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『ザ・ホエール』感想(ネタバレ)…ブレンダン・フレイザーを潰した映画界を忘れない

ザ・ホエール

それでもブレンダン・フレイザーはまた立ち上がる…映画『ザ・ホエール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Whale
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年4月7日
監督:ダーレン・アロノフスキー
性描写

ザ・ホエール

ざほえーる
ザ・ホエール

『ザ・ホエール』あらすじ

40代のチャーリーはショックな過去を引きずり、過食と引きこもり生活を続けたせいで極度の肥満となり、健康を損なってしまう。看護師のリズに助けてもらいながら、オンライン授業の講師として生計を立てているが、心不全の症状が悪化しても病院へ行くことを拒否し続けていた。自身の死期が近いことを悟った彼は、8年前に家庭を捨ててから疎遠になっていた娘エリーに会って関係を修復しようとするが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ザ・ホエール』の感想です。

『ザ・ホエール』感想(ネタバレなし)

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ブレンダン・フレイザーの再起

2022年の映画を対象とした第95回の米アカデミー賞の授賞式が2023年3月12日に行われ、受賞作や受賞者が発表されました。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の7部門の受賞という、近年のアカデミー賞では珍しい圧倒的なフィーバーを見せたことで沸きましたが、アカデミー主演男優賞を受賞したこの人もじゅうぶんに語りがいのある存在であり、忘れるわけにはいきません。

その人とは“ブレンダン・フレイザー”です。

“ブレンダン・フレイザー”は1991年に映画デビューした俳優で、1997年に『ジャングル・ジョージ』という映画でファミリー観客にもその名が知られ、1998年の『ゴッド・アンド・モンスター』のように批評家受けのいい映画でも活躍するなど、キャリアは幅広く順調でした。とくに1999年の『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』から始まった主演作『ハムナプトラ』シリーズは大好評で、映画スターの道を進んでいきます。

ところがしだいにそのキャリアは勢いを急速低下し、業界の影に隠れてしまいます。理由はいろいろあるのですが、そのひとつが2018年にハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)のフィリップ・バーク会長によって2003年に性的被害を受けたと公表したことでした。この被害で鬱状態となったと本人は語っており、しかも当時の会長と協会はこの被害告発を真に受けず、それどころか“ブレンダン・フレイザー”を業界から干すような態度をとりました。

「#Me Too」運動は主に女性の被害者の告発が中心でしたが、“ブレンダン・フレイザー”のように男性の被害者もいたのです。

映画業界に見捨てられ、心に傷を負った“ブレンダン・フレイザー”は、ドラマ『ドゥーム・パトロール』などで徐々にキャリアを復帰させていったのですが、そのキャリア再起を象徴するのが今回のアカデミー主演男優賞の受賞となりました。本人にとってもこのステージに立ったことは大きな覚悟と意義があったことでしょう。

そして“ブレンダン・フレイザー”をアカデミー主演男優賞へと導いたのが、本作『ザ・ホエール』です。

この『ザ・ホエール』での“ブレンダン・フレイザー”の役どころがまたインパクト絶大で、体重272キロの大男を熱演。もちろん“ブレンダン・フレイザー”が体重増量してなりきるわけにはいかず、そもそも同じ体重の人を起用することさえこのレベルでは無理な話です(俳優なんてする前に入院しろと言われてしまう)。今作ではリアルなファットスーツを着込み、アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞するほどの芸術の力を借りて、“ブレンダン・フレイザー”がかつてない役へと挑戦を果たしました。

どうしてもこういう巨体のキャラクターはハリウッドではギャグとして片付けられてきましたけど、『ザ・ホエール』ではこの主人公の内面的な葛藤にひたすら寄り添い、メンタルヘルスをテーマにしています。なので“ブレンダン・フレイザー”の例のキャリアの浮き沈みと重なるんですね。

こんなタイトルだからって、クジラの自然ドキュメンタリーとかではないですよ。でもクジラも実は関係してくるけど…。

この異彩を放つ『ザ・ホエール』ですが、監督したのが“ダーレン・アロノフスキー”だと知れば、それも納得です。これまでも『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)、『ブラック・スワン』(2010年)、『マザー!』(2017年)と、かなり極端なタッチで癖の強さから好みが分かれやすい映画を手がけてきた奇才ですけど、今回の『ザ・ホエール』はどちらかというと『レスラー』(2008年)に近いでしょうか。

『ザ・ホエール』は“ダーレン・アロノフスキー”が脚本はしておらず、原作がそもそも舞台劇で、その作者である“サミュエル・D・ハンター”が映画でも脚本を担当しています。映画自体、非常に舞台劇っぽく、舞台もほぼ家の中だけです。

