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『屋根裏のラジャー』感想(ネタバレ)…日本アニメ映画のイマジナリを憂う

屋根裏のラジャー

日本アニメ映画のイマジナリを憂う…映画『屋根裏のラジャー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Imaginary
製作国:日本(2023年)
日本公開日:2023年12月15日
監督:百瀬義行
交通事故描写(車)
屋根裏のラジャー

やねうらのらじゃー
『屋根裏のラジャー』のポスター。黄色い髪の少年が街の空を光と共に駆けるデザイン。

『屋根裏のラジャー』物語 簡単紹介

アマンダという子どもの想像が生み出した少年ラジャーは、アマンダ以外の人間には見えない「想像の友だち(イマジナリ)」であった。ラジャーは屋根裏部屋から出ないようにとアマンダに言いつけられているものの、いつものその屋根裏で一緒に想像の世界に飛び込み、見たこともない世界を楽しんでいた。しかし、ある日、アマンダに危機が訪れ、ラジャーにとっても存在を揺るがす事態になってしまう。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『屋根裏のラジャー』の感想です。

『屋根裏のラジャー』感想(ネタバレなし)

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イマジナリーフレンドを信じて

皆さんは子どものときに自分の「イマジナリーフレンド」がいたでしょうか。

イマジナリー・フレンドというのは「イマジナリーコンパニオン」と呼んだりもしますが、心理学や精神医学において子どもの心の発育過程でみられる現象を指します。児童期にみられる自分だけの空想上の仲間のような概念です。

具体的には、何かフィクションをモチーフにしていてもいいですし、完全にオリジナルでも構いません。何かしらのその子にしかわからない空想の存在を構築し、自分だけがその存在と想像力の範囲で触れ合います。

研究によると、7歳までに65%の子どもがイマジナリーフレンドを持つそうで、最適な時期は 3歳から11歳の間だそうですThe Atlantic。もちろんこの年齢を越えてもイマジナリーフレンドがいる子もいるかもしれませんし、何歳のときでも一切のイマジナリーフレンドを持たない子もいます。

イマジナリーフレンドについては学術的にもよくわかっていないことが多く、何かきっかけでイマジナリーフレンドが生まれ、その有無の差などの要因は不明です。しかし、イマジナリーフレンド自体が子どもの心理的発達にとって標準的なものであり、何もおかしい現象ではないことは研究者の間でも見識が一致しています。イマジナリーフレンドがいるからといってその子が優れている証ではありませんし、逆にいないからといって劣っているわけではないのです。

かく言う私は…自分にイマジナリーフレンドがいたかどうか…よく覚えていない…。いたような気もするけど、う~ん…。幸か不幸か、子どもの頃の記憶の多くは忘却の彼方に消えてしまいます。私のイマジナリーフレンドもどこかに飛び去っていったのかな…。

そんなセンチメンタルなことを悶々と考えているよりは、本作のようなイマジナリーフレンドを主題にした映画を観るほうがスッキリするかもしれませんね。

ぴったりな映画が本作『屋根裏のラジャー』です。

『屋根裏のラジャー』はアニメーション映画で、とある子どものイマジナリーフレンドを主人公にしたファンタジーな大冒険活劇です。イマジナリーフレンド自体が主役になり、その視点で物語が綴られます。

本作は、イギリスの作家の”A・F・ハロルド”による2014年の児童文学『ぼくが消えないうちに(The Imaginary)』をアニメ化したものとなります。原作自体はそこまで傑出して有名というほどでもなく、どっちかと言えば挿絵を描いているイラストレーターの“エミリー・グラヴェット”のほうが、児童文学界では名が知れているのかも。

このイギリスの原作をアニメ化しようと手をつけたのが、日本のアニメーション・スタジオである「スタジオポノック」。制作部が一旦解散した「スタジオジブリ」(後に復活して『君たちはどう生きるか』を作ったけど)の一件の中、そのスタジオジブリを退社した『思い出のマーニー』などを手がけたプロデューサーである”西村義明”が独立して、この「スタジオポノック」を設立。

スタジオポノックはスタジオジブリのブランドは引き継がずに、技術と熱意だけ継承して、新しい作品に挑戦しようというスタンスがあり、2017年に公開されたスタジオポノック長編映画第1弾となる『メアリと魔女の花』はまさにその情熱を体現した作品になっていました。

6年以上あけてようやく第2弾となる『屋根裏のラジャー』の公開となりました。単一のスタジオとしては非常にスローペースなクリエイティブですけど、実際独立して大作をやろうとすると、これくらいかかるものなのでしょう。

それにしてもイギリス文学を題材にするあたりが、いかにもジブリっぽい着目点を引き継いでいますね。

今回の『屋根裏のラジャー』を監督するのは、『耳をすませば』『千と千尋の神隠し』などで原画を担当し、『ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間』の一篇である『サムライエッグ』では監督を担い、2019年の『二ノ国』も監督した“百瀬義行”『もののけ姫』ではCGを使ったセルルック表現にもいち早く取り組み、今回の『屋根裏のラジャー』もセルルックCGを上手く練り込んでいて技術の鍛錬を感じさせます。

