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アニメ『ポケモン』のムサシ&コジロウはなぜ海外のLGBTQコミュニティから熱烈に支持されたのか?

ロケット団のムサシとコジロウ

何事にも終わりはあるもの…。でもこんなに続くとは思いませんでした。

1996年2月27日に発売されたゲームボーイ用ソフト「ポケットモンスター 赤・緑」。このゲームの世界観を基にして始まったアニメシリーズ。それが『ポケットモンスター』でした。

アニメは1997年4月1日から放送され、「ポケモンマスター」を目指す少年「サトシ」(英語名は「Ash」)を主人公に、その相棒となるポケモン「ピカチュウ」との冒険がずっと描かれてきました。ピカチュウはこのアニメによって一躍ポケモンの代表的存在となり、今や世界で最も有名なゲーム・キャラクターのひとつです。

アニメ『ポケットモンスター』は人気を博して放送は絶好調。1998年7月18日には『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』という映画も公開され、日本では興収72.4億円の大ヒットとなり、劇場版も恒例となります。

そんなアニメ『ポケットモンスター』でしたが、幾度となくシリーズがリニューアルされつつ、一貫してサトシとピカチュウの物語が続いてきたのですが、ついに2023年3月24日の放送をもって、主人公サトシの物語が終わることになりました。最終章です。

寂しい思いをしている人もいるでしょう。かくいう私も「ポケモン第1世代」の人間で、ポケモンが社会現象になっていくさまをリアルタイムでファンの当事者として体験してきた人生でした。アニメは子どもの頃に観ていて、大人になってからは遠ざかっていましたけど、アニメの終わりはまるで私の人生の節目のようにも錯覚するほど、不思議な感慨があります。

そこで今回はこのアニメ『ポケットモンスター』の話をしたいと思うのですが、主題は主人公のサトシとピカチュウ…ではありません。

ロケット団のムサシコジロウの話をしていきます。

このムサシとコジロウのキャラクターが、実は海外のLGBTQコミュニティの一部界隈で熱烈に人気を集めていた…という話題です。

「ムサシ&コジロウ」とは?

アニメ『ポケットモンスター』を見たことがない人のために、まずムサシとコジロウのキャラクター紹介から簡単に始めましょう。

このキャラクターは「ロケット団」という組織に属しており、基本的には悪役です。主人公のサトシの前に立ちはだかり、ピカチュウなどのポケモンを奪おうとします。ムサシとコジロウはロケット団の団員で、ムサシは髪がかなり長い女性で英語名は「Jessie」となっており、コジロウは男性で英語名は「James」です。このムサシとコジロウは「ニャース」というポケモンを初登場時から連れ歩いており、このムサシとコジロウといるニャースはポケモンながら人の言葉を喋れるという特殊な特技を持っています。ムサシとコジロウとニャース…この3人組がアニメでは定番の存在です。

ただ、悪役といっても極悪なシリアスなものではなく、おおまかに言えばギャグ要員にもなっており、憎めない悪役といった感じです。毎回主人公のサトシの前に現れては邪魔をし、失敗して退散していくというのがオチになっています。製作者はこのムサシとコジロウとニャースを『タイムボカン』シリーズに登場する「三悪」からインスピレーションを得て創造したと語っています。

毎回の登場時にほぼ必ず口上を披露するのがお決まりになっており、多少のアレンジもシリーズによってありましたが、スタンダードなものは以下のとおり。

ムサシ 「何だかんだと聞かれたら」
コジロウ 「答えてあげるが世の情け」
ムサシ 「世界の破壊を防ぐため」
コジロウ 「世界の平和を守るため」
ムサシ 「愛と真実の悪を貫く」
コジロウ 「ラブリーチャーミーな敵役(かたきやく)」
ムサシ 「ムサシ!」
コジロウ 「コジロウ!」
ムサシ 「銀河を駆ける ロケット団の二人には」
コジロウ 「ホワイトホール 白い明日が待ってるぜ」
ニャース 「なーんてニャ!」

