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『87分の1の人生』感想(ネタバレ)…過ちを引きずるあなたへ

87分の1の人生

その苦しさを同じ世界で分かち合おう…映画『87分の1の人生』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:A Good Person
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年に配信スルー
監督:ザック・ブラフ
性暴力描写 自死・自傷描写 交通事故描写(車) 性描写 恋愛描写

87分の1の人生

はちじゅうななぶんのいちのじんせい
87分の1の人生

『87分の1の人生』あらすじ

最愛の人との結婚を直前に控えて幸せの最高潮の中にいたアリソン。ボーイフレンドの姉とも打ち解け、きっと温かい人生がこれからも続いていくに違いないと確信していた。しかし、その希望溢れる幸福な道のりだと思っていた場所で、突如として最悪の悲劇を経験してしまう。目覚めると世界は変わっていた。そのショックを引きずり、一転して真っ暗な生活にボロボロになっていたアリソンに、ある出会いが訪れる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『87分の1の人生』の感想です。

『87分の1の人生』感想(ネタバレなし)

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過ちを犯してしまった人の映画

人は誰しも「過ち」を犯します。そんな言葉で文章を始めてしまうと、まるでどこかの牧師の語りのようですが、実際にそういうものです。私たちは人生のどこかで「間違ったこと」をしてしまいますし、それは避けられたかもしれませんが、でもやってしまった後に気づくことも多々あります。

ちょっとした仕事のミスや人間関係の行き違い、うっかり差別発言をしてしまったとか…。謝ればいい「過ち」ならそれでいいのです。誠心誠意謝罪しましょう。相手は許してくれるかもしれないですし、許してくれないかもしれない。でも謝ることはできます。

でも周囲以上に自分自身が自分の犯した「過ち」に打ちのめされ、「なんであんなことをしてしまったんだ…私…」と深く傷ついてしまったら…

この場合の「自分」は誰が対処してくれるのでしょうか。自分で自分に対処するしかないのか…。こういうときは、自分に謝ればいいの? 自分を許せばいいの? それとも許すべきでないの? 考えれば考えるほどにわからなくなります。

今回紹介する映画はそんな過ちを引きずっている人にこそ届けたい作品です。

それが本作『87分の1の人生』。原題は「A Good Person」

この映画は、ある20代の女性が主人公。この女性は結婚式を間近に控えており、幸せの真っ只中にいます。ところが自分の運転する車で事故を起こし、同乗していたボーイフレンドの親類が帰らぬ人に…。主人公は一命をとりとめましたが、自分の犯した事故のせいで、大切な人の家族が失われたことに深いショックを受け、塞ぎ込んでしまい…。

そんなトラウマとの向き合いを描いたメンタルケアの物語です。主人公には加害者としての罪悪感があるというところがポイントですね。

他にも罪悪感を抱えた人たちが複数登場し、ケアが交差していくようなストーリーが丁寧に展開していきます。

『87分の1の人生』の監督・脚本は、ドラマ『Scrubs〜恋のお騒がせ病棟』などで俳優として活動し、2004年の『終わりで始まりの4日間』で監督デビューも果たした“ザック・ブラフ”。監督業としては最近はドラマ『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』『シュリンキング 悩めるセラピスト』のエピソード監督も務めていました。

“ザック・ブラフ”監督として『87分の1の人生』では久しぶりの映画にカムバックです。『ジーサンズ はじめての強盗』(2017年)以来ですね。

そして主演は、今やハリウッドのあちこちから手招きされている絶好調の若手女優、“フローレンス・ピュー”です。今回も素晴らしい演技を披露しています。しかも、歌まで歌ってますよ。“フローレンス・ピュー”のファンは必見の映画じゃないでしょうか。実は“フローレンス・ピュー”と“ザック・ブラフ”監督は一時期まで交際してたそうで(もう別れている)、今作はその付き合いの作品でもありますね。

共演するのは、『ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード』“モーガン・フリーマン”『セラとチーム・スペード』“セレステ・オコナー”、ドラマ『サイロ』“チナザ・ウチェ”、ドラマ『DIVORCE/ディボース』“モリー・シャノン”『ザ・クラフト: レガシー』を監督した“ゾーイ・リスター=ジョーンズ”など。

俳優陣だけ見ても、日本の映画ファンも注目するであろう顔触れなのですが、『87分の1の人生』は日本では劇場公開されず、配信スルーとなってしまいました。メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)が配給ということもあって、「Amazonプライムビデオ」の独占配信です(MGMはAmazonに買収されました)。

