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ドラマ『ラチェッド Ratched』感想(ネタバレ)…ドラマ化で悪女を解剖する試み

ラチェッド

あの名作映画の前日譚。あの悪女を解剖すると…ドラマシリーズ『ラチェッド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Ratched
製作国:アメリカ(2020年)
シーズン1:2020年にNetflixで配信
製作総指揮:ライアン・マーフィー ほか
ゴア描写 性描写 恋愛描写

ラチェッド

らちぇっど
ラチェッド

『ラチェッド』あらすじ

1947年、突然どこからともなく現れたミルドレッド・ラチェッドは精神科病院で看護師として働き始める。そこは神父4人を惨殺して世間を震撼させた殺人鬼エドモンド・トールソンを受け入れる州立病院ルシアだった。ラチェッドは上品な見た目とは裏腹に、心の底に抑えきれない黒い闇を抱えていた。それを明かすことはなく、彼女は淡々と己の目的のために行動していく。

『ラチェッド』感想(ネタバレなし)

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この精神病院はフィクションです

映画好きな私としては申し訳ない気持ちでいっぱいなのですけど、創作物のせいで風評被害を受ける職種や職場というのは残念ながら存在します。その代表例が「精神病院」でしょう。

世間では「精神病院=おぞましい場所・恐ろしい牢獄」みたいなイメージが、このインターネットで何でも情報を入手できるご時勢でもいまだに定着しています。

その原因の犯人は間違いなく映画やドラマなどの映像作品にあるでしょう。いわゆる英語で「Asylum(アサイラム)」と呼ばれる精神病患者などを収容する閉鎖病棟は、ホラーやスリラーのジャンルではひとつの定番になってきました。そこでは狂気に暴れる患者たちは拘束され、徹底的に管理され、ときに倫理を逸脱した治療や拷問が行われる…たいていはそんな描かれ方です。そこに入ってしまえばもう人間らしい暮らしはできない、精神を破壊される地獄が待っている…そういうふうに描かれます。

もちろんそれは誤解で、現在のごく一般的な精神科の病院は清潔で、コンプライアンスを厳守し、患者の人権を第一に考えて行動していますし、ホラーの舞台になるような“おぞましさ”はありません。患者やそこで働く人にしてみれば、フィクションが助長する恐怖イメージにうんざりしているでしょう。そういうマイナスイメージが流布すれば、精神科に通おうとする人の気持ちを妨げることにもなるので、ほんと良くないです。

こう描かれるのはかつての精神病院の中には倫理を無視した非道な場所があったからなのですが(『エスケーピング・マッドハウス』のネリー・ブライの取材が有名です)、その歴史を知らないと現在のまともな精神病院への風評被害になるのは厄介ですね。

まあ、でもこの精神病院がホラー・スリラーの格好のネタになるのはずっと続きそうですけどね。

今回紹介する作品もまさしく精神病院が舞台のスリラーなドラマシリーズです。それが本作『ラチェッド』

本作について語る前にまず『カッコーの巣の上で』という1975年の映画をご存知でしょうか。この映画は精神病院を舞台にした物語で、患者たちはそこで行われる恐ろしく非道な統制と抑圧から逃れるべく奮闘していくという筋書きです。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を独占するという輝かしい高評価を獲得しました。

その『カッコーの巣の上で』の精神病院を取り仕切っているナースのトップとして登場するのが「ミルドレッド・ラチェッド」という女性キャラクター。実はこのラチェッドは、映画史の中でも屈指の悪役として有名で、『レベッカ』(1940年)のダンヴァーズ夫人と並んで中年の悪女の代表格みたいな存在になっています。

で、ドラマシリーズに話を戻しますが、タイトルのとおり本作『ラチェッド』はこのミルドレッド・ラチェッドを主人公にしたスピンオフ的な物語で、時間軸としては映画の前日譚になっています。

ただし、その内容は映画『カッコーの巣の上で』とはほぼ別物レベルでスタイルチェンジしていると言っても過言ではありません。まず完全にジャンルはスリラーに振り切っていますし、何よりもデザインも大幅に変化。とくにファッションや美術に原色を多用し、世界観のおぞましさを露骨に際立てています。音楽もインパクトがあって、往年のクラシックホラーを強く意識したつくりです。

そして一番はキャラクター。主役のラチェッドをはじめ、かなり大胆な脚色によって再解釈がされています。ハッキリ言えば、キャラを引き継いだ二次創作と言い切れるくらいです。

これだけイメチェンしているので、映画『カッコーの巣の上で』を未鑑賞の人でもとくに気にせず物語に入れます。逆にオリジナル映画を知っている人は面食らうかもしれませんが…。

原案は“エヴァン・ロマンスキー”という人で、1990年生まれでまだ若いのですが、本作でキャリアとしても本格始動みたいですね。一応、『カッコーの巣の上で』で製作を務めた“マイケル・ダグラス”も製作総指揮に加わっており、映画への意識もあるみたいですが。また、企画・製作総指揮には勢いに乗っている“ライアン・マーフィー”も中心的に参加。そこから察せるように本作にはしっかり同性愛要素もあります。

