恥ずかしがり屋ヒーローのスティグマ…アニメシリーズ『SHY(シャイ)』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年~2024年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
シーズン2:2024年に各サービスで放送・配信
監督:安藤正臣
恋愛描写
しゃい
『SHY』物語 簡単紹介
『SHY』感想(ネタバレなし)
恥ずかしがり屋でもヒーローに
あなたは内気な性格ですか?
「shyness(内気、恥ずかしがり屋)」に関する歴史や研究はとても難しいそうで、なぜなら主観的で漠然とした状態を指しているゆえに、何も証拠になるものもないからだそうです。
進化論で有名な“チャールズ・ダーウィン”も、この生物に何の利益ももたらさないと思われていた「shyness」の存在理由に大いに頭を悩ませたのだとか。
しかし、1970年代になるとこの「shyness」という性格特性も無価値ではなく、実は生存に有利に働くことがあるのではないかと、心理学者や動物学者の間で論じられることもでてきました。また、1万人以上の学生を対象にした調査によって、80%以上が人生のある時点で内気だったと答え、40%以上が現在も内気だと答えたという結果が判明し、内気さを感じることは非常に一般的であることもわかりました。
同時に、この「shyness」を医学的に治療できる病気として扱おうという動きも生じ、極度の内気さを「社交不安障害」と定義づけ始めもしました。このあたりの歴史は『Shyness: How Normal Behavior Became a Sickness』という本でもよく整理されています。
現在、状況は変わりつつあります。「内気さ=悪いもの」というネガティブな社会認識を変えていこうという試みは珍しくありません。”スーザン・ケイン”が著した『内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力(Quiet: The Power of Introverts in a World That Can’t Stop Talking)』では、外向的であることが社会で過度に理想化されすぎており、内向的であることは何もおかしくないと説いています(内気と内向的はまた微妙に意味が違うのですが、その話はまた別のところで…)。
内気であることは、個性なのか、障害なのか、はたまた誰もが持っている普遍的な一面にすぎないのか…。それはわかりませんが、人類はなおもこの謎の概念に振り回されていくのでしょう。
前置きが長くなりましたが、フィクションの作品においても内気な主人公はたくさん見かけます。
今回紹介するアニメ作品も、ずばり内気だと自覚する主人公が頑張ります。具体的には「ヒーロー」になって頑張ることに…。
それが本作『SHY』です。
本作は2019年から『週刊少年チャンピオン』にて連載されている”実樹ぶきみ”による漫画が原作。世界中にスーパーパワーを持ったヒーローが現れて活躍する中、恥ずかしがり屋な性格の日本のヒーローである少女が主人公となっています。
『僕のヒーローアカデミア』や『ワンパンマン』など日本産のスーパーヒーローが近年も盛況で、海外のファンダムにもリーチしていますが、『SHY』は2020年代後発組の新顔。2023年後半についにアニメ化され、メディアミックスによって勢いに弾みがつくのか…。
『SHY』も世界規模で個性豊かなスーパーヒーローがたくさん登場しますし、スケールはかなり壮大です。基本的に「ヴィラン」が立ちはだかって、「正義」のヒーローが戦って…という構図もだいたいは定番どおりです。
ただ、『SHY』のヴィランは心に干渉する設定になっているゆえに、人のメンタリティーをテーマにしていると思われるところがあり、そこが本作の温かい特色になっています。単に悪者をぶっ飛ばしたり、必殺技で懲らしめて解決…ということにはなりません。
そんなアニメ『SHY』を手がけたのは、「バンダイナムコフィルムワークス」傘下の「エイトビット」。監督は“安藤正臣”、シリーズ構成は”中西やすひろ”です。
2023年10月から12月まで第1期の全12話が配信され、物語は続くかたちで2024年7月から9月まで第2期の全12話が配信。世界観は拡張しています。
『SHY』の世界にアニメから入るのも簡単です。
『SHY』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に見やすい |
友人 | :原作を知らなくても |
恋人 | :興味があれば |
キッズ | :子どもでも安心 |
セクシュアライゼーション:なし |
