古尻って訳すの!?…映画『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にAmazonで配信
監督:ミーガン・パーク
性描写 恋愛描写
まいおーるどあす ふたりのわたし
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』物語 簡単紹介
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』感想(ネタバレなし)
不安な未来に立ち尽くすあなたに
世の中があまりにもツラいとき、SNSをスクロールする手を止め、映画の世界に浸るのはやはり有用な手段だと思います。これを「現実逃避」と表現する人もいるかもですが、私はそれは「逃避」ではなく「セルフケア」のひとつだと考えてますから。
そうなってくると心のセルフケアにオススメの映画の一覧とかあったほうが便利かもしれませんね。作ろうかな…。ただ、何がセルフケアになるのかは人それぞれで違ってくるものですし、絶対にこれがいい!と断言できることはないのですけど…。
そんな中、今回紹介する日本では2024年11月に「Amazonプライムビデオ」でひっそりと独占配信が始まった映画は、私にとってはこの年で一番に心を救ってくれたセルフケアな作品になった気がします。
それが本作『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』です。
本作は青春コメディなのですが、タイトルからしてあからさまにバカっぽいです。「My Old Ass」ですよ。2024年の最も下品な映画タイトルの上位に食らいつくレベル。
この題名だけの印象だと、2023年の『ボトムス 最底で最強?な私たち』と同じ部類の映画なのかなと思うのも無理はありません。事実、『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』もクィアな若い女性を主役にしており、カジュアルなシスターフッド作品です。
しかし、『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』は結構見た目に反してしんみりとする味わいを残してくれる青春映画でもあります。バカバカしい会話もいっぱいありますが、全体の醸し出す余韻は温かいです。
物語は18歳となった主人公を軸に進みます。田舎から大学へと移る新生活を間近にして地元でワクワクと調子に乗っていたこのZ世代のティーンエイジャーは、ある日、ひょんなことから39歳の自分と遭遇します。その大人版の自分との交流を通して10代最後のささやかな成長を経験する…というのが大まかなストーリーです。
本作、その点において設定はSFです。青春の日常でSFチックなことが起きて10代の子が成長する話と言えば、日本でも“新海誠”とか“細田守”とかがよく作るアニメにありがち。けれども『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』はスケールははるかに小さく、それでいてこのZ世代の心の揺れをがっしり掴んだ作品になっていました。
ちなみにタイトルにもなっている「My Old Ass」は作中で主人公がはるかに年上の自分をそう呼ぶのですけども、日本語翻訳では「古尻」と訳されていましたね…。なかなかの思い切ったボキャブラリーだな…。確かに「おばさん」とか「ババア」だけだとちょっとインパクトに欠けますが、「古尻」も相当に…。この映画が中国で公開されるとしたらどんな題名になるのか気になるな…。
この『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』を監督&脚本するのは、カナダの俳優でもあった“ミーガン・パーク”。青春ドラマの『The Secret Life of the American Teenager』で主役を務めたりしましたが、2021年に『フォールアウト』で長編映画監督デビュー。これがまた素晴らしい作品で、学校での銃乱射事件で心に傷を負った10代の子たちの心理を見事に捉えていました。高評価を獲得した“ミーガン・パーク”はまだ30代の若さの新鋭なので、今後が楽しみと思っていましたが、監督2作目も魅了してくれました。
製作には“マーゴット・ロビー”の設立した信頼の「LuckyChap Entertainment」が関わっています。なお、今回は“マーゴット・ロビー”は出演していません。
主演するのは、“メイジー・ステラ”。カナダ出身の若手で、子役をしていましたが、2018年頃にストーカー被害に遭って少し業界から身を引き、本作『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』で久々に俳優業に復帰。抜群の名演をみせてくれました。
