リン=マニュエル・ミランダ印のミュージカル・アニメはノリノリ!…Netflix映画『ビーボ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・カナダ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:カーク・デミッコ
ビーボ
びーぼ
『ビーボ』あらすじ
音楽が大好きなキンカジューのビーボは、自分を世話してくれた人間のアンドレスと奏でるミュージックに夢中だった。しかし、その幸せな毎日は唐突に終わってしまう。残されたのは大切な人の愛の歌。これをこのまま無駄にするわけにはいかない。その歌を届け、運命を全うすると心に決めたビーボは旅に出る。ハイテンションで陽気すぎる人間の子どもを味方にしつつ、音楽のパワーを真っすぐに信じるが…。
『ビーボ』感想(ネタバレなし)
キンカジュー版「ハミルトン」
「キンカジュー」という生き物を知っていますか?
日本には生息していません。中南米のジャングルにいる哺乳類です。見た目はパッと外見だけで判断すると猿に思えるかもしれません。樹の上にいて、枝をがっちり掴み、尾が長くて、つぶらな瞳。でも分類上はアライグマに近い生き物であり、猿とは全然違います。樹の上で暮らすことに特化しているうちに猿っぽい身体になったのでしょうね。
分布範囲は広く、現地ではわりとありふれた生き物らしいですが、日本人からしてみれば変わった生き物です。名前もユニークですしね。キンカジュー。原住民の言葉に由来しているらしいですけど。
ちなみにこのキンカジューの性別による役割が面白いです。最近の研究ではキンカジューは、オス2匹、メス1匹、その子どもたちの小さな群れで生活していることが報告されています。オス2匹という部分がユニークで、片方のオスはもう一方のオスに従属的で交尾は基本はしないそうです。一夫多妻制と考えられています。
そんなキンカジューが主人公になっている愉快なアニメーション映画が登場しました。それが本作『ビーボ』です。
このアニメーション映画を制作したのは「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」。最近は『ミッチェル家とマシンの反乱』『ウィッシュ・ドラゴン』と立て続けにNetflixに作品を売っており、劇場で久しく観ていないのですが、この『ビーボ』もまたまたNetflix配信になってしまいました。コロナ禍の時期だけのことだと思いたいけど、映画館に戻ってくるよね…?
その『ビーボ』ですが、大事な特徴があります。それは「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」初のミュージカル映画になったということ。一応、これまでの作品でもミュージカル風な演出が挿入されたことはありましたが、がっつり全編ミュージカルになっているのは初めてです。
そしてその作品の要となるミュージカルを引っ張る主人公のキンカジューの声を任せられているのが、あの“リン=マニュエル・ミランダ”。もう『イン・ザ・ハイツ』の感想で散々説明しましたが繰り返すと話題騒然のミュージカル劇『ハミルトン』の生みの親。ラテン系のクリエイターとしてハリウッドの先頭に立つ、今、最も輝く天才のひとりです。
今回の『ビーボ』では音楽は『ハミルトン』の“アレックス・ラカモア”が、脚本は映画『イン・ザ・ハイツ』の“キアラ・アレグリア・ヒューズ”が担当し、完全に“リン=マニュエル・ミランダ”のチームが勢揃い。
さらに物語はラテンのリズムが弾むキューバを舞台にしており(途中から舞台はアメリカに移る)、人間側の登場人物たちもしっかりそのラテン系に合わせています。なんかもうラテン系を描くなら“リン=マニュエル・ミランダ”もそこにいるって感じですね。“リン=マニュエル・ミランダ”は次は実写映画の監督もして、ディズニーアニメ映画の新作と『リトル・マーメイド』の実写映画の音楽も手がけるそうで、仕事しすぎだよ…。
監督は『クルードさんちのはじめての冒険』(2013年)の“カーク・デミッコ”です。『シュガー・ラッシュ』の“リッチ・ムーア”も製作に参加しています。
他に声を担当しているのは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のガモーラ役でおなじみの“ゾーイ・サルダナ”、同じく『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』には欠かせない“マイケル・ルーカー”など。宇宙に飛び出しそうな面々ですけど、そうはならないです。
子どもでもノリノリの楽しいアニメ映画ですし、大人も何度もリピートしたくなる楽曲もいっぱい。個人的には『ミッチェル家とマシンの反乱』に続く、ステレオタイプを吹っ飛ばす“女の子”表象にも注目してほしいですね。
もちろんキンカジューも。実際のキンカジューはこんな歌が上手くないと思うけど(鳴き声はうるさいらしい)。
『ビーボ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2021年8月6日から配信中です。吹き替え版もあります。
オススメ度のチェック
ひとり | :ミュージカル・アニメ好きなら |
友人 | :趣味が合う者同士で |
恋人 | :気軽に観やすい |
キッズ | :動物好きな子どもにも |
『ビーボ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):One More Song
アメリカの南、海に浮かぶ島にある国、キューバ。そのハバナという街は陽気なリズムに包まれ、いつも賑やかです。その街でアンドレスという老人の男はギター片手に野外で歌い出し、道行く住民や観光客の目を惹きます。
アンドレスには頼もしい音楽の相棒がいました。それはキンカジューのビーボです。ビーボも小さな身体でパフォーマンス。集まった観衆もすっかりノリノリに。こうして2人は今日も小遣いを稼ぎます。
その昔、ビーボは幼い時に街に迷い込み、偶然、アンドレスに保護されたのでした。不慣れで怯えていたビーボに音楽の魅力を教えてくれたのはアンドレスです。今や息はピッタリの2人。以心伝心。
そんなアンドレスに一通の手紙が届きます。それがマルタ・サンドバルからだとわかって、ハッとするアンドレス。音楽のキャリアから引退するらしいです。ビーボにはマルタが誰のことやらわかりません。アンドレスは昔の思い出の品々を見せてきます。以前はマルタと演奏していたようで、アンドレスにとっての大切な人でした。しかし、マルタは夢に向かって旅立ち、2人の関係はそれっきりに。アンドレスはマルタに聞かせたい特別な曲を紙に書いて