全知全能の糞野郎を失墜させる計画、一緒にどうですか!…「Netflix」ドラマシリーズ『KAOS カオス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2024年)
シーズン1:2024年にNetflixで配信
原案:チャーリー・コヴェル
動物虐待描写(ペット) LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
かおす
『KAOS/カオス』物語 簡単紹介
『KAOS/カオス』感想(ネタバレなし)
反逆したい大人向けのギリシャ神話
いきなりですが、ギリシャ神話(ギリシア神話)検定の初級の第2問の始まりです。
主神ゼウスの子どもの名前を10人以上答えられますか?
…はい、正解は…
アテナ、アポロン、アルテミス、ヘルメス、アプロディーテー、アレース、ヘーパイストス、ディオニュソス、ペルセポネー、パンディーア、ヘルセー、ネメア、ペルセウス、ヘラクレス、ディオスクーロイ、ゼートス、アムピーオーン…他にもいっぱい…。
なんでこんなに多いかって、それはもうゼウスが手当たり次第にいろんな神や人間との間に子どもを作りまくっているからです。節操がない…。
子ども側も大変そうですよね。それだけ兄弟姉妹が多ければ、自分の存在が霞んでしまって忘れさられそうじゃないですか。ひとりくらいいなくなっても気づかれなさそうですよ…。
今回紹介するドラマシリーズは、そんなギリシャ神話のドロドロした大人模様をダークなユーモアで戯画化した作品です。
それが本作『KAOS/カオス』。
本作は前述したとおりギリシャ神話を土台にしているのですが、そんな作品は珍しくありません。ギリシャ神話を現代社会を舞台に当てはめているのですけど、それも珍しくはないかなと思います。
しかし、ドラマ『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』が子ども向けのギリシャ神話応用編なら、この『KAOS/カオス』は完全に大人向けのギリシャ神話応用編といった感じです。
ある予言に基づいて、複数の主人公が運命に導かれるように、全知全能の神であるゼウスに反逆していく姿を描く…壮大な復讐劇の始まりが描かれます。
この『KAOS/カオス』のゼウスが相当にクソ野郎として描写されており、いろいろな作品でゼウスは描かれてきましたが(『ソー ラブ&サンダー』とか)、今作のゼウスは本当に救いようのない奴です。
そのゼウスを憎々しく熱演するのは、『ジュラシック・ワールド』シリーズでもおなじみの“ジェフ・ゴールドブラム”。こういう役は大得意ですね。
他の登場人物はめちゃくちゃ多いので、何から紹介すればいいのやら…。ギリシャ神話なので神様だらけで大渋滞なんです…。
『KAOS/カオス』は、ギリシャ神話を翻案したダーク・コメディとしては非常に原典に忠実で、上手く脚色していると太鼓判を押す専門家もいるほどで、2020年代屈指のギリシャ神話派生作なのではないでしょうか。
個人的に推したいのは、本作のLGBTQ表象。『KAOS/カオス』は性的マイノリティのキャラクターも豊富で、あちこちに溢れています。
無論、これを「ポリコレが押し付けられたせいだ!」と喚くのはお門違い。そもそもギリシャ神話は、同性同士の恋愛などありふれているのですから。原作どおりです。
そういう意味では、この世界では性的マイノリティは「マイノリティ」ではないのかもしれませんが、全てがそういうわけではなく、巧みに迫害される立場の者も描き出し、それが現代社会のリアルな差別と重ねるように練り込まれています。
例えば、主人公のひとりである“あるキャラクター”は現代でいうところのトランスジェンダーなのですが、現在の日本含む世界で巻き起こっているトランスジェンダー差別(トランスフォビア)とシンクロする境遇となっていたり…。
この表象の手慣れた完成度が実現できているのは、ショーランナーの“チャーリー・コヴェル”の才能でしょうか。2017年の『このサイテーな世界の終わり』というドラマで話題となったロンドン出身のクリエイターで、「they/them」の代名詞を使うクィアな当事者でもあります。“チャーリー・コヴェル”のような信頼できるクィア・クリエイターなら大丈夫です。『KAOS/カオス』はまた新しい代表作になりましたし、ここから知っていく人も増えるでしょうね。
『KAOS/カオス』は「Netflix」で独占配信中。シーズン1は全8話で、1話あたり約45~56分程度。
ギリシャ神話をなぞっていて、神様の名がたくさんでてきますが、そんなにギリシャ神話の知識が無くても気にすることはありません。もし興味のあるキャラクターがでてきたら、ネットで名前でも検索して調べてみてください。