『SHY』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
21世紀の半ば頃、世界から戦争がなくなりました。突如、世界中に現れた超人的な力を持つ人たちが平和のために頑張ったからでした。世間は彼らを「ヒーロー」と呼びました。ヒーローは世界各国にひとり。それぞれが正体を隠し、ヒーローの名と姿だけが有名になっていきます。
日本のとある場所。リュックを抱える14歳の紅葉山輝(テル)は電車を降り、緊張しながらある場所へ向かいます。スマホにメモした自分用の台本を何度もチェックしながら…。
遊園地にある観客もまばらなステージに立ったのはひとりの変わったコスチュームの少女。「皆さ~ん…こ、こんにちわ~…」「わ、私、日本でヒーローやってます…シャイです…よろしくね~…」
ヒーローショーのゲストで出演したわけですが、観客の子どもたちはこれよりもメインのショーが早く見たいようです。そのとき、ひとりの子どもが「シャイ~!頑張って~!」と声をかけてくれます。シャイは縮こまりながら退場します。
シャイとしての仕事を終えた紅葉山輝は控室でぐったり。そのとき、リュックからでてきたのはエヌ=ヴィリオ、テルは「えびお」と呼んでいます。
「相変わらずだな、テル。君もヒーローになってもう3カ月だ」とえびおは心配します。紅葉山輝は人の視線が大の苦手なのです。
帰ろうかと思っていると、叫び声が耳に飛び込んできます。どうやらジェットコースターがループの途中で停止し、乗客が宙づりになって救助を待っています。
すぐにシャイが平然と駆け付け、テキパキとひとりずつ救助していきます。しかし、最後のひとりが残っているのにジェットコースターが動き出してしまい、身をていして地面の激突を防ぐシャイ。それでも、そのひとりの少女は意識不明の重体になってしまいました。
その事件を扱うメディアではヒーローに法的責任を問う論調が流れます。事故から1カ月、紅葉山輝は部屋に籠っていました。変身できなくなっていました。自分が本当のヒーローだったらもっと…。
そう涙を流していると、いきなり部屋にワープしてくるひとりの人物。ロシアのヒーローで「スピリッツ」と名乗るペペシャ=アンドレアノワです。「なんだか引きこもりになっているらしいじゃないの~」いつもどおり酔っ払い気質で能天気。「全ての人を救うなんてどんなヒーローでもできない。それでも立ち止まってはいけない」と少し真面目に語りだし、何かの連絡を受けてまた消えてしまいます。
外にでた紅葉山輝はビル火災の現場に遭遇。でも変身できません。狼狽えていると、あの遊園地で応援してくれたファンの子がいて、「今度は僕が助けるんだ!」と突っ込んでいきます。ガレキがその子の上に落ちてきて、間一髪で紅葉山輝は飛び出して助けます。
この出来事を経験し、紅葉山輝はまた変身できるようになりました。そして炎の中へ飛び込み、赤ん坊と女性を救出。
その後、あのファンの子から「お姉ちゃんは退院したよ、ありがとう」と元気よく感謝されました。ホっとしたシャイは涙を流します。
こんな自分でもヒーローとしてやっていけるかもしれない…。そう思った矢先、ヒーローたちの秘密の場所に連れて行かれ…。
誰しもがみんなシャイになる
ここから『SHY』のネタバレありの感想本文です。
『SHY』にて、ユニロードが統括している世界各国のヒーローたち。その戦争が無くなったはずの世界で、暗躍し始めるのがスティグマ率いる「アマラリルク」という集団です。
この中心人物の名がスティグマというのは、いわゆる「社会的スティグマ(social stigma)」に由来していると思われます。さまざまな要素ゆえに社会によって個人や属性に与えられる汚名的な負の概念のことで、差別や偏見に繋がる固定観念となりやすいもの…それが社会的スティグマです。
実際、スティグマの率いるアマラリルクのメンバーたちの多くが、その人生の背景に何かしらの社会的疎外を抱え、孤立しています。そして、メンタリティーに支障をきたしています。
ツィベタは、貧しさゆえに娘(ペペシャ)に寄り添えず、母としての自責の念が後悔として心を凍らせていました。クフフは、無理やりにも笑うことを自己強制し、子どもでいることに疲れています。天王寺曖の妹である天王寺昧は、故郷の組織に密かに命じられていた暗殺任務でトラウマを背負い、人格を分離してしまっていました。「私はひとりで生きて死ぬ」というセリフからも希死念慮を強く想起させます。
そんなアマラリルクの面々に対し、シャイたちは単に悪者として成敗するのではなく、その心を照らして癒すという、要するにメンタルケアをしていくのも特徴でした。
