと思うし…。

ただ原作者の五十嵐大介は押井守の影響を受けているそうなので、なるほどそっち系なんですね。メカとか出てこない押井守作品の海洋バージョンといったところかな。漫画版の「風の谷のナウシカ」も好きとのことで、確かにそのエッセンスも感じます。

なお、私はあまりこういう作品を「ポエム」と表現するのは好きではないのですが(それは単に詩を理解できない人間が「ポエム」という言葉を対象を嘲笑するために使っているだけなので)、人を選ぶ作品だというのは頷けます。

少なくとも海の生き物がいっぱい出てくるからといって、安易に子どもには薦めづらい部分はあります。「これ、どういう意味?」と子どもに聞かれて、肝心の大人が何もわかっていない事態になりかねませんし…。

しかし、原作の作品性を継承している映画になっているので、この“読み応え”は格別だと思います。

またその絵も漫画というにはあまりにも線の細かい繊細なタッチで表現されており、これをどう映像化するのだろうと思ったら、まさかの本当に原作そのままに絵を動かしているのがこの『海獣の子供』です。こんなにも圧倒的な絵の力でスクリーンを埋め尽くす邦画もちょっと久しぶり。制作には相当な時間がかかったそうで、それもそうだろうとただただ感嘆するばかりです。

監督は“渡辺歩”で、『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』でおなじみの「シンエイ動画」に勤めてフリーとなった後としては、初となる長編映画の大仕事です。それがこの『海獣の子供』ですから、相当に気合を入れて望んだのでしょうね。

興行成績という意味では目立った伸びはありませんでしたが、2019年も群雄割拠の戦国時代だった日本のアニメ映画の中でも、ひときわ個性を放っていた作品でしたし、もし見逃している人がいれば一度は目にしておくと良いのではないかなと思います。なるべく大きな画面で鑑賞してくださいね。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(SF好きは考察向き)
友人 ◯(アニメ好き同士で語り合う)
恋人 ◯(素直なエンタメではない)
キッズ ◯(動物好きには良いがやや難解)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『海獣の子供』感想(ネタバレあり)

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私と海と空

「もういいよって言われて目を開けたらそこは海の中だった」

両親と水族館に訪れた、小さな頃の自分の記憶を思い出す安海琉花(るか)。そこで彼女は自分の前にある水槽の中をゆったりと泳ぐ巨大で不思議に光る生命を見た…ような気がしました。

とある場所。海洋調査チームは、今までにない新しいタイプのクジラの「ソング」を確認し、その解析に挑んでいました。また、ニューヨークのマンハッタンでは街中に巨大なクジラが出現し、大きなニュースにもなり、何かが世界で起きている気配…。

そんなことも露知らず、中学生の琉花は夏休みが始まったばかり。ハンドボール部に所属しており、初日の部活日にトラブルを起こしてしまいます。華麗なプレイを決めて調子に乗っていると、13番ゼッケンの相手チームの部員に足をかけられ、転んで右足のひざをケガします。「チビが無理するからよ」と嫌みをいわれ、明らかに悪意のある攻撃でした。怒った琉花はシュートのときに肘でその相手の顔をボコって反撃、「やりすぎだよ」と仲間に言われるもこっちとしてはやり返しただけ。「何度目だ」と職員室で顧問の先生に怒られ、しかも「謝るつもりがないならもう来なくていいぞ」と部活を追い出されます。

「今日からだったのに」「私の夏休みは終わっちゃったな」としょんぼりな琉花。かといって家にいたくもありません。そこで母とは別居中である父の働く水族館に行ってみることに。

水族館ではワンダーアクアリウムを開催中。琉花はスタッフにも知られた存在らしく、父に電話してくれて、スタッフオンリーの裏側へひとり通されます。失礼しますと恐る恐る入り、「お父さん?」と呼びかける琉花。ごちゃごちゃした場所で、ウミガメに驚いたり、キョロキョロしていると、変な光景が目の前で起こります。

潜水服がひとりでに動き出し、水槽に飛び込んだ…。急いで水槽を覗き込むと、謎の少年が出現。そのままドボンと別の大型水槽にダイビングしてしまいました。

急いで下に降りて水槽を見上げると、まるで魚のように泳ぐ少年の姿が。彼はどうやら「海(うみ)」という名のようです。その後に出会った父曰く、彼は海の中でジュゴンに育てられたそうで、今は水族館で保護しているのだとか。フィリピンの沖合で発見され、もう一人の少年「空(そら)」も一緒だった、と。

