移民労働者は宇宙に羽ばたく…映画『ミリオン・マイルズ・アウェイ ~遠き宇宙への旅路~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にAmazonで配信
監督:アレハンドラ・マルケス・アベジャ
恋愛描写
ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路
みりおんまいるずあうぇい とおきうちゅうへのたびじ
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』あらすじ
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』感想(ネタバレなし)
移民労働者にも夢がある
移民労働者…それは今の世界でさまざまな業界の労働を支える欠かせない存在です。日本にだってすでに多くの事実上の移民労働者がやってきており、働きながら暮らしています。
国際労働機関(ILO)によれば、2019年には世界中で推定1億6900万人の移民労働者がいるとのこと。アメリカ合衆国労働省労働統計局のデータでは、アメリカの民間労働力に占める外国生まれの人の割合は18.1%で、増加傾向にあります。
そんな縁の下の力持ちとなっている移民労働者ですが、一部の人は「移民が増えると犯罪も増えるのだ」と決めつけます。移民当事者も劣悪で低賃金な労働環境に取り込まれるばかりで将来性のある希望を見い出せずにいます。
こうした偏見と失望がぐるぐると渦巻いてしまう世の中、移民労働者のリアルな物語で、かつ夢を与えるような作品がたぶんもっと必要なのでしょう。
今回紹介する映画は、夢溢れる移民労働者のストーリーを勢いよく垂直発射で届けてくれます。
それが本作『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』です。
本作は伝記映画で、主題となっているのは「ホセ・ヘルナンデス」というNASAの宇宙飛行士だった実在の人物。2009年8月に行われたスペースシャトル・ディスカバリーによる国際宇宙ステーション(ISS)組み立てミッションに参加し、宇宙に滞在しました。このホセ・ヘルナンデスはアメリカのカリフォルニア州生まれですが、家庭はれっきとしたメキシコ出身で、ヒスパニック系の移民労働者でした。
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』は、このホセ・ヘルナンデスを「宇宙へ行った初の移民労働者」ということで、その子ども時代から宇宙飛行士になるまでの半生を丁寧に映像化しています。
ものすっごく王道な「夢を成就した人物の人生譚」で、シンプル・イズ・ベストという感じですが、移民の視点から語られるあたりが新鮮でしょうか。ラテン系だと『フレーミングホット!チートス物語』のような先例がありますが、最近はこのタイプの作品が少しずつ増えていくのかな。ラテン系の主人公の映画はまだまだ少ないですからね。
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』を監督するのは、“アレハンドラ・マルケス・アベジャ”。ドラマ『ナルコス:メキシコ編』のエピソード監督を務めた経験があり、2022年には実在のメキシコのカウボーイ兼ハンターを描いた『Northern Skies Over Empty Space』も監督した、メキシコ出身の人です。
主演は、今やハリウッドで最も活躍しているラテン系の俳優のひとりとなっている“マイケル・ペーニャ”。“マイケル・ペーニャ”は『オデッセイ』でも宇宙飛行士役でしたが、今回は実在の人物(しかも主人公)ということで張り切っています。
共演は、『アリータ: バトル・エンジェル』や『アンダン 〜時を超える者〜』の“ローサ・サラザール”。“マイケル・ペーニャ”とは『チップス 白バイ野郎ジョン&パンチ再起動!?』でも一緒でした。
他には、『L.A.スクワッド』の“ボビー・ソト”、『アレックスとチュパ』の“フリオ・セサール・セディージョ”、ドラマ『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』の“ギャレット・ディラハント”、ドラマ『私の初めて日記』の”サラユー・ラオ”など。
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』は日本では劇場公開されず、「Amazonプライムビデオ」独占配信です。気持ちよく宇宙への旅路に同行できます。
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2023年9月15日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :暇つぶしにでも |
