通用口入学おめでとうございます?…Netflixドキュメンタリー映画『バーシティ・ブルース作戦: 裏口入学スキャンダル』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:クリス・スミス
バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル
ばーしてぃぶるーすさくせん うらぐちにゅうがくすきゃんだる
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』あらすじ
必死の勉強のすえに夢に見ていた憧れの大学に合格する。それはどんな生徒にとっても人生で一番嬉しい出来事。それが不正だと知るまでは…。富裕層や著名人の子どもの名門大学不正入学スキャンダルは想像以上に手が込んでおり、大学システムという業界全体に染み込んでいた。全米を揺るがしたこの事件の首謀者とその手口を、再現ドラマなどを通して検証する。そこから見えてきたのは大人たちの虚しい現実だった。
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』感想(ネタバレなし)
その入学、本当におめでたい?
入学おめでとうございます!
とりあえず書いてみたものの、まあ、でもそういう時期です。4月初めは新しい学びの世界へ足を踏み入れた学生も多いのではないでしょうか。頑張って頑張って夜遅くまで勉強した、遊びもひたすらに我慢して耐えてきた。その苦労が報われたら嬉しいのも当然です。希望の大学に行けた人も、行けなかった人も、努力は必ず経験値になる…。
そんな熱血指導員みたいなことをつらつらと言いましたけど、今回紹介する作品はそんな喜びに水を差すような内容なのです。だからこの受験のだいたいが終わってそうな時期に感想をあげておくことにしました。これから来年に向けて受験だという生徒たちは…この感想記事は全てが終わるまで読まない方がいいかも…しれない。
その問題作が本作『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』です。
本作はその邦題からもご察しのとおり、アメリカでセンセーショナルな話題で騒然となった、大学の不正入学事件を整理したドキュメンタリーです。
2019年にそれは明るみになりました。具体的には、数多くの名門大学に自分の子を入学させるために不正な手段を使っていた親が告発されたのです。その手段は主に高額の賄賂で、これによって書類を偽装し、経歴を偽り、本来の難関試験に挑むことなく、スルっと抜け道を通って合格させていました。
しかもその不正に関わった親は著名人が多かったのでメディアは連日のように大騒ぎ。大企業のトップ、起業家、資産家、俳優まで、あらゆる富裕層が我が子の合格をカネで買っていました。起訴された親含む関係者は53名。
関与した大学も有名どころばかり。スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、サンディエゴ大学、南カリフォルニア大学、テキサス大学オースティン校、イェール大学、ジョージタウン大学…。
日本でもこのアメリカの大学業界を震撼させた事件は報道されたのですが、その後の詳細などは全然知らない人も多いと思います。実はこの事件はたったひとりの黒幕がおり、その人物が引き起こしたことだったのです。その主犯の名前が「ウィリアム・リック・シンガー」。
そんなことができてしまうなんて、とんでもない大物なんじゃないか。しかし、その素顔は意外にも…。
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』はリック・シンガーの手口を赤裸々に暴露し、その驚くべき全容を明らかにしていきます。
私がこのドキュメンタリーを観ようと思ったのは題材となっている事件に興味があったのはもちろんなのですが、監督をしているのがあの『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』を手がけた“クリス・スミス”だということも最大の注目ポイントでした。
この『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』は観た人ならおわかりのとおり、「なにこれ…」と絶句するような人間のどうしようもない情けなさを露呈した、あまりにも荒唐無稽なイベントとその顛末、そしてその企画をした主犯の人物を整理したドキュメンタリー。呆れるしかないバカバカしさにこのドキュメンタリーも一部で話題になりました。
“クリス・スミス”監督が次に狙ったこの不正入学スキャンダルもまさしく前作と同様の本質を持っています。人間ってこうも極限まで愚かになってしまうのか…という乾いた失望のような…。そんな気分が鑑賞中も鑑賞後も体に蔓延する…。
ただ『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』は「ホント、アホだな~」とやや達観できる部分もあったと思うのですけど、今作の『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』は大学受験という誰でも身近なテーマになっているので、ちょっと他人事になれないバツの悪さがあると思います。もし自分だったらどうしていただろう…と考えてしまうような…。
今作に関しては前作で有名になれたからなのか、少し予算アップしたのか、作中で再現ドラマまで製作しており、見ごたえが増量しています。事件の中心人物であるリック・シンガーを演じるのは、『フルメタル・ジャケット』など名作にも出演している“マシュー・モディーン”です。
