犬とロボットとトム・ハンクス、これでじゅうぶん…「Apple TV+」映画『フィンチ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にApple TV+で配信
監督:ミゲル・サポチニク
フィンチ
ふぃんち
『フィンチ』あらすじ
地球は人間文明社会が栄えることができる環境ではなくなった。紫外線は有害となり、日光は生命を焼き尽くし、砂嵐が全てを破壊する。そんな変わり果てた世界で、なおも懸命に生きるひとりの男。彼の名前はフィンチ。シェルターとなっている建物では愛犬が待っている。そして自分の人生の終わりを悟ったフィンチは、1体の人型ロボットを作りだす。自分がこの世を去った後でも大切なものを守れるように…。
『フィンチ』感想(ネタバレなし)
偏愛を捧げたくなる映画
毎年たくさんの映画を観ていると、世間的な評価の高さとか、作品のクオリティやオリジナリティとか、斬新な演出や映像とか、そういうポイントは置いておいて、「なんかこの映画、私は大好きだ!」という偏愛を捧げる出会いがあったりするものです。そんな「周りがどう思おうと自分だけが愛せていればそれでいい」という映画に出会える。これはこのうえなく幸せなことであり、私も大切にしていきたいと常々思っています。
今回紹介する映画もそういう私の一方的な愛を贈る作品です。別にアカデミー賞とかにノミネートされることはないでしょうし、ほとんどの人は今年の映画マイベストに加えることもないでしょうし、それどころか存在自体を知らない人の方が多いかもしれませんが、私は好きなのです、とっても。
それが本作『フィンチ』。
この『フィンチ』は2020年10月2日にユニバーサル・ピクチャーズがアメリカで劇場公開する予定でしたが、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックであえなく中止。結局、ユニバーサルは映画館での公開を諦め、動画配信サービスに売り飛ばすという他の映画でもみられる顛末をたどります。結果、売られた先は「Apple TV+」。いまだに日本の映画ファンでも利用している人の数はかなり少ないサービスなので、案の定、話題には全然あがりません。
私がこの『フィンチ』を好きな理由はシンプルです。私の好きなものだけで構成されているからです。
作中で登場するのは、犬とロボット、そして“トム・ハンクス”演じる主人公。この3体だけ。私は犬も好きだし、ロボットも大好きだし、“トム・ハンクス”も大好物なので、その好き3点セットをプレゼントされたら、そりゃあもう尻尾をぶんぶんふって喜ぶに決まっています。
とにかく本作は犬とロボットと“トム・ハンクス”の関係性がたまらなく可愛い映画です。ず~っと見てられる。どうしようもなく疲れたとき、社会のせいで心が荒んでしまったとき、この映画を観ればとりあえず明日生きるぶんの活力は湧いてくる、私にとってはそんな感じ。
ロボットは人型ロボットで人間の行動を学びながら愛嬌たっぷりに動くのですが、類似のものだと『チャッピー』(2015年)があります。確かにそれと雰囲気は似ているのですけど、『フィンチ』は残酷な描写もありませんし、子ども向けではないですけど子どもでも観れるので大丈夫です。
一方で、世界観は環境の地球規模の激変によって人間の社会文明が衰退してしまった状態となっており、いわゆるポストアポカリプスです。これまたよくありがちなジャンルではあるのですが、コロナ禍を経験してしまった身として私もこのポストアポカリプスものに対する印象が結構変わってしまったなと2021年は痛感しています。フィクションとしてお気楽に見られなくなったというか…。だからこそ文明崩壊後の世界で生き抜こうとする登場人物たちに強く感情移入しますし、そこで描かれる希望や何気ない教訓に心をうたれる…。
この『フィンチ』を好きな理由もそういう側面もあることは否定できません。別に劇的なことは何もありませんが、日常でも普段から大切なことをあらためてこの過酷な世界で浮き彫りにする…。こういう小さな意識の確認って大事だな、と。
『フィンチ』を監督したのは、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でもいくつかのエピソードを手がけたイギリス人の“ミゲル・サポチニク”。脚本は『アナイアレイション 全滅領域』などでカメラのアシスタントをしていた“クレイグ・ラック”と、『エイリアン』のアソシエイトプロデューサーをしていた“アイヴァー・パウエル”。製作には“ロバート・ゼメキス”の名もあります。
