永遠に休んでいてくれ…映画『マウンテンヘッド』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にU-NEXTで配信(日本)
監督:ジェシー・アームストロング
まうんてんへっど
『マウンテンヘッド』物語 簡単紹介
『マウンテンヘッド』感想(ネタバレなし)
何があったか知りたくもない
2025年1月から正式に政治の場でコンビを組むことになった“ドナルド・トランプ”大統領と「テスラ」や「X」でおなじみの“イーロン・マスク”。当初からこの2人の友好関係は長続きしないと予測する専門家もいて、関係性はいつまで持つのかと疑問を持たれていました。
その答えがでたようです。正解は「5か月」でした。
2025年5月28日に“イーロン・マスク”は政権から離れる意向を突然示しました。“イーロン・マスク”のDOGE(政府効率化局)の役職は当初から一時的なものであり、今回の退任は予想されていましたが、最近は政権側との衝突が報じられており、仲違いがあったのではと勘ぐられてもいました。
トランプ大統領と表向きは親しそうに並んで大統領執務室で退任明言後の記者会見に出席した際、“イーロン・マスク”の片目にはかなり目立つ痣があったのも話題になりました。本人いわく、これは幼い息子とじゃれてできたものとのことですが…。
DOGEによって1兆ドルの節約をもたらすというのが“イーロン・マスク”が最初に掲げた看板でしたが、これまでに1600億ドルを削減したと主張していますが、専門家は実際の数字ははるかに低いと考えているようです(The Verge)。
後に残されたのは滅茶苦茶になった政治の残骸です。まあ、今後もさらに別の人がぐちゃぐちゃにしていくのでしょうけど…。
今回紹介する映画は、そんな現実化してしまっているテック寡頭政治を痛烈に風刺する一作です。
それが本作『マウンテンヘッド』。
物語はフィクションで、架空の現代をもとに、その世界で大成功しているテック業界の大物4人の男たちが主人公となっています。4人は昔なじみらしく、久しぶりに山頂の別荘に集うのですが、互いにそれぞれの思惑があって…。そんな中、世界ではテクノロジーの新機能のせいで大混乱が巻き起こっており、確実に世界は崩壊に向かっている…。
ジャンルはビジネス系のダークコメディですね。現実と重なりすぎて全然笑えないかもだけど…。
要するにテック業界の大物たちはいかに狂っているかって話です。既視感のある発言や仕草で溢れています。
この『マウンテンヘッド』を監督するのはこれが長編映画監督デビュー作となる“ジェシー・アームストロング”で、脚本も兼任。“ジェシー・アームストロング”と言えば、あのメディア大企業のどうしようもない大物たちの狂乱を描いたドラマ『メディア王 華麗なる一族』のクリエイターです。
本作『マウンテンヘッド』もドラマ『メディア王 華麗なる一族』のスピンオフなのかな?と思ってしまうほどに、風刺センスも撮影も同じで、同一のトーンになっています。『マウンテンヘッド』もドラマ化すればいいのに…。
『マウンテンヘッド』で主演するのは、ドラマ『フォー・シーズンズ』の“スティーヴ・カレル”、『サタデー・ナイト/NYからライブ!』の“コーリー・マイケル・スミス”、『クィア/QUEER』の“ジェイソン・シュワルツマン”、『哀れなるものたち』の“ラミー・ユセフ”。ほぼこの4人の会話劇で成り立っています。舞台も別荘からほとんど動かないので、この4人の俳優の演技がたっぷり楽しめます。
『マウンテンヘッド』は日本では劇場公開されず、「U-NEXT」で独占配信中です。
『マウンテンヘッド』を観る前のQ&A
A:U-NEXTで2025年6月1日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 低年齢の子どもにはややわかりにくい話です。 |
『マウンテンヘッド』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
全世界40億人のユーザーがいるSNS「トラーム(traam)」が発表した新機能の限定ベータ版は世界を変えました。しかし、それは良い変化ではなく、破滅的なほうでした。
その新機能とはディープフェイク機能で、誰でも気軽にフェイク動画が作成でき、過激で暴力的な動画が瞬く間にSNSに拡散。真偽もわからない動画に大衆は惹きつけられ、それは現実社会にまで火をつけました。
