始まりも結末も全てが衝撃で駆動する…映画『TITANE チタン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス・ベルギー(2021年)
日本公開日:2022年4月1日
監督:ジュリア・デュクルノー
性暴力描写 ゴア描写 性描写
TITANE チタン
ちたん
『TITANE チタン』あらすじ
『TITANE チタン』感想(ネタバレなし)
2021年のパルム・ドールは超衝撃作
2020年のカンヌ国際映画祭はコロナ禍のせいで通常開催することができず、特別構成で部分的に実施されただけにとどまりましたが、2021年はしっかり本来の姿で開催されました。
カンヌ国際映画祭ってなに?という基本をおさらいすると、これはベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭と並ぶ世界三大映画祭のひとつで、フランス南部のカンヌで催されます。最も注目を集めるのが「コンペティション部門」。世界の名だたる監督たちの作品がここに出品され、単に上映されるだけでなく、審査を受けて何作品かは特定の賞が授与されます。
それぞれの国際映画祭はたいていは固有の名称の最高賞が用意されているのですけど、カンヌ国際映画祭の場合は最高賞は「パルム・ドール」という名前です。「パルム・ドール(Palme d’Or)」とは「黄金のヤシ」を意味し、トロフィーがヤシの葉の形になっています。なんでかというとカンヌの市の紋章だからです。
とにかくこのパルム・ドールに輝くことができればそれはもう世界の映画の頂点という感じであり、監督にとってはとても栄誉ある評価となります。その賞を審査するのは批評家ではなく(批評家も勝手に採点とかして毎回盛り上がっているけど)、毎度審査員が選出されており、その合議で決定します。世界の映画業界で活躍する人物が審査員を務めるのが慣例で、そのうちひとりは審査員長となります。なのでかなり審査員の好みも反映されながら、どの映画が賞に輝くかが決まるのです。
2021年の第74回カンヌ国際映画祭の審査員の顔触れも凄かったです。“マティ・ディオプ”、“マギー・ジレンホール”、”メラニー・ロラン”、“ソン・ガンホ”など、各国の多彩な才能が集結。その審査員長を務めたのが“スパイク・リー”でした。
で、ここに思わぬトラブル。なんと“スパイク・リー”審査員長、うっかり今回のパルム・ドール受賞作を本来の発表より早いタイミングで喋って漏らしちゃったんですね。やっちゃったなぁ…。
そんなこんなもあったのですが、2021年のパルム・ドールに輝いたのが本作、『TITANE チタン』です。
ここ最近のパルム・ドール受賞作は、2018年は『万引き家族』、2019年は『パラサイト 半地下の家族』ときていましたが、2021年は久々に超強烈な映画が輝きました。それくらいこの『TITANE チタン』はインパクト絶大です。
あらすじをざっくり説明すると、主人公は車とセックスする女性です。車“で”セックス…ではないですよ。車“と”…。その女性の頭の中にはチタンの板が埋め込まれており、人を見境なく殺す衝動に駆られながら、肉体面でもっととんでもないことが起きていくという…。これだけ書いても「どんな設定だよ!」とツッコまれそうですが、映像を見ればまだまだ序の口、本編の衝撃はこんなもんじゃないです。
このショッキングな問題作『TITANE チタン』を監督したのは、あの食人衝動(カニバリズム)に染まっていく女子大生を濃密に描いて震撼させた『RAW 少女のめざめ』で鮮烈な長編映画監督デビューをした“ジュリア・デュクルノー”。
まさか監督2作目でパルム・ドールにまで上り詰めるとは思わなかった…。カンヌ国際映画祭史上2人目のパルム・ドールを受賞した女性監督です(1人目は“ジェーン・カンピオン”)。
凄いのは2作目にしてその作家性に磨きがかかり、あの衝撃作だった1作目以上のクセを放っているということ。やっぱり6歳にして『悪魔のいけにえ』を観ていたというだけあるな…もう常人の認識を超えた世界観創造力を持っている…。
今作は明確にあの「ボディ・ホラー」の巨匠である“デヴィッド・クローネンバーグ”にリスペクトが捧げられており、それでいて“ジュリア・デュクルノー”監督の新しい才能に上書きされているという…これぞジャンルの進化というものを味わえます。設定上は“デヴィッド・クローネンバーグ”の『クラッシュ』と“塚本晋也”の『鉄男』を融合させて、『シェイプ・オブ・ウォーター』のような異種間性愛を交えつつ、女性のジェンダー的要素で味付けを大幅に一新したような…う~ん、私には上手く言語化できない…こんなの感想書けるのか…。
無論、そうはいってもボディ・ホラーはボディ・ホラーなのでこのジャンルに不慣れな人や苦手な人は直視するのも辛いかもですし、根本的に人を選ぶタイプの極端な内容なので、その点は注意です。レーティングは「R15+」になってるけど…別に「R18+」でもいいような…なんでそうならなかったのだろう…。