次の日、部活に参加できないので教室でひとり暇を持て余す琉花。そこへあの「海」という少年が教室に入ってきて、水道の水をたっぷり浴びると、こう告げます。

「“ひとだま”がくる」

よくわからないものの「海」に流されるままに夜の海辺で待機。すると流れ星のような隕石のような謎の光る物体が低空で何度も夜空を通り過ぎていきました。大興奮の琉花はなぜこれが見られるとわかったのかと「海」に尋ねると、「ひとだまがが見つけてほしいって言ってたから」との答え。

また、別の日。今夜も“ひとだま”が来るかと期待して海辺にいると誰かを見かけます。どうやらあれが例の「空」のようです。「寂しいなら一緒に遊んであげようか、お姉さん」などと生意気な態度をされ、すっかりむかつくと怒って帰る琉花。

その直後、合流した「海」と「空」は「あいつ、確かに同じ匂いがする」「もう少し探りを入れてみよう」と意味深な会話をし…。

そんな少年少女の交流の傍ら、世界の海では明らかな異変が起きていました。それは琉花のいる港町も同じ。ジンベエザメオキゴンドウの群れが近海で確認され、メガマウスリュウグウノツカイなどの深海魚が浜辺に打ち上げられ…。

そして気になる言葉、「誕生祭」というのは一体何なのか…。

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どうやって動かしたんだ…

『海獣の子供』の特筆すべきは誰しもの目を奪ったであろう圧倒的物量の映像表現でしょう。

海を題材に波や生物を描く場合、それこそ『崖の上のポニョ』『きみと、波にのれたら』のように、線を極力簡略化してアニメーションさせることがよく見られます。

水は流体なので滑らかにヌルヌル動く方がそれっぽいということなのでしょうか。確かにこっちの方が見ているぶんにも気持ちいいです。

対する『海獣の子供』はとにかく線が多い。顕著なのは海洋生物の描写。とくに物語の肝となる巨大なザトウクジラや、終盤に暗闇世界でヌッと登場するミツクリザメなど、もの凄い線画の細かさ。他にもフナムシとかヤドカリとか小さな生物までも触覚や脚、質感など徹底的に細部にいたるまで表現されています。

これは野生動物観察におけるスケッチの技法そのものですね。生物学では生物をスケッチして学術的に記録する際は一定のルールがあり、必ずその生物の身体的特徴を網羅し(簡略化しない)、写実的に描くことが求められるのですが、『海獣の子供』の海洋生物描写はそれを満たしています。

問題はそれをアニメーションさせないといけないということ。さすがに巨大な生物はゆったり動かしていましたが、それでもあの線画の量を何枚も描いて動かしていると考えると狂気の沙汰です。どうなっているんだ…。

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難しそうで案外と普遍的な青春ストーリー

『海獣の子供』の物語は、想定もしないでノーガードで鑑賞してしまった人にはひたすらに「?」な話だったかもしれません。

こういう海を題材に、「命とは…」「世界とは…」みたいなマクロな世界の理に迫っていくアプローチというのは手垢のついたものなのですけど、慣れていないと困惑しますよね。私は「AQUANAUT’S HOLIDAY〜隠された記録〜」という2008年にプレイステーション3用ソフトで発売されたゲームを思い出しました。こちらも海を舞台にのんびり海洋探索かと思いきやだんだんとSFじみてきて最終的には世界の真理にたどり着くという展開になる内容。まあ、やっぱり定番です。SF側から見れば、海洋版『2001年宇宙の旅』ですね。

しかし、この『海獣の子供』、そんなに構える必要もないと思います。

なぜなら基本はよくあるジュブナイルだからです。物語のきっかけもなんてことはないほどに単純。ひとりの中学生が部活で部員仲間と喧嘩して、どう謝ればいいのかわからず困惑し、“ちょっとした経験”をした結果、また仲直りできた…本当にこれだけ。

本作の主人公である琉花は基本的に孤独です。先ほども言ったように学校では居場所がなくなり、一方で家でも居場所はないです。父と母は別居状態で、母は飲んだくれてしまい、頼りにならない。学生にとって学校と家庭という2つの世界がすべて。学生は両生類です。それが奪われたとき、この迷える両生類は全ての原点である海へと還る。

