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『マッド・ハイジ』感想(ネタバレ)…目覚めよ、ハイジ!

マッド・ハイジ

目覚めよ、ハイジ!…映画『マッド・ハイジ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Mad Heidi
製作国:スイス(2022年)
日本公開日:2023年7月14日
監督:ヨハネス・ハートマン、サンドロ・クロプシュタイン
ゴア描写 性描写

マッド・ハイジ

まっどはいじ
マッド・ハイジ

『マッド・ハイジ』あらすじ

スイスではチーズ製造会社の社長であるマイリがスイス大統領に君臨することになり、自社製品だけを流通させる強引な法律で支配を確立。スイス全土を掌握し、恐怖の独裁者には誰も逆らえなかった。しかし、アルプスに暮らす年頃のハイジがその体制に刃を向ける。恋人のペーターを残酷に奪われた悲しみはしだいにハイジに復讐の炎を燃やさせ、血塗られた戦士へと変貌を遂げる。祖国を取り返すことはできるのか。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『マッド・ハイジ』の感想です。

『マッド・ハイジ』感想(ネタバレなし)

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君たちはこのスイスでどう生きるか

私の地元である北海道では、イメージのとおり、酪農が盛んで乳製品がたくさん生産されています。でも日本に出回る乳製品はかなりの割合が輸入品です。

これは乳製品の低関税輸入枠「カレント・アクセス」が理由のひとつで、日本政府は「関税貿易一般協定」が設けられた1995年度から毎年、国内での生乳の過不足にかかわらず、この「カレント・アクセス」枠13万7000トンの全量を輸入し続けているからです北海道新聞

これに苦しめられているのが国内の酪農家です。生乳生産目標を減らすしかなくなり、あげくには国からは「乳牛を食肉用で殺処分すればおカネをあげるよ」と言われる始末です。

政府が国際政治と身内の利益を優先するあまりに、国内の酪農家を踏みにじる…。これでは不満と怒りが溜まるのも当然です。自分たちを何だと思っているんだっていう話です。

そんな状況で辛酸をなめている人にしてみれば、今回紹介する映画は自分に代わって鬱憤を爆発させてくれる映画かもしれません。

それが『マッド・ハイジ』です。

本作は、チーズ製造の大企業の社長がスイスで大統領に上り詰め、自社以外のチーズは全て違法にしてしまうという独裁体制で傍若無人の限りを尽くしているという世界が舞台。そこで立ち上がったのが、アルプスで祖父とペーターと仲良く過ごしていたハイジでした…。

あれ? そうです。このスイス映画は名作児童文学「アルプスの少女ハイジ」のパロディです。

「アルプスの少女ハイジ」はスイスの作家“ヨハンナ・シュピリ”が生み出したものですが、1880年出版なので、とっくにもうパブリックドメイン。そこでこの『マッド・ハイジ』は遠慮なくやりたい放題にしているわけです。

スイスも自国の名作に容赦ないな…。

全体的にエクスプロイテーション映画を土台にしており、舞台の政治体制はいかにも「ナチス」的ですし、作中では「女刑務所」要素から「ゾンビ」要素まで、器用に幅広く各ジャンルのエクスプロイテーション映画を網羅しています。もちろんバイオレンスたっぷりでゴア描写も満載。なので「R18+」のレーティングとなっています。

「アルプスの少女ハイジ」ってここまで拡張できたっけ?…というくらいに、限界に挑戦していますね。

ハイジはもちろん、おじいさんも、ペーターも、クララも、あの人までも…みんな予想の斜め上のキャラクターに大変身して乱入してきます。冒頭で驚いていたら身が持たないですよ。

パブリックドメイン名作が半ば遊ばれつつバイオレンスに改変されると言えば、最近も『プー あくまのくまさん』がありましたが、こちらの『マッド・ハイジ』はコンセプトがしっかりしていて、風刺センスもあり、クリエイティブな面では個人的にはこちらに軍配があがるかな、と。

なんでもこの『マッド・ハイジ』はクラウドファンディングで約2億9000万円も資金集めて製作されたそうで、これでも超低予算ですが、完成版を観るとそんなにクオリティが低い感じでもないです。たぶん資金をどこにどうあてるか…みたいなクリエイティブ・コントロール含めて、これはクリエイターの才能が光ったのだろうと思います。

その『マッド・ハイジ』を監督したのは、スイス在住の“ヨハネス・ハートマン”“サンドロ・クロプシュタイン”のコンビ。幼馴染だそうで、長編映画監督デビューを軽やかに成功させました。

ちなみに2022年に米アカデミー賞の国際長編映画部門にスイス代表でエントリーしたのは、残念ながらこの『マッド・ハイジ』ではなく、『A Piece of Sky』という映画だったのですけど、こちらの映画もアルプスを舞台にしているらしいです。じゃあ、いっそのこと『マッド・ハイジ』もセットでくっつけたらダメなのか(ダメです)。