『KAOS/カオス』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :2024年の注目クィア作品 |
友人 | :ギリシャ神話好き同士で |
恋人 | :異性&同性ロマンスあり |
キッズ | :性描写&暴力描写あり |
『KAOS/カオス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
選ばれし存在だけがくつろげるオリュンポス山。この豪華な邸宅でゼウスは称えられる生活を満喫していました。妻(兄弟姉妹婚)のヘラも一緒です。ここには全てがあります。
しかし、ゼウスには知らないことがひとつありました。現在は神の気まぐれで岸壁に磔にされて囚われのプロメテウスは「3人の人間と1つの予言」でこのゼウスを失墜させる計画を企んでいました。
線が現れると秩序が乱れ一族が滅びカオスの世界となる…。それが予言です。
その計画に欠かせないひとりは地上のクレタにいます。ヴィラ・トラキアの家に住むエウリュディケ(リディ)です。彼女は愛の問題で消沈していました。夫のオルペウスへの想いは冷め切っていたのですが、それを夫は気づいてすらもいません。
オリンピアの祝典の日。スーパーマーケットでキャットフードを万引きする変な奴に出会うリディ。そのみすぼらしい人は名乗らず「今日がその日だ」と意味深なことを告げて去ります。リディは噛み合わないパートナーの音楽家オルペウスと今日にでも別れるべきということかと逡巡します。
一方、ところかわって、実はゼウスの子のひとりであるディオニュソスはパノペウスのクラブで狂乱と欲望に酔いしれていました。父に評価されないことに不満を溜め、人間の母から生まれたことが劣等感です。
そこでディオニュソスはゼウスに時計を贈ることにしますが、ヘラクレスからもう貰ったと微妙な反応をされます。父に責任ある神の地位が欲しいとせがむも、ゼウスにはその気は全くなし。失望し、「他の子は来ないのも納得だ」と捨て台詞で去り、こっそりゼウスの時計を盗みます。
テレビには地上の式典で神を侮辱する記念碑への抗議が映り、トロイ人のせいかとゼウスの顔が曇ります。人気の陰りに不安を感じたゼウスはプロメテウスを呼び出し相談します。顔のシワがカオスな世界を告げる予言だとゼウスは考え、このまま滅びるのは嫌だと涙目で訴えます。それに対し、プロメテウスは「予言は人間にだけ適用されるものだ」と安心させ、勝手に納得したゼウスはまたプロメテウスを拘束に戻します。プロメテウスの言葉は嘘だと知らずに…。
リディは身を捧げている母のもとへ行き、個室で不安を吐露。リディは神に逆らうと言い放ってその場を去りますが、その瞬間、リディは車に轢かれて死というかたちで全てに別れるハメになってしまいます。
それをライブステージで知ったオルペウスは悲嘆にくれ、銃で自殺を図るものの、ディオニュソスがそれを阻止し、冥界に行ってしまった人物と再会できる方法があると教えます。
ゼウスは創造主でも神でもない…人間なのです。まだみんなは知りません。でも逆らえるはず…。
今日がその日、決別する日
ここから『KAOS/カオス』のネタバレありの感想本文です。
『KAOS/カオス』におけるゼウスは、裸の王様のようなどうしようもなく恥知らずな愚かな権力者です。大衆に崇められることにしか関心がなく、骨の髄まで家父長制が染み込んでおり、老いと権威の陰りに焦りを感じています。これは昨今の世界中に頻出しているポピュリズム政治家をそのまま風刺しているというのはすぐに察せられること。
本作のクレタ(私たちの知っているクレタ島とは少し違う)は、ミノス大統領の政権による軍事独裁国家のようになっており、トロイ人を迫害し、見せしめに処刑するなど暴虐の限りを尽くしています。独裁者の上にはさらに醜悪な独裁者がいる。どこも地獄です。
面白いなと思うのは、冥界の設定。本作の冥界では、死者たちがステュクス川の船に救命胴衣を着せられて乗せられ、「この川を渡って向こうまで行ったら人生やり直せますよ」と言われるがままに泳いでいきます。
この光景は現実の難民が置かれている状況と同じ。何の信頼性もないままに理不尽な流れ作業に身を任せるしかない…『人間の境界』で見たやつだ…。
ミノス(というか諸悪の根源はゼウス)のせいで冥界では死者で溢れかえっており、その処理対応が追いつかずに、”デヴィッド・シューリス”演じる冥界の主であるハデス(ゼウスの兄弟)は過労で疲れ切っています。”レイキー・アヨーラ”演じる妻のペルセポネも憂鬱になりますよ。
