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『その道の向こうに Causeway』感想(ネタバレ)…クィアなミリタリーからケアで繋がる男女

その道の向こうに

クィアなミリタリーからケアで繋がる男女…「Apple TV+」映画『その道の向こうに』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Causeway
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にApple TV+で配信
監督:リラ・ノイゲバウアー

その道の向こうに

そのみちのむこうに
その道の向こうに

『その道の向こうに』あらすじ

アフガニスタンに派兵されていた軍隊所属のリンジーは作戦任務中の敵の攻撃によって体と心に大きな傷を負い、今はアメリカに戻ってリハビリを続けていた。思うように体が動かない中、心のダメージも深刻で、早く日常に戻りたいという焦りだけが募っていく。そんなある日、乗っていた車が故障したことがきっかけで、地元の男性と出会い、彼もまた心に深い傷を負っていることに気づく。2人は交流を続けるが…。

『その道の向こうに』感想(ネタバレなし)

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またも良作が配信で密かに…

最近の軍隊が描かれる映画やドラマを観ていると「女性兵士」が登場することが増えてきているように思います。『トップガン マーヴェリック』でもそうでした。ただ、だいたいは大勢の男性兵士の中に混ざって女性兵士がひとりいる程度の存在感で、あくまで紅一点という感じが多いですが…。

現実では軍隊に所属する女性軍人の数はもっといます。例えば、2020年のアメリカの軍隊では女性比率が16.5%と報告されています(海兵隊だけでは8.6%とバラツキがある)。今も女性の割合はどんどん増加中で、男性と全く同じ現場で同じ訓練を受けています。なので今後の映画やドラマの中では5人に1人くらいの感覚で女性兵士が描写されないと現実を反映しているとは言えないかもしれません。

軍隊兵士を描く作品はもっぱら戦争モノですが、そうではない場合もあります。それが「退役軍人」を描くタイプの作品です。しかし、こちらももっぱら男性ばかりが主役でした。

そんな中で2022年は軍隊から退いたばかりの女性を主役にした映画が密かな良作として注目を集めています。

それが本作『その道の向こうに』です。

原題は「Causeway」なのですが、意味は「土手道」や「舗装道路」のこと。どうしてこういうタイトルなのかは観れば察せると思います。

『その道の向こうに』は、アメリカ軍所属の主人公であるひとりの女性が、作戦任務中の敵の攻撃によって体と心に大きな傷を負い、アメリカに戻ってリハビリを続けていく姿を描いた物語です。軍を退いたものの、健康面で支障をきたしている人を描くものと言えば、最近も『アメリカン・ソルジャー』『足跡はかき消して』などがありましたが、それと同質の映画です。

そのタイプの作品の傾向どおり、『その道の向こうに』も非常に抑制の効いた静かに淡々と展開する話運びであり、ダイナミックな映像は全くありません。苦悩にひたすら向き合い続ける1時間半です。

しかし、地味ながらも俳優の演技は一級品で、声もあげられずに葛藤している人物の心の機微を繊細に捉えています。

主人公を演じるのは、若手の中では頭ひとつ飛びぬけたキャリアアップを遂げて、ハリウッドで輝いている“ジェニファー・ローレンス”。2010年に『ウィンターズ・ボーン』でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、2012年の『世界にひとつのプレイブック』でアカデミー主演女優賞を受賞。以降も『アメリカン・ハッスル』(2013年)、『ジョイ』(2015年)でノミネートしてきましたが、今回の『その道の向こうに』でもまたまたノミネートに食い込みそうですね。

そして“ジェニファー・ローレンス”だけでなく、共演する“ブライアン・タイリー・ヘンリー”の演技もとても評価が高く、助演男優賞ノミネートを期待する声が聞かれます。『エターナルズ』などの大作映画でも活躍し、ドラマでは『アトランタ』での名演もありましたが、俳優として順調に実績を積み重ねています。

他には、『消えない罪』の“リンダ・エモンド”、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の“ジェイン・ハウディシェル”、『DUNE/デューン 砂の惑星』の“スティーヴン・ヘンダーソン”など。

『その道の向こうに』を監督したのは、演劇界で高く評価されてきた“リラ・ノイゲバウアー”。ドラマ『メイドの手帖』でエピソード監督も務めましたが、長編映画監督としてはこの『その道の向こうに』で本格的なデビューとなります。

『その道の向こうに』のアメリカでの配給は「A24」が手がけ、映画ファンにとっても傑作候補として注目間違いなしの作品のはずですが、残念ながら劇場公開無しで「Apple TV+」での独占配信となってしまい、宣伝も乏しく話題性がほぼない状態に…。ほんと、こういう映画の扱い、もったいない…。

