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『ソウルフル・ワールド』感想(ネタバレ)…生まれる前にピクサーに会いたかった

ソウルフル・ワールド

生まれる前に見たかった…映画『ソウルフル・ワールド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Soul
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にDisney+で配信
監督:ピート・ドクター、ケンプ・パワーズ

ソウルフル・ワールド

そうるふるわーるど
ソウルフル・ワールド

『ソウルフル・ワールド』あらすじ

ニューヨークでジャズミュージシャンを夢見ながら退屈に音楽教師をしているジョー・ガードナーは、ついに憧れのジャズクラブで演奏するチャンスを手にすることになり、気持ちがたかぶる。しかし、その直後に運悪く不幸に遭い、そこから「ソウル(魂)」たちの世界に迷い込んでしまう。そこはソウルたちが現世に生まれる前にどんな性格や興味を持つかを決める場所だったが…。

『ソウルフル・ワールド』感想(ネタバレなし)

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劇場公開できなかったけど…

かれこれ初作品を世に送り出して約25年、依然として世界のアニメーション業界で順風満帆な信頼が揺らいでいない「ピクサー」。なぜこんなにも素晴らしい作品を生みだし続けられるのか。その疑問はあちこちで論じられています。
ピクサーの創立者であるエド・キャットムルが著した本「ピクサー流 創造するちから」によれば、ピクサーの監督はそれぞれクリエイティブにおける独自のメンタルモデルを持っているそうです。そのピクサーで良作を生みだしているひとり、“ピート・ドクター”監督の監督業を表現する言葉がその本には載っています。以下に抜粋します。

「延々と続く終わりの見えないトンネルを、最後には無事に抜けられると信じて走ること」
「途中、真っ暗で何も見えない本当に怖いポイントがあるんです。入り口からの光も出口からの光も届かない場所。ただひたすら走り続けるほかありません。でもそうすると、やがて小さな光が見え、その光がだんだんと大きくなり、気がついたら明るい太陽の下に出ているんです」

引用:「ピクサー流 創造するちから」(エド・キャットムル 2014)

こうした創作哲学は間違いなく作品に活かされており、その監督の個性にもなっています。

“ピート・ドクター”監督はピクサーの初期から在籍しており、独創的な世界観を作りだすことで定評があります。監督作『モンスターズ・インク』(2001年)なんてどうやってこんな設定を思いついたんだ?っていうくらいにヘンテコな作品です。

その後も『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009年)、『インサイド・ヘッド』(2015年)と唯一無二の世界を創出。とくに『インサイド・ヘッド』は私の中ではピクサー作品においてベスト級に好きな一作です。

その“ピート・ドクター”監督の上記に掲載した創作哲学がおそらく最も色濃く出ている映画が登場しました。それが本作『ソウルフル・ワールド』です。

本作はとにかく何から何までもう特殊な作品です。

これまでピクサーは『インサイド・ヘッド』で心の世界を映像化し、『リメンバー・ミー』で死後の世界を映像化し、私たちが普通では観測できないワールドを素晴らしいアニメーションで見せてくれました。そして、今度の『ソウルフル・ワールド』はまたしても新しい未知に挑戦してくれています。それは「生まれる前の世界」。人が生まれる前…ってどういうこと!?と思いますけど、まあ、それは観てのお楽しみ。普通、こんな題材は短編くらいでソロリとやってみるものですが、それを長編映画でチャレンジしてしまうのですから、ほんと怖いものなしです。

まだ特徴があります。『ソウルフル・ワールド』はピクサーで初となるアフリカ系の人種を主人公にした物語になります。ディズニーでは『プリンセスと魔法のキス』で一足先に(それでも遅すぎるくらいですが)実現していましたが、意外にもピクサーではこれまでありませんでした(有色人種という範囲なら『リメンバー・ミー』がありましたけど)。子ども向けアニメーション映画の業界ではまだまだ有色人種をメインで描くものは少ないのが現状です。そういう背景からもこの『ソウルフル・ワールド』は大きな扉を開くでしょう。しかも中年の大人が主人公というのは異色です。