『屋根裏のラジャー』の脚本は、製作の“西村義明”が手がけており、日本でたまにあるプロデューサーが脚本家になる方式ですね。

イマジナリーフレンドを主題にした作品としても、スタジオポノックの新作としても、壮大に挑戦してみせている本作。気になる人はぜひ。

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『屋根裏のラジャー』を観る前のQ&A

✔『屋根裏のラジャー』の見どころ
★ファンタジックな世界観。
★イマジナリーフレンドへの哀愁。
✔『屋根裏のラジャー』の欠点
☆ストーリーはやや散らかっている。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:気楽に見れる
友人 3.5:興味あれば
恋人 3.5:作風が好きなら
キッズ 3.5:子どもでも楽しめる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『屋根裏のラジャー』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

僕の名前はラジャー。年は3カ月と3週間と3日。僕はアマンダが想像した世界で生まれた…。

ラジャーはアマンダという少女の想像上の友達(イマジナリ)でした。この世界ではどんな見たこともないものでも具現化しており、無限に広がっています。アマンダの創造力が源泉となって…。

ここでラジャーはアマンダと誓い合いました。どんなことがあっても消えないこと、守ること、泣かないこと。

大人になると忘れてしまうイマジナリは確かに存在しています。

現実、アマンダは学校で同級生とジュリアと話して別れます。ジュリアは誕生日を忘れる親に苦言をこぼし、「大人はなんで大事なことを忘れてしまうのか」とボヤいていました。

アマンダも帰るためにバスに乗ります。雨降る中、傘を差して歩き、実家の本屋へ。2階に住んでいます。母のリジーは店長でしたが、本屋を辞めて新しい職に就くために面接に臨もうと張り切っていました。

アマンダは屋根裏でラジャーとお喋りします。母とは少し距離ができていましたが、ラジャーと毎日遊べるので気にしません。今日はソリで雪原を駆け抜けます。

しかし、母が部屋に入ってきて怒られます。ラジャーと遊んでいるというアマンダの口ぶりに呆れます。

そのとき、本屋を訪ねてきた髭の人物が入ってきます。この地の子どもを調査していると言いますが、見るからに不審です。ミスター・バンティングと名乗ります。アマンダとラジャーにはその人物の後ろに無言で立つ黒髪の黒い服の少女が見えます。

ミスター・バンティングは鼻をひくつかせ、何かを感じ取って、満足して立ち去ってしまいます。

ある日、かくれんぼしていると停電し、例の謎の黒髪少女が出現し、ラジャーを持ち上げようとします。しかし、消えました。不安になったアマンダは必死に母に訴えますが、母は優しくなだめるだけで、信じてくれません。

「ここにいもしない子のことで喚かないで」と母はつい言葉をだしてしまい、アマンダも「パパだったら信じてくれた!」とショックを受けて去ります。

怒りを溜め込むアマンダはラジャーにも厳しい言葉を向けます。「私が想像するのをやめたらラジャーだって消えちゃうんだ!」

その一件のせいでムキになったのか、ラジャーは買い物にまでついてきてしまいます。アマンダはさすがにラジャーを制止しますが、店の駐車場であの謎のバンティングという人物に襲われます。必死に抵抗するラジャー。狙いはラジャーのようです。

ラジャーは逃げるように走り、アマンダも同じく走ります。しかし、飛び出してきた車に轢かれてしまい、アマンダは応答もなく、地面のコンクリートに横たわるだけ…。

アマンダが救急車で運ばれた後、茫然自失のラジャーは取り残され、街を彷徨っていると体が光り始めます。このまま自分は消えてしまうのか…。

この『屋根裏のラジャー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/07/27に更新されています。
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ベテランによる贅沢な絵作り

ここから『屋根裏のラジャー』のネタバレありの感想本文です。

イマジナリーフレンドをテーマにした映画はそれほど珍しくもなく、海外でも『インサイド・ヘッド』などの大ヒット作もあれば、つい最近の2024年も実写映画で『ブルー きみは大丈夫』があったばかり。

『屋根裏のラジャー』もいかにもイマジナリーフレンドらしいスタンダードな物語となっています。イマジナリーフレンドならではの想像力で無限に広がる予測つかない世界観、イマジナリーフレンドならではの成長と喪失のキャラクター・アーク…。

ただ、本作の場合はそれを全てアニメーションでゼロから構築して表現しなくてはならず、しかも2Dと3Dの表現を混ぜ合わせないといけないので、相当に大変だったでしょう。その苦労はあちこちで窺えます。

しかし、とりあえずは何も気にせずに世界観に浸れるだけの濃密な絵作りが完成されており、さすがベテランを集めて制作した映画なだけあります。アニメーションのクオリティは一流です。これほどリッチでゴージャスなアニメーション表現は2023年の作品の中でも屈指ではないでしょうか。

冒頭のアマンダの空想の雪原やジョンの空想の宇宙空間など、ここでしかでてこないキャラクターや世界観もふんだんに映像化していましたし、いちいち贅沢です。ラジャーも終盤はジュリアのイマジナリーフレンド化で女の子っぽい姿に変身したり、見た目の変化もあります。