“ブレンダン・フレイザー”以外の俳優陣としては、ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』でおなじみの“セイディー・シンク”『ザ・メニュー』やドラマ『ウォッチメン』などの“ホン・チャウ”『アイアンマン3』“タイ・シンプキンス”『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』“サマンサ・モートン”など。とくに“ホン・チャウ”の演技は高く評価され、アカデミー助演女優賞にノミネートされました。

『ザ・ホエール』は「太っている人にもエンパワーメントを!」みたいな昨今の流れであるボディ・ポジティブなキラキラした物語では全くないですが、人の心がどうしようもなく傷ついて、闇の浜辺に打ち上がってしまったとき、どうやってそこから立ち上がるのか…そんなレジリエンスに静かに向き合った映画です。

あまりポップコーンをムシャムシャしながら観る映画じゃないですけどね。

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『ザ・ホエール』を観る前のQ&A

✔『ザ・ホエール』の見どころ
★俳優の圧倒的な名演。
✔『ザ・ホエール』の欠点
☆心の傷をえぐる描写がややある。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:名演を堪能できる
友人 3.5:俳優好き同士で
恋人 3.0:デート向きではない
キッズ 3.0:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・ホエール』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):命に関わる危険な状態

ビデオ会話の画面。これは大学のオンラインのライティング・コースで、多くの受講者の顔が画面にズラリと映る中、講師の落ち着いた声は聞こえるも、中央のインストラクターの画面だけ真っ暗なままです。

講師の顔は見えず、「私のパソコンのウェブカメラが故障している」と事情を説明します。

その講師、チャーリーは講義が終わると、ソファに座りながらゲイポルノ動画を眺めていましたが、苦しそうに呻きます。チャーリーは約270キロの巨漢で、ソファにめりこむように座っており、ひとりで自由に身動きもとれません。

ノックが聞こえ、「リズか?」といつもの看護師だと思い込みますが、鍵でドアを開けろと声をあげると家に入って来たのは、ひとりのスーツの若い男です。チャーリーがあまりに辛そうにしていたので救急車を呼ぼうかと心配されるも、この文章を読めとチャーリーは紙を渡し、その若い男はわけもわからず早口で読みます。チャーリーは落ち着いたようです。

「病院には行きたくない」と呟き、「もう行ってくれ」とあっけなく追い出そうとします。やっと「君は誰だ」と肝心なことを質問。若い男の名はトーマスで、ニューライフ教会の宣教師だそうです。

たいして興味なさそうに「スマホをとってくれ」とお願いするチャーリー。さっき読んだのはエッセイで、教えているのだと説明します。

そこにリズが来て、淡々と診断しながら、胸の痛みや息苦しさといったいつもの状態をチャーリーは訴えます。「眠れている?」との質問にも「いいや」と短く返答。

歩行器を使って立ち上がり、のろのろと歩くチャーリーを前に、トーマスは黙って見ているしかできません。

リズはニューライフの主任牧師の養女であるという家庭の事情もあってニューライフ教会が嫌いなようで、吐き捨てるように嫌悪感を露わにします。

「あなたは若いのになぜ信仰を?」と聞かれるも、トーマスは純心に信じているようでした。

チャーリーは救う必要がないことをリズは伝え、その理由を語ります。なんでもチャーリーの亡くなったボーイフレンドであるアランが宗教的な罪悪感によって自殺し、それがチャーリーにショックを当て、過食へと悪化したそうです。教会に殺されたようなものだとリズは厳しく口にします。

リズは病院に行くように再三にわたり警告し、あなたはこのままでは死ぬとハッキリ告げます。しかし、チャーリーは医療費の支払いができないと言い訳するだけ。お気楽な態度です。

一緒に横に隣り合って座り、リズにお願いだとチャーリーは甘え、リズはカロリーの高いチキンバケットを持ってきて、チャーリーはそれに食らいつくのでした。

そのチャーリーには考えていることがありました。もう長い間、会っていない娘と再会したいということです。そしてついにその娘のエリーをこの家に呼ぶことにします。

しかし、エリーの態度は辛辣で、2人の仲が簡単に修復するものではないという現実を思い知らされ…。

この『ザ・ホエール』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/05に更新されています。
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不健全なケアとその無力感

ここから『ザ・ホエール』のネタバレありの感想本文です。

『ザ・ホエール』はいかにもフィクションっぽいですが、一応、原作者の“サミュエル・D・ハンター”の実体験を素材にしているそうで、過食、クィア、宗教、家族といったテーマはそこから来ているらしいです。

とは言え、本作は“ダーレン・アロノフスキー”監督作らしく、非常に多義的というか、解釈を要求される…元も子もない言い方だと「わかりにくい」物語でもあります。

構図はシンプルです。主人公にまさしくチャーリーという大男がデンと存在しているだけ。このチャーリーは単純に「ふくよかな体型」という個性では片付けられない、かなり健康的に深刻な状態に陥っています。それこそ一刻の猶予もないような命の危機です。