アニメではムサシとコジロウとニャースは人気キャラクターで、アニメの初期シリーズから最終シリーズまで登場し続けており、実質、主人公のサトシの次にレギュラーな人物と言えるでしょう。

「ムサシ&コジロウ」はLGBTQアイコン!? 人気の理由

ではなぜその「ムサシ&コジロウ」は海外のLGBTQコミュニティの一部界隈で熱烈に人気を集めていたのでしょうか。「そうだったの?」と驚く人もいるでしょう。この実態は日本ではそもそもLGBTQの視点で作品を取り上げるようなメディアが乏しいので、あまり知られていないと思います。初耳な人もいるかもしれません。

そこで「ムサシ&コジロウ」のLGBTQコミュニティからの人気の理由を整理してみたいと思います。

なお、アニメ『ポケットモンスター』は世界192カ国で放送されており、アメリカでは1999年から子ども向け番組の枠で放送されています。もちろん「ムサシ&コジロウ」というキャラクターもしっかり登場します。

そんな「ムサシ&コジロウ」は公式にはクィアなキャラクターとは設定されていません。しかし、LGBTQコミュニティの一部はこれらのキャラからクィアネスを読み取り、それを楽しんでいます。とくにコジロウがLGBTQ界隈ではホットです。

このように表向きはLGBTQと設定されていない創作上の物語や人物について、独自に分析することで規範的ではないクィアな解釈を試みることを「クィア・リーディング」と呼び、そのヒントになるような作品内で性的少数者であると明示的ではなくてもクィアであると解釈できるような様々なサブテキスト要素(コード)が埋め込まれていることを「クィア・コーディング」と言ったりします。

以降は「ムサシ&コジロウ」のクィアなコードを解説していきます。

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ジェンダー規範に堂々と逆らうスタイル

「ムサシ&コジロウ」はとくに初期の頃の描かれ方がクィアネスとして一部で歓迎されました。

作品を見ていればおなじみの光景なのですが、この「ムサシ&コジロウ&ニャース」は常に口上とともに派手に登場するだけでなく、「仮装」するなど大仰なパフォーマンスをともなうことが多いです。

作り手としてはその方が面白いから単純にやっているのだと思いますが、これがLGBTQコミュニティ的にはいわゆる「キャンプ」に受け取れるのです。「キャンプ(camp)」というのは、仰々しく芝居がかった振る舞いや存在感のことで、ドラァグクイーン的なスタイルでもあり、昔からゲイらしさの象徴でもありました。

しかも、「ムサシ&コジロウ」はこの登場時の仮装の際に、なぜか性別を入れ替えるようなファッションになっていることがよくあります。つまり、ムサシは男性的な格好をして、コジロウが女性的な格好をするということです。これも作り手は面白いからただやっているだけなのでしょうけど、非常に既存のジェンダー規範を揺さぶっています。

とくに顕著なのがコジロウで、このコジロウは、ドレス、花嫁、婦人警官、ナース、はたまたコギャル(当時はそう呼びました)な女子高校生まで、もはや何でもありで女性らしい格好を全開にします。そしてそれを何も恥じておらず、とても堂々と女装をこなすわけです。

とりわけ海外で伝説的となったエピソードがあります。それがシーズン1の第18話「アオプルコのきゅうじつ(Beauty and The Beach)」というエピソード。この物語では、海の家で働くハメになったムサシとコジロウとニャースが客集めのために日焼け美女コンテストに出場することになり、なぜかムサシだけでなくコジロウも平然と(女性用の)ビキニで出場している展開になります。しかも、コジロウは豊満なバストを披露し、空気で膨らましているらしい描写はありますが、自然な胸にみえます。サトシの仲間で同行者であるカスミという若い女性キャラクターに「コジロウ、あんた男でしょ!」とツッコまれても、「いいの、あたしの美しさには男も女もないの」と言い返すほどです。

