卒論の調査はちゃんと準備してから向かいましょう…映画『きさらぎ駅』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2022年)
日本公開日:2022年6月3日
監督:永江二朗
きさらぎ駅
きさらぎえき
『きさらぎ駅』あらすじ
『きさらぎ駅』感想(ネタバレなし)
卒業論文は計画が肝心です
2月にもなれば大学4年生は卒業論文の提出はもう終わったでしょう。指導教員もひと安心。いや、違う。今度は次期4年生である大学3年生の卒業論文が待っています。これぞエンドレス…。
卒業論文を書いたこともない人もいると思いますが(まあ、別に書いたからって何か自慢になるわけでもないのですが)、卒業論文というのは学問分野によってもどういうクオリティのものが求められるかはピンからキリ。論文を書いた経験がない初心者が最初に書くことが多い論文なので、質なんて端から期待されていないこともあります。だからといってあまりにもテキトーはさすがに許されない。なので面倒です。
その卒業論文、やはり企画の初めが肝心。研究計画が雑であれば、たいていは後半に苦労することになりますし、研究計画をしっかり抜かりなく整えられる人は、後半も余裕があるかもしれません。
とにかくいきなりフィールドワークにでたり、実験備品を買ったり、資料を読み漁ったりするのではなく、まずは企画を念入りに考えて準備する。これは本当に大切です。
でもなかなか研究計画の時点からきっちり取り組むのは難しいもの。初心者ならなおさらです。結局は、慣れ、場数を踏むしかないのかな。
とりあえずこれから卒業論文で何をするか考えないといけないと思っている人…もしこのサイトを今見ているなら、たぶんやる気は起きてなさそうですが、スタートダッシュとなる計画準備にこそ全力でね!と言っておきます。
その計画準備を怠るとどうなるか…? それはこの映画のような結末になりますよ。
それが本作『きさらぎ駅』です。
本作は2022年に公開された日本のホラー映画。日本のホラーは何かしらの民間伝承など土着の文化に基づているものが多いですが、今作はある都市伝説が題材になっています。
その都市伝説というのが「きさらぎ駅」というもの。
概要をざっくり説明すると、2004年1月8日深夜のこと、インターネット匿名掲示板として有名な「2ちゃんねる」にて、とあるスレッドで「はすみ(葉純)」と名乗る女性とみられる人物による投稿がきっかけでした。この投稿者は、新浜松駅から遠州鉄道の電車に乗車したものの、いつもと違いなかなか停車する様子がなく、ようやく到着した駅が「きさらぎ駅」という名称の見知らぬ無人駅だったと報告。さらにその駅で降り立ち、不審な体験をしながら探索していく過程を実況して投稿し続け、ある投稿を境に書き込みが途絶えた…という話でした。
もちろんこれが実際にあった証拠はひとつもありません。というか、この投稿があったのは「オカルト超常現象板」なので、基本的にネタをネタとして楽しむ人たちが集まって真偽とかどうでもよくワイワイしているネット空間です。
しかし、なんか知りませんけど、この「きさらぎ駅」投稿は都市伝説として一部で流行り、類似の都市伝説も量産され、あげくには遠州鉄道本社も観光素材として便乗し始めるという顛末。なんだろう、みんな本気にするとかじゃなく、ひたすらに内輪で盛り上がり続ければOKだろうというノリ。実にインターネットらしい…。きっと都市伝説の内容が電車の脱線とかを含んだものだったら鉄道会社は便乗しなかったでしょうけど…。
ちなみに私は「きさらぎ駅」なんてホラー都市伝説、知りませんでした。「2ちゃんねる」文化圏に浸っていなかったし、そもそもホラーな噂とかに全然興味なかったからなぁ…。
ともかくその都市伝説「きさらぎ駅」が2022年に実写映画化したのが本作『きさらぎ駅』。なんで今なのかは不明ですが、投稿者も今頃惜しい気持ちでしょうね。名乗り出ていれば権利料を貰えたかもしれないのに…。
映画『きさらぎ駅』を監督するのは、『トモダチゲーム 劇場版』『真・鮫島事件』などホラー映画を多数手がけてきた“永江二朗”。2011年に『2ちゃんねるの呪い 劇場版』で監督デビューした人なので、また「2ちゃんねる」題材に戻って来たかたちです。
俳優陣は、『凪待ち』『殺さない彼と死なない彼女』『酔うと化け物になる父がつらい』の“恒松祐里”が主演。『その街のこども 劇場版』『ラプラスの魔女』の“佐藤江梨子”、『ポプラの秋』の“本田望結”、『牛首村』の“莉子”、『ウルトラマントリガー エピソードZ』の“寺坂頼我”、『魔進戦隊キラメイジャー エピソードZERO』の“木原瑠生”、『猫は逃げた』の”芹澤興人”、ドラマ『クレッシェンドで進め』の“瀧七海”など。
配給は「イオンエンターテイメント」。相変わらずよくわからん映画のチョイスだ…。
映画『きさらぎ駅』はホラー映画界隈の中では相当に小規模で予算も全然ないチープさが滲むどころではない作品ではあるのですが、あまりネタバレは言えないので濁しますけど、ある部分の演出の思いきりの良さなどから公開時に一部のマニアの間で話題になったりもしました。
気になる人は観てみてください。あと卒業論文の心構えもどう関わるか、そこも見物です。
『きさらぎ駅』を観る前のQ&A
A:こればかりは人によりますが、本作にはそこまで生々しい残酷描写はありません。
オススメ度のチェック
ひとり | :卒論は書けないけど |
友人 | :喧嘩はしないで |
恋人 | :互いを尊重して |
キッズ | :人が死にます |
『きさらぎ駅』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):この列車はどこへ?
