このレビューも検閲されました…映画『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督 自己検閲版』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:ルーマニア・ルクセンブルク・クロアチア・チェコ(2021年)
日本公開日:2022年4月23日
監督:ラドゥ・ジューデ
セクハラ描写 LGBTQ差別描写 人種差別描写 性描写
アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版
あんらっきーせっくすまたはいかれたぽるの
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』あらすじ
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』感想(ネタバレなし)
ルーマニアからスゴイ映画がやってきた
日本には表現の自由があると思いますか?
どこぞの「日本スゴイ」論者は日本の表現の自由を誇るかもしれませんが、残念ながら映画で言えば、日本では一定の自主規制があります。
とくにそれを思い出せてくれるような映画が2022年に公開されました。
それが本作『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』です。
この映画はルーマニアの作品で、2021年のベルリン国際映画祭のコンペティション部門で最高賞である金熊賞を獲得しました。私も普段はあまりルーマニア映画なんて見ないので(でも本作のプロデューサーの“アダ・ソロモン”はインタビューでルーマニア人もルーマニア映画は観ないと皮肉交じりに語っていましたが)、これはルーマニア映画に触れるときが来たなと身構えていました。
ところがここで問題点がひとつ。本作の邦題を目にすれば察せるのですが、「監督〈自己検閲〉版」とあります。これは要するにオリジナルに対して編集が加えられているということ。
実は本作オリジナル版は非常に露骨な性描写(ほぼポルノと同等の映像)があり、多くの国では映画館でそのまま上映できない状況でした。それは製作者側もわかっていたので、おそらく他の国々で上映できるように「編集版」を作ったのでしょう。
しかし、この映画自体がそもそもそうした「表現、とくにポルノの過剰な規制」を批判するメッセージ性があるものなので、それに編集版が作られてしまうのは本末転倒というか、それ見たことかという事態になってしまいます。本作の監督の“ラドゥ・ジューデ”もこの編集には当初は難色を示していたそうなのですけど、妥協した感じでしょうか。
で、どう編集されたかと言うと、その露骨な性描写のシーンになると、映像がデカデカと隠され、文字で「CENSORED VERSION」(検閲版)と派手に表示され、ひらすらにボヤキみたいな文章が表示されるという、完全にヤケクソ状態になっています。
でもまだこれはマシな方で、日本は『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』になったわけですが、オリジナルと同じ106分の映像が流れます(一部規制で映像がほぼ映らないですけど)。けれどもアメリカだと80分くらいに短縮されてしまって上映されたそうです。まあ、どちらにせよ映画にこうやって規制が入るのは嫌ですね。料金払って観に行く以上はそのままのオリジナルを見せてほしいものですよ。公開されるだけいいのだけども…。
ただ、この映画は単に性描写があるだけの作品ではないです。それだけだったら金熊賞なんて受賞しないです。この問題作『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』の特徴は、社会風刺が盛沢山に詰まっているということです。
物語は夫とのプライベートセックスビデオが流出してしまった女性教師を主人公にしています。その主人公が卑猥な映像に怒れる保護者たちに事情を説明する傍ら、このルーマニア社会に蔓延るあれやこれやな感情まで噴き出して、社会の醜さまで素っ裸にされていく…そんなブラックコメディです。実はわりとハイコンテキストな映画なんですね。
本作を監督したのは、2015年に『アーフェリム!』でベルリン国際映画祭にて銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞したルーマニアの“ラドゥ・ジューデ”。この攻撃的なスタイルのクリエイティブが得意分野らしく、今後も金熊賞なんて殴り捨てるような暴れっぷりを見せてくれそうです。
なお、基本はブラックコメディですが、物語上、性暴力を受けた被害者への二次加害的なシーンと受け取れる展開もあるので、そのあたりは留意してください。