このエピソードはアメリカでは検閲で通常放送されませんでした。一般的に、アメリカでは銃などの暴力や死などの宗教、ブラックフェイスなどの人種差別に関連するシーンがカットされることが多いのですが、おそらくジェンダー規範に逸脱するからという理由で検閲されたのはなかなかに衝撃。日本だと事実上の封印エピソードとなった通称「ポリゴンショック」事件を起こした回が有名ですが、アメリカではこの「コジロウの豊満おっぱい回」がファンの間では語り継がれる大事件となったのでした。

もうひとつ、コジロウのクィアらしさを象徴するエピソードとして海外で愛されているのが、シーズン2の第41話「ポケモンうらない!?だいらんせん!(The Fortune Hunters)」。この物語では、ポケモン占い本が流行っており、コジロウは「ファイヤー」というポケモンだと占いの結果がでます。最初は占いには興味なさそうなコジロウでしたが、自分に急に自信を持ち始め、それまでの従うだけの行動を改め、しまいには「俺はファイヤーだったのだ」とファイヤーのコスプレで派手に活躍。これは本当の自分のアイデンティティに気づき、カミングアウトして誇りを取り戻すクィアの姿に重なるとして、このエピソードも強く支持されました。

このように堂々とした女装の振る舞いでクィア・アイコンとして密かに愛されたキャラクターとしては、海外では『ルーニー・テューンズ』の「バッグス・バニー」が有名です。『ポケットモンスター』のコジロウはバッグス・バニーと同じなのです。

ともあれ、この「ムサシ&コジロウ」のジェンダー規範を盛大にぶち壊す暴れっぷりは、シリーズ初期の頃がピークで、後半はすっかり見られなくなっていくのですが、海外のLGBTQコミュニティの一部界隈ではこのときの「ムサシ&コジロウ」の姿が深く刻まれているのでした。

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不遇な過去と新たな人生

「ムサシ&コジロウ」がLGBTQアイコンになっている理由の別の側面が、その生い立ちです。

すでに大人な2人ですが、その2人ともかなり不遇の人生があったという設定になっています。

ムサシは極貧生活で、食べ物にも困るほどの苦しい生活を送っていました。看護師を目指したことや、アイドルになろうと努力していた時代もあるらしく、何かと夢多き過去があるようですが、いずれも叶わずに終わっています。

コジロウは逆に超裕福な家庭で生まれ育ち、豪邸で大切に育てられた「おぼっちゃま」でしたが、ルミカという結婚相手と反りが合わず、家を飛び出し、今に至ります。この許嫁のルミカは今もコジロウを執拗に追ってきており、コジロウにとってはトラウマです。

このコジロウの場合は、異性愛関係が上手くいかずに逃げているという背景が、またクィアらしいものに受け取れます。コジロウもムサシも恋愛には懲り懲りのようで、現在はかなり冷めた態度です。

ちなみにニャースもなかなかに特殊な生い立ちで、野良ニャースだった時代に都会で一匹の雌のニャースに恋をし、気に入られようと人間の言葉を頑張って覚えたところ、「気持ち悪い」とフラれてしまい、失意の中で「ロケット団」に入りました。

なのでムサシとコジロウとニャースはそれぞれ社会の規範に上手く適合できなかった存在です。

なお、余談ですがニャースの声を演じていたアメリカの英語版声優を担当し、2008年に残念ながら病気で亡くなった「Maddie Blaustein」はトランスジェンダーでインターセックスでもありました(Them)。

「トランスジェンダー」とは、出生時に割り当てられた性別と自分のジェンダー・アイデンティティが異なる人のこと。「インターセックス」とは、二元論的・典型的な生理学的“性”の特徴を併せ持って生まれた人、もしくはどちらにも当てはまらない特徴を持つ人のこと。

引用:AセクAロマ部

ムサシとコジロウは2人とも一時は暴走族に入っていたこともありましたが、流れ着いた先は「ロケット団」でした。そこで一緒になったムサシとコジロウとニャース。

ここでこの3者は、血縁でも恋愛でも主従でもない、新しい家族の概念のようなかたちで自分の居場所を見つけることになります。3者は異なる者同士ですが連帯することでプライドを獲得しているのです。

こうしたバックグラウンドが、現実世界で居場所を失って彷徨うことが多いクィアの心境と重なりやすいというのも、「ムサシ&コジロウ」がLGBTQアイコンになっている大きな説得力です。