「きさらぎ駅は現代の神隠しだった」という記事をタブレットで見つめる堤春奈。大学で民俗学を専攻している学生で卒業論文のテーマにこの「きさらぎ駅」の都市伝説を選んでいました。
今はとある家に向かっています。到着したのは葉山という表札がかかっている普通の家。ドアに近づくと女子高校生がでてきます。「取材の方ですね、どうぞ」
家の中へ。奥から大人の女性が現れ、「はじめまして、堤春奈です」と挨拶。「葉山純子です」と向こうも自己紹介し、先ほどの女子高校生はここで暮らしている姪の葉山凛だそうです。
さっそく卒論のテーマの話を切り出し、「きさらぎ駅」の都市伝説に言及します。実はこの葉山純子こそが、ある日、きさらぎ駅という謎の場所に到着し、そこで不思議な体験をして生還したのでした。「異世界に行った話を聞かせてもらえますか」と質問すると、葉山はゆっくり語りだします。
あの2004年1月8日の晩、仕事で遅くなった葉山は終電で帰っていました。高校教師であり、電車内でも採点をしていると、急に騒音が消えます。ふと見渡せば人影は消え失せていました。さらにこの路線にはトンネルはないはずなのに突然トンネルの中に入り…。
気づくと知らない場所を走っており、車内にいたのは、会社員風の男性、3人の若い男女、ひとりの女子高校生…自分を除いてこの5人です。車掌室はカーテンが閉まっていて何も見えません。
女子高校生を起こすと、キョロキョロと。圏外で、全員が戸惑います。
そうこうしているうちにある駅に到着。「きさらぎ」と書かれていました。
とりあえずみんな降りてみますが、途方に暮れるばかり。女子高校生と話していると、驚いた表情を浮かべる女子高校生。壁に何か見たようです。この子は同じ高校の教師である葉山を知らないと言い、3年の宮崎明日香と名乗ります。
酔っ払いぎみのサラリーマンはベンチで寝ており、若者のひとりの男は別の気弱そうな男を脅しています。宮崎と外に出てみるも、駅の周りには民家しかなく、しかも人が住んでいる気配はありませんでした。
すると叫びが聞こえ、若者の男女が走り去っていきます。駅に戻ってみると男女は困惑しており、連れの気弱そうな男、大輔に何が起きたらしく…。
動転した男女は線路を歩いていき、葉山と宮崎も線路に降り、何時間も歩き続けます。
森の中の線路を歩いていると、ドンドンと太鼓のような音が聞こえ、サラリーマンが追いついてきたと思ったら、急にサラリーマンが破裂。
混乱していると今度は横に杖の人がおり、「危ないから線路の上を歩いちゃダメだよ」と同じ言葉を繰り返しています。そして若い女性が杖の人に掴まれて爆発四散。
パニックになった葉山と宮崎は伊佐貫トンネルという名のトンネルへと逃げ込みますが、恐怖はまだまだ終わっておらず…。
架空の駅は愛されている
『きさらぎ駅』の話に入る前に、ホラーに限らず、架空の駅というのは古今東西、愛されているという話をしましょう。
おそらく最も有名な架空の駅、というか架空の鉄道であるのが、『きかんしゃトーマス』の舞台である架空の島「ソドー島」の「ノース・ウェスタン鉄道」。あれは非常にディテールが細かく、本物の鉄道のような設定がしっかりしてあるので本格的です。
最近であれば「ハリー・ポッター」の「キングス・クロス駅 9と4分3番線」も有名ですよね。
もうちょっと文学面で掘り下げるなら、アメリカの作家“ナサニエル・ホ-ソーン”の1840年代の「天国鉄道」(The Celestial Railroad)でしょうか。これは、「破滅の町」という名前の町を夢の中で訪れることになった語り手が、「天国の町」との間に最近敷設されたという鉄道に案内人とともに乗り込み、目的地である「天国の町」に向かって旅をするという物語。夢の世界の荒唐無稽な話であり、“宮沢賢治”の「銀河鉄道の夜」を思い出しますね。
架空の列車と線路がでてくると言えば、ドラマ『地下鉄道 自由への旅路』もそうでした。
全部テキトーに挙げているように思えるかもしれませんが、これらの作品は全て「駅」や「列車」というものを単に「線路を走る乗り物」というだけでない、文化的な価値を見出しているものばかりです。やはり列車も駅もその地域や国の文化を投影しています。
そう考えれば、この都市伝説の「きさらぎ駅」も架空の駅であることの意味は非常に大きいのでしょう。日本列島は小さな島ですが、それにしては非常に駅の数が多く、線路が張り巡らされています。今も電車大国です。本島から離れた小島暮らしの人でないかぎり、多くの日本人が電車に親しみを感じやすいです。