もうすでに続編の製作も進行中らしいので、スイス映画と言えば『マッド・ハイジ』!ぐらいの知名度になっていくかもしれませんね! うん…それでいいのか!?とか思わないでください。

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『マッド・ハイジ』を観る前のQ&A

✔『マッド・ハイジ』の見どころ
★ハイジが撲殺スタイルで生き生きとする姿。
★クララは車椅子になってからが本番。
✔『マッド・ハイジ』の欠点
☆チーズを愚弄する奴は許さない。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:気楽に笑って
友人 3.5:エンタメを満喫
恋人 3.5:暇つぶしに
キッズ 1.5:R18+です
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マッド・ハイジ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ハイジの覚醒

スイスは変わり果てました。チーズ製造会社のワンマン社長であるマイリは、そのチーズよりも腐りきった強欲さを増大させ、ついにはこの国の大統領の座にかじりついたのです。大統領特権を乱用し、自社製品以外のすべてのチーズを禁止する法律を強引に制定。反対する者は全員排除。こうして「MEILI’S CHEESE」はスイスを掌握しました。恐怖の独裁者がチーズを武器に君臨したのです。

これを黙ってみている国民ではありません。反発が起きますが、そのデモは暴力で鎮圧されてしまい、声をあげた市民は去り、残された市民は従うしかなく…。

20年後。穏やかな自然が広がるアルプスに暮らすハイジは、恋人のペーターと山小屋でステキな裸の時間を過ごしてご満悦に横並びしていました。ハイジはまだ一緒にいたかったですが、ペーターは出かけます。

眼帯のアルムおんじは「あんな男と付き合うな」と忠告しますが、ハイジはペーターを愛しているのでこの関係を終わらせる気はありません。「もう自分のことは自分で決める」と強気です。

山羊飼いのペーターには悪い噂があります。よからぬビジネスをしている、と。それは本当です。禁制のヤギのチーズを闇市場で売りさばいて、儲けていたのです。

高そうな衣装に身を包んでペーターはひとけのない小屋に行き、そこで買い手と落ち合います。濃厚でクリーミーな質の高いチーズを持ってきたペーターは「幸せな山羊は幸せなチーズを作る」と自信満々です。

一方、マイリが統治するスイスの社会は独裁体制を強固に維持しており、「スイスの伝統ある生活様式を守りましょう」とプロパガンダ放送にも余念がありません。乳糖不耐症の人を迫害し、チーズを嫌うことのない完璧な国を目指しています。

「乳糖不耐症」とは、消化酵素のラクターゼの欠乏により乳糖が消化できない状態のことです。

偉大なるスイスリーダーのマイリは、気に入らない奴は幹部であろうとクビです。フランスは食品検査官を送ってくると知り、おもてなしをしてやろうと計画します。

ある場所では、マイリの忠実な部下であるクノール司令官が、アツアツのチーズを顔にたらして疑わしい奴を尋問していました。そしてペーターの情報が洩れます。

その情報によって、ペーターはハイジの前で頭を吹き飛ばされて銃殺刑となります。悲しみに慟哭するハイジは家に逃げ込むのですが、追ってきた軍に捕らえられます。

最愛の孫がピンチと知ったアルムおんじは家に籠城して、クノール司令官を銃で脅します。2人は知り合いでした。けれども家は爆発してしまい、アルムおんじは火に消えます。因縁の相手がこの世から消し飛んだのでクノール司令官は高笑いが止まりません。

捕まったハイジは、たまたま一緒だったクララと共に監獄に連行されます。ここはフロイライン・ロットワイラーが統治するキャンプ・アルペンブリック。シュヴィッツゲーベル博士が囚人女性をいたぶり、囚人同士でレスリングをさせる、最悪な空間です。

しかし、ハイジは「必ず報いを受けさせてやる」と復讐に燃えていました。なめらかでとろけるようなチーズを焦がすほどの憤怒の炎が炸裂することに…。

この『マッド・ハイジ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/07に更新されています。
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クララが壊れた! そして私はシスター戦士になる

ここから『マッド・ハイジ』のネタバレありの感想本文です。

『マッド・ハイジ』は「アルプスの少女ハイジ」を下地にしたエクスプロイテーション映画の寄せ集めです。

冒頭で説明される世界観は、ナチスを連想する軍事独裁国家です。

スイスは今では永世中立国として有名ですが、第二次世界大戦においては、当時から中立を維持しようとしたものの、ナチスらの枢軸国に囲まれてほとんど中立などとは程遠い息苦しい状態でした。結局、一部でナチスに加担していた面があったことが明らかになり、中立違反を指摘されることになります。

この『マッド・ハイジ』はそんな歴史を抱えるスイスの「ナチス化するもうひとつの可能性」を最大級のアホさで映像にして届けてくれています。チーズ会社が首謀者というのが一番の皮肉かもですが…。