ある国はフェイク動画がきっかけに移民への襲撃が急増し、別の国では宗教対立が激化。世界各地で暴動が起き、市場も政治も大パニックです。それはまるで世界の終わりのような…。
「トラーム」の創業者ヴェニス(ヴェン)・パリッシュはそんな危機的な世界の状態を無視します。
ヴェニスはヒューゴに電話。ヒューゴは昔なじみを集めて週末を過ごす計画を立てており、それに参加することにします。その参加の一報を聞いたヒューゴはジェフにヴェニスも来ることを知らせ、ランド-ル・ギャレットにも同じく報告します。
ランドールはプライベートジェット内でフィップス先生と対峙していました。深刻な治療不可の癌が原因で5年生きられるかもわからないと断言されます。ランドールは打つ手なしの現実を見て見ぬふりしようとします。
「スープ」というあだ名のヒューゴは山頂(マウンテンヘッド)の豪華な別荘で3人を迎える準備で忙しく部下に指示していました。実はヒューゴは「スローゾ」という瞑想アプリの資金調達を密かに狙っており、自分よりも資産のある3人に頼る算段でした。
ランドールはヘリで早々に到着。年配で「パパ・ベア」の愛称があります。ジェフも来て3人はハグし合います。ジェフはファクトチェックを得意とするAIを発表したばかりで絶好調。資産は今も急上昇しています。談笑しながらも毒舌で牽制し合う3人です。
そこへヴェニスが到着。ジェフとは仲違いしていましたが、とりあえずこの場では2人はハグします。しかし、ジェフはヴェニスをすぐに批判し始めます。論点はあの「トラーム」の新機能です。世界のあらゆるところで分断を悪化させているとジェフは問題点をばっさり指摘。
ところがヴェニスは、「映画だって黎明期は大衆は列車の動画に驚いてパニックになったが、映画をもっと見たがった。今回も同じだ」と反論。人々の溜まっていた感情が爆発しているこの現象は必然であり、そう悪いものではないと言います。
しかし、ヴェニスさえも出回っている動画がどれが偽物でどれが真実なのかはよくわかっていないようで、現在の世界的混乱の最中の危険な光景を撮った動画もフェイクだろうと勝手に決めつけます。
それでもヴェニスはジェフのAIが欲しく、戦略的パートナーシップを提案します。もしジェフのAIが手に入れば、この新機能の騒乱も多少はコントロールできて鎮火するかもしれません。少なくとも取締役会のジャニーンにはそうせっつかれていました。ただし、ジェフは簡単に首を縦には振りません。
4人の思惑が密かに交錯していきますが…。
現代のテック寡頭政治の認知の歪み

ここから『マウンテンヘッド』のネタバレありの感想本文です。
『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』では世界を脅かす「AI」が敵でしたが、そのAIは自立的に行動している正体不明な怪しげな存在というかたちで描かれていました。
対するこの『マウンテンヘッド』は同じAIが世界を脅かすといっても描かれ方が全然違います。本作はAIの背後にいる元凶のテック業界の大物たちをハッキリと表舞台まで吊し上げ、この者たちがいかに狂っていて愚かなのかを遠慮なく看破します。AIの問題は、それを開発して提供する企業、紛れもなく「人」の問題なのだ、と。
本作で集うのは、ヴェニス、ランドール、ヒューゴ、ジェフの4名。4人合わせて1500億ドル近い純資産を持つ大大大富豪です。
映画開幕と同時にこんな奴らが繰り広げる超富裕な寡頭政治階級に対する痛烈なパロディ劇が遠慮なく繰り広げられます。この4人は「ブリュースターズ」というグループを名乗り、以前からの仲で、今回も別荘で一見すると楽しそうにじゃれ合いますが、ものの数秒もしないうちに化けの皮が剝がれます。
週末の男たちの優雅な休暇としゃれこんでいますが、結局のところ、よくある比喩的な言い回しで表すなら「ペニスのデカさ比べ」しかできないホモソーシャルの情けなさです。互いが互いを出し抜こうとする足の引っ張り合い。
これだけであれば『ブラックベリー』など、スタートアップのIT業界を描くジャンルでは定番なのですけど、『マウンテンヘッド』は寡頭政治に焦点があたるのが特徴です。
あの4人の認知の歪みがありありと浮かび上がってきます。
最も狂っているのはヴェニスで、自身のサービスのせいで世界が致命的に崩壊しつつあるのに、その現実を認識しようとしません。面白ネタ動画で世界は丸くおさまると盲信し(イスラエルとパレスチナも「笑える動画」を子どもたち同士でシェアすれば紛争解決するだろ?…とまで言い放つ始末)、粗悪なフェイク動画なんて笑い飛ばせばいいと豪語。典型的なテック楽観主義者ですが、こういう人は残念ながらたくさんいる…。