アメリカの話だと一笑できません。大学を受験したことのある人も、ない人も、観てみればいろいろ考えさせられるのではないでしょうか。
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル・ドキュメンタリーとして2021年3月17日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :衝撃を味わうなら |
友人 | :話題性は抜群 |
恋人 | :議論し合うのも良し |
キッズ | :子どもに見せたくない現実 |
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』予告動画
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』感想(ネタバレあり)
青春映画をぶっ潰す、嘘みたいな現実の不正
本作『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』のタイトルにもなっている「バーシティ・ブルース作戦」。これは作中でも説明されるように不正入学の陰謀を調査すべくFBIが密かに仕掛けていた一連の捜査のコードネームです。
でもなぜこんな名称なの?と思った人もいるかもしれませんが、映画好きの人はピンと来たはず。この作戦名は1999年のブライアン・ロビンス監督による映画『バーシティ・ブルース』が由来になっています。
この『バーシティ・ブルース』は、名門高校のフットボール・チームで青春を捧げる少年たちを描いた学園ストーリー。厳しいトレーニング、強敵との試合、怪我による故障の絶望、スポーツの緊張感から解放されるようにときどきハメを外したり…そんな日常。今の時代感覚で見るとやや古い内容なのですが、でも紛れもなく青春をスポーツに捧げて次の大学生活に繋げようとする若き情熱が描かれています。
その映画の題名をこの不正入学事件を捜査する作戦につけるなんて、なんとも皮肉じゃないですか。なにせこの事件はまさに『バーシティ・ブルース』で描かれる“本来あるべき青春”を根底から台無しにするものなのですから。スポーツに青春を真面目に捧げる意味なんて吹き飛ばされてしまうのです。莫大なカネの横暴によって…。
フィクションな青春映画が、嘘みたいなリアルの不正によってぶっ潰される…。
「作中の会話は全て事実です」
この言葉が示すように本作で映し出される再現ドラマの会話は実際にあったこと。そう考えて観ていくとなかなかに言葉を失うような善悪・倫理観がどこかへ消しゴムで抹消された世界が目の当たりにできます。
カリフォルニア州、ニューポートビーチ。ジョンという男に電話するのはリック・シンガー。
「忙しそうだな」とジョン。「早期出願の時期だからね」とリック。「料金設定について聞きたいんだが、無理にとは言わないが参考までに」とジョンは話題を振ります。
「提携してる大学はたくさんある。早い者勝ちだ。志望校を決めてくれ」「ハーバードかプリンストン、ジョージタウン…」「私が通せばハーバードが120万ドル」「高いな…」「直接大学と交渉すると4500万ドルは取られる。スタンフォードが5000万ドル」「でもベイエリアには払う連中がいる。バカげてるよな。私は通用口(side doors)から730人を入学させた」
あっけらかんと語られる不正入学の申し込みとそれをいとも簡単にできると請け負う首謀者とのやりとり。
こんなことが本当にあったなんて…。
首謀者はビジネスしているつもり
『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』で描かれる不正の手口。それは意外にという言い方は正しいのかわかりませんが、なんともあっけないシンプルなものでした。
そもそも首謀者のリック・シンガーとは何者なのか。
映画のヴィランみたいな、もしくは『ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者』のような業界を裏で支配する権力者…ではありません。もともとは学校でバスケを教えているコーチ。どこにでもいる指導員だったというのがびっくりです。
財政上の問題もあってバスケのコーチを解雇となったリックは、その後に起業して個人の試験指導員を始めます。最初は真面目だったらしく、こじんまりとした事業だったのでしょう。それでもしだいに小さな不正に手を染めていきます。白人をアフリカ系やラテン系だと偽り、優遇措置を得ようとするとか…。
そしてリックが見つけた金脈がスポーツ推薦でした。大学はスポーツの実績のある生徒を優遇してくれます。リックはコーチ経験からそのあたりにも詳しく悪だくみを考えました。誰もが頭では考えても実行には移さないようなことを…。
新会社「The Key」と非営利組織を隠れ蓑に受験指導という名目で不正入学をサポート。面白いのが写真の偽装です。フォトショ加工みたいな感じでまるでスポーツをやっていたかのように写真を捏造。自宅でボートに乗った風の写真をわざわざ撮影したり…。私は、富裕層なんだからカネもあるし、いっそのことスポーツ始めればいいのに…と思うのですが、なぜか加工素材の提供に腐心する親たち。
また、替え玉受験では7万5000ドルでお望みの点数がとれるとして、学習障害があるふりをして試験管と2人きりの部屋でテストを受けさせ、答案を回収した後にしっかり買収した試験管にテストを解かせるという、単純な戦法。
これらの不正をリックはまるで罪悪感を感じておらず、むしろ上手く起業してビジネスにしていると思っているみたいで…。機中泊までして世界各地を転々するなど、ワーカホリックですらあります。つまり、仕事熱心で真面目な犯罪者なんですね。だったらその熱意をもっと正しいことにね…。