まあ、でもほら、スイスには世界最大の食品会社「ネスレ」があるしね…。「ネスレ」がナチスになると言いたいわけではないけど、ただあの企業はもともと乳児用粉ミルクなどを開発して発展した会社であり、1970年代には「母乳よりも自社の乳児用製品のほうが健康に良いかのように大袈裟にマーケティングしている」として猛批判を受け、ボイコット運動まで勃発したんですよね。さらに主力のチョコレート商品について、カカオ生産における児童労働が蔓延しているという告発もあったり…。

だからこの『マッド・ハイジ』の「MEILI’S CHEESE」の元ネタは「ネスレ」なのかもしれないです。

続いてペーター殺害の衝撃事件から一転して、ハイジは監獄に輸送されてしまいますが、そこは「女刑務所」モノのエクスプロイテーションとして露骨にハジケまくっています。

まさか看守長が原作ではクララの家庭教師だったフロイライン・ロッテンマイヤーをパロディにしたフロイライン・ロットワイラーになるとは…。確かに原作からして厳しい躾の人で、もはや児童虐待状態でしたけども…。こうやってハッキリ刑務所として描くともう何もかもストレートすぎますね…。

クララだってあんなかたちで車椅子姿になるとは思わないじゃないですか。ここのチーズは一体なんなんだ…。

その刑務所を脱出したハイジは、唐突に出現したヘルヴェティアの守護者とその部下の修道女に鍛え上げられることになります。ここは定番のナンスプロイテーションです。『シスター戦士』に加入するみたいになってます(加入できると思う)。

そしてマイリと科学者の企み(ノリ)によって、ウルトラスイスチーズで人間がモンスターに豹変するという、ゾンビ的なエクスプロイテーションもちゃっかり網羅。このあたりは『死霊のえじき』っぽいかな。

スイスのスーパーソルジャー計画だ!とマイリはご満悦でしたが、でもあのニュートラルライザーだけでじゅうぶん強いので、このスイスはどうなっているんだ…絶対にまだ何か隠し持っているだろう…。

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スイス出身はこの人です

『マッド・ハイジ』はキャスティングも自由奔放です。

実は結構ダイバーシティな俳優起用をしていますよね。ちょっとリッチになった気分でいるペーターを演じるのはアフリカ系の“ケル・マツェナ”だし、チーズに蝕まれるクララにいたってはアジア系の”アルマル・G・佐藤”です。

というか、今作、スイス製作のわりには主要キャラクターを演じる俳優に全然本場のスイス出身の人がいないんですよ。

主役のハイジを演じるのは、イギリス出身でカタルーニャ由縁の“アリス・ルーシー”。癖の強い悪役マイリを熱演するのは、『スターシップ・トゥルーパーズ』でおなじみのアメリカ・ニュージャージー州出身の”キャスパー・ヴァン・ディーン”。さらにクールな眼帯アルペヒ(アルムおんじ)を演じるのは、『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』のイギリス・マンチェスター出身の“デヴィッド・スコフィールド”。ペーターの“ケル・マツェナ”もウェールズとジンバブエにルーツを持つし、クララの”アルマル・G・佐藤”もスペイン出身。

唯一、スイス出身なのが、ある意味で一番遊ばれているクノール司令官を演じる“マックス・ルドリンガー”。ベテランの俳優ですけどね。逆に何で出演してくれたんだ…。

そう、この『マッド・ハイジ』、低予算映画で確かに内容もくだらないですが、キャスティングされている人たちはテキトーに素人で間に合わせているわけではない、ちゃんと演技ができる人を集めています。そこがこの映画の地味に真面目なところです。

あと、刑務所パートで登場して最終的には共闘してくれるあのマッチョ女を演じているのは、“ジュリア・フォーリー”というプロのボディビルダーの人で、この人もスイス出身だそうです。

ラストは、アルムおんじの犠牲の中、ついにマイリの醜悪なチーズ大企業を爆破倒産させたハイジが、クララと残党狩りをしているところで締めです。『ハイジ&クララ』と次回作タイトルも飛び出して…。

続編はマカロニウエスタン的なシスターフッドでいくのかな。あのハイジとクララなら絶対「永世中立」なんて言葉も気にしないでしょう。

完全に世界観的に軌道に乗ったので『アイアン・スカイ』よりもブレずに続編展開できそうな気がしますね。

マッドなスイスもいいけど、マッドな北海道も誰か映像化してくれないかな…。牛と鹿と熊を従えて農林水産省に殴り込みにいく話とかでどうですか。

『マッド・ハイジ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 93%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM マッドハイジ

以上、『マッド・ハイジ』の感想でした。

Mad Heidi (2022) [Japanese Review] 『マッド・ハイジ』考察・評価レビュー