対するランドールはこの中では最年長で古株ですが、余命がわずかと知って焦り、意識のデジタル化による不老不死というテクノロジーの実現にすがっています。ジェフに純資産で抜かれた際もやけくそ気味でシャンパンで祝う姿など、基本的に独りよがりでしか考えていません。
ヒューゴは大富豪ではあるものの財力が弱まりつつあり、焦りを感じています。そして中央銀行が機能崩壊したアルゼンチン政府に召集され、すっかり国家のブレーンという立場に酔いしれる…。なんでテックの大物は「国の頭脳」になりたがるのかな…。
一方のジェフはあの他の3人と比べると一定の倫理観を持ち合わせているように思いますが、棚から牡丹餅で誰よりも儲かり、その過程であの男たちとの癒着を切り捨てることができずにいるというみっともなさを持っています。
4人に共通するのが自身の特権は揺らがないという絶対の自信を持っていることです。普通に考えたら世界が崩壊したら、それがブロックチェーンであろうが何だろうが、いかなる資産も価値を失いかねないじゃないですか。でもなぜかあの男たちは自分は大丈夫だと思ってます。
その自信の理由は要するに「弱みをみせたら負け」と思っている…ただそれだけなんですよね。ずっと強がり続けなければならないゲームをしているようなものです。
そしてこの4人がやり始めるのが、現在進行形で途上国から国家崩壊している中、その国家を自分たちが運営するシミュレーション議論。企業と同じ損得だけで国家の方向性を決めようとする…そこには文化や人権などの概念は皆無です。「俺の考える最強の国はこれ!」という自慢語りに花咲かせているだけ。
さらには「世界秩序の革命だ」「ここがグローバル本部になるかも」と陶酔する…。
あげくにアメリカ大統領から批判の電話を受けたと「アメリカを転覆させようか」と脅し始め、別荘の水道がでないと、「俺らを狙った攻撃か?」と勝手にファイティングポーズをとる…。
もうこいつら手に負えない…って感じですが、この本作の一言一句の描写が誇張だと言えないのが、観ているこっちとしてはキツイですね…。
テック馬鹿は残念なことに死なない
『マウンテンヘッド』は後半になると、ランドール、ヴェニス、ヒューゴがジェフの暗殺を企て始め、別荘という限定空間でのクライムサスペンスに足を突っ込みだします。
ここも本当に馬鹿々々しいです。
「減速主義の裏切り者だ」とランドールはジェフ殺害の理由を正当化し、ヴェニスは「功利主義の観点で彼が死ねば大勢の幸福が実現する」と言い張り、「カティリーナの陰謀」(ローマ転覆を狙った紀元前のルキウス・セルギウス・カティリナのこと)を持ち出して自分たちの行為を歴史的事件と同じと重ねたり…。
この手のテック馬鹿のよくある特徴、「①自分たちは知的だと思っていて、やたら難しい用語で単純な行動を複雑にみせようとする」「②歴史を都合よく引用し、自分たちを正当な歴史の主役だと思い込む」…がよく滲み出ている…。
実際にやっていることはグダグダな暗殺もどきです。殺し合ってくれてもいいぞ…。
最終的に秘密保持契約書と意向証明書で押し切るのが、こいつらの精一杯の武器。全部他の専門家任せですが…。
ラストはジェフのファクトチェックAIがあるので安心…というわけではなく、ファクトチェックすらこんなアホたちのオモチャにしてはいけませんよ…っていう風刺ですから、忘れないように。
4人を演じる俳優陣のアンサンブルが上手くハマっていましたし、“ジェシー・アームストロング”監督お得意のドキュメンタリー風の「その場で密着しました」演出も相まって、やはりずっと見ていたくなる中毒性はある映画でした。
欠点はこれが映画だということで、もっとエピソードが欲しくなるところですかね。どうしたってあの4人の顛末を知りたいですからね。
ほんと、現実社会でテック馬鹿たちを見守るのはうんざりなのです。フィクションの中だけにしてくれ…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)HBO
以上、『マウンテンヘッド』の感想でした。
Mountainhead (2025) [Japanese Review] 『マウンテンヘッド』考察・評価レビュー
#アメリカ映画2025年 #ジェシーアームストロング #スティーヴカレル #コーリーマイケルスミス #ジェイソンシュワルツマン #ラミーユセフ #テクノロジー #企業 #IT #ビジネス