パルム・ドールを獲った映画かぁ~とりあえず観てようかな…とお気楽に鑑賞するような映画ではこの『TITANE チタン』はないですが、その衝撃を怖いもの見たさに観るのはアリなんじゃないでしょうか。
オススメ度のチェック
ひとり | :衝撃作を鑑賞したいなら |
友人 | :ジャンル好き同士で |
恋人 | :ロマンチックな雰囲気は無い |
キッズ | :残酷描写や性描写が多め |
『TITANE チタン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):衝動が抑えられない
アレクシアという少女は父の運転する車の後部座席にひとり乗っていました。「ウ~ン」と車のエンジン走行音のマネをしており、運転中の父はうるさいので車の音楽の音量を上げます。それでも対抗するかのようにアレクシアもさらにうるさくし、さらにシートの背を足で蹴ってきます。さすがに耐えかねて父は「やめろ。やめろ!」と怒鳴ります。ところがアレクシアは自分のシートベルトを外し、後ろ向きで行動。危ないと思って父は後ろを振り返って叱ろうとし…車は急ハンドルで路肩に激突…。
アレクシアは一命をとりとめましたが、頭部は固定器具をつけられ、頭にチタン板を埋め込まないといけなくなりました。
なんとか退院したアレクシア。駐車場にあった車に駆け寄り、トラウマで怖がることもなく、むしろ愛おしそうに車を撫でて抱き着き、車体にキスします。
数年後。アレクシアは大人に成長。今はモーターショーのショーガールとして働いており、頭部の傷はそのままですが、仕事は順調。今日も車の前でセクシーにパフォーマンスし、体をくねらせ、車体の上で乱れます。それが終わるとサインや写真撮影にも応じます。
それが終わり、その会場のシャワー室で体を洗っていると、隣でジャスティーヌというショーガールの女性が自己紹介してきます。彼女の乳首のピアスにアレクシアの髪の毛が引っかかり、アレクシアはそれを強引に外します。
アレクシアが帰ろうと建物を出て夜の外を歩いていると、男が後ろから迫ってきて、アレクシアは走って逃げ、車へ。しかし、窓を開けさせて男は話しかけてきて、キスしてくれと言われ、やむなく頬にキス。それでも男はしつこく諦めず、顔を抑えて強引にキスしてきます。
アレクシアは自分からキスに答えるように振舞いつつ、自分の髪留めを男の耳に突き刺しました。男は死亡。その死体を放り出し、耳から引き抜き、後部座席に運びます。髪留めは髪に戻します。
そしてまた建物に戻ってシャワーで入念に身体を洗います。するとショールームからドンドンと響くような音が…。ゆっくりと裸のままそこへ行くと、1台の車が煌々とライトをつけて佇んでいました。アレクシアは車に乗り、ガタンガタンと車体が揺れます。中で快感を感じ、激しく飛び跳ねる車…。
帰宅。アレクシアは両親と住んでいます。しかし、父と会話はありません。お互いがいないかのように振舞っていました。ニュースではシリアルキラーについて報道されており、それはアレクシアが犯人でした。
アレクシアはジャスティーヌと身体的な関係を深めます。一方で、自分自身の肉体に違和感を感じ始めます。なぜか膣から黒いモーターオイルが漏れ出し、妊娠検査薬では妊娠していることが示されるのです。髪留めを突っ込んで無理やり中絶を試みるも意味は無し。
ある日、アレクシアはジャスティーヌとその他の複数を惨殺してしまいます。そして両親を部屋に閉じ込めて、家に火を放ってしまいました。
指名手配され、逃げ場を失っていくアレクシア。今の私の居場所はあるのか…。
理解なんて求めていない
『TITANE チタン』を観る前は懸念事項としてトランスフォビア的な内容になっていないかなとやや不安でした。最近も同じくボディ・ホラーである『ポゼッサー』がそんな感じの感想を私は抱きましたし…。
でも実際に観てみるとそこまで露骨にトランスフォビア的ではなかったかなとも思いました。そもそも本作のアレクシアは確かに作中で男装することになるのですが、それはあくまで指名手配になってしまい逃げるための変装であり、行方不明の少年が大人になったらこうであろうという再現写真を元に姿を変えます(結局変装はできないのですが)。前半の大量殺害の際に異性装をしているなら、性的倒錯者の恐怖のアイコン化に影響すると思いますけど、そうではないですからね。ただ、それでも本作を表層的にしか受け取らないと「性的倒錯者のヤバい奴がヤバいことをしている」程度の感想にしかならないとは思うけど…。
それでも『TITANE チタン』をフェミニズムやLGBTQの視点で分析するのはとても面白いです。というか、私は本作は「ポスト・フェミニズム」的であり、「ポスト・LGBTQ」的でもある、非常にプログレッシブな領域へと突き進む一作だとも感じました。