今作の場合はアフリカ系ミュージックを題材にしていることもあって、より人種の要素は濃厚になっています。しかし、一方で音楽文化や人種差別にはそこまでフォーカスしていません(ただ音楽描写は業界人からはとても評判がいい)。それに関してはNetflixで同時期に配信されている『マ・レイニーのブラックボトム』がその役割を担ってくれますので、この2つの合わせ鑑賞も良いと思います。

さらにこの特筆点は不本意なことですが、ピクサー映画で初めて劇場公開されない長編映画になってしまいました。コロナ禍を恨むしかありませんが、劇場公開からDisney+配信へとシフトせざるを得ない状況に(なお、実写映画『ムーラン』と違ってプレミアム配信ではありませんので、加入者は見放題です)。延期もできたと思いますが、おそらく今年の賞に間に合わせたかったのでしょうね。『ソウルフル・ワールド』はカンヌ国際映画祭にも出品されるなど、当初から高い評価を期待されていました。そして実際に非常に高評価を獲得しています。

監督は“ピート・ドクター”だけでなく、共同監督および脚本に“ケンプ・パワーズ”が参加しています。この人は2020年は『あの夜、マイアミで』という映画でも脚本を手がけており、こちらも称賛を受けている注目人物です。このメンツが揃っている時点で良作は確定したようなものですね。

声を担当するのは、主人公役にソウルミュージックの第一人者レイ・チャールズの伝記映画『Ray/レイ』で主役を熱演した“ジェイミー・フォックス”。そして『ミーン・ガールズ』で出世し、最近は『アンブレイカブル・キミー・シュミット』でも活躍する“ティナ・フェイ”。ちなみに“ティナ・フェイ”の役は日本語吹き替えでは“川栄李奈”が担当しており、だいぶ若くなって雰囲気が違ってます。他には『TINA ティナ』の“アンジェラ・バセット”、『ザ・スーサイド・スクワッド』の“アリシー・ブラガ”、ミュージシャンとして活躍する“クエストラヴ”など。

劇場公開の機会を失い、目立ちにくい映画になってしまいましたが、人生に迷っている大人にグサッと刺さる物語になっていますので、家でじっくり鑑賞してみてはどうでしょうか。

なお、当初の劇場公開予定では同時上映作品の短編として『夢追いウサギ』が用意されていました。こちらもDisney+で配信されているので合わせてどうぞ。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(不安な人生に迷う人に)
友人 ◎(互いの人生を語り合える人と)
恋人 ◎(互いの人生を語り合って)
キッズ ◯(子どもも楽しい映像も)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ソウルフル・ワールド』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):魂になって

下手くそな演奏が教室に充満しています。ニューヨークのセブンティ中学校の音楽教師である中年のジョー・ガードナーはその耳障りな演奏に顔をしかめつつ、必死に改善して教えようとします。それでもそのレベルの低さは素人から見たって酷いとわかるもので、ジョーにはどうしようもありません。

その中でも、トロンボーンのコニーという生徒の演奏は唯一上手いといえるクオリティです。コニーにだけ吹かせてみると、コニーは自分の世界に入り込んだように美しい音律を奏でました。けれども、周囲のそれほど音楽に教養のない生徒たちに笑われてしまい、コニーは恥ずかしそうに凹みます。

その光景を見かねて、ジョーは自分が子どもの頃に父親に連れられて行ったジャズクラブで音楽の世界にのめり込んだ経験を語ります。あの瞬間、確かに自分は音楽のために生まれてきたと確信を持てた。その思い出は今もジョーの胸にあります。今はしがない音楽教師ですが…。

ジョーが授業を終え、教室を出ると、正規採用となれることを告げられます。けれどもあまり喜べません。ジョーの父は亡くなっており、今はがスーツの仕立て屋を切り盛りしています。そこに帰宅すると、母は「あなたも音楽で暮らしていける」と停職につけることを祝ってくれますが、やはりジョーは心から受け入れられません。本当に音楽教師でいいのか…。

するとかつての教え子のカーリーから電話がかかってきます。演奏を一緒にしないかという誘いでした。しかも憧れのドロシア・ウィリアムズと同じステージだというのです。夢みたいなチャンスに一気にテンションがあがるジョー。

さっそくドロシアのもとに向かいます。とりあえずセッションすると、とにかくピアノを弾くことになり、自然と指が動いていき、自分の音楽の世界に入り込むことができます。演奏が終わり、ドロシアは自分の才能を認めてくれました