ぜひ映画ファンの人は2022年の隠れた良作として、鑑賞リストに加えておいてください。

ちなみに本作の主人公はクィアでもあり、実は表象としても貴重だったりします。そのあたりでも要注目です。

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『その道の向こうに』を観る前のQ&A

✔『その道の向こうに』の見どころ
★静かな葛藤や苦悩を表現する俳優の名演。
✔『その道の向こうに』の欠点
☆ダイナミックなドラマ展開は無い。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:隠れた名作として
友人 3.5:俳優ファン同士で
恋人 3.5:ロマンス要素は無し
キッズ 3.5:大人のドラマです
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『その道の向こうに』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『その道の向こうに』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):リハビリの始まり

リンジーは車椅子姿です。そこにシャロンという年配の人が車で迎えに来て、運ばれていきます。そのまま家に到着し、リンジーは部屋でベッドの上に座りますが反応はありません。シャロンは「必要なものは言ってね」と声をかけますが、リンジーはまるで生気がないかのように静まり返っています。

シャロンが上着を脱がせますが、左手の指が動せないので、上手く脱げません。ゆっくり支えられながら立ち上がるリンジーは、トイレも介護してもらわないとできませんでした。

歯磨きも上手く持てず、手で助けてもらいながら、ぎこちなく日常の動作をこなします。天井を見つめて横になるリンジーでしたが、ぐっすり寝れるような気分ではなく…。

翌朝、歩行器を使いながら病院へ。医者からこの写真の人はわかりますかと質問されますが、思い出すのに苦労するほどに記憶が曖昧です。その後も院内で腕上げや歩行のリハビリを受けます。

夜中、パニックを起こしてシャロンを呼ぶリンジー。過呼吸になり、震えながら薬を飲みます。体を洗ってもらい、やっと落ち着くのでした。

それからしばらく。リンジーは自力で走れるほどに回復しました。車の運転も練習を始め、シャロンも助手席に乗せながら、笑みもこぼれます。しかし、ふと運転中に表情は暗くなり、シャロンは路肩に停車するように指示。「ごめんなさい」と涙ぐんで謝るリンジー。

リンジーは軍の兵として仕事に戻りたいと考えていましたが、「復帰にはまだ遠い」と言われます。

そして実家に少し帰ることに決めます。荷物をバッグにまとめつつ、「ずっと帰ってないし長居する気はない」とリンジーは言いますが、「人との交流は大事よ」とシャロンは語ります。

バスで移動し、ターミナルに到着。母が待っているはずでしたがいません。しょうがないので自力で家に行き、懐かしい家の姿に感慨にふけります。鍵はいつものレンガの下にあったので、それを使って家の中へ。

ひっそりした室内。ベッドで眠りにつきます。

「リンジー?」と母の声で起きます。「てっきり金曜日に戻ると思ったわ」「明日は仕事で早いけど、あなたは寝てて」と母は言います。

リンジーはこの地元で仕事を探すことに決めました。とりあえずプール掃除の仕事を見つけます。これなら体を動かせて、自分でも可能な労働です。机に座っているだけの事務仕事は嫌でした。雇用者からは今までの経歴を問われ、「軍隊としてアフガニスタンに行っていた」と短く答えます。

家の車を運転していると、車の調子がおかしくなり、リンジーもパニックに陥ります。悪態をついているだけでは解決しないので、煙を上げた車を修理場に持っていきます。

ジェームズ・オークインという男が車を調べてくれ、「キャブレターが原因だ」と突き止めます。修理代はかなりかかりますが、今は手持ちがないので、一応、ジェームズは電話先を教えてくれます。

そしてジェームズは車で家まで乗せてくれました。彼もここが故郷らしく、ジェームズの妹であるジェス・オークインの名をリンジーは知っていました。しかし、ジェームズはそれ以上の家族のことをあまり語りなくない様子で、リンジーもそれを察して、これ以上踏み込まないようにします。

プール掃除の仕事を開始するリンジー。一方でジェームズとは何かとよく会話することになり、少しずつ自分の心の内を明かすようになっていき…。

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そう簡単には元に戻らない

『その道の向こうに』の主人公であるリンジー。その今に至る境遇は徐々に本人の口から語られるとおりです。

米軍の兵士としてアフガニスタンに出兵し、派兵先で車両に乗っていたところ、おそらくIED(即席爆発装置)の爆発が直撃し、車は大破・炎上。目の前で軍曹が焼き殺されつつ、周囲では敵の猛攻を受け、仲間の兵士がバタバタとやられていく。そんな最中でリンジーは気を失って…。