だからこそこの都市伝説「きさらぎ駅」も大勢に親しまれる余地があるわけで…。もしかしたら自分もこんな経験をするかも…という「もしかしたら」を考えたくもなる。
ホラーではあるのですが、この都市伝説「きさらぎ駅」に文化的愛着を感じるのは、そういう背景もあるんでしょうね。
なんで冷静なんですか
で、映画『きさらぎ駅』ですが、本作はそんな駅にまつわる文化的愛着などの考証には一切の目もくれず、前半はド直球のPOVホラーへとものすごく安直にレールを突き進みます。
POV(一人称視点)のホラーは定番で、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『コンジアム』など枚挙に暇がありませんが、この『きさらぎ駅』はお世辞にもクオリティが高いとは言い難いです。
でもPOVにありがちな画面酔いは全然ないです。なぜならやたらとすごくゆっくり動くからです。恐怖の存在に追われているのに、葉山と宮崎は全く全力で走らないですからね。これによって演出のチープさがさらに輪をかけて緊張感ゼロに思えてくるという…。
しかし、この映画、その緊張感の薄さという致命的な弱点をなぜか克服する気もなく、堤春奈が自分で「きさらぎ駅」体験を味わう後半は、むしろこの前半をネタにするような作劇になる、びっくりな開き直りを見せます。
これは『カメラを止めるな!』を例に出す人もいるかもだけど、これこそタイムループものと同じエンターテインメントですよね。『ハッピー・デス・デイ』みたいな、既に知っている同じ経験を逆手にとりながら再体験し、それ自体をネタにする感じ。
まあ、それらタイムループものと比べてもやはりこの後半も演出にキレは乏しく、どこかまったりしているのですが、「なんで冷静なんですか」「その話はもういいですから」「このおじさん、あれだから」など、時折ぶっこまれるセリフの即効性の笑いポイントのおかげで、前半よりは間が持っている…。
堤春奈は葉山から話を聞いただけだから、実体験としてはほぼ初見のはずなんですけどね。よほど葉山の語りにビジュアルさえも刺激する臨場感があったのか…。
それ以外にもこれは意図的な演出なのかわからないですけど、堤春奈が卒論にすると言っているわりには、全く何も記録をとっている雰囲気もなく、ただ行き当たりばったりで「きさらぎ駅」体験しているだけにしか見えないというのもシュールで…。
これはあれですね、超低予算映画にありがちな登場人物の背景設定が希薄すぎて、なんだか作中ではサイコパス並みに場当たり的に行動しているだけに思えるというやつか…。
最終的にはこれは葉山純子の策略であり、宮崎を元の世界に戻せなかった責任を感じ、堤春奈を利用して、わざわざ「光る扉を通らなかったら助かる」という嘘を交えた話まで聞かせて誘導していたのでした。
「どんな時でも自分に恥じる行為はするな」という宮崎の言葉どおり、善意と良心の有無が報いを受けるかどうかを決めるという教訓的なオチです。エンドクレジットでは、話を盗み聞きした姪の葉山凛が「きさらぎ駅」体験に行ってしまい、他人を利用した葉山純子は苦しみを再生産するのかなと示唆して物語はホラー映画らしくバッドエンドで閉幕します。
映画『きさらぎ駅』、面白いか面白くないかで言えば、個人的な感想で言うなら「面白くないものを見せられた後に少しだけ面白いものが一瞬見えたら、面白くなかった経験をやや忘れる」…みたいな総論になるかな…。
『きさらぎ駅』を観れば卒業論文の教訓も得られましたよね。取材対象者を迂闊に信用するな…です。
あと根本的な話、働きすぎは良くない…。駅を降り忘れるほどに疲労させる世の中が悪いです。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
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日本のホラー映画の感想記事です。
・『樹海村』
作品ポスター・画像 (C)2022「きさらぎ駅」製作委員会
以上、『きさらぎ駅』の感想でした。
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