やっと報われた。大喜びでひとり夢中で電話しながら歩くジョー。周りは見えていません。ハッピーな気持ちで高ぶっています。そして蓋のないマンホールに真っ逆さまに落ちました。死んでもおかしくない高さの…。

気が付くと暗闇の世界。なぜか自分の体は、青い小さい姿になっています。道が一本あり、それは白い空間にゆっくり進んでいます。自分と同じような姿の存在がいて、その人たちは「あの世だ」と教えてくれました。つまり、自分は死んだのか。

「今日死ぬなんてあり得ない、やっと人生が始まったのに」 

ジョーは逆走します。大勢が並んで白い空間へ順々に吸い込まれていきますが、ジョーは必死に抵抗。あげくにパニックになって道から外れて暗闇へ落ちてしまい…。

気が付くとそこは明るい世界。青い小さな子がいっぱい。そこに白っぽい線の存在がやってきて、ジェリーと名乗り、ここは死後ではなく生まれる前の世界「ユーセミナー」だと説明します。

性格を作る施設があって、生まれる前のソウルはそうやって自分を定め、ポータルを通って地上へと生まれるのだ、と。なんとしても蘇りたいジョーはすぐさまポータルに飛び込みますが、戻されてしまいます。何度やっても…。

本当のことを言うと天界に送り込まれて死が確定するので、とりあえずメンターとして残ることに。メンターは生まれる前のソウルに「きらめき」を見つける手伝いをするのが仕事です。そして心理学者のボルゲンソン博士と勘違いされたジョーが組むことになったのは22番のソウル。このソウルは曲者で、生まれたくないらしく、これまであらゆるメンターが相手してきましたが全くダメでした。

一方、天界へ行く死んだソウルを管理していたテリーは数がひとつ足りないことに気づき、調査を開始し始めます。

ジョーと22番の運命やいかに…。

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能力至上主義と思わせて…

『ソウルフル・ワールド』、観終わった後に思うのは「よくこんな内容を思いついたな…」ということ。妄想してもなかなか具現化できないですよ。まさにアニメーションの魔法あってこそ。

夢叶わずくすぶるジャズミュージシャンの中年男ジョーがうっかりマンホール落下して死にかけたことで物語は独創性に満ちた絵に変わります。

この死んだ後のソウルの世界「グレート・ビヨンド」と、生まれる前のソウルの世界「グレート・ビフォア」。どちらもとくに特定の宗教を下地にせず、極めてシンプルかつセンス・オブ・ワンダーな世界観を構築しているあたり、さすが『インサイド・ヘッド』を生みだした“ピート・ドクター”監督です。

しかし、本作は未知の世界を冒険するだけのファンタジーアドベンチャーではありません。物語のテーマ自体は相当に大人向けな人生を問うものでした。

まずあの「グレート・ビフォア」における魂のアカデミー「ユーセミナー」という場所。そこでは何者でもない生まれる前のソウルが独自の「性格」を与えられ、最後に欠けた部分に固有の「きらめき(spark)」を埋めることで、地上への「通行証」となって誕生するというシステムが観客に見せられます。

この一連の極めて体系的な流れ作業は、一見すると非常に能力至上主義的な世界に思えます。生まれる前からそんなに決まってしまうわけですから。すっごく可愛らしいソウルが、独裁的で権力欲がある日和見主義だったり、歴史上の偉人がソウルのメンターをしていたり、シニカルなユーモアたっぷりですが。

じゃあ、全ては生まれながらの才能ありきなのか。しかし、この『ソウルフル・ワールド』はそんな無味乾燥な帰結には陥りません。その序盤をミスリードにして、終盤でひっくり返してきます。

「グレート・ビフォア」の管理人ジェリーは「きらめきは目的じゃありません」とジョーに告げます。その言葉どおり、ジョーがうっかり猫に乗り移ってしまい、22番のソウルがジョーの体に入り込んだのをヒヤヒヤしながら見ていた現世では、才能と人生が必ずしも一致していませんでした。

お得意さんである床屋のデズは実は獣医になりたかったと吐露し、それでも今の職に満足しています。看板回しのムーンウィンドは地味な安仕事ながらも、ソウルの世界に入り込む技を会得しており、迷子のソウルを救出する大事な役目を果たしています。

