クリステン・スチュワートがジーン・セバーグになりきる…映画『セバーグ~素顔の彼女~』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2022年に配信スルー
監督:ベネディクト・アンドリューズ
動物虐待描写(ペット) 性描写 恋愛描写
セバーグ 素顔の彼女
せばーぐ すがおのかのじょ
『セバーグ 素顔の彼女』あらすじ
『セバーグ 素顔の彼女』感想(ネタバレなし)
ジーン・セバーグを描く
ハリウッドでは俳優が何かしらの人権活動や社会運動に参画するのが今では当たり前の光景です。それをダサいとみなしたり、冷笑したりする人はいません。むしろそういた慈善行為に取り組まない方が批判の目を向けられるでしょう。富や名声を持っている以上、責任がある…ということですね。
しかし、50年前はそうはいきませんでした。現在の視点で見ると信じられない話ですが、昔は俳優が人権活動や社会運動に参加すると「危険人物」として政府から監視対象になり、あげくには政府による嫌がらせを受けたりしたのです。
その悪質な弾圧で有名なのがFBIが1956年から1971年にかけて実行していた通称「コインテルプロ(COINTELPRO)」と呼ばれるプログラムです。謎の用語ですが、これは「Counter Intelligence Program」の頭文字を部分的にとったもので、要するにFBIが国家安全保障の名目で国内の危険人物とみなした者に対してあれこれしていた…という話。具体的に何をしていたかと言えば、盗聴、盗撮、家宅侵入、妨害、脅迫、情報操作…暴力や殺人もあったという指摘もあります。つまり、FBIが違法行為をしていたんですね。
で、その危険人物としてみなされた人というのは、共産主義者、左翼、市民運動家、公民権運動家、フェミニストなどでした。こうした人々を「中立化」させて無害にするのが狙いだったわけですが、無論ながら表現や思想の自由を定めたアメリカ合衆国憲法修正第1条に真っ向から違反しています。それでも政府権力者の都合がいい体制を脅かす者は一切排除してやろうというのが当時のFBI長官である絶対権力者の“ジョン・エドガー・フーヴァー”の確固たる執着でした。
こういう社会ですからいかに有名な俳優であろうとも政府が喜ばない人権活動や社会運動に手を出せばターゲットになります。その執拗な監視と攻撃の結果、命を追い詰められた人も…。
今回紹介する映画はそのコインテルプロの対象となってしまった実在の女優を描く伝記作品です。それが本作『セバーグ 素顔の彼女』。
題材になっている女優というのが「ジーン・セバーグ」です。日本でも往年の映画ファンの中には夢中になった人もいるかもしれませんし、俳優名は知らなくても案外と結びつきがある人もいるかもです。ジーン・セバーグはベリーショートのヘアスタイルで有名で、その髪型は日本では彼女にちなんで「セシル・カット」と呼ばれています(英語圏では「ピクシー・カット」としか言わないみたいだけど)。
ジーン・セバーグはスウェーデン系のアメリカ人なのですが、どちらかと言えばフランスに縁がある俳優。というのも1959年に“ジャン=リュック・ゴダール”の初監督作『勝手にしやがれ』に主演し、ヌーヴェルヴァーグの象徴となったからです。
このジーン・セバーグは当時アメリカ社会を揺るがしていた公民権運動に賛同し、一緒に活動するようになり始めました。そしてFBIのコインテルプロの対象に…。
『セバーグ 素顔の彼女』ではその非道な監視で精神的に追い詰められていくジーン・セバーグの姿が生々しく描かれています。
本作でそのジーン・セバーグを演じたのが、『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』などの伝記モノはもちろん、『チャーリーズ・エンジェル』などのエンタメ系もこなし、『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』などでクィアな客層にも愛されている、“クリステン・スチュワート”。今回は見事にジーン・セバーグになりきっています。
共演は、『ジャングルランド』の“ジャック・オコンネル”、ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』の“アンソニー・マッキー”、ドラマ『メイドの手帖』の“マーガレット・クアリー”、『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール: 報復の荒野』の“ザジー・ビーツ”、『ザ・スイッチ』の“ヴィンス・ヴォーン”など。なかなかに豪華なキャストではないでしょうか。
監督は『ウーナ 13歳の欲動』の“ベネディクト・アンドリューズ”。脚本は2020年にリメイクされた『レベッカ』の“アナ・ウォーターハウス”が参加しています。