繰り返しますが、過ちを引きずっている人が少し元気をもらえるような映画ですので、気が向いたらこの『87分の1の人生』を忘れずにどうぞ。

なお、本作には希死念慮を匂わせる描写があるほか、未成年への半ば強制的な性行為を示唆するシーンがありますので、留意してください。

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『87分の1の人生』を観る前のQ&A

✔『87分の1の人生』の見どころ
★フローレンス・ピューの名演。
★堅実なメンタルケアの物語。
✔『87分の1の人生』の欠点
☆注目度が低い。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:自分と向き合って
友人 3.5:信頼できる相手と
恋人 3.5:素直に語り合って
キッズ 3.5:やや大人向けです
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『87分の1の人生』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『87分の1の人生』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):運命は思いどおりには…

家で親戚や友人を招いて婚約パーティが和やかに行われていました。弾き語りしている女性のアリソン・ジョンソンが主役です。婚約者ネイサン・アダムズに大好きな歌を捧げます。2人はアツアツなキスを交わし、ネイサンはこの歌の思い出を語ります。「人生の最高の記憶にはいつも君がいる」と…。

お開きとなり、ベッドでだらけるアリソン。ネイサンは慣れた感じで相手をしてあげます。おカネを貯めて家を買うのが夢で、これはきっとその第一歩…。

翌日、車を運転するアリソン。将来の義理の姉とその夫であるモリージェシーを乗せていました。渋滞気味な道路で、会話が弾みます。

そのとき、スマホで調べものをするためにアリソンは前方から手元に視線を一瞬だけそらしました。その瞬間、横からショベルカーがゆっくりと道路に突き出してきて…

ところかわって、高齢のダニエルは10代の孫ライアンを送っていました。しかし、長らく関係が悪かった息子のひとりであるネイサンから急に電話がかかってきます。「お前とは話さないぞ」とでますが、表情は険しくなります。その電話が終わり、ライアンが車から降りたあと、ダニエルはどうしようもない顔で茫然とするしかできません。

アリソンは病院のベッドで朦朧としながら目覚めました。傍にはがいて安堵したように世話しています。ネイサンもいますが、なぜか妙にこわばった顔つきです。

その病室に警察がやってきて、「こういう死者が出た事故では血液採取をする決まりだ」と口走ります。それを聞いて部屋にいたネイサンに「どういうこと?」と質問するアリソン。「2人とも亡くなった」とネイサンは告げます。その部屋を窓ごしに見つめるダニエルの姿…。

1年後。アリソンはヘアカットの指南動画を見ながら、自室の鏡の前で自分の伸びきった髪を切っていました。曜日感覚もなく、部屋にこもる毎日を送っており、母が来て、常に閉じ切っているカーテンを開けてくれます。

母は散らかっている部屋を片付けだしますが、アリソンは痛み止めの薬を欲しがり、「あなたにはもう必要ないでしょ」と言われます。それでもアリソンは大声で子どものように苛立ちをぶちまけ、「ママは偽善者だ。自分だって抗不安薬をワインでがぶ飲みしてるくせに」と言い放ちます。

そして洗面台の前で薬を奪って揉み合いになり、母は薬をトイレに流します。「私は苦しいのに!」とアリソンは絶叫。感情任せにアリソンは家をでて、自転車をひたすら走らせます。

一方、ダニエルはサッカーをするライアンを応援していました。ところがライアンは相手選手に「母がいないでしょ」と暴言を吐かれ、殴ってしまいます。乱闘騒ぎで感情が収まらないライアンをダニエルは慰めます。

アリソンは薬局に辿り着きますが、「再調剤はできません」と拒否されるのみ。しょうがないので家に帰って風邪薬をがぶ飲みします。

さすがにこれではダメだと思い直し、アリソンは思い切って自助グループに顔をだしてみます。そこにはダニエルも来ていました。すぐに動揺しながら立ち去ろうとするアリソンでしたが、ダニエルはその後ろ姿に声をかけ、参加するように促します。

こうして過去と向き合う時間が来ましたが…。

この『87分の1の人生』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/02/04に更新されています。
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罪悪感は人それぞれ

ここから『87分の1の人生』のネタバレありの感想本文です。

『87分の1の人生』の冒頭はロマンス映画みたいな甘い空気で充満しています。しかし、ラブラブな雰囲気は10分もしないうちに唐突に終わります。悲痛な死と共に…。

アリソンは交通事故を引き起こしました。その後の様子から、アリソン自身はとくに罪に問われなかったようです。おそらく完全に一方的な過失があるという判断はされなかったのでしょう。

しかし、ネイサンのシブリングであるモリーとその夫は死亡し、ダニエルにとっては子どものひとりを、ライアンにとっては両親を失ったことになります。

1年後の時点で26歳のようですが、アリソンは身体面は回復しましたが、重度の鬱病に苦しみ、鎮痛剤依存症となり、オピオイド系の鎮痛剤のひとつであるオキシコンチンをあてどもなく求めます。オキシコンチンは麻薬と同じ成分があるので、多用すれば中毒や依存症に陥ります。古い友人を脅してまで鎮痛剤を求める姿は痛々しいです。