俳優陣は“トム・ハンクス”以外は犬とロボットのみです。ただ、この人型ロボットの音声を担当しているのが、『ゲット・アウト』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『スリー・ビルボード』などかなり多彩な名作に実は顔を出している俳優の“ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ”だったりします。
好きな人は絶対に心を鷲掴みにされるであろう『フィンチ』。「Apple TV+」なのでちょっと手を伸ばしづらいかもしれませんが、「Apple TV+」には他にもここでしか観れない映画やドラマシリーズがあって、どれも面白いのでぜひこの機会にいかがですか。
ちなみに「Apple TV+」では『グレイハウンド』という“トム・ハンクス”主演・脚本の独占配信映画もあります。こちらは戦争映画で雰囲気はまたガラリと変わりますが、この際なので“トム・ハンクス”連続鑑賞もいいですよ。
『フィンチ』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2021年11月5日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :好きな人はハマる |
友人 | :SFと犬好き同士で |
恋人 | :犬とロボットに恋を |
キッズ | :子どもでも大丈夫 |
『フィンチ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):こうして旅に出る
荒廃した世界。吹き荒れる砂で視界が悪い中、防護服を着た男が、陽気に歌いながら無人のショップの建物を探索します。もちろん営業はしていません。死体も見慣れているようで、後ろにはローラー走行の小さなロボットがついてきてアイテム回収をサポート。一瞬、物音がして警戒しますが、恐る恐る確認すると何でもありませんでした。
ひととおり目ぼしいものの回収を終えると、入り口にマークを付けて立ち去ります。巨大な運搬車に乗り込み、地図で確認済みの印をチェックしつつ、次の場所へ。砂にまみれた街中を走行します。人は自分以外ひとりもいません。
すると警告音が鳴ります。前方からビルを飲み込むほどの凄まじい砂嵐が接近するのが見え、急いで後退。テクノロジー研究所のような建物に到着すると、砂嵐の直撃を受けつつ、なんとか支援ロボットを引っ張って中へ退避。ドアを密閉してひと安心。
その後は装備とロボットを優しく清掃してあげます。この支援ロボットは「デューイ」と呼んでいます。また、部屋には愛する犬が待っており、お腹をなでてあげます。
男の名前はフィンチ。この周辺では唯一生き残っている人間です。他に人は生きているのか、それはわかりません。
1日の残りの時間は、本を専用ロボットで裁断し、デジタルデータに変えていく作業と同時に、ある新しいロボットを作っていました。そしてついにそれは完成します。アクティブになるロボットの赤い頭部。
話しかけてみますが反応はなし。しかし、遅れて頷いてきます。理解しているのか。「頷くのをやめろ」と言うと止まります。成功を愛犬と喜ぶ男。ただたどしく会話をし始めます。あらかじめロボットには書籍の情報を大量にインプットさせておきました。かなり滅茶苦茶な言葉ではありますが、会話は会話。成立しています。久しぶりの会話が嬉しいフィンチ。
フィンチは自分を守ることを使命としてこの新ロボットに命じており、もし自分に何かあればこの犬の世話をするように教えます。
しかし、超巨大嵐が迫っていることがわかり、時間はそれほどないと把握し、安全と思われる西に向かう計画を実行に移すべく動き出します。
まず人型ロボットに身体を与え、歩き方を指導。なんとかできるようです。それからも練習を続けるロボット。こうして4人(?)はキャンピングカーに乗り込み、出発です。
車内でもマイペースに会話する人型ロボット。世界各地のポストカードに興味津々です。
途中で停車して、一緒に探索。まだ知らないことが多すぎるロボットに世話をやきつつ、フィンチはサバイバルする術を教えます。
そこに巨大竜巻が接近しているアラートが。急いで車を走らせますが逃げきれません。車を地面に固定しようとし、なんとか人型ロボットのパワーで作業は進みます。いよいよ竜巻が目前に。直撃を受け、車は持ち上がり、大きな衝撃が襲ってきます。
なんとか危機は去り、あらためてフィンチはロボットの働きに感謝。名前を与えようということになり、ロボット側からは「ウィリアム・シェイクスピアがいい」と案がでますがやんわりと断り、結果、ロボットの申し出により「ジェフ」に決定します。
こうして老齢のフィンチと、犬と、ジェフ。旅は続きますが…。
ひたすらに可愛い