後半では中身について私なりの感想を書こうと思いますが、なにぶんアレな描写が中心にあるものですからね…。この感想サイトだってGoogleのアルゴリズムに日々評価されているし、いかがわしいコンテンツだと判定されても困るし…。ということで本作の感想記事は一部「自己検閲版」で以下よりお送りします。
もしそれでもこの感想記事が卑猥認定されそうな雰囲気があったら、きっとこの以下の後半のどこかで、北海道で美味しいイクラを食べる方法について唐突に解説し出すことにしますね。
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ヘンテコな映画が好きなら |
友人 | :かなり変わり種だけど |
恋人 | :恋愛気分ではない |
キッズ | :露骨な性的音声あり |
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):文章は自己検閲済み
部屋で男女が盛り上がっています。女はどんどん服を脱いでいき、下着姿になり、全裸になります。男はそれに興奮し、互いに息を荒くしながら、相手に接近。もちろんこれは身体検査とかではありません。
女は男の屁丸似素を笛螺血男で気持ちよくさせ、男は女の婆戯奈に屁丸似素を挿入し、熱く火照った肉体は一体化。欲望のおもむくままに接苦素を味わい、互いに激しく声を荒げていきます。そして男は写生にいたり、その行為は終息していき…。
そんな様子はしっかり映像に残っていました。2人の思い出。その中でずっと保管されるだけのはず…。
ところかわって日中のブカレストの街。エミは市場で花を買っていました。足早にマスク姿の人たちが行き交う街を自分もマスクを身に着けて歩き、とある家に訪問。
そこは自分が教師として勤める名門校の校長の自宅です。今はちょうど人が集まっているらしく、部屋は賑やかです。静かに話せるバルコニーに移動します。
「集会の件で来ました」「保護者たちの希望よ。私たちは従うしかない」
「動画は削除されました。私はアップしてません」「ネットにあげたのはパソコンの修理の人なんでしょ? あなたがアップしてないと証明さえすればいい」
「証明できません。実は夫の仕業です」「ユージェンが? なぜ?」「私も信じられませんが…」「保護者にはちゃんと説明すべきだと思う。マスコミに漏れると面倒だし…」
また街を歩き、オモチャ売り場を見たりしつつ、電話をします。
「誰かが保存して再アップしたの? ブロガーに連絡は? フルで動画があげられてるの?」
薬局で抗不安薬を買い求め、エミは歩き続けます。落ち着きはありません。そうしていられる状況ではないのです。このままでは解雇されかねない…。職業生命はおしまいになってしまう…。
こうなってしまった原因は、夫とのプライベートな接苦素を撮影した映像が流出したこと。それにはあまりにも全てが映っていました。その映像を生徒も保護者も、ネット上の見ず知らずの人たちもみんな今もこの瞬間に再生しているのかもしれない…。動画は削除しましたが、ネットというのは簡単にコピーできて拡散できる世界です。一度世に解き放たれてしまうと止められません。
起きてしまったことはもう後悔しても遅い。後は待ち受ける保護者説明会で何を話すのかということ。
それにしたってなぜ私がこんな目に遭わないといけないのか…。
ルーマニアとロマとソーシャルディスタンス
『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』は冒頭からハードなシーンが始まりますが、この検閲版ゆえに映像は見えないので、明らかにポルノ風な音声だけが流れるという、余計に気まずい音声事故みたいなことになっています。
本作は3幕構成なのですが、パート1は単純に起きることと言えば、エミが校長宅に伺って街を歩いているだけです。ただ、ここで妙に街並みなどをねっとりと撮っており(ラストが陰部をさらけだす裸の像を見上げて終わるのもね…)、その何気なく映るそれらがこの社会の商業主義や政治を炙り出し、後のパート2に繋がる前戯になります。あ、いかがわしい単語、使っちゃった…。あれです、あの、準備運動になります。良し。
そしてパート2ですが、ここでまさかの主人公が一切登場しない、それどころか作劇もない、映像のモンタージュが唐突にスタート。
かなり政治的な映像が多いです。とくに印象的なのは、ルーマニア正教会などルーマニアに関わる政治歴史の映像ですね。私はそんなにルーマニアの政治社会に詳しくないので、正直、ここのモンタージュのネタを全部は拾えていないです。
それでもロマ人に対する差別についてはぜひとも知っておくべきポイントではあるでしょうね。