本作ではその根本的な出来事を一切映像で描写せず、リンジーの語りだけで伝える。この演技力を信頼しきった演出がまたいいですね。

幸いにも救助されたようですが、リンジーは病院に運ばれます。作中での症状を見るかぎり、重度の「外傷性脳損傷」を負ったものと思われます。外傷性脳損傷とは、脳機能を一時的または恒久的に障害する脳組織の物理的損傷のことで、事故や転倒などが原因で生じます。短期的には昏睡などに陥ることがありますが、長期的な症状としては、健忘、情緒不安定、睡眠障害、運動障害などが複合的に観察でき、リハビリテーションを必要とします。

たぶん映画の冒頭ではリンジーは軍の病院から退院したばかりで、それ以前はもしかしたら意識不明な状況にあったのかもしれません。とにかく手足の運動機能の著しい低下が最初は目立ちますが、記憶能力低下精神的な不安定さにも苦しんでいるのもわかります。

しかし、この運動機能はわりと序盤であっさり回復しているシーンへと移ります。なら安心だなとホっとしたのもつかの間、そんな容易くはいかないことを残りの70分以上でずっとこちらに突きつける。なんとも行き場のない苦しさが停滞し続ける物語です。

そう簡単には元に戻らない…いや、そもそも元に戻るなんてことはあるのだろうか?…そんな漠然とした不安が襲ってくる怖さも感じられます。

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今は人生が停車している2人

一般的にはこういう状況に陥った当事者は、何かしらのリハビリテーションの中で、例えばグループセラピーとかを受けたりするのでしょうが、この主人公リンジーはそうしたことをしていません。少なくとも映画内では描かれません。かなり孤独に耐え忍んでいます。

やむなく実家に帰るのですが、そこで出会ったのはジェームズ・オークインという車の修理場で働く男。実はこの2人は共通点がありました。互いに喪失を抱えているということです。

ジェームズは妹のジェスの息子アントワンを助手席に乗せていたところで交通事故を起こし、その幼い子は帰らぬ人となってしまっていました。飲酒運転をしていたようで、その責任を感じ、今は広い家で自責に潰されるのを当然と言い聞かせるかのごとく半ば自傷的に暮らしています。

リンジーとジェームズは2人とも車絡みの出来事で人生が急降下した体験を共有しており、そして精神的に滅入っているという点も同じ。人生が停車状態にあり、車の故障で引き合わせられるというのも象徴的です。

『その道の向こうに』がユニークなのはこの2人のケアを恋愛ドリブンで描かないことです。第一にリンジーは作中で「私の場合はボーイフレンドではない」と暗にレズビアンであるということを打ち明けています。2人で家主のいないプールに夜中に忍び込んで泳いだ際も、苦悩を吐露したジェームズにリンジーは一瞬口づけしますが、それは同情によるもので、それについてジェームズは「同情はやめてくれ」と怒ります。なのでこの2人には作中を見るかぎりは恋愛関係が生じていません。

本作はそんなリンジーとジェームズのケアで結ばれる関係性を丹念に描いており、ありがちなドラマがすぐさま好むような恋愛や性愛とは一線を引いています。最初においては友情ですらないかもしれません。この関係を何と言葉で表現するのかはわかりませんが、たまたま一時的に車両に同乗した相手…という感じでしょうか。

本作はその関係を「プールに一緒に入る」という行動で表現しており、これはリンジーの母親との間でも同様のシチュエーションが描かれます。リンジーがおそらく昔使っていた子ども用の小さいプールに母と一緒に浸かって会話を交わすという場面。この母の描写も面白く、愛情深く接するステレオタイプな母親像でもなく、かといってネグレクトな感じでもない、絶妙な距離感で大人になった娘と付き合っているんですね。

刑務所の兄との手話での会話も印象に残るものです。リンジーはあまり普段は喋りませんが、あの兄とは手話の会話の勢いは軽快で、きっと以前から話しやすい相手だったのか。言葉ではコミュニケーションできなくても、手話でならコミュニケーションできてしまうこともあるのかな。

“ジェニファー・ローレンス”の演技はさすがという感じですが、やはり個人的には“ブライアン・タイリー・ヘンリー”の演技が見どころでした。ついこの間は『ブレット・トレイン』で「きかんしゃトーマス」についてウザすぎるくらいに熱弁していたキャラを演じていたのですが、同じ俳優とは思えないですよ。

ラストではリンジーとジェームズは友情として人間関係のリハビリをまだ続行する意志を確かめます。ドラマとしてほとんど前に進んでいません。1歩どころか半歩も動いていない。それでもこれくらいゆっくりでもいいんだというケアの物語でした。

『その道の向こうに』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 79%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Apple

以上、『その道の向こうに』の感想でした。

Causeway (2022) [Japanese Review] 『その道の向こうに』考察・評価レビュー