“メイジー・ステラ”演じる主人公の39歳バージョンとして、つい最近もドラマ『アガサ・オール・アロング』で虜にしてくれた“オーブリー・プラザ”がコミカルかつ繊細な演技をここでも披露。
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』は漠然とした不安な未来に進まないといけないあなたの背中を押してくれる一作です。
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2024年11月7日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :元気をもらいたいとき |
友人 | :信頼できる友達と |
恋人 | :同性&異性ロマンスあり |
キッズ | :少し性描写あり |
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
エリオットは18歳になりました。親友のローとルーシーと一緒に小型ボートで湖を自由に移動しながら戻ってくる真っ最中です。「あんたは町中と女の子とヤるんでしょ?」「町をでる前にヤって思い出を作りたい」…そんな下世話なお喋りが止まりません。家は農園。こんな田舎とはおさらばしてトロント大学へ行くのです。
あちこちにガンガンぶつかりながらボードは桟橋に到着。そして意を決してずっと付き合っていたチェルシーが働いているコーヒーショップに立ち寄り、2人きりになれる場所でアツいキスとセクシャルな時間を楽しみました。
ひととおり終わってまたローとルーシーとボードに乗って、次は湖の中島でキャンプをします。家族は18歳の誕生日を祝うべくバースデーケーキでサプライズしようと家で待っていましたが、エリオットはそんなの知りもしません。
3人にはこの時間を味わい尽くすつもりで、とっておきの幻覚マッシュルームもありました。遊びまくった後、3人でお茶と一緒にそれを飲んでみます。
すっかり暗くなり、焚火を囲んで3人は未来を語ります。「世の中には差別主義者もいっぱいいるけど、自分がやりたいように生きなきゃ」とエリオットは前向き。
そうこうしているうちにローは踊り始め、ルーシーはダウンします。
そしてひとりになったエリオットの隣にいきなり謎の大人の女性が現れました。身に覚えのない女です。やけに気楽に話しかけてきます。
その女は「わかるでしょ、私はあんただよ。39歳の自分」と軽く断言。
エリオットは「こんな胸のたれた女なわけがない」と信じません。
そこでその自称39歳のエリオットは自身の服をまくりあげ、9歳の頃にトラクターから柵に落ちてできた傷跡をみせてきます。左胸が右胸よりも小さいとも言い当てます。小指の先がない…のはまだ未来の話だったとその女は口を滑らせたことを自白。
これはハイになれているからだとエリオットは納得。幻覚でみえている自分をまじまじと観察します。
「中年だね」「いや、まだ39歳だから。ヤングアダルトだから」と往生際の悪い大人の自分。
「どこに住んでいる?」「子どもは?」「地球は爆発する?」と質問しまくりますが、その大人の自分は「私は今、博士課程の学生なの」と意外な発言をします。「何でその年で学生なの?」とショックを隠せない18歳のエリオット。
「じゃあ、未来のAppleみたいな成長する会社はどこ?」と儲けようとしますが、大人の自分は面倒になるからと口にしません。
その代わり、「チャドって人は避けて」と大人の自分を忠告しました。知らない名です。さらに家族との絆を深めるようにアドバイスし、ハグをし合います。
2人はテントで横並びになり、軽はずみにキスしたいと18歳のエリオットは大人の自分に愛情を示して眠りにつきます。年上のエリオットは年下のエリオットのスマホに「My Old Ass」という名前で自分の番号を登録しました。
目覚めるともう大人の自分はいませんでした。
そしてすぐにあのチャドという男が現れることに…。
曖昧なこともまた現実で、大切だったりする
ここから『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』のネタバレありの感想本文です。
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』は曖昧さを大切にする映画でした。それはあえてぼかすことで現実から逃げているのではなく、曖昧なこともまた現実なのだと教えてくれるようなアプローチです。
わかりやすいのが、主人公のエリオットの性的指向。エリオットは序盤の会話からもわかるように、自分は「女性にしか惹かれない」と確信しているようで、すっかりそう振舞っていますし、親友のローとルーシーの前でも公然とレズビアンです。
でもチャドと出会うことで、この男性になら惹かれていく自分を発見し、「あれ? もしかしてバイなのかな?」とそわそわし始めます。
