ピー…Netflix映画『喪う』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:アザゼル・ジェイコブス
うしなう
『喪う』物語 簡単紹介
『喪う』感想(ネタバレなし)
アザゼル・ジェイコブス監督作をぜひ
“アザゼル・ジェイコブス”は、ニューヨークのマンハッタンで育ち、前衛映画監督の“ケン・ジェイコブス”と抽象画家の“フロー・ジェイコブス”の間に生まれました。
そんな“アザゼル・ジェイコブス”にとってこの両親は大切な存在のようで、2008年に自身の長編映画監督作『Momma’s Man』で両親を主演にキャスティングしているほどです。
“アザゼル・ジェイコブス”監督はインディーズのフィルムメーカーとして作家性を貫き続け、『Terri テリー』(2011年)、『ラバーズ・アゲイン』(2017年)、『フレンチ・イグジット 〜さよならは言わずに〜』(2020年)と映画を作ってきました。ただ、ちょっと日本では劇場公開される機会が乏しく、あまり話題になってきていない監督ではありますが…。
コロナ禍にて“アザゼル・ジェイコブス”監督は次の映画の企画を考えつつ、ロサンゼルスから両親の近くのニューヨークに移り住んだそうです。両親の介護をしながら、同時にロックダウンでほとんど行動を制限され、部屋の窓からニューヨークの街並みを眺めるしかできない環境。たいていの人は気が滅入るでしょう。
それでも“アザゼル・ジェイコブス”監督の創作意欲は陰ることなく、むしろそのミニマムな刺激にクリエイティブを刺激され、こんなステキな映画を生み出しました。
それが本作『喪う』です。
原題は「His Three Daughters」で、そのタイトルどおり、3姉妹を主人公にしています。成人している3人は父が危篤状態となり、ニューヨークの父の住むアパートの部屋に集まります。その約3日間をほぼ家の中だけを舞台にして描くというミニマムなシチュエーションの物語です。
この3姉妹は少し関係性がギクシャクしており、本作はこの3姉妹の会話劇で成り立っています。
これほど最小構成ですが、“アザゼル・ジェイコブス”監督にとっては一番の得意な分野です。今作も抜群の素晴らしいドラマを保証してくれます。個人的には“アザゼル・ジェイコブス”監督作の中ではベストかな。“アザゼル・ジェイコブス”監督作を一度も見たことがない人にもオススメしやすいです。
『喪う』は俳優の名演を堪能できる映画でもあり、3姉妹を演じた俳優は各人で見事としか言いようがない見ごたえとなっています。
そのひとりは、『ボストン・キラー 消えた絞殺魔』や『ゴーストバスターズ/フローズン・サマー』の“キャリー・クーン”。ドラマ『ギルデッド・エイジ –ニューヨーク黄金時代-』にも出演して、物語を彩っていました。
もうひとりは、ドラマ『ロシアン・ドール: 謎のタイムループ』やドラマ『ポーカー・フェイス』で癖たっぷりの演技を披露して魅了させてくれる”ナターシャ・リオン”。今作でもいかにも”ナターシャ・リオン”らしい演技を拝めます。
そして最後は、MCUでワンダ・マキシモフ(スカーレット・ウィッチ)を演じたり、ドラマ『ラブ&デス』であったり、最近は何かと背負い込みすぎている主婦の役が目立つ“エリザベス・オルセン”。今回も…うん…。
本作『喪う』は2023年にトロント国際映画祭でプレミア上映されたのですが、2024年9月に「Netflix」でやっと公開。でも“アザゼル・ジェイコブス”監督作を「Netflix」で気軽に観れるからいいのかも。劇場公開はしてほしかったですけどね…。
どうなるかはわかりませんが、この『喪う』もインディペンデント系の映画祭なら主演女優賞は余裕で狙える出来栄えですし、アカデミー賞だっていけそうなくらいですが、まあ、アカデミー賞はこういう小規模作には冷たいので期待はあまり…。「Netflix」は2024年は何の映画を賞レースで押すのだろう…。
とりあえず映画ファンの皆さんは2024年の隠れた良作として『喪う』をお見逃しなく。
『喪う』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年9月20日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに味わいたい |
友人 | :盛り上がるエンタメではない |
恋人 | :信頼できる相手と |
キッズ | :大人のドラマです |