例えば、小石川惟子はジェットコースターの事故でシャイに助けられるも、その責任を背負いすぎてスティグマにつけこまれ、一時異形の姿になって暴走しますが、シャイの包容に今度は心も救われます。
印象的なのは、アマラリルクのメンバーのドキ。男性を性別のアイデンティティとしているようですが、可愛らしいものを好み、かつては既存の男らしさを強要されたことに相当に心を傷つけられた様子です。
そんなドキと対峙するのは、中国のヒーローのミェンロン。ミェンロンも男性を性別のアイデンティティとしていますが、容姿は女の子っぽく、周囲から女性と勘違いされることを嫌がっており、男らしくありたいと考えています(そのわりにはフェミニンな服装だけども)。
その描写から、ドキもミェンロンもジェンダー・ロールに関する苦悩を抱えているのは容易に察せます。ジェンダー・アイデンティティではないですが、その葛藤は非常にトランスジェンダー・ナラティブに重ねやすいですね。
正反対に思える2人ですが、共通の苦悩を共有できるからこそ、「自分の心を貫くあなたはかっこいい」と肯定できる。そうした連帯が映し出されていました。
シャイである紅葉山輝も、内気な性格ゆえに「自分はヒーローに適していないのではないか」と悩んでいますが、実はその内気であることの悩みを理解していることは、多くの者たちの心を救ううえで大きな武器になります。
誰でも心を内側に閉じ込めているという意味ではみんな「シャイ」なのだということで、この本作のタイトルはひとりのキャラクターの属性を意味するだけでない、全体のテーマを浮きだたせるものでした。
恥ずかしり屋の女の子のステレオタイプ
このメンタリティーを軸とするスーパーヒーローのジャンルの再構築をしているという点は『SHY』の持ち味としてとても良いのですが、ややそれをコンセプトにするには不十分で抜け落ちている部分も多いのが気になりました。
本作は、人の見た目で性別を判断しないなど、ジェンダーのトピックを取り上げることはところどころあるのですが、「男の子でも女児アニメを見てもいい」とか「男でも可愛いもの好きでいい」とか、やけに男性視点に偏るんですね。
また、ステレオタイプはよくないという根底があるわりには、ヒーロー表象はステレオタイプなものが多いです。
ロシアのヒーローである「スピリッツ」として活躍するペペシャはお酒好きの飲んだくれですし…(ロシア=ウォッカのイメージなんでしょうけど)。まあ、本作に限らず、こういう世界各国を代表するスーパーヒーローをデザインすると、アメコミなんかもそうですけども、往々にしてステレオタイプであることが多かったです(最近は改善されつつある)。『SHY』は無難にしているほうだとは思いますが…。
それ以外だと、東京に巨大な黒球が出現した事件の際に、アマラリルクのメンバーであるイノリによる愛を目覚めさせる力で、スイスのヒーローのピルツ(レディ・ブラック)はシャイにキスしたりします。こういう女性同士なら可愛さで受け入れられるだろうみたいな描写は、消費的なレズビアン表象の安易な利用なので「う~ん」となりますね。
あと、一番の問題は、シャイである紅葉山輝のキャラクター性で、紅葉山輝は(いかにも漫画的に可愛く描いたかたちで)顔を赤らめるなど「恥ずかしり屋の女の子」の消費的ステレオタイプそのまんまなんですね。漫画やアニメで多用されるベタなやつですが、「恥ずかしがっている女の子も可愛い」みたいなこうした固定観念(まさにスティグマ)に実際の内気な女性は結構嫌な思いをしている人も少なくないと思います。
せめてこの見飽きたキャラクター性を借用せずに、内気という概念をもっとリアルに突き詰めた描写を観たかったかな、と。
内気なスーパーヒーローは海外の作品でも最近は見受けられるようになりました。最も有名なのはMCUの“トム・ホランド”演じる『スパイダーマン』シリーズでしょうか。漫画だと“ジェレミー・ウィットリー”制作、”グリヒル”が画を担当とする『ワスプ』の少女ヒーローも双極性障害の描写と合わせてかなりメンタリティーを軸にした話を展開していました(Heroic Girls)。
『SHY』もまだまだ伸びしろのある作品だと思うので、いろいろな現実のスティグマを突破して創作性を広げていってほしいですね。
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・『ひろがるスカイ!プリキュア』
・『T・Pぼん』
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作品ポスター・画像 (C)実樹ぶきみ(秋田書店)/SHY製作委員会
以上、『SHY』の感想でした。
Shy (2023) [Japanese Review] 『SHY』考察・評価レビュー
#スーパーヒーロー #女子中学生