『フィンチ』はどうして世界がここまで崩壊したのかの詳細な映像説明はありませんが、作中の何気なく映るあれこれから推察するに、どうやら太陽フレアで地球のオゾン層が破壊されてしまったようです。オゾン層が無くなれば、地球の気温は急上昇して植物は育たないほどの乾燥地帯になりますし、放射線が直に降り注ぐので生命は死に絶えてしまいます。
同じくポストアポカリプス映画である『クワイエット・プレイス』や『ラブ&モンスターズ』みたいに異形のバケモノが襲ってこないだけマシですが、『フィンチ』の世界もじゅうぶん生存には過酷です。
しかし、『フィンチ』は序盤からはそこまでの絶望感はありません。なんとなくやっていけそうな雰囲気が漂います。というのもこの主人公のフィンチがロボット工学のエンジニアであり、自らの技術でロボットを開発して独り生活を成り立たせているからです。
そこで登場するのがジェフと名乗る二足歩行ロボット。こいつがまた何とも言えない愛嬌です。お調子者というフレーズがふさわしいやつで、できることが増えるほどに調子に乗っていきます。歩けるようになればそれはもう夢中で歩きまくるし、フィンチのやることをいちいちマネようとするし…。でも子どもっぽい無邪気さでありつつも、中身はロボットなのでバカ正直なほどに従順でもあって…(謝るなと言われてしょぼんとなっているのもいい)。
そんなフィンチとジェフの凸凹コンビが、車の運転を覚えたり、服を着るようになったり、あれこれとギャグ&ツッコミを繰り返していくロードムービーの姿は本当に永遠に眺めていたい気分。
とくにジェフの頭部の動きがいいです。すごい大雑把にこっちを向いたり、向かなかったりする感じも。それに対して“トム・ハンクス”がほぼひとり芝居的に合わせようとする演技をするのが良かったり。
しかし、そんな癒されコンビの触れ合いは永遠には続かないことをフィンチは知っていて…。
信頼を学ぶには
序盤から歌を歌いながら探索している姿もあり、フィンチはお気楽そうですが、実は重たい過去を背負っていました。さすが“トム・ハンクス”、そういう内側を滲ませるのが上手いです。
フィンチはある日、ジェフから「信頼とは何か」を聞かれ、答えに困ります。なぜならフィンチは信頼関係を築けなかったゆえに過ちを犯してしまった経験があるからでした。あの犬はその後悔の証拠でもあり、ただの家族の一員というほど単純なものではありませんでした。
ジェフは信頼を理解できません。犬と仲良くなろうと犬語でコミュニケーションを試みても上手くいかず、あげくに独断行動の探索でデューイがトラップで破損してしまい、フィンチとの信頼も失いかけます。
私もコロナ禍を経験してあらためて信頼は大切だと実感することも多かったです。苦しい世界になればなるほど信頼関係がそばにあるかは大きな意味を持つ。同時に信頼を構築する難しさにも直面する…。
ジェフは結局は信頼を理解しきれないままに、フィンチはこの世を去ってしまいます。そこで絶望に沈むジェフですが、ここで私が一番好きなシーンが、その後のジェフの立ち直り方。どうすれば…と困惑する中で「そうだ、犬に餌をあげよう」と思いつく。このなんてことはない行動。
でも悲しみや絶望に沈んでいるとき、心を病んでしまったとき、こういう何気ない行動…掃除をする、食事をとる…そんな動作をするだけでも意義があるんですよね。私にも身に覚えがある。それがリハビリの一歩になるし、その積み重ねが毎日になって人生になるものですから。
ジェフも自然とそれが実行でき、そしてその結果として犬との信頼関係も生まれていく。ボール遊びが成立して両手をあげて喜ぶジェフはあまりにも平凡ですが、その平凡の尊さを私たちはもっと大切に噛みしめるべきだった。今なら私も強くそう思います。
『フィンチ』はやろうと思えばもっとド派手な展開もできたでしょうし、後半にサバイバーをもっと登場させてサスペンスを生み出すこともできたろうに、あえてそれをやらずにこの日常に特化するという方向性を見せたこと。この抑制的な演出は見事でした。
フィクショナルなエンターテインメントは確かに大事だけど、それ以上に日常こそ最もその人の幸福に欠かせないものであるということ。それを思い出すためにこの映画は定期的に見直していきたいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 70%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
「Apple TV+」で独占配信されている映画の感想記事です。
・『ザ・バンカー』
・『ハラ』
・『チェリー』
作品ポスター・画像 (C)Amblin Entertainment
以上、『フィンチ』の感想でした。
Finch (2021) [Japanese Review] 『フィンチ』考察・評価レビュー