友人 | :元気を共有して |
恋人 | :気軽に観れる |
キッズ | :夢を応援する |
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』予告動画
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):トウモロコシ畑から
トウモロコシ畑でボーっとしている少年のホセ・ヘルナンデス。名前を呼ばれます。もう家族と共に出発しなといけないのです。別れを惜しみ、メキシコを後にします。
車でアメリカに入国。ヘルナンデス家は家族総出でこうやって転々としながら農場で働くという移民労働者の暮らしをしていました。当時は大勢のヒスパニック系の人たちがそうして生活しており、農場は同じような境遇の労働者でいっぱいでした。
もうひとつの故郷と言えるカリフォルニア州のストックトンには家がありますが、どうせすぐに移ります。移動を繰り返すので落ち着きません。おカネを貯めて定住できる家を建てるのが家族の夢です。
学校には行っており、ホセは優秀で掛け算を誰よりも早く答えられます。しかし、慣れない英語で答えると同級生から笑われます。いとこのベトが遅れて教室に入ってきました。
でも学校には集中できません。農場の仕事は朝早くに出発。あちこちに連れ回され、くたくたです。ついにうんざりし、疲れすぎて喚き散らします。
そのとき、父のサルバドールに「パパはなぜ疲れているように見えないの?」と素朴に聞いてしまい、すると父は大事なことがあると教えてくれます。
「1つ目、目標を決める。2つ目、目標までの距離を測る。3つ目、方法を考える。4つ目、わからなければ学ぶ。5つ目、ゴールが見えたらもっと努力する」…これを考えて行動するんだ、と。
ホセは学校でも疲労で居眠りすることもあります。ある日、親切にしてくれるヤング先生に「なぜ星はあるの?」と質問。「君はきっと答えを見つける人になる」と意味深な言葉をかけてくれます。
課題で大人になったら何になりたいかを考えることになりましたが、パっと思いつきません。しかし、1969年、その答えが目の前に現れました。テレビでアポロ11号の発射が放映され、家族が釘付けになっている中、ホセは誰よりも夢中になったのです。宇宙飛行士になりたい…。
別の日、ヤング先生がホセの教育が心配だとわざわざ家まで訪ねてきます。移動ばかりの生活では学業に専念できず才能を無駄にしてしまいます。それでも父はカネが要ると現実を語るしかできません。
ホセは先生に宿題を見せます。宇宙飛行士になると元気いっぱいに描いた、トウモロコシのロケットの絵です。
父も将来が見えずにイラついていました。農場労働者の姿しか未来はなく、このままではダメなのもわかっています。あの先生の言うとおりだと納得し、子どもたちの農作業で荒れた手を見て、ここを新しい出発点にしようと決心。家を諦め、ホセの進学に大切なお金を使うことにしました。
こうしてホセは成長し、大学を卒業。もちろん目指すはNASAです。
1985年、現実は厳しく、ホセがなれたのはローレンスリバモア国立研究所でのエンジニアの仕事でした。当時は冷戦真っ只中、ミサイル競争が激しく、大陸間弾道ミサイルを撃墜できるX線レーザーの開発を求められていました。
職場にホセに与えられたのは、小さく薄暗い部屋にボロボロの椅子。受付の女性には清掃員だと思われる始末。
宇宙飛行士はほど遠いですが…。
オオカバマダラの旅路
ここから『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』のネタバレありの感想本文です。
ある時代のヒスパニック系の物語の出発点としては定番ですが、『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』も、ホセ・ヘルナンデスも地元の農作業労働から始まります。
ちょっと映画だとわかりにくいのですけど、当時のヘルナンデス家は、カリフォルニア州のストックトンとメキシコの地元を1年のうち半分ずつ住んでいたそうで、そのうえ各地の農場を移動して回るような労働生活を送っていました。
農地から宇宙への夢が始まるというのは典型的なアメリカン・ドリームの物語のフィールドであり、白人のストーリーとたいして変わらないのですが、ホセの場合は、移動が軸になっているという移民らしいバックグラウンドがあります。
本作ではこれを「オオカバマダラ」という蝶に重ねています。この蝶は渡り鳥みたいに長距離移動することが知られており、南北アメリカ大陸を横断して年間で最大4000kmと飛行すると言われています。あんなに小さい虫なのにすごい旅路です。
ホセにとって当初は苦痛でしかなかったこの移動の経験。でもそれは見方を変えれば、アイデンティティであり、長所になる。いとこのベトが大人になってから「未知の世界に飛び込むのに移民労働者より適切な者はいない」と励ましてくれたように、移民労働者というのは宇宙飛行士にむしろふさわしいじゃないかと発想するという視点です。