『喪う』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ケイティは「できるだけ苦痛を減らすのが最優先で、とにかく父にとって楽ないようにしたい」と己の考えを腕組みしながら淡々と述べます。それを真顔で微動だにせずに聞いているレイチェル。
これは父親のヴィンセントについての話。ケイティとレイチェルの父はガンとの闘病生活の末期を迎え、自宅でホスピスケアを受けているのです。今は飲食もできないほどに弱っており、もう命が尽きようとしていました。
姉のケイティは延命拒否の書類にサインがないことに苛立っています。まだ通院していた時期に署名してもらえていれば簡単だったのですが、こういう状態となってしまえば、もう今さら慌てても意味はありません。レイチェルは父が闘病中ずっと一緒に暮らしていたので、それができたはずですが、何もしなかったようです。
その場に父の様子をみてきた妹のクリスティーナが現れて、動揺を抑えながら椅子に座ります。「急にこうなるとは思わなかった」と誰よりも打ちのめされています。かなりお喋りで言葉がどんどんでてきます。
レイチェルはマリファナを常習しているようで、今もどれくらい頭がしっかりしているのかはわかりません。ケイティはそんなボーっとしているだけのレイチェルへの嫌味が止まりません。
看護師のミラベラとともに家を訪れたホスピス職員のエンジェルは「相談がある」と3姉妹の前に座ります。もし亡くなった際の手続きを説明し、まずは死を受け入れられる安寧の心で寄り添ってほしいと言います。
しかし、実際はそんな落ち着いていられません。ケイティは焦っており、いつ亡くなるのか、その手がかりを求めますが、そんなものはないです。3姉妹で交代で父の傍にいるしかないのでした。
ケイティは冷蔵庫に腐ったリンゴしかないことを文句を言い、レイチェルの生活力の無さに愕然とします。レイチェルは外で煙草を吸い、父には会いたがりません。
ケイティとクリスティーナは食卓で食事し、互いの子どもの話に触れます。レイチェルは会話に混ざらず、スマホをみています。スポーツ賭博しているらしいです。
翌日、エンジェルは父と話すなら今が最後のチャンスだと言います。しかし、やはり法的な問題もあり、延命拒否には協力できないようです。故意に延命を停止してしまえば、それは殺人になってしまいかねません。そんなことは3姉妹共に内心ではわかっています。
時間はあまりにもゆっくりともどしかしく流れるだけですが…。
3姉妹のそれぞれの本音
ここから『喪う』のネタバレありの感想本文です。
大切な人の死期が迫るというのは誰しもにとって受け止めがたく、どう感情を表現すればいいのかわからない気まずい時間が流れるものです。
映画『喪う』の3姉妹、ケイティ、レイチェル、クリスティーナの場合、絶縁状態というほどに冷え切っているわけではないですが、成人として独立しているゆえにそこまで親密に会えているわけでもない。この距離感が妙にリアルです。
3姉妹は互いが互いに本音を隠しています。3人とも劣等感が見え隠れしている感じでしょうか。
ケイティは最年長の姉としてのプレッシャーがあるのか、変に家族規範的であろうと小言が増えてしまっています。延命処置を極端に嫌っているのは、やはり父を苦しませたくないという気持ちの表れか…(もう今さら足掻いてもどうしようもないのですが…)。もっと勘繰れば父に向き合ってこなかったという自責の念か…。
レイチェルは他の姉妹の前では口数が少ないです。とくにケイティには返事も乏しく、圧力を感じているのはすぐ察せます。しかも、介護を押し付けられていた状況にあり、相当にストレス下にあったと思われます。こういう親の介護の役割の不均衡というのも”あるある”ですね。ヴィンセントと血縁がないというのも本人の中では後ろめたさになっていました。
ちなみに、レイチェルがケイティやクリスティーナに「あなたがこの家を相続するのだから」ともう決まりごとのように再三にわたり言われますが、ちょっと日本で暮らしている人にはピンとこないかもしれません。実はこれはニューヨーク特有の住宅事情ゆえだそうです。ニューヨークでは低所得者向けの安い賃貸でアパートに住める制度があり、居住者が亡くなった場合、この賃貸契約のまま引き継いで住めるのはもととも同居していた子どもだけになるとのこと。なので本作の3姉妹の場合、制度的に相続できるのはレイチェルしかいないんですね。