そしてドロシアとミュージシャンとしてステージに立てたジョーもそれが繰り返し続くと言われ、なぜか釈然としない空虚さを抱きます。夢だったはずなのに…。

つまり、人は生まれながらの能力や個性で幸せやキャリアのルートが決まっているわけではないと痛烈に突きつける展開です。

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生きる準備ができたとき

ではどうしたら幸せを見つけられるのか。それは言ってしまえば、自分で決めなさい…ということ。

最後の枠は生きる準備ができた時に埋まる。あくまでユーセミナーでの出来事は準備にすぎません。大事なのは人生の本番をどう生きるか。

『ソウルフル・ワールド』で重要なのは主要キャラクターの運命を全く描いていないことだと思います。これは創作においては異例です。普通、キャラ作りをするとそのとおりにキャラを動かします。このキャラはこんな性格で…と設定して、それに応じて物語を作ったり…。まさに作中のジェリーと同じことをクリエイターは普段からしています。

しかし、本作では22番は結局どんな存在として誕生したのか、最後まで不明のままです。あのジョーでさえ、どんな未来を進むのかエンディングになっても提示しません。もしかしたらミュージシャンをやめて別の生きがいを見つけることもあり得ます。とにかく人生のトンネルの先を見せない。そこに作品哲学があります。

作中のコニーのようにほんの些細な出来事で演奏を続ける道を選ぶこともある。そういう積み重ねが人生だということ。好きにしていいのです。

これ、ピクサー映画で言えば『トイ・ストーリー4』とも通じてます。あれもオモチャの役割を飛び越える未知のラストを描きます。

『ソウルフル・ワールド』はそれをさらに上乗せするような、とてもビターで、それでいてプログレッシブな進化を遂げているのじゃないでしょうか。

ほんと、よくこんなストーリーを描こうと思いましたよ。

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人生の成功の定義

そういう純然たる大人向け(大人に真正面から考えさせる系)のテーマを作品全体に染みわたらせながら、しっかり表面上は子どもでも楽しいエンターテインメントに仕上げているのがまた上手いです。

猫との入れ替わり展開も定番ですし、そこでの猫ギャグもお約束ながら適度に笑いを届けてくれます。

それでいて22番が入り込んだジョーの肉体が最初はよれよれと歩きつつ、だんだん馴染んでいく姿を見せるという、アニメーションの技術の見せどころも用意する。この両立っぷりもいいじゃないですか。

個人的にはやはり「グレート・ビフォア」や「グレート・ビヨンド」を管理するカウンセラー・ジェリーやテリーの存在がお気に入り。高次元の超越的存在っていうだけで、『スター・トレック』ファン的にはたまらないですし、それをああいう前衛芸術みたいな一筆書き風のシンプル線で巧みに表現するというアーティスティックな見せ方も最高です。終始得体の知れない存在ですが、ちゃんと役目は果たすという善悪に分類できない存在感をずっと示しているのも良かったです。

あらためて子ども向け・大人向けの枠に縛られないピクサーの化物っぷりを味合わされました。

『ソウルフル・ワールド』の物語は幅広い人に適用できます。そういう汎用性を想定した世界観になっています。個性やきらめきだけではない、人間はどうしても何かが最初から自分に固定されていると考えがちです。人種、出身、宗教、ジェンダー、セクシュアリティ…。でもそれだけで自分の人生ルートが一本しかないわけではない。

本作の配信日はクリスマスですが、この時期は「恋愛経験やセックス経験の有無」で自分を嘆く人も続出します。でもそれって本当に自分を判断する価値のあることだろうか。作中のジョーも中年ですが、結婚もしていませんし、恋人もいません。だからといって不幸せは確定だとは言えないはず。

成功の定義はあなたが決めること。

「どんな人生を送りますか?」「わからない。でも一瞬一瞬を大切に生きる」

迷えるソウルを助けてくれる映画でした。

『ソウルフル・ワールド』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 93%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C) Disney ソウルフルワールド

以上、『ソウルフル・ワールド』の感想でした。

Soul (2020) [Japanese Review] 『ソウルフル・ワールド』考察・評価レビュー
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