物語に君臨するラチェッドを熱演するのは、『オーシャンズ8』『ミスター・ガラス』など幅広く活躍する“サラ・ポールソン”で、彼女は製作総指揮としても加わっています。他にも“ジュディ・デイヴィス”“シンシア・ニクソン”、“アマンダ・プラマー”など、全体的に中年女性が印象的に活躍する作品になっていますのでお楽しみに。

作品の雰囲気としては同じく“ライアン・マーフィー”と“サラ・ポールソン”がタッグを組んでいた『アメリカン・ホラー・ストーリー』に似ているので、その雰囲気が好きな人にはオススメです。

『ラチェッド』はNetflixオリジナル作品としてシーズン1が2020年9月から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(映画未見でも大丈夫)
友人 ◯(スリラー好き同士で)
恋人 ◯(スリラー好き同士で)
キッズ △(残酷描写がたっぷり)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ラチェッド』感想(ネタバレあり)

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慈悲深き天使?それとも…

1947年。夜、神父たちは集まって食事。大半は雨の中で映画を観に出かけてしまいますが、ひとりの神父は断って自室へ。いそいそと引き出しからワセリンを取り出し、下着女性の写った本を広げて「会いたかったよ」と行為に勤しみます。

すると、玄関ドアをノックする音が聞こえ、そのお楽しみは中断。立っていたのはひとりの男で、車が故障して電話を貸してほしいとのこと。普通に招き入れ、「どちらから?」と聞くと「あちこち」とはぐらかします。

他の神父たちは帰ってきて、各自部屋に戻ります。しかし、ひとりが風呂場で神父の死体を発見。さらにふいに出現した男に襲われます。次々と惨殺され、残ったのは老齢神父。殺人鬼は「修道女マーガレットを覚えているか、つまりあんたは俺の父親だ。お袋は娼婦になって殺された。俺は孤児院に」と憎しみを滲ませて語りだし、「苦しめ」と刃を向けてきました。

6か月後。カリフォルニア州のルシアにある州立病院へ車で向かうひとりの女性。モーテルに宿泊し、「ミルドレッド・ラチェッド。看護師です」と名乗ります。そして服装を整え、いざ病院へ。

その病院は神父4人を残酷に殺して逮捕された男であるエドモンド・トールソンを収容することになっており、今はメディアの注目のまとになっていました。
病院につくなり、ラチェッドは真っすぐ受付に。「ドクター・ハノーバーに面接に来ました、夜勤看護師です」と説明するも、受付にいたのは研修生のドリーでよくわかっていないようです。そこで今度は主任看護師バケットが対応。手紙が送られてきたと述べますが、「このサインはドクターのものじゃない」と受け付けてくれません。それでもラチェッドは「待ちます」とその場を動きません。

一方、このルシアの病院のドクターであるハノーバーは州知事に会えず、苛立っていました。病院の資金を獲得するべく交渉したいところですが、ウィルバーン州知事は再選のためのキャンペーンで頭がいっぱいです。

待ちぼうけのラチェッドは病院のひと気のない場所で、セックスに興じる看護師を発見。そんな中、帰ってきたドクターは機嫌が悪いですが、ラチェッドは猛然とハノーバーに自己アピール。「排泄物を投げる患者、近くの女性をレイプしようとする患者、何でも対応できます」と熱意を主張。その熱弁に心を動かされたハノーバーでしたが、「州からの資金が確保できないと雇う金がない」と残念そうに言うのみでした。

それでラチェッドは諦めません。弱みを握ったひとりの看護師をさりげなく脅し、「この町から離れたいと夫に言いなさい」と命令。さらに知事に関係者に根回し。結果、ひとりぶんの看護師の職に空きができ、知事も再選キャンペーンに病院が使えると好意的になり、ハノーバーは大喜び。ラチェッドはここで働けるようになります。ハノーバーはラチェッドにおだてられ、自分の才能を証明するべく、どんどん斬新な治療方法を院内で試していきます。

処刑を望む声も強いエドモンド・トールソンは病院敷地内のワインセラーに作った特別な檻のような場所に収監されます。そこにやってくるラチェッド。トールソンに感極まって話しかけるラチェッドは、「やっと見つけた」「死なせない」と口にします。

実はこの2人には誰にも明かしていない秘密の関係がありました。そしてラチェッドの計画はいよいよ本格的に動き出します。それは犠牲も厭わない狂気の覚悟で…。

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中年女性シスターフッドに変身

1975年の『カッコーの巣の上で』は当時は高い評価を受けましたが、今の視点で観るとジェンダーの観点から批判もできる作品でもあります。

この映画の精神病院は、ラチェッドを中心とする家母長制を体現しています。映画に登場する女性たちは2つのパターンです。ひとつはラチェッドのように男を支配する象徴(男を去勢する女)として。もうひとつは娼婦のように男の理想の象徴(男に快楽を与える女)として。つまり、この『カッコーの巣の上で』は男らしさを抑圧する“怖い女”の支配に抗うべく、男たちが団結してホモ・ソーシャルが立ち上がる!…という構図とも言えるわけです。