「海」と「空」という二人の少年に体現されたいかにもジュブナイルな出会いは、琉花にとっての原点回帰の始まり。そこで命の循環や性を知りながら、新しい自分の一歩を踏み出す。大袈裟に描いてはいますが、要するに成長とはそんなもの。

琉花の場合は、祖母から母へと受け継ぐ海女の家系らしく(ただし母は離縁したらしい)、そういう血族の流脈みたいなものも感じさせます。

最終的には新しい命の誕生を目にして、子守歌に象徴される継承を自分も担っているんだという自負も抱き、この二本足の生命は海辺を歩く。

私は本作をかなりシンプルな青春ストーリーだと受け取らえました。

まあ、多少のサブエピソードな寄り道が大きすぎる面がネックではありましたが…。あのジムとかアングラードとかデデのキャラクターが活かされていたのかというと完璧ではなかったし…。さすがにアングラードみたいな海洋学者は、ジュゴンが二本足で歩く並みにあり得ない存在だと思うし…。

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日本のアニメ業界の海に酸素はあるか

唯一無二な魅力のある絵を見せてくれて私も満足な『海獣の子供』ですが、少し悲しい一件もありました。ここからは『海獣の子供』の直接な感想ではないのですが、ご了承ください。

2019年10月、『海獣の子供』を制作しているアニメ制作会社「STUDIO4℃」に制作進行として勤務する20代の男性が未払い残業代の支払いを求めて同社を提訴しました。

これはこのアニメスタジオだけの問題ではありません。以前から日本のアニメ業界では長時間労働・低賃金での違法状態が常態化していることが問題視されつつも、どこか当事者もアニメファンも「そういうものだ」と無感情になってきた節があります。

でもやっぱりそれはオカシイことです。もちろん、労働問題とアニメ作品の評価は別かもしれないですが、しかしそう簡単に切り離せるものでもありません。どんなに素晴らしいアニメーション芸術でも、それが不正な労働で作られたなら台無しです。

ハリウッドでも似たような問題に直面してきました。2012年に『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』という映画が公開され、アカデミー賞で11部門ノミネートし、監督賞、作曲賞、撮影賞、視覚効果賞の4部門を受賞するほどの高評価。映像技術と野生動物をキーワードにした啓示的な物語が特徴で、なんか今思うと『海獣の子供』に似ています。

しかし、その『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』の要となったCGを制作していた会社が倒産したんですね。そしてそのCG制作会社のスタッフがドキュメンタリー『Life After Pi』をYouTubeで公開、VFX業界の悲惨な労働実態を世間に訴えました。

アメリカ映画界ではCGが大作でも中小規模作でも多用されるようになり、需要が爆増。同時にCG制作会社は下請けとして酷い労働を強いられることも多発。ただ、日本と違うのは業界全体でNOを突きつけ、デモなどを行い、改善に動いたということです。

思えばディズニーもそうでした。ディズニー初期の頃、ウォルト・ディズニーは賃金格差などに苦しんでストライキを起こした従業員に対して「文句を言う前に、支持されるのを待つだけという姿勢を変えなさい。不平を並べるのではなく、自分が進歩するように努力しなさい」と言い放ち、会社経営がままならないほどに対立を激化させたことがあります(結局、兄のロイ・ディズニーが組合と話し合いをして事なきを得た)。ここでも声を上げる労働者がいたから今があります。

そう考えると今の日本のアニメ業界は本当に瀬戸際です。「日本のアニメは世界に誇れる!」なんてのぼせている場合じゃありません。日本の労働でまかりとおる「終わりよければすべて良し」は世界のスタンダードではないし、コンプライアンスを守らないクリエイティブなんてどんなにかっこつけた言い回しで修飾しようとも論外。真に作品が讃えられるためにもそれは忘れてはいけないでしょう。

日本のアニメ業界の海が命を育むものになるか、汚染されて酷いありさまになるかは、今の私たちの意識にかかっているのではないでしょうか。そういう意味では『海獣の子供』の映像は別の面でも問いかけを与えるものでしたね。

『海獣の子供』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 69% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会 海獣の子ども

以上、『海獣の子供』の感想でした。

Children of the Sea (2019) [Japanese Review] 『海獣の子供』考察・評価レビュー