まずアレクシアは男性嫌悪的、男性恐怖症(Androphobia)の傾向が見受けられます。それは冒頭のシーンからもそうで、父親にあからさまに敵意があり、挑発的です。そして大人になって以降、言い寄ってくる男性を殺害までします。熱心に体を洗い直す姿といい、嫌悪感はハッキリでています。ただ、あそこはまだ性的暴力に対する正当防衛という感じであり、観客としてまだ「理解できる」範疇に収まっています。
そしてジャスティーヌというショーガール仲間の女性と親密な性的関係を持ち始めるのですが、ここで観客は「あ、レズビアンなのかな」と納得しようともできます。であれば男性に性的魅力も感じないでしょうし、理屈として通ります。しかし、ここでその観客の安易な想像をぶち壊すのが本作。あのジャスティーヌさえもあっけなく殺害。自分と関係あるなしに他者を殺しまくります。
一方で別にアセクシュアルというわけでもない。性的関係を持ちたいという願望はあるようです。
こうなってくると理解なんて求めていない。理解しようという方が無駄骨かも。
ではアレクシアの中にあるのは何なのか。彼女は他人の肉体の痛みに無頓着です。ジャスティーヌの乳首ピアスに容赦なく痛みを気にせずしゃぶりつく姿からも察しがつきます。だから殺人という凶行にもあっさりと手を染めてしまいます。
しかし、アレクシアには壊せないボディがひとつだけある。それが「車」。そしてアレクシアは車への欲求が抑えられないのでした。
女性の身体を超えて
その車への欲求があの幼い頃の交通事故で頭部に埋め込まれたチタンプレートのせいなのかはわかりません。後天的か、先天的か、そこは論点になりません。とにかくアレクシアは車に欲情していく。
ここで「車」というのは社会的には男性的なモノとして捉えられがちであるということも大事です。『PUI PUI モルカー』の感想でも私も書きましたが、車は男らしさで評価されがち。
生身の男性を差し置いて車に傾倒していくアレクシア。これをフェチシズムと捉えるか、性的指向と捉えるかは個人の自由でいいのですが、さすがにもう2022年ですし、これに「異常性癖」や「変態」みたいな粗暴で雑な言葉を貼り付けるのはもうやめた方がいいんじゃないかな…。
どういう認識であれ、『ヴィデオドローム(ビデオドローム)』や『裸のランチ』のような“モノ”に執着する人間の行動を視覚的に描き切って観客を引き込みつつ、内面では社会で優勢を占める男性をばっさりと排除するとてもアグレッシブなストーリーテリングだと思います。本作では男性は対立する存在としては描かれてすらいない、蚊帳の外ですよ。しかも、家族主義規範のようなものさえもあっけらかんと燃やしてしまうし…。
そんなアレクシアがたどり着いたのはヴィンセントという老いた消防士。彼はステロイドでなんとか肉体を保とうとしており、その姿は痛々しいです。ここでは多くの男性消防士の群れが描かれ、ここでも男性というものがモブ化しています。そんな男たちを脇において、やはりここでも消防車と交わるアレクシア。
しかし、自由奔放とはいかない。アレクシアは妊娠してしまっており、そうしてどんどんと膨らむ乳房とお腹に絶望していく。自分ではどうしようもない女性ゆえの身体の変容を徹底しておぞましいホラーとして見せていく。ここが“ジュリア・デュクルノー”監督の真骨頂。しかも、ここにさらに上乗せされ、その肉体がそうやら「車」化しているような気配さえする。モーターオイルが漏れ出し、膨らんだ腹がズボっと剥がれて黒光りするメタルなボディが見えてくる、あの何とも言い難い変身の恐怖。
でも同時にどこか高揚感もわずかにある。女性の肉体という制約への恨めしさ、しかしながらそれに絶望するだけではない、その先にある新しい自分への期待感。『Swallow スワロウ』にも似たようなエッセンスがありましたけど、奇怪さから新たな存在を創出する、その快感はまさにボディ・ホラーのジャンルの醍醐味。“ジュリア・デュクルノー”監督はきっちり楽しませてくれました。
そう言えば女性が車になるってオチ、『少女革命ウテナ』も同じだったな…。これを関連付けて語れるかはわからないけど、誰か考察してほしい(丸投げ)。
『TITANE チタン』みたいなボディ・ホラーはいつの時代も扱いが難しいので賛否は当然割れるのですが、ビジュアル的な異様さを消費する以上のパワーを見せられるかが分かれ目なのかなとも思いました(そうカッコつけて書いてみたけど要するに好みでしかないけど)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 85%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020
以上、『TITANE チタン』の感想でした。
Titane (2021) [Japanese Review] 『TITANE チタン』考察・評価レビュー