当然、アリソンの中にあるのは罪悪感です。有罪になるほうが良かった、いや、いっそのこと自分が死ねば…。今さらどうしようもない苦痛が心を占領しています。

“フローレンス・ピュー”は本当に相変わらずの名演ですね。こう言ったら失礼ですけど、やっぱり“フローレンス・ピュー”はボロボロになっている姿で魅力が研ぎ澄まされる感じがする…。事故1年後の鏡の前で「fuck」って呟きながらインフルエンサー動画に言われるがままに散髪しているシーンだけでも、苦悩とユーモアの絶妙なバランスで面白いですよ。

一方、この事故をきっかけに他の人たちもそれぞれのトラウマを抱え、複雑に内面化しています。

ネイサンはアリソンに避けられてから別れたようで、その後に別の女性と交際。でもそれが後ろめたいのか、アリソンに会うのは慎重に避けています。彼の中ではそれが罪悪感なのでしょう。

ライアンは両親の死を受け止めきれず、サッカーも辞めてしまい、学業も集中できず、突発的な暴力的行動にでたり、がむしゃらな性的関係によってストレスを発散しようとしてしまいます

ダニエルは実は以前から別の罪悪感があり、アルコール依存症だったようで息子のネイサンを殴ってしまい、片耳の聴力を失わせるという事件を起こしていた過去が…。ゆえにネイサンとは疎遠です。罪悪感の克服という意味では大きな先輩ですが、そこまで自信があるかというと…。

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自分も他人も誰も傷つけないって可能?

このようにひとくちに罪悪感といっても三者三様。『87分の1の人生』はそれをありのままに描きつつ、これらの罪悪感を抱えた者同士が集うことでのセラピー効果をじっくり映し出します。

それはスーパーパワーのような奇跡でもなく、自助グループがやっていることの延長みたいなものですが、でもそういう支え合いがないとやはりダメで…。

ただ、この支え合いは安易に成立しなくて、とくにアリソンが最大の加害者である以上、どうしてもピリピリした緊張間に最初はなってしまいます。罪悪感を抱えた者同士が集うことの一種の危うさもしっかり描いているので、そこも抜かりありません。

そういう点では、あの自助グループのリーダーであるシモーヌの静かな姿勢がさりげなく光りますね。自助グループ自体が有害化しないようにかなり配慮して頑張っているんだろうな、と。現実でも同じように日々努力を重ねている人もたくさんいますが、その辛さが映画に表れていました。

これ、私も最近はすっごく痛感することなので、全然他人事ではいられませんでしたよ。当事者団体なども自助グループですけど、悩みを吐露し合っているだけならまだ穏便ですが、ひとたび誰かを責めるみたいな勢いが生じてしまうと、自助グループとしてのせっかくの積み上げたバランスは一気に崩壊する…みたいなこと、この手の分野にはつきものですよね。

でも「誰かを責めるな」とも言いづらいんですよ。だってその苦しんでいる人たちはそういう不満を発言する機会さえも奪われていたりするし、言わずに我慢してストレスを溜め込むのはそれはそれで不健全になってきますから。

ただ、せめてなんとか温和な感じでメンタルケアが成り立つような着地をしてくれ…と神頼みのように祈るしかないのかもしれません。

きっとネイサンもぶちまけるべきタイミングが必要でしたし、ダニエルも、ライアンも、アリソンだってそうだったはず。その瞬間は相手を傷つけるかもだけど、1回だけは言わせてくれと…そんな関係。これも「持ちつ持たれつ」と表現していいのかな。

自分も他人も誰も傷つけずにケアを完了できれば理想なのですけど、そうはいかないのも現実の厳しさで…。本作で描かれるように、傷ついても、もしくは傷つけてしまっても、なるべくすぐに修正回復できる…そんな繋がりが大事なのかなと思います。

本作はそれでも「恋愛で解決!」みたいな安直なオチにしていないあたりは良かったですけどね(まあ、アリソンとネイサンは復縁する余地は残されていたけど)。

『87分の1の人生』の冒頭では、鉄道模型の愛好家ハーマン・ウィリアムズの言葉として「私たちは全知全能の創造主を演じるのだ。87分1の鉄道模型の世界で…」と邦題の由来となった語りが聞けます。

思いどおりにならない世界。そもそもそういうものなんだと噛みしめながら、安全なマイペースでいきましょう。

『87分の1の人生』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 59% Audience 96%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

フローレンス・ピューの出演する映画の感想記事です。

・『聖なる証』

・『ドント・ウォーリー・ダーリン』

・『ミッドサマー』

作品ポスター・画像 (C)Metro-Goldwyn-Mayer 八十七分の一の人生 ア・グッド・パーソン

以上、『87分の1の人生』の感想でした。

A Good Person (2023) [Japanese Review] 『87分の1の人生』考察・評価レビュー