かなり語りがいも見ごたえもある映画だと思うのですが、この『セバーグ 素顔の彼女』、2019年に本国で公開されたものの、日本では全然公開されず。2022年になって、Netflixでは3月6日から、スターチャンネルでも同じ日からの放送・配信となりました。う~ん、劇場公開は無理だったのかな…。客は呼べると思うのだけど…だって“クリステン・スチュワート”ですよ? この俳優がでているならとりあえず見に行くという映画ファンも結構いるよ? ましてや『スペンサー ダイアナの決意』でアカデミー主演女優賞にノミネートされて勢いづいているのに…。
“クリステン・スチュワート”ファンの必見の映画なので『セバーグ 素顔の彼女』も忘れずに…。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは必見 |
友人 | :題材に関心ある同士で |
恋人 | :異性愛ロマンスもあり |
キッズ | :ベッドシーンを含みます |
『セバーグ 素顔の彼女』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):拳をあげただけで
1968年5月。パリ。俳優としてキャリアをスタートし始めたジーン・セバーグはアメリカのロサンゼルスでさらなるチャンスを掴むべく、家族に別れを告げます。家で夫のロマン・ギャリーと幼い息子と会話。そのまま玄関を出るのでした。
一方、ロサンゼルス。テレビでは連日のように黒人差別撤廃を求めて活動するブラックパンサー党の危険性が報道されています。そんな中、ジャック・ソロモンは妻リネットに見送られ、職場へ向かいます。そこはFBIです。上司のフランク・エルロイと話しながら案内されたのは、スーツの男たちがズラリと働いている陰気な場所。そこではFBIの監視対象人物を常にマークしており、その監視対象のひとりがハキーム・ジャマルという男でした。彼はあのマルコムXの従兄弟で、「US Organization」という組織を設立し、精力的に黒人差別に反発する運動を展開していました。
そしてそのジャマルが今いる場所は飛行機の中。その機体には偶然にもセバーグも登場していました。
ファーストクラスでマネージャーとくつろいでいたセバーグは、ひとりの黒人が客室乗務員と揉めているのを目撃。ジャマルです。扱いに怒る彼は怒鳴り合いになり、席を譲る気はないと頑な。そこにセバーグが割ってはいり、味方します。「私の名はジーン」…そう自己紹介すると、ジャマルは拳を上げ、プラックパワー流の敬礼をしました。
空港に到着。ジャックは空港で見張りをしていました。飛行機から降りてきたジャマルを視認。するとセバーグも降りてきて、カメラに囲まれたジャマル含むブラックパンサー党の人たちと一緒に拳をあげたのです。高く、ハッキリと…。
その後、セバーグは豪邸でのんびりしていましたが、ジャマルが気になり、彼から貰った連絡先の場所へ。
そこはジャマルが盗聴も合わせて監視をしていました。それを知らないセバーグとジャマル。2人はレイシズムについて率直に語り合い、やがてベッドで体を重ねます。その喘ぎ声で様子も把握するジャック。その不倫は上司のフランク・エルロイに報告され、監視は継続されます。
セバーグとジャマルの関係は続く中、ジャックはセバーグの家に侵入し、盗聴器を仕掛けます。
一方でセバーグはジャマルの妻であるドロシーの運営する、黒人の子どもたちのための教育施設へ手伝いに出かけるなど、さらに活動も活発に。
それをFBIが許すはずもありません。この関係性を妨害するべく、FBIはセバーグとジャマルが肉体関係にあることを示す音声をドロシーに電話で聞かせたり、風刺絵のチラシをばらまくなど、嫌がらせを激化させていきます。
そしてどんどんとそのFBIの締め付けは陰湿かつ過激になっていき、それはセバーグ自身の精神面も苦しめていくことに…。
クリステン・スチュワートの好演
『セバーグ 素顔の彼女』の冒頭は、ジーン・セバーグのデビュー作となった“オットー・プレミンジャー”監督の『聖女ジャンヌ・ダーク』(1957年)に重ねられ、ジャンヌ・ダルクが火あぶりにされています。要するに本作はセバーグをジャンヌ・ダルク的な存在として強調しているんですね。弱者のために世界を救おうとして犠牲になっていく女性として…。
セバーグはジャマルと不倫関係になります。まあ、スキャンダラスに世間は騒ぐかもしれませんが、不倫自体は別に大したことではないです。アメリカ大統領だって不倫しているし…。
