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『VESPER ヴェスパー』感想(ネタバレ)…ポストアポカリプス植物学の講座です

VESPER ヴェスパー

黙示録では植物学が捗る!…映画『VESPER ヴェスパー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Vesper
製作国:フランス・リトアニア・ベルギー(2022年)
日本公開日:2024年1月19日
監督:クリスティーナ・ブオジーテ、ブルーノ・サンペル
VESPER ヴェスパー

べすぱー
VESPER ヴェスパー

『VESPER ヴェスパー』物語 簡単紹介

生態系が崩壊した地球では、一部の富裕層のみが城塞都市シタデルで生活し、貧しい人々は危険な外の世界でわずかな資源を奪い合いながら生きていた。過酷な外の世界で寝たきりの父と懸命に暮らす13歳の少女ヴェスパーは、ある日、森の中で倒れているカメリアという女性を見つける。シタデルの権力者の娘だという彼女は、墜落した飛行艇に一緒に乗っていた父を捜してほしいと頼んでくるが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『VESPER ヴェスパー』の感想です。

『VESPER ヴェスパー』感想(ネタバレなし)

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黙示録の園芸部

突然ですが、ガーデニング、してますか?

よく「初心者でも簡単!」「手間暇のかからない」「ほったらかしでも大丈夫」みたいな売り文句でガーデニングを薦める記事とかを見かけますが、あまり本気にしない方がいいです。

植物は確かに動物ではありません。脱走もしないし、糞尿もしないし、吠えもしないし、噛みつきもしない…。でもやっぱり生き物です。植物であろうとも「生き物を飼育する」ということには変わりありません。

なので植物を育てることを「ガーデニング」とオシャレに表現しようとも、その飼育責任は圧し掛かります。おカネもかかりますし、育てるのをやめるにしてもきっちり処分しないといけません。安易に野外に捨てるのは自然破壊になりかねないです。

でもふと思うのです。今や人間はあちこちで好き勝手に植物を品種改良して自分で育てまくっていますが、もし人間が滅んじゃったら、この植物たちはどうなってしまうんだろうか…と。

大半の栽培下にある植物は人間の手なしには生存できないと思うので、人類絶滅すれば枯れてしまうと思いますが、いくつかの植物は旺盛な繫殖力で野外に蔓延するでしょう。環境は激変してしまうのではないかと思います。

まあ、私が考えてもどうしようもないことですが…。

けれども今回紹介する映画では、そんな終末の世界の植物に想いを馳せることになります。

それが本作『VESPER ヴェスパー』です。

本作はフランス・リトアニア・ベルギー合作の2022年のSF映画なのですが、予算は超小規模。7~8億円くらいの製作費です。『ザ・クリエイター 創造者』の13分の1程度ですよ。

しかし、SFマニアを唸らせ、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で最高賞にあたる金鴉賞を受賞するなど、高評価を獲得。隠れた話題作となりました。

日本では全然公開される気配がなかったのですが、2024年にやっと公開です。

『VESPER ヴェスパー』は人類の社会が環境変化で崩壊した終末世界を舞台にしており、ここでは二極化した階級社会があります。主人公はその最底辺で暮らすひとりの少女です。

加えてこの世界では生態系に異変が生じ、ヘンテコな奇妙な植物がいっぱい生育するようになってしまっているのが特徴でもあります。

ちょっとイギリスのSF作家“ジョン・ウィンダム”の小説である『トリフィド時代』(The Day of the Triffids)っぽい感じも漂っていますね。こちらは『人類SOS! トリフィドの日』という邦題で映画化もされましたが、食肉植物トリフィドが人を襲うという話でした。

『VESPER ヴェスパー』は別に植物パニック映画ほどのジャンルに踏み込んではいないので、そんな阿鼻叫喚の地獄絵を期待するわけにはいきませんが、得体の知れないデザインの植物はあれやこれやと眺められます

この変わり種な『VESPER ヴェスパー』を監督したのは、“クリスティーナ・ブオジーテ”“ブルーノ・サンペル”の2人。

“クリスティーナ・ブオジーテ”はリトアニア出身の人で、ファンタジー文学が好みだそうで、初の長編映画監督作となった2008年の『The Collectress』、2番目の長編映画『Vanishing Waves』(2012年)と、かなり独特な作品を生み出し続けてきました。

“ブルーノ・サンペル”はフランスのデジタルアーティストで、“クリスティーナ・ブオジーテ”とのコラボレーションによって、その独創的なセンスがさらに引き立っています。

撮影はこちらもリトアニアからである『悪魔の世代』“フェリクサス・アブルカウスカス”

主人公を演じるのは、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』『インフィニット 無限の記憶』、ドラマ『ダーク・マテリアルズ ⻩⾦の羅針盤』にも出演してきた“ラフィエラ・チャップマン”。2007年生まれのティーン俳優です。