本作がバランスとして上手いのが、最初の「女性に性的魅力を感じる」という側面自体を曖昧には描いていないこと。そこをもし曖昧に描いてしまうと、「女性との付き合いはプラトニックな友情の延長であり、やっぱり異性に夢中になるものなのです」みたいな異性愛規範的なレズビアン・イレイジャー(レズビアン抹消)のレトリックの罠に陥ってしまいます。
そうならないように本作は、まず序盤からこれでもかとエリオットがチェルシーという女性と体を交えるシーンを明快に描きまくり、「女性に性的魅力を感じるのは紛れもない事実ですからね」と念押しします。そしてレズビアンと対等にバイセクシュアルのアイデンティティを描いてくれます。
別にバイセクシュアル自体が曖昧な中途半端というわけではなく、そのラベルは使いたい人が自由に使えばいいだけのことだと友人も作中で言っていたように、エリオットはこの18歳という10代の土壇場でまだ自分には模索できるアイデンティティがあるのだと知ります。実際、性的指向探しなんてものは何歳になっても起きるイベントですからね。40代間近になって大学に行ってもいいのと同じこと。
エリオットは田舎育ちでも典型的なクィアなZ世代であり、進歩的です。田舎を出て大学に行けばもっと刺激的で自分にふさわしい世界があると純真に考えています。
けれども自分にはまだまだ未知なことがある。それこそ成長なのだと学ぶ。ありふれたティーンの成長譚かもしれませんが、その描き方は丁寧でした。
それにしても“ジャスティン・ビーバー”の「One Less Lonely Girl」の採用もまたマヌケっぽくもあり、かつセクシュアリティの心理として的を射ていて良かったです。
曖昧さを巧みに駆使するアプローチと言えば本作のSFとの向き合い方も良かったですね。実際にタイムトラベルが起こっているのか、それともエリオットがサイケデリックなトリップの副作用を経験しているだけなのかは判明しません。これによってこの手のSFに起こりがちな矛盾探しが意味をなさくなるので、たっぷりエリオットの成長の物語に専念できます。
その先に不吉な世界が待っていたとしても
『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』の物語の化学反応に欠かせないのが、主人公のエリオットの39歳のバージョン。
最初は“オーブリー・プラザ”らしいけだるげなトークが繰り広げられ、とてもコミカルで面白いです。しかし、どこかに…言葉でハッキリ言わないけど何かしらの一抹の不安が漂います。39歳のエリオットは妙に常に言葉を濁してばかりなので…。
その不安の正体は最後に明らかになります。他の誰も愛せないほど愛したチャドが死んでしまうという未来。取り残されたエリオットの苦しみ。
ユニークなのが、ここで「じゃあ、その死を回避するためにSFの技を試して頑張ろう」とはならないこと。死は死。避けられないかのようにただ宣言されます。少なくともエリオット自身にはどうしようもできない死のようです。
そもそも39歳のエリオットはあの終盤でも「どういう原因でチャドは死ぬのか」という大事なことを話していません。それを教えてくれればまた印象も変わるだろうに…。
ただ、39歳のエリオットがずっと18歳のエリオットとの会話で示唆する一種の不吉さは何もチャドの死だけではない感じもありました。もっと良からぬ最悪なことが未来で起きているような、そういう怖さを必死に押し隠しているかのごとく…。
そこまで理解しているかはわかりませんが、18歳のエリオットはそれでも未来に進みます。このときばかりはZ世代の向こう見ずな勢いの良さが希望に思えてきます。39歳になったらZ世代はすっかり古い世代の象徴でしょうけども、そんなのは知ったことか、と。暗い未来が待ち受けている?…いや、そうだとしても歩みは止めないぞ、と。好きな人を好きになるし、好きな進路を選びたい。それが自分の人生の自由ですからね。
ちょっと年齢を重ねた元“若者”の39歳のエリオットから言えるのは「未来」を充実させたいなら「今」を大切にしてねということ。どこかさりげなく見守っている両親も、クィアな姉に委縮しがちな弟のマックスも、“シアーシャ・ローナン”好きの末弟のスペンサーも…。
今の自分をケアし、未来の自分もケアし、ほろ苦さの中に明日への活力を見い出す。そんな優しい映画でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
作品ポスター・画像 (C)Amazon MGM Studios マイオールドアス
以上、『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』の感想でした。
My Old Ass (2024) [Japanese Review] 『マイ・オールド・アス 2人のワタシ』考察・評価レビュー
#アメリカ映画2024年 #タイムトラベル #バイプラス