対するこのドラマシリーズ『ラチェッド』はその『カッコーの巣の上で』における古いジェンダーステレオタイプをひっくり返すような物語性になっており、それが一番の狙いにあるのでしょう。

第1話で突然出現したラチェッドは虎視眈々と目的遂行のために病院に巧みに介入していきます。それはまさに『カッコーの巣の上で』で見られた男を支配する象徴そのものです。しかし、物語が進むにつれてその雰囲気は崩れ始め、彼女の中にある人間らしい苦悩が見えてきます。

立ちはだかるのは、“ヴィンセント・ドノフリオ”演じる州知事ウィルバーンという、ミソジニーと権力に憑りつかれた醜悪な男の具現化そのものです。

その強敵に対して、ラチェッドはひとりで勝てないので、やがて看護師主任のベッツィ・バケットや知事の報道官のグウェンドリン・ブリッグスと協力関係を築いていきます。これはいわゆるシスターフッドですが、本作はそれは中年女性が主体になっているという点でなかなかに珍しいなと思います。シスターフッドはどうしても若者になりがちですからね。

本作ではルシアの病院がハノーバーの男性主体から、ラチェッドたち女性主体へと変貌し、そこで働く在り方も変わります。それまでの映画では埋もれていて見えもしなかった中年女性パワーが輝く。これが見られただけでもこのドラマシリーズは良い薬だったのではないでしょうか。

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でも副作用がかなり深刻かも…

一方で、中年女性シスターフッドは最高ですが、それだけを喜んでいればいいわけでもない、かなり無視できない副作用も目立つかなと思ったり。

精神病院のイメージが相変わらず悪いという指摘はもうここでは諦めます。ロボトミー手術とか温熱療法とか、ほぼ拷問な治療を容赦なく見せていくあたりのエンタメ偏向はジャンルとしてやむなし。

ただそれ以外でも本作は偏見を助長しかねない部分が多いです。

例えば、多重人格障害(今は解離性同一性障害という)であるシャーロット・ウェルズを完全にコントロール不能な猟奇殺人者として描いたり(“ソフィー・オコネドー”の演技は確かに凄いけど)、腕を欠損したヘンリーをサイコパスな殺し屋として描いたり。他の病気やハンディキャップのある人へのイメージ悪化に対してこの作品はあまりにも無頓着です。曲がりなりにも病院を舞台にしておいて、アカデミックな雰囲気もひっかけているにもかかわらず、このざまでいいのかと正直気になります。

また里親へのマイナスイメージも酷く、本作ではラチェッドとトールソンを預かった里親は2人の子を小児性愛の見世物にする性犯罪者として非常に極端な悪に描写。ケースワーカーもこれでは無能な仕事しかできない人としか思われませんよね。

それだけではありません。女子色情症だと言われたドリーはここから世間の偏見を吹き飛ばす素敵な恋でもするのかなと思ったら、トールソンと駆け落ち逃避行して「ボニー&クライド」丸パクリの暴走で派手に死亡。中年女性シスターフッドに若い女性を入れる気は全くないのか…。

さらにさらに。ドクター・ハノーバーの末路に見える、どことないアジア系蔑視な扱いも気にはなります。だいたい本作は中年女性シスターフッドといっても白人だけで、他の人種への向き合い方はずいぶん雑です(ダンスパーティーで殺される黒人警備員の扱いとかも)。

そして、ラチェッドの同性愛も懸念を感じるポイントです。本作はラチェッドがしだいに自分のレズビアンに自覚する姿を描いており、そこはさすが“ライアン・マーフィー”企画なだけあって丁寧です(ちなみに演じる“サラ・ポールソン”もレズビアンです)。牡蠣をエロティックに食べる疑似セックスな描写も印象的。それはいいのですが、結果的に人殺しなど非人道的行為に手を染めるので、これでは「同性愛は性的倒錯者兼犯罪者」という昔ながらの偏見を後押しするだけでは…と思わなくもない…。

つまり、本作は中年女性シスターフッドを描くために他の存在はいくら不幸の犠牲にしてもかまわないという、それはそれで狂気に満ち溢れた作品になってしまっており、観ていて素直にテンションあげられません。下手したら『カッコーの巣の上で』よりも別の意味で悪化してしまったのではないか、と。

最近であれば統合失調症に向き合って描いた『ホース・ガール』や、強迫性障害を真正面から描いたドラマ『ピュア』のような作品もあるのですし、もっといくらでも真摯に対応できたのではと思ってしまいます。

精神科医女性を主役にシスターフッドを描いた作品として最先端なフレッシュさを見せつけた『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』もありましたしね。

シーズン2もあるようですが、この深刻な副作用をカバーできるのか、経過観察が必要ですかね。

『ラチェッド』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 62% Audience 68%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Further Films, Netflix

以上、『ラチェッド』の感想でした。

Ratched (2020) [Japanese Review] 『ラチェッド』考察・評価レビュー