トム・ヒドルストンとネッシーを探そう!(それどころじゃない)…「Apple TV+」ドラマシリーズ『エセックスの蛇』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2022年)
シーズン1:2022年にApple TV+で配信
製作総指揮:クリーオ・バーナード、アンナ・サイモン ほか
性暴力描写 DV-家庭内暴力-描写 性描写 恋愛描写
エセックスの蛇
えせっくすのへび
『エセックスの蛇』あらすじ
『エセックスの蛇』感想(ネタバレなし)
蛇は蛇でもサーペント
日本にヘビは何種いるでしょうか?
沖縄はハブがいるので別として、北海道・本州・四国・九州を考えると、8種のヘビが生息しています。具体的には、アオダイショウ・シマヘビ・ジムグリ・ヤマカガシ・ヒバカリ・シロマダラ・ニホンマムシ・タカチホヘビです。このうち、よく見かけるのはアオダイショウとシマヘビの2種。たった8種類とは言え、動物のことをあまり知らない人は「こんなに種類のヘビが日本にいるのか~」と驚くのではないでしょうか。ヘビってそんなに目立つ動物ではないですからね。
ではイギリスはどうか。イギリスはもっと簡単です。3種類しかいません。ヨーロッパクサリヘビ、ヨーロッパヤマカガシ、ヨーロッパナメラの3種類。覚えやすいですね。まあ、イギリスに旅行に行ったとして、これらのヘビに遭遇することはあまりないと思いますけど…。
でもヘビの種類は少ないけど、ヘビを表現する単語は英語ではいっぱいあるのです。ヘビは英語で「snake」。これは基本。それ以外に「viper」や「adder」という言い方も種類によってはします。そして「serpent」という単語もあります。この「serpent」はもっぱら何かしらの邪悪なネガティブな意味を込めて用いられ、その由来はキリスト教の聖書にあるイヴを騙したヘビのせいです。やっぱりヘビは悪者のイメージなんですかね。
ヘビって毒があるやつもいるけど、基本は臆病で引きこもり体質なだけだし、ほぼ無害も同然なのに…足のない見た目だから気持ち悪がられるなんて、ほんと可哀想だなとつくづく思う…。
今回紹介するドラマシリーズはタイトルにヘビが入っています。それが本作『エセックスの蛇』。
原題は「The Essex Serpent」。「サーペント」とあるので、まあ、悪いイメージのヘビなんだなというのは察しがつきますが、単純なヘビの話でもない、ちょっとややこしい物語です。
『エセックスの蛇』はイギリスのドラマシリーズです。「エセックス」はイギリスにある地名ですね。そこが舞台なのですが、1890年代、その海に面した地域で「謎の巨大な蛇らしき生物」の目撃例が発生します。地元では「サーペント」と恐れられるのですが、主人公の女性はこれを太古の恐竜の生き残りではないかと推測し、調査を開始する…というのが出だし。いわゆる「ネッシー」と同じ、あれですね。
じゃあ、ネッシーを探すドラマなのか!と思われそうですが、そういう感じでもなく…。
『エセックスの蛇』はジャンルとしてはまずは「ゴシック・ロマンス」だと説明するべきでしょうか。イギリスのドラマということもあり、“ジェイン・オースティン”とか“ブロンテ姉妹”みたいなクラシックな文学の香りもあります。どっちかと言えば、“エミリー・ブロンテ”の『嵐が丘』に雰囲気が近いのかな。厳しい自然環境で背徳的な人間模様が展開され、そこに不確かな超自然現象の気配が微かに漂う…。『エセックスの蛇』では主人公の女性は2人の男性の間で揺れることに…。同時に新しい女性像も示され、フェミニズムな作品ですし、それこそ同時期に活躍する“ヴァージニア・ウルフ”へと繋がるような…。
原作があって、イギリスの作家である“サラ・ペリー”の2016年の小説です。
この『エセックスの蛇』で主人公を演じるのは、ドラマ『HOMELAND』の“クレア・デインズ”。なんでも当初は“キーラ・ナイトレイ”を起用する予定だったらしいですけど。
そしてその主人公と並ぶことになる男性を演じるのが、マーベル・シネマティック・ユニバースによってすっかりロキの役でおなじみになった“トム・ヒドルストン”。今回はあの裏切りの神のように常にニタニタせせ笑っている感じはゼロで、不器用さもありつつなんだか女性を包容してしまう魅力を持った男を名演してみせています。
また、もうひとりの主人公を揺らす男性を演じるのは、『白鯨との闘い』『ビルド・ア・ガール』の“フランク・ディレイン”。他の共演陣は、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の“クレマンス・ポエジー”、『わたしは、ダニエル・ブレイク』の“ヘイリー・スクワイアーズ”など。