ちなみにあのジャマルは妻のドロシー、そして今回のセバーグ以外にも関係性のあった女性がいて、そのひとりがイギリス生まれのゲイル・ベンソンというモデルの白人女性。彼女はブラック・パワーの活動家として知られる「マイケルX」ことマイケル・アブドゥル・マリクに生き埋めで殺されるという悲劇的な死を遂げるのですが、それはまた別の話…。なんかジャマルは女性を不幸にする呪いでもあるのだろうか…。
セバーグがなぜジャマルと関係を結び、公民権運動に惹かれていったのか。インターレイシャルなロマンスに憧れていたのか。作中ではあまり明言はないですが、当時、1968年5月のフランスは「五月革命」が巻き起こっていました。これは学生の主導する大規模なデモで、自由を求める大きな流れとなりました。その運動に影響を受けたのが誰であろう“ジャン・リュック・ゴダール”監督もそうであり、セバーグもその波を直撃している世代なんですね。なので彼女だけが特別というよりは、フランスの新しい若い世代の精神をそのままアメリカで発揮しようとしただけとも言えます。あの空港で拳をあげるのもアメリカ人感覚だと随分大胆なことをする人だなと思うかもですが、当時のフランス若者感覚では普通なのかもしれません。でもここはアメリカ。アメリカの保守っぷりは尋常ではなく…。
ともあれ『セバーグ 素顔の彼女』の魅力ポイントはやはりセバーグを演じる“クリステン・スチュワート”。年齢から考えると今回の“クリステン・スチュワート”は顔つきからしてちょっと幼く見えなくもないのですが、“クリステン・スチュワート”ほどベリーショートが似合う俳優は今はいないと思えるくらいのアイコンですからね。セバーグにぴったりです。
最初はハリウッドでの仕事に希望を持っているキラキラした姿で、黄色い衣装が眩しいのですが、すぐさまFBIによるほぼイジメのような行為のターゲットにされ、疲弊していきます。あんな目に遭ったら誰だって鬱になるのも当然です。“クリステン・スチュワート”の目が死んでいくのが観ていて辛い…。
そのFBI、いりますか?
『セバーグ 素顔の彼女』は全体的には“クリステン・スチュワート”の好演もあって見ごたえがありますし、当時のジーン・セバーグという俳優の生き様を現代に伝える意味でも、そして自由を弾圧する権力の横暴を忘れないためにも、とても有意義な映画だったとは思います。
ただ、個人的に大きく気になる欠点もあって…。それはジャックというFBIのキャラクター。
彼は架空の人物なのですが、最初はセバーグの監視に真面目に取り組んでいるものの、しだいにその行為に疑問を持つようになり、セバーグを庇うような行動さえ見せるようになっていきます。
でもこのキャラクター目線は必要だったのかと思わなくもない。別にFBI側に良心的なキャラクターを配置するというのは史実には全く関係ないですし、ストーリーテリングとして必須でもない。完全にいかにも中立的なバランスをとるための配置に過ぎないでしょう。しかし、それをしてしまうのはやはりセバーグという人間に対して失礼ではないか、と。
セバーグは「妊娠してお腹にいる子は、ブラックパンサー党の活動家が父親だ」とデマを流され、記者会見で悲痛の訴えをあげたものの取り返しがつかない悪意の誤情報にボロボロになり、40歳で命を絶ちます。そこまで助けがないほどに絶望に沈んだ彼女に寄り添うのが白人男性のFBIでいいのかという疑問はどうしたって思うし…。せめて架空のキャラクターを配置するにしても黒人にしたらいいのに…。
なお、セバーグは1970年代もいろいろな男性と恋愛関係にあり、妊娠したりもしていたのですが、『セバーグ 素顔の彼女』ではこの1970年代の最期の数年がほぼバッサリとカットされており、セバーグの人生としてはまだまだドラマはあったという事実がすっぽ抜けています。別にFBIの架空キャラに支えられないといけないほどでもなかったはずです。
そんな史実の脚色としてはいささか残念な点はあるものの、『セバーグ 素顔の彼女』の“クリステン・スチュワート”を目にできただけでも儲けものかな。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 36% Audience 51%
IMDb
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
クリステン・スチュワート出演の映画の感想記事です。
・『チャイルド・プレイ(2019)』
・『アンダーウォーター』
・『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』
作品ポスター・画像 (C)2019 Radical Chic LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『セバーグ 素顔の彼女』の感想でした。
Seberg (2019) [Japanese Review] 『セバーグ 素顔の彼女』考察・評価レビュー