共演は、今回も酷い目に遭うことになる“エディ・マーサン”。胡散臭い奴か悪者の役になる確率が多すぎるな…。さらにドラマ『エイリアニスト』にもでて、近年は『Blue Jean』という悪名高き「Section 28」に象徴される同性愛迫害が酷かった80年代後半のイングランドを描いた映画で主演し、高い評価を受けた“ロージー・マキューアン”も重要なキャラクターを演じています。

『VESPER ヴェスパー』はかなりマニアックな一作ですが、雰囲気が好きな人には刺さるはず。終末世界のガーデニングをお楽しみください。

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『VESPER ヴェスパー』を観る前のQ&A

✔『VESPER ヴェスパー』の見どころ
★SFマニアも唸る独創的な世界観。
✔『VESPER ヴェスパー』の欠点
☆非説明的な世界観なので深掘りはされない。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:SF好きなら
友人 3.5:マニア同士で
恋人 3.5:恋愛要素なし
キッズ 3.5:やや暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『VESPER ヴェスパー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):人間が壊した世界で

人類は生存を賭けて、遺伝子工学技術によって差し迫った環境変化に対応しようとしましたが、それはあえなく失敗に終わりました。それどころか事態は悪化し、遺伝子操作によって本来はあり得ない有機体が世界に拡散し、既存の生態系を修繕不能なレベルまで破壊しました。

これがトドメとなり、人類は旧来の社会文明を放棄。一部の人類は「シタデル」という閉鎖都市に住処を構え、裕福な生活を独占。残された他の人間は、過酷な外の世界で必死に生き延びるしかない状況に陥りました。

そんな下層の世界。何もない不毛な沼地で刃物片手に掘り起こしているひとりの少女。彼女の名はヴェスパー。そこで1匹の芋虫を見つけ、回収して帰ります。近くを球体ドローンが飛んでおり、素っ気ない顔が描かれていますが、ヴェスパーが口笛を吹いて一緒に戻ります。

森を通り抜けた先にある家が暮らしている場所です。ここには寝たきりになっている父のダリウスがいます。全く動けず、あのドローンを介してコミュニケーションをとります。ヴェスパーは父の世話をしています。

次にヴェスパーは水が滴るレンガ建物の暗闇の中へ。芋虫を瓶に入れ、「心配しないで」と優しく声をかけます。

その後、外で黒ローブの人物を見かけます。「ピルグリム」と呼ばれる物資を回収している存在です。実はヴェスパーの母もピルグリムとしてどこかへ行ったのですが、もう行方はわかりません。この人物の顔はわからず、一瞬見つめ合う去っていきました。

家に戻ると少しおかしいことに気づきます。ドアも開いています。警戒しながら室内に進むと、盗人が略奪したようです。タンクが漏れており、生活に困ります。

やむを得ず、叔父ジョナスのもとへ足を運んだヴェスパー。彼は孤児院を営んでいますが、かなり非人道的です。ジャグと呼ばれる白い肌の人造人間が怪我しており、子どもにナイフで殺させます。

ヴェスパーは自分の血液を売りにきました。採血しますが、このジョナスへの反抗心は剥き出しです。

今度はジョナスの倉庫に忍び込み、使えそうな資源を回収。すると種子を見つけました。この世界では、シタデルから配給される種子が生存の鍵ですが、一度しか収穫できないようにコードで制限がかけられています。もし、このコードを解除できれば、地表で自由に植物を育てて、豊かな生活ができるかもしれません。

ヴェスパーはこの種子を盗んで、コードの解除のための研究を地道に続けていました。

ある日、シタデルの船が近くに墜落。その現場に行くと、カメリアという人物を発見し、怪我もしているので連れ帰ります。カメリアは同行していたエリアスという父を探してほしいと頼んできたので、ヴェスパーはとりあえずまた現場に向かうことにします。

しかし、そこにはあのジョナスが陣取っており、カメリアの父は発見されてしまい…。

この『VESPER ヴェスパー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/11/18に更新されています。
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風の谷のヴェスパー

ここから『VESPER ヴェスパー』のネタバレありの感想本文です。

『VESPER ヴェスパー』は主人公のヴェスパーがこの生態系ごと崩壊した世界で、生き物への愛を失わずに暮らしている姿がまず映し出されます。

少しその立ち位置は『風の谷のナウシカ』っぽいです。『VESPER ヴェスパー』のほうがスケールはものすごく小さいし、空も飛べないので自由とはほど遠いですが…。あの世界にも王蟲がいてくれると楽しいんだけどな…。

この本作においてしだいに明らかになってくるのはバイオテクノロジーの存在。終末モノではたいてい世界壊滅の原因があります。核兵器とか、大洪水とか、隕石とか、疫病とか…。『VESPER ヴェスパー』の場合、この世界を崩壊させる引き金になったのがそもそも遺伝子工学のバイオテクノロジーらしいですが、どうやら一部の科学施設だけで用いられていたとかではなく、庶民レベルでも相当にバイオテクノロジーは浸透していたようです。