しかし、一転してFBIにバレると今度はケロっと手のひら返しで捜査に全面協力。いつもの巧みな話術で親たちの証言を引き出し、録音証拠の確保に尽力。なんだろう、FBIで働けばいいのに…。
「普通の大規模組織犯罪は末端から捕まえる、でも今回はいきなり主犯格を捕えた」と関係者は語っていましたが、そのとおりこの事件はあまりにもリックありきの個人レベルでのスケールのデカい不正だったんですね。
本作はまさしくこのリック・シンガーという男の、罪に無感覚となった人間性が恐ろしくもあり、呆れもし…。
子どもを気持ちを思うと…
一方で、『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』は首謀者であるリックだけを咎めるものではありません。
まず不正入学を申し込む「親」の実態にも愕然とさせられます。
そもそもの話、肝心の子どもたちは自分で不正入学したいと思っているわけではありません。親が勝手に進めていたことです。その動機は、自分の子どものステータスのため。「高等教育の商品化が進んでいる」とスタンフォード大学の入試担当責任者だったジョン・ライダーは言うように、いい大学に入ること自体が目的になってしまい、子は親を乗せる車。ハーバード卒ではない親が子を入れることで自分が入ったような気分になるという、言ってしまえば自己満足。
親側もそこを自覚しているのか、リックに子どもにバレないかとしきりに確かめている声が流れていました。そんなに子を案じるならやらなければいいのに…でもやる。
一番キツイなと思った場面は、必死に自力で合格するべく勉強に打ち込んでいる子の姿を知りながら、裏で不正入学を手続する親の会話ですね。これはもう、歪んだ愛情というか、私はネグレクトも同然じゃないかと思ってしまう…。親の不正を知った子はどんな気持ちになるんだろうかと考えるだけで…。
第一、子どもはこんな不正はたぶん嫌なはずです。不正入学なんてしようものなら、一生消えない人生最大の汚点になりますからね。名前もバレてインターネットに永遠に残るんですよ。最悪です。
大学システムそのものを不合格にしたい
しかし、かといって親も責められない。
作中でも専門家の人たちが厳しく言い放っていましたが、これは「大学システム」という全体の腐敗の問題です。
アイビーリーグなど全米最高峰の大学群が最高とされる理由が学業成績とは無関係で、その原因は「大学ランキング」。その順位の基準は「名声(プレステージ)」(プレステージはフランス語。本来の意味は「偽り」です、大学は偽りの世界です…という皮肉が刺さる)。
近年大学進学の難度が上がっている原因は、大学が順位を意識し始め、どの大学も順位を上げようと必死になり、あげくに寄付金欲しさの競争になっているからだ、と。
大学の経営陣がカネが入ってくることを歓迎し、出所を気にする人はいない。マイナースポーツは財政難なのでおカネ欲しさに不正に手を貸すこともあり、そんな弱小スポーツが資金を他所から集めてくれば大学は何も言わない。このスポーツをカネ集めの駒にしか思っていないような大学の態度。
SATやACTなどの入試も大問題。テストは純粋に学力を測るためのものではなくなり、予備校などの受験ビジネスの市場となる。質の高い指導を受けるにはカネがかかり、裕福な生徒ほど高得点になる。これではただの投資であり、スマホゲームのガチャみたいなものですね。つぎ込まないと欲しいアイテムは手に入らない。
そして子どもたちの心理を市場の儲けのために操るわけです。いい大学に入らないと人生が損するよ…と不安を増大させる囁きを耳に吹きかけながら…。そうすればもう子どもたちはパニック。入試におびえる子どもが増え、特定の大学にしか眼中になくなり、過剰なまでに合否を気にするようになり…。潤うのはもちろん大学の上層部と関連ビジネスです。
既存のアメリカの大学システムも結局は「バズる」ことが全てになっているんですね。
本作を観ていると、私は今の日本の東京オリンピックに似ているなと思いました。スポーツ自体はどうでもよくなり、金儲けの舞台と化すあたりがそっくりじゃないですか。
アメリカには3000以上の大学があると説明されるとおり、どこでも夢は叶えられる可能性があるし、大学に行かなくなって人生が潰れるわけはない。子どもたちの未来を素直に応援する教育と学問の世界、それを作るのは大人の責任ですよね。
通用口の扉は閉じられた、でも裏口はまだ開いたまま。まだ裏口の大学直接寄付による不正は残っており、もしかしたらリックみたいな通用口をビジネスに使っている輩が依然としているかもしれない。ほんと、早急に根本から改善しないと…。
なんか本作の鑑賞後に、リックみたいな人、どっかで見たなと思ったら、あれでした。愛知県知事の解職請求(リコール)運動をめぐる不正署名問題で渦中に立っているあの関係者たちです。あの人たちもまるで罪悪感なく荒唐無稽な所業を平然としていますし、完全にリックと同類の精神性を持ってますね。
“クリス・スミス”監督、あの…次の題材は日本の不正リコールのドキュメンタリーとかどうですか?
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 73%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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大学や入試で起きる不正を題材にした作品の感想記事です。
・『ハンティング・グラウンド』
・『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』の感想でした。
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