続いてクリスティーナ。彼女は家庭があり、子どもの話も止まりません。しかし、お喋りなその性質は自分の不安を押し隠しているようにもなっていました。恵まれた家庭にありそうですが、家庭で精神的にいっぱいいっぱいなようでもあり、今回、夫や子どもを連れてきていないのも、家庭から離れる意味もあるのかもしれません。
レイチェルのボーイフレンドのベンジーという第3者の登場によって、あの3姉妹の何とも言えない「本音隠しムード」の空気が壊れるきっかけが生まれます。
クリスティーナから3人で話し合うべきと提案し、3人はゆっくりと相互理解を試み始めます。この会話の流れもものすごくリアルです。観ているこっちがうっかり他人の家族のプライベートな話し合いの場に入り込んでしまったかのような、こちらまで気まずい気分にさせてきます。
結果、ボタンの掛け違いがあったり、相手への不信感が負の連鎖で積み重なったり、いろいろな内側の心情を互いに確認できます。ひとつひとつゆっくりと話し合っていけば、たとえその言葉が多少粗雑であっても、相手には伝わっていきます。
そして3姉妹を繋ぐのは父だけであり、それを喪うとこの3姉妹は何も繋がりがなくなり、消滅してしまうのではないかという不安も…。これはすでに母親が各自で他界していたり、父以外の家族の縁がなくなっているこの3姉妹ゆえの事情ですね。
結局、この3姉妹は互いに支え合うことが必要だったというわけで…。もっと早くに支え合う価値に気づいていれば、互いのライフスタイルを補足し合うこともできたのでしょうけど、人というのは近しい相手にこそ本音が言えなかったりする…。本当にそういうもどかしい心情を表現するのが上手い映画でした。
映画的な演出が最期を見届ける
『喪う』は“アザゼル・ジェイコブス”監督の手によって物語や演出も洗練されていて、そこも魅入ってしまいました。
こういうシンプルな会話劇というのは、その監督の力量がもろにでますね。もちろん俳優の演技力も試されますが…。
冒頭からケイティを演じる“キャリー・クーン”によるひとり語り同然のセリフから始まり、ちょっとオーディションみたいになっています。“キャリー・クーン”の、言葉で武装しながら本音を隠そうとするあの感じが絶妙ですね。
レイチェルを演じる”ナターシャ・リオン”も言うことなし。やさぐれているあの佇まい。”ナターシャ・リオン”の良さが120%発揮されていました。ほんと、個人的には”ナターシャ・リオン”はなんかで主演女優賞とか獲ってほしいんですけどね。
クリスティーナを演じる“エリザベス・オルセン”は、どこかで爆発しそうな危うさを持っている演技が非常に目が離せなく、実際に作中で感情がボンと弾けるシーンがありますが、そこからスっとまた戻っていく演技もまた良かったです。
本作はほぼずっと家の中で展開されますが、その家を全て映してくれるわけでもありません。この引っかかる撮影もまたあの3姉妹の心情に合ってます。
そして演出としてとくに際立つのが、危篤のヴィンセントの心拍を示しているあの「ピ、ピ、ピ」という音。会話劇の最中でも奥のほうから常に聞こえていて、ふと会話が途切れたときに耳に届いてきます。
あの一定の「ピ、ピ、ピ」という音が、会話で取り乱した3姉妹の心を落ち着かせるようでもあり、ある種の不吉さにも繋がっている。すごく複雑な感情を刺激する演出でした。
最後はあの「ピ、ピ、ピ」という音を引用したレイチェルによるくだらないジョークで締めるというのがまた皮肉が効いていましたし…。
ずっとリアルな演出で淡々と進んでいた本作ですが、終盤に非常にエモーショナルで極めて映画的なフィクショナルなアプローチで死を表現してみせます。それまでずっと作中で姿を映していなかったヴィンセントが現れ、突然、乱暴に医療器具を外して歩き回り始め、娘たちに自分の遺言のように言葉を残す。でも実際は愛用の椅子に座って息を引き取っている…。
この飛躍した演出をあえて挿入することで、映画のさりげない魔法をみせてくれる。“アザゼル・ジェイコブス”監督、ラストまで抜かりないですよ。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Netflix ヒズ・スリー・ドーターズ
以上、『喪う』の感想でした。
His Three Daughters (2023) [Japanese Review] 『喪う』考察・評価レビュー
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