終末後もバイオテクノロジーには依存しており、種子をコード・ロックで管理するということまで徹底し、嫌な統制を実行しています。面倒ですが、あり得なくもない管理システムです。日本もあった「種子法」なんかをその目的をズラしながらこのような種子管理に発展させるとか、できそうだし…。たぶん最初は「農家を守ります!」みたいな名目で始めるんですよ、きっと…。

ヴェスパーの父だっておそらくバイオテクノロジーを駆使しているのだと思いますが、遠隔でVRみたいにドローン操作でき、なんだか有機的に接続していました。バイオハッキングまでできるとなると、いろいろ応用は効きますし、この世界自体の根底もかなり変わってきます。

実際、ジャグという人造人間が後半の重要な存在として浮上。あのカメリアは実は高度なジャグであることが判明し、人間と全く同じ感情を持ち合わせていました。

本作は間違いなくディストピアなのですが、何から何まで最悪のようには描いていません。カメリアはジャグという人造人間だったとしてもヴェスパーにとってまるで母親代わりに機能し、その生活に温かさをもたらします。

ただ、個人的にはあのヴェスパーの父絡みの描写はちょっとディサビリティ的にはよろしくはないとは思いましたけど…。高度なバイオテクノロジーが障がい者に別の自由をもたらすみたいなことを安易に肯定的に描くのはさすがに能力至上主義的な感じはありますからね。作中であの父は子のために捨て身の死を選びますが、そういう展開も含めて本作は障がい者を過剰に人生の不幸と結びついた重荷として強調しすぎなところはあります。

テクノロジーと障がい者の関連の表象についてはドラマ『Bodies/ボディーズ』とは対照的だったかな…。

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性と生は自分のもの。そこに未来がある

『VESPER ヴェスパー』の世界にあるのは弱肉強食。大地では弱き者は死にます。しかし、食人植物が人を襲うわけでもない、結局はその残酷な世界を形作っているのは人間です。

その横暴な悪を象徴するのはヴェスパーの叔父であるジョナス。“エディ・マーサン”が鬼畜な人間を熱演していました(こう言っちゃあれだけどすごく似合う)。

比較的その純真さを持ち合わせているキャラクター像となっているヴェスパーとの対比はハッキリしていて、コントラストとしてはわかりやすいです。しかも、子どもを管理していますからね。シタデルが種子という有機物の“生まれる原点”を統制していることと、ジョナスが生身の子ども自身を統制していること。この二者は極めて似ています。

“クリスティーナ・ブオジーテ”監督の過去作品は「性」を題材にしていることが多かったのですが、この『VESPER ヴェスパー』には表向きにはそういう露骨さは見られないです。少なくともセックス的な描写はないですから。

ただ、このシタデルとジョナスがやっていることはともに「性(生)」の管理だとも解釈できます。要するに出生のコントロールなんですよね。

『VESPER ヴェスパー』の世界は『ソラリス』のように偽りの居心地よさを与えますが、実際は出生は全て上位権力者の手の中にあります。バイオテクノロジーはその手段にすぎません。

そんな世界に対して、ヴェスパーは反旗を翻し、ピルグリムが建てたとおぼしき塔に上がって、自らあの種を空中にばらまきます。この行為は性行為的な暗示でもあり、ヴェスパーという未来の象徴が自分の意思で生を掴み取ろうとする一歩です。

残念ながら現実の私たちの社会はこの2020年代ですらも出生を政府権力者がコントロールしようとしてきています。中絶の権利を奪って違法にするとか、多様な避妊の手法を簡単に認めないとか、トランスジェンダーの医療ケアを否定するとか…あの手この手の現状が起きています。これらは全てセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)の侵害です。

人には自分の性の在り方を決定する権利があって、その自由が保障されて、初めてそこに安心できる未来が生まれます。

『VESPER ヴェスパー』はそんなことを教えてくれるラストでした。

“クリスティーナ・ブオジーテ”監督は今後も低予算でいくのか、それはわかりませんが、これからも見逃せないSF&ファンタジー系のクリエイターになっていくでしょうね。『VESPER ヴェスパー』で注目度がさらに上がったので、次はさらなる活躍も見込めるかもしれないです。

『ゴジラvsビオランテ』とか“クリスティーナ・ブオジーテ”監督流にリメイクしてほしいなぁ…。

『VESPER ヴェスパー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 59%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2022 Vesper – Natrix Natrix, Rumble Fish Productions, 10.80 Films, EV.L Prod ベスパー

以上、『VESPER ヴェスパー』の感想でした。

Vesper (2022) [Japanese Review] 『VESPER ヴェスパー』考察・評価レビュー
#リトアニア映画 #ポストアポカリプス