作中でホセはNASAに受かるために自分に何が足りないのかを、妻のアデラに相談してあれこれと模索していき、飛行技術や、体力増強、ロシア語だって身につけます。
もちろんこれらも大切なスキルでしょう。でも移民労働者という人生の経験は実は最も宇宙飛行士に最適なのに、それを世間は評価はしてくれない。
現在でもそうですが、移民労働者であるという経歴はネガティブに扱われがちです。ゆえにそれを後ろめたいと思ってしまう子だっている。自分に自信を持てなくなることもあります。
本作はそこに光をあてる映画です。それはあなたの武器になる…と。
そんなテーマがあるせいか、宇宙飛行士モノにありがちなマッチョイズムな軍人的成長の物語からは外れた面白さがあるのが『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』のユニークなところでした。
支えてくれたあの人も史実どおり
『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』を見ていると、どこまで実話なのかなと思ってしまいますが、大筋はしっかり史実どおりのようです。
ローレンスリバモア国立研究所で清掃員に間違われて鍵束を渡されたのも本当だそうです。作中では退屈そうにしていましたが、あの研究所でデジタルマンモグラフィー画像処理システムを開発したりと、こっちでも結構すごいことをしていたらしいですけど。
NASAの宇宙飛行士閃光に11回落ちて、12回目で受かったのも実際と同じ。狭き門とは言え、それだけ粘り続ける根性だけでもたいしたものです。
そんな中、カルパナ・チャウラという宇宙飛行士としては一足先に実績を積んだ人が、新米のホセのメンターにして導き手になってくれます。カルパナ・チャウラはインド系アメリカ人で、インド出身の女性として初めて宇宙に飛んだ人物でもあり、人種的マイノリティの扉を開いた先駆者です。ホセとの繋がりは深いですし、プロットとしても上手くバトン渡しで繋げていました。2003年のコロンビア号の空中分解で帰らぬ人となりましたが、いつか彼女の伝記映画も観たいですね。
ちなみに宇宙を旅した最初のヒスパニック系アメリカ人の宇宙飛行士はホセではなく、フランクリン・チャン=ディアスというコスタリカ系アメリカ人なので、そこは勘違いしないように。
また、ホセを支える女性としてもうひとり意外な存在なのが、小学校のヤング先生。これも実在の人物がモデルだそうで、ホセの中では欠かせない人間だからこそ、こうやって映画にも組み込まれたのでしょう。やっぱり教育において子どもの夢を理解してくれる先生って大事ですよね。
物語全体としては、どうしても家族規範が強めになってしまう味付けでしたが、アデラのシェフとして店をかまえる夢も叶っていたので、「夫を献身的に支える妻」のステレオタイプには収まらないようにはなっていたかなとは思います。作中ではホセとアデラが一目惚れしてすぐさま付き合い始めたように描かれていましたが、実際はこの2人がデートするのに1年はかかり、ホセの妹がかなり尽力して2人を近づけたらしいです。今のホセとアデラは、ジョンソン宇宙センターの近くにティエラ・ルナ・グリルというレストランを始めましたが、ホセがNASAを退職した2011年にレストランを閉店し、エンドクレジットで示されるように新居に移っています。
映画のラストはとくに派手な展開もなく落ち着いているのですが、あの宇宙へ行った船内で平然としているホセの姿にこそ意味があって、ホセはこれまでずっと車で移動してきたわけで、今回だって宇宙飛行士のクルーたちという家族と乗り物で移動したことには変わらない。だからリラックスしていられる。そんなホセの心が表れるような、静かな夢への偉大なる一歩でした。
こんなふうにこれからも大きな夢を叶える移民労働者が星の数ほどたくさん現れることを願っています。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 97%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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ラテン系の主人公を描く映画の感想記事です。
・『アレックスとチュパ』
・『イン・ザ・ハイツ』
・『ウエスト・サイド・ストーリー』
作品ポスター・画像 (C)Amazon ミリオンマイルズアウェイ
以上、『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』の感想でした。
A Million Miles Away (2023) [Japanese Review] 『ミリオン・マイルズ・アウェイ 遠き宇宙への旅路』考察・評価レビュー