死者の何人かは未定者センターで「200年労働ね!」とか、人権も欠片もない手続きで事実上の奴隷として酷使される日々…。
まあ、作中で明かされる実態はもっと酷いですが…。フレームに導かれた死者は転生すると言われていましたが、実は転生などはなく、魂を奪っているだけでした。死者の魂はオリュンポスのミアンダーの水となり、その水を神たちが飲むことで神秘の力を維持していました。要はエナジードリンクの成分にされているだけ。うん、最低です。
本作のゼウスは自身では全知全能だと思っていますし、周囲にも全知全能だと認識させているのですが、実際のところは搾取によって力を得ているだけ。それを奪われると本当に無能になってしまいます。
カリスマ性は政治的プロパガンダ、パワーは欺瞞。これが全てのからくりです。
有頂天だったところから、シーズン1最終話で急転直下、予想外のミノスの殺害から大焦りで身近に当たり散らし、最後はオロオロする…。“ジェフ・ゴールドブラム”尽くしのギリシャ神話の休日でした。演技しているぶんには楽しそうだな…。
神に挑むクィアたち
話を変えて『KAOS/カオス』のLGBTQ表象に焦点をあてた感想にしましょう。
本作にクィアなキャラクターが多いのは、もう説明したとおり、そもそものギリシャ神話でもそうなっているからです。ただ、本作の場合は、そのクィアなキャラクターたちを「権力に反逆する」という側に配置しており、これは現実社会での権利運動との重複を意図してのことなんだとは思います。
目立つのは、予言を担う主人公のひとりであるカイネウス。ギリシャ神話においては、カイネウスはもともと女で、海の神のポセイドンによって男に変身した…という物語になっています。
本作はこのカイネウスのキャラクター・ストーリーをトランスジェンダーの人生過程にそのまんま置き換えています。カイネウスを演じているのも、トランスジェンダー俳優の“ミシア・バトラー”であり、完全に狙ったキャスティングですね。
作中のカイネウスは「カイニス」が当初の名前。これはデッドネーミングってことになります。カイネウスはアマゾンが故郷であり、いわゆるアマゾネスと呼ばれる女性たちのコミュニティの中で厳格に暮らしていました。本作ではそれを軍事キャンプさながらに描写しており、「男は不要だ!」とまくしたてるその排外主義的な体質は、某ジェンダー・クリティカルな女性の皆さんにそっくり…。
そんな故郷を追放され、苦難を経験してきたことをカイネウスは冥界で出会ったエウリュディケ(リディ)に打ち明け、良い関係を発展させつつ、己の真価を開花させていく。シーズン1だけでもドラマチックな物語が詰まっていました。
もうひとつのクィアなエピソードは、ずっと語り役として物語の行く末を見守るプロメテウス(演じるのは”スティーヴン・ディレイン”)。今作ではカロン(演じるのは”ラモン・ティカラム”)という男性の恋人がおり、回想では仲睦まじいベッドシーンもありましたが、唐突な刺殺。でもこれはカロンを冥界の渡し守にして予言を実行するための壮大で切ない計画の一部で…。
ギリシャ神話にはここまでビッグ級のゲイ・ロマンスはないのですけど、プロメテウスとカロンで用意してくれるとは思わなかった…。
ディオニュソスはバイセクシュアルで、これはわかりやすいです。
他にも、運命を司る3人の女神のひとりラケシス(ジェンダーフルイドの”スージー・エディ・イザード”が演じる)もやけにかっこよく燃え尽きながらゼウスを見下ろしますし…。ちなみに他の運命の女神の2人もトランス俳優が演じてます(PinkNews)。
こんなメンツだからこそ反逆していく過程も私にとっては盛り上がるものです。『モンキーマン』の感想でも書いたけど、もっともっとクィアな人たちが体制に反抗していくリベンジ・ストーリーが見たい…。
シーズン1の最終話、リディはオルペウスと地上に戻り、納得して抱き合って別れ、カサンドラと再会して再度の予言を受けます。カイネウスは一度は無となった母を取り戻し、誰かの決めた規範を覆します。アリアドネは双子のグラウカスの悲劇を目にしてあらためて腐った構造に反旗を翻します。ディオニュソスの手にはミアンダーの水のボトル。準備は整いました。
私もカオスに参加します!
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実)
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『KAOS/カオス』の感想でした。
Kaos (2024) [Japanese Review] 『KAOS/カオス』考察・評価レビュー
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