そう考えると「何だかんだと聞かれたら~」で始まるあの口上も、とてもクィアっぽいものに思えてくるところもあるのではないでしょうか(クィア当事者はよく「あなたは何なのですか」と説明を要求されますから)。

【寄り道コーナー】
人物の話ばかりをしてきましたが、海外のLGBTQコミュニティのポケモン・ファンの間では、どのポケモンが一番「クィアっぽい」「ゲイっぽい」かで話題になることがしばしば。それぞれのオススメのポケモンがあるもので、どうしてクィアだと思うのかの理由もいろいろ。以下のポケモンはよくクィアなポケモンとして挙げられることが多いです。
イーブイまたはその進化系;とくにニンフィア
メタモン
ミロカロス
・他にも多数
あなたが最も「クィアっぽい」「ゲイっぽい」と思うポケモンはなんですか?

「ポケモン」のクィアな現状と未来

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それでもLGBTQ表象は不足している

ここまでアニメ『ポケットモンスター』における「ムサシ&コジロウ」がLGBTQアイコンとして愛されてきた理由を背景と共に説明してきました。

しかし、これはあくまでこの「ムサシ&コジロウ」を一部のLGBTQコミュニティのファンが、ヘッドカノン的に脳内で「クィアだったらいいな~」と妄想して楽しんでいるようなものであり、肝心の明示的なLGBTQキャラクターはアニメ『ポケットモンスター』には全くといっていいほどに登場しておらず、本作のLGBTQ表象は極めて物足りないです

もともと『ポケットモンスター』は多種多様な「ポケモン」という不思議な生き物を生き生きと描き出し、そのダイバーシティを作品の根幹の個性としてきたわけですが、人間のキャラクターのジェンダーやセクシュアル・アイデンティティには何も多様性もへったくれもないのでは、それはなんだかテーマと矛盾している気もします。

そんな中、「ムサシ&コジロウ」を見ながら、誰にも言えず密かに自分への肯定感に繋げていたクィアな子どもの視聴者がこの世界のどこかにいたのかもしれません。いや、私がそうだったのかもしれません。私は子ども時代にクィアを自覚できていませんでしたけど、子どものときに目にする作品の影響は大きいものです。「ムサシ&コジロウ」は嫌いじゃなかったし、むしろ好きでした。それは案外とクィアな波長が合いやすいからだったのかも…。

「ムサシ&コジロウ」は「私たちの世界」の傍にいてくれる「ラブリーチャーミーな敵役」であったならば、それはそれで大切な瞬間だったと思います。

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めざせ、(もっとクィアな)ポケモンマスター

1997年4月から2023年3月まで約25年もの長きにわたって放送されてきたアニメ『ポケットモンスター』には、明示的なLGBTQキャラクターは乏しかったですが、近年のゲームでは事情が少し変わってきています。

2022年11月18日に発売されたNintendo Switch用ゲームの「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」では、いくつものジェンダー規範に当てはまらないキャラクターが登場し、主人公のデザイン設定も含めて、LGBTQを包括しようという作り手の意識が垣間見えます。今は基本的に多くのゲーム(とくに海外)がそうなのですが、LGBTQインクルーシブな方がファンも喜び、話題になりやすいので、企業は率先している事例が目立ちます。

2023年4月からは新アニメの『ポケットモンスター』が始まり、新しい主人公で物語が開幕します。アニメになればゲームと違って、より深く掘り下げながらキャラクターを描かないといけなくなります。いろいろな描き方ができるはずです。可能性は無限大です。

新しいポケモンのアニメは、クィアな子どもたちにもフレンドリーでいてくれるでしょうか。クィアな子どもたちにもポケモンと一緒に旅に出ていいんだよと誘ってくれるでしょうか。

そうであってほしいと、大人になってしまったクィアなオールド・ファンは、引き出しの奥からでてきた薄汚れたポケモンカードを眺めながら願っています。


他の海外のクィア・アニメーションについては以下の記事でまとめています。