映像で一番凝ってそうなキャラクターは、イマジナリーフレンドを食べるというミスター・バンティングかな。イマジナリーフレンドたちは、人間型のラジャーやエミリを覗くと、猫っぽいジンザン、老犬っぽいレイゾウコ、ピンクカバっぽい小雪ちゃん、愛嬌のあるチビ骸骨っぽい骨っこガリガリなど、どれも親しみのあるデザインです。当然、イマジナリーフレンドなので子どもに好かれそうな見た目をしています。

対するミスター・バンティングのあの子どもが生理的に恐怖心を抱きそうな露骨な不気味さ。ああいう「怪しいジジイ」系の造形はスタジオジブリ作品にもありましたけど、『屋根裏のラジャー』はきっちり怖くみせていて本気です。普通にあの丸呑みにしようとする描写はホラーですからね。しかも、今回はバンティングだけでなく、そこに日本怪奇ホラーにでてきそうな無言黒髪少女まで付随していて怖さがトッピングされています。

ちなみにあのバンティング、原作でも挿絵ではハワイアン柄のシャツでちゃんと描かれています。単純な第一印象は変なオジサンになりかねないのに、今回、映像化するとめちゃくちゃ怖いなということがわかりました。

たぶんキャラクター造形する際に、老人的なこじんまりした動作ではなく、異様に体を大きくみせて圧迫感をだしているのが、観客の恐怖心を刺激させているんだと思います。そのへんのデザインの掴みどころはやっぱり手慣れていますね。

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スタジオポノックに足りないもの

アニメーション表現は文句のつけようがないレベルなんですが、ストーリーのプロットは多少物足りなさがあるのが『屋根裏のラジャー』の惜しい部分。

ラジャーとアマンダの関係性の主軸はじゅうぶん描かれています。「パパを忘れないこと、ママを守ること、絶対に泣かないこと」という誕生譚のエピソードでエモーショナルな見せ場もあり、申し分ないです。

しかし、その一方で、母親のリジーはアマンダを慰めて寄り添う方向の「大人の役割」ばかりが強調されており、せっかくならもう少し新しいキャリアを応援する方向にもイマジナリーフレンドの思い出が寄与するといいんじゃないかなと思いました。そのへんは『ブルー きみは大丈夫』が上手くやってましたけどね。

また、エミリのあっけない退場は盛り上がりに欠けるので寂しいところ。終盤にレイゾウコが駆け付けるなら何かしらのやりかたでエミリにも見せ場を作れたのではないかなと思います。

ウェルメイドな品質ではあったのは確かですけど、そういう諸々のプロットの端の散漫さを補うとより完成度が上がったはず…。

スタジオポノックの渾身の『屋根裏のラジャー』でしたが、日本国内の興行収入は芳しくない様子。この映画は制作費もかなりかかっているようで、非常にハイリスクでコスト回収しづらい作品だったようですので、スタジオポノックの経営が心配されます。

やはり日本の今の業界の空気としては、既にタイトル認知度の高い話題作版権、もしくは”推し”商業性と相性のいいムーブメントを作れるものばかりが持て囃されるのが潮流。スタジオポノックみたいなスタイルは完全に主流外のやりかたであり、最初からかなり厳しいのでしょう。それはそれで日本のアニメ映画界隈の衰退を感じさせますが…。日本の映画界はアニメで盛況だというのは一面的には事実ですが、そのヒットするアニメには明らかに偏りがあります。芸術性を一筋で目指すアニメはますます苦境を強いられています。

とは言え、どこぞの冷笑者が「爆死」だなんだと騒ぐほどの危機ではないかもしれません。というのも、この『屋根裏のラジャー』は日本国内に限って言えばそれほどヒットはしませんでしたし、知名度は乏しいままです。しかし、海外では「Netflix」に独占配信することで、配給を成功しています。これによって海外のアニメーション界隈の注目を前作以上に集めており、スタジオポノックの知名度は向上しました。

最近も『好きでも嫌いなあまのじゃく』など「Netflix」独占配信を基軸としている「スタジオコロリド」のように、スタジオポノックもその路線でいくのでしょうか。日本のこうしたアニメ・スタジオが「Netflix」に頼るしかないのもそれはそれで寂しくはありますが…。

あとは、ベテラン依存を抜けて若手育成できるかですね。スタジオジブリはそれで1代の儚さになってしまっていますけど、スタジオポノックもその同じ道に転がっていくこともないでしょう。日本のアニメ・スタジオは個人の屋号で留まる傾向がいまだに強く、そこは改善しないといけません。とくに多才な若手の脚本家を育ててほしいものです。アニメーションはベテランの安定感が手放せないかもだけど、脚本はフレッシュな新時代っぽさを今の観客層は求めているので、若手の脚本家にガンガン任せるべきですよ。

『屋根裏のラジャー』
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)2023 Ponoc

以上、『屋根裏のラジャー』の感想でした。

The Imaginary (2023) [Japanese Review] 『屋根裏のラジャー』考察・評価レビュー
#スタジオポノック