「ロマ」というのは、北インドのロマニ系に由来する中東欧に居住する移動型民族のことで、「ジプシー」と呼ばれてきたりもしました(『ノートルダムのせむし男』などでも知っている人は多いはず)。単一の種族とかではないそうで、いろいろな種族が混ざっているようですが、とりあえず「ロマ」と呼ぶのが公的には正しい呼び方とされています。
ロマの人たちは歴史の中でヨーロッパ全土に広がっていたのですが、残念ながら迫害の対象になってしまいます。例えばナチスはロマを「劣等民族」とみなし、ユダヤ人と同じく残虐な行為を行いました。
そんなロマの人たちはいまだに差別に苦しんでいます。最近でもコロナ禍においてロマの人々の劣悪な状況が報じられていました。電気水道もなく、下水設備もない、貧弱なコミュニティで大勢がひしめき合って暮らしているロマの人たちは感染症から身を守る術がありません。ヨーロッパというと先進国なイメージですが、このような明白な格差が街には確かに存在するのです。
モンタージュの他の要素だと、伝統的なルーマニアの民族舞踊をソーシャルディスタンスを守って行う映像とか、笑っちゃうものも挟まれます。
そして相変わらず規制が入る性的なシーン。なぜ人は普通の性的な描写にまで意図に関係なく一律で規制をかけてしまうのか…これはパート3でも真っ先に問われる問題提起ですが…。
人間社会は問題から目をそらす
いよいよ始まったパート3。保護者説明会は序盤から大荒れです。
とにかく一部の保護者はあの流出映像はけしからん!と一点張りなのですが、そもそもエミは被害者なわけで、責める相手としては根本的に間違っています。しかし、人はとりあえず教師のせいにしたくなるもので、同時にエミは女性ですから、非難は集中するばかりです(夫が一切この映画に登場しないのもね)。
そんな中、あの映像をこの場で再生することになってしまい、屈辱的な場で座っているしかできないうえに、一部の男性たちが最前でその映像を食い入るように見つめて品定めするという、気持ち悪いシーンにもなっていきます。
ここから本作は、世間は性を嫌悪するけれども、そんなのとは比べ物にならないほどに社会というものは俗悪なものを隠し持っているよね…という感じで、保護者たちを通してあれやこれやの”闇”が解き放たれます。
先ほどの搾取的な女性差別蔑視はもちろんのこと、過激派フェミニストだと罵ってくる奴もいる。ユダヤ人差別主義者もいるし、ロマ人差別主義者もいる。さらに陰謀論者や歴史修正主義も参戦し、「ゲイを称賛する気なのか」なんて言い放つホモフォビアもいる。教育優遇のために賄賂を渡してきたり、子の経歴詐称する保護者もいて、私利私欲をまるで隠しません。
本作は人間の本性は卑猥だというそんなポジティブな話というよりは、人間は一番重要な問題から目をそらすのに性を利用しがちであるという、そういう人間社会の脆さを浮き彫りにさせているとも言えるような…。それはこのコロナ禍というシチュエーションとシンクロすることで、余計に際立ってきます。
ちなみにこのパート3はアドリブ無しでしっかり台本ありでやっているらしいので、『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』みたいな演出のしかたとは全然違う、“ラドゥ・ジューデ”監督はきっちりコントロールするタイプなのかな。
ラストは3つのエンディングを提示。とくに最後のひとつはワンダーウーマンみたいな衣装にチェンジしたエミがスパイダーマンみたいな蜘蛛の巣風の網を放ち、保護者をディルドでメッタ刺しにするという、これまたヤケクソ展開で終わります。
この映画が金熊賞を獲ったのはたぶん審査者のコロナ禍でのフラストレーションを最も受け止めてくれたというのもあるんじゃないかな。なんにせよ2021年の象徴的な映画ですね。これは30年後とかに見てもよく意味をわかってもらえないかもしれない。
さて…ああ、もう文字数的にいっぱいいっぱいなので、北海道で美味しいイクラを食べる方法について解説する隙間はありませんでした。残念…。これはまたの機会に…。イクラ、イクラね…あれ、別にイクラって卑猥な単語じゃないですよね。なんかわかんなくなってきたぞ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 57%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Sovereign Films アンラッキーセックス
以上、『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』の感想でした。
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