しかし、それを理解したうえでチャーリーは治療を拒否しており、ある種の希死念慮の中に佇んでいることが推察できます。「sorry」をよく口にする様子からもチャーリーは自己嫌悪的です。

こうなってしまった背景には、異性婚(もしくは異性パートナーシップ)であった妻とその娘を捨ててまで、ボーイフレンドとの新しい人生に賭けてしまったという、チャーリーのクィアな人生の選択がありました。しかし、そのボーイフレンドのアランを自死で失い、チャーリーは八方塞がりで孤立しました。

『ザ・ホエール』はメンタルヘルスケアのテーマが見えてきます。しかし、ケアの描き方はシニカルで、あまりケアを理想化せず、かなり現実的な無力さを突きつけてきます。

まずわかりやすくチャーリーをケアしているのは“ホン・チャウ”演じるリズなのですが、このキャラはベタな「男性をケアする女性」という奉仕者の枠に収まりません。リズもなかなかにモノ言う女性で、アジア系のステレオタイプに当てはまらずに面白いのですが、そのリズも実はチャーリーに通じる共通の心の傷を抱えていて、それを持ち合う友人同士です。

それでいてリズはいわゆるイネーブラー(依存症者などに必要以上の手助けをすることで、結果的に状況を悪化させる人)になってしまっており、実際にチャーリーに健康に悪い食事を与えてしまっています。不健全なケアがそこに生じているわけです。

トーマスも同じで、トーマスがバスを降りるオープニングシーンから始まる本作にて彼は信仰でチャーリーをケアしようとしますが、それは全く有効にはいきません。この宗教への皮肉な目線はこれまた“ダーレン・アロノフスキー”監督らしいですけど…。

ケアがケアとして機能していない、そもそもケアというのは簡単にはいかない…そういうリアルと対峙させられる映画でした。

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クジラは立ち上がり、海に還る

『ザ・ホエール』はそんな不健全なケアとその無力感を描きつつ、でも人は他者をケアしたいんだという欲求を描き抜きます。

ケアされている側のチャーリーですが、彼も娘のエリーをケアしようとします。それが親の務めであり、最期にそれらしいことをして、自分の人生に意味を残そうとしているのは明白です。

当然、エリーはその父の今さらのケアを拒否します。エリーはそもそもが冷笑的で、世の中にあまり期待はしていないようにすら見えます。

他者をケアすることが自分のケアになっている…けれども一方で他人にケアなんてされたくないという気持ちもある…。人間の面倒くさい性質です。

『ザ・ホエール』はチャーリー周りの人間関係以外の世間は非常に冷たく薄情に見える描き方をしています。ピザ屋のダンもチャーリーの姿をついに見てしまったときの態度はなんだかギョっとしているように思えましたし、オンライン講座の受講者たちもいよいよ映ったチャーリーの全身に息を呑みます。これは実際に正確に反応を映しているのかわかりません。チャーリーの劣等感を通過させたうえでの描き方かもしれません。しかし、本作はテッド・クルーズやドナルド・トランプの政治ニュースが流れるなど、暗い社会を背景に流しており、社会の善性を信じていないようにも思えます。

そんな中で、チャーリーは自分に絶望して死を迎えるしかないのか。

ここで本作の重要な柱になっている「白鯨」が浮上してきます。巨体のチャーリーは白鯨(モビィ・ディック)そのものでありますが、本作はそんな男性的なトキシックな自暴自棄さを神話化しているようにも受け取れる「白鯨」という名作に、どこか批判的な眼差しも感じたり…。

それが最後のチャーリーとエリーの対決に集約していき、エリーはさながら船長のエイハブなのか。こっちまで歩いて来いよ!とチャーリーを挑発し、チャーリーは自らの意思で最後はそれを実行するというエンディング。

ラストは非常に寓話的で、二本足で立ちあがったチャーリーが浜辺で思い出にふけって、最期を迎えているように見えますし、クジラが海に還ったのだと考えればまた違う印象も残ります。陸上ではその巨体が自重で自らを苦しめますが、海中であれば自由に動き回れます。クジラはいるべきところについに戻ったのかな…。

『ザ・ホエール』は“ブレンダン・フレイザー”だからこその説得力のある演技でしたし、“ダーレン・アロノフスキー”監督的な寓話性のあるストーリーもこれまで以上にミニマムに静かに紡がれていました。これらを見たいと思っていた人なら気持ちよく満腹になれますが、これをそもそも望んでいない人はお腹の調子が悪くなりそうな映画です。

とりあえず私は“ブレンダン・フレイザー”が映画の世界にまた戻ってきて、それだけで空腹はおさまったかなと思います。

『ザ・ホエール』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 65% Audience 91%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved. ザホエール

以上、『ザ・ホエール』の感想でした。

The Whale (2022) [Japanese Review] 『ザ・ホエール』考察・評価レビュー