『エセックスの蛇』は「Apple TV+」で独占配信中です。全6話(1話あたり約50分)。イギリスのゴシック・ロマンス好きや、俳優ファン、自立的な女性像を描く作品が好きな人には琴線に触れるドラマだと思います。あ、ヘビが苦手な人でもたぶん大丈夫です。ヘビがうじゃうじゃでてくるとか、そういうホラーではないので…。
オススメ度のチェック
ひとり | :イギリス文学が好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :異性愛ロマンスが主です |
キッズ | :性描写が多少あり |
『エセックスの蛇』予告動画
『エセックスの蛇』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):太古の生物か、悪魔か…
霧深い水辺地帯。グレイシーという若い女性が半身を水に浸かりながら、十字架を持って許しを請います。ざわめく水鳥。そこに水中から巨大な何かが迫ってきて…。それを陸地で見ていたナオミは怖くなって走り去ります。そしてまた静かに…。
ロンドン。コーラ・シーボーンのもとに若い医者のルーク・ギャレットが訪問してきます。目的は、ベッドに横たわって弱り切ったコーラの夫のマイケルです。すぐに手術すれば助かるのですが、マイケルは傷のない体で死にたいと言い、コーラもは夫に無断で手術を決行することを受け入れられず、手の施しようがありません。
翌日、使用人のマーサはマイケルの死を確認。コーラは息子の幼いフランキーに父が亡くなったことを伝えます。フランキーは「なぜ泣いてないの?」と母に素朴に問いかけます。コーラにとって夫は複雑な存在でした。
葬儀の後、ルークと並んで歩くコーラ。彼女は博物学が好きでした。マーサは「新たな人生を楽しんで、やっと解放されたのだから」と背中を押し、ひとつの記事を渡してくれました。そこにはエセックス州の海で水の怪物が目撃されたという内容が書いてあり、ドラゴンだとか、蛇(サーペント)だとか、噂になっているようです。古生物学にも詳しいコーラは首長竜のプレシオサウルスかもしれないと胸が躍ります。
コーラは調査のためにエセックスに行く気満々となり、ルークはやめろと言いますが、さっそくフランキーとマーサを連れ立って現地に到着。
また目撃の情報があったようで、場所はアルドウィンターという小さな村。
コーラがひとりでそこらへんをうろついていると、沼にハマった家畜を必死に助け出そうとする男に遭遇し、一緒に助けてあげます。男は「ここには何もない」と言い放ちます。
その男は牧師で、名はウィル・ランサム。近くに住むヘンリーにグレイシーは来たかと聞きます。ヘンリーの娘であるグレイシーは最近になって行方不明になったのでした。グレイシーの妹であるナオミは悪魔の仕業なのかと怯えており、ウィルはナオミに「エセックスには悪魔はいない」と語ります。
コーラは協力者として紹介された家に行くと、それはあのウィルでした。ウィルはサーペントも悪魔も信じていないようですが、コーラは「私は目に見えない神より生き物を信じる」と言い切ります。
夜、住人たちのグレイシー捜索で照らされる沼地。沼地でグレイシーの十字架だけ見つかり、ますます不安は高まります。コーラも一緒に捜索に参加しますが、霧深い地形で迷ってしまいます。
するとグレイシーの遺体の前で悲しむナオミと遭遇。みんなも集まり、住人たちは悪魔の仕業だとその場で祈り始めます。ウィルの制止も無視で、一心不乱に悪魔を追い払おうとする人たち。
グレイシーの死は事故なのか、それとも本当に得体の知れない悪魔がいるのか…。
保守的な世界から抜け出そうとする主人公
『エセックスの蛇』の舞台となるエセックス。ロンドンの北東にある地域で、そんなに距離は離れていません。ドラマにて主人公のコーラたちが一時滞在することになる「アルドウィンター」は架空の村です。でもおおよその位置はなんとなく特定できます。本作の撮影場所は「トルズベリー」などだそうで、あの地域周辺にはリバー・ブラックウォーターという水域があり、一部は荒涼とした湿地帯になっています。確かにあのへんなら未知の巨大生物が水中に潜んでいてもおかしくはない気がしてきます。
そのサーペントと呼ばれる未確認生物の噂を聞きつけてやってきたコーラ。本作ではアカデミックな女性を描いた作品として特色がありました。元ネタは『アンモナイトの目覚め』でも描かれたメアリー・アニングなのかな。
コーラの背景も重要です。彼女はどうやら夫から暴力を受け続ける日々を過ごしていたようで、夫の死を素直に悲しめません。そしてマーサの助言もあり、かねてから興味のあった学術の世界へと第2の人生を進んでいくことになります。つまり、出だしからこれは保守的な世界から抜け出そうとする女性の自立の物語なんですね。
コーラ自身は夫亡き後もまだ夫からのマインドコントロールな状態から解放されきっておらず、どうも自信なさげで、物事を主体的に決められずにいます。本作の物語はそのリハビリの過程とも言えます。
ところがその心機一転の舞台であるアルドウィンターもやはり保守的な世界で…。まあ、ド田舎なんてこんなものかという感じではあるのですけど…。
グレイシーの遺体の発見、それが元凶となり、子どもたちの間で集団ヒステリーまで起き、それが大人たちにも拡散し、よそ者であるコーラのせいだということにされていく。これは完全に魔女狩りと同じ構図です。学術的な熱意と知見を持つ女性が攻撃されるというのも悲しい状況ですが、でも今の日本のSNSなんかでもよく見られる光景ですし…。
グレイシーがなぜそもそも水辺で祈りを捧げていたのかというのも、ナオミの受ける性的被害の件から察するに、何かしらの宗教的なタブーを犯して罪悪感に陥ったからではないかと推測できます。この地域社会そのものが若い女の子を自己嫌悪に陥らせ、死に追い詰めているのです。
結局、猛バッシングを受けて、コーラはまたもや心に傷を負い、エセックスから退散してロンドンに戻るしかなくなります。
第5話で失意のどん底に叩き落されるので、このドラマはどうやってあと1話で着地するんだろうと思いながら観ていくと、そこはちゃんとしていて…。
ヘビ? いいえ、魅力的な男性がいました
『エセックスの蛇』は保守的なキリスト教の根付く世界の怖さを描いていますが、皮肉なことにコーラはその聖書をなぞるような運命を辿ります。ヘビ(サーペント)に惹かれて、やがて魅力的な男性に気づくのです。
その人がアルドウィンターで牧師をしているウィル。彼は牧師なのですが、そこまで妄信的な宗教家でもなく、かなり宗教と距離をとる人物です。要するにそんなに保守的な匂いが全然しない。そこがやっぱり良かったのか、コーラがぐいぐいと夢中になっていきます。ウィルもこの田舎にはいなかった聡明な女性の登場に新鮮さを感じたのか、こちらも目が離せなくなり…でも妻がいるので後ろめたさもあって…気まずいです。
一方、もうひとりの男性も登場します。それが医者のルーク。彼は若く当時としてはまだ未開拓な部分も多いであろう医学に情熱を燃やしており、ちょっと突っ走りすぎなところもあります。けれどもやや女性差別的というか見下し感も漂わす。典型的な「魅力がないわけではないけど、女を振り回す性格の悪い男」。
この3人、それぞれが考古学・宗教・医学…バラバラの立場になっているのも面白いです。
その三角関係にマーサも加わるのも本作のユニークさ。彼女は社会主義に傾倒しており、貧困層の人たちを社会改革で救おうと必死です。そしてどうやらコーラに友情を飛び越えて恋愛的な気があるかのような素振りもみせるなどクィアっぽさもあります。結婚は女性を縛り付けると主張したり、フェミニストとしての尊厳もあり、コーラにかなり多くの刺激を与えます。
本作はコーラが新たな男性と結ばれて幸せを得るというベタなオチにはなりません。それでは保守的な家庭観に逆戻りですから。コーラ自身も「結婚以外にもいろいろな愛の形はある」と語るように、規範的ではない在り方というのを手探りで模索していきます。
そこで鍵になるのがウィルの妻であるステラ。ありがちな展開であれば、このコーラとステラが「女と女の戦い」を繰り広げるのですが、本作はそうはならず。そこで最終話は明確なシスターフッドが光る。ステラも結核でもう先は長くないと知り、同時に女性の生き方としてコーラに何か惹かれるものを感じたのでしょう。彼女に未来を託すかのような行動に出ます。そして自分を小舟に横たわらせて水中へ沈んでいくのも、ある種の保守的な概念に縛られた女性を“終わらせる”儀式みたいにも思えますし…。
最終話、アルドウィンターの浜に巨大なクジラが打ちあがります。なんだこれが正体なのかとあっけないですが、現実なんてそんなもの。未知のものを怖がる理由はない。
こうして新しい関係性を築こうとするコーラとウィルの辿る道の先に“今”がある。
『エセックスの蛇』はネッシーは見つけられなかったけど、もっと大事な発見のある作品でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 78% Audience 81%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
「Apple TV+」で独占配信されているドラマシリーズの感想記事です。
・『シャイニング・ガール』
・『レポーター・ガール』
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作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『エセックスの蛇』の感想でした。
The Essex Serpent (2022) [Japanese Review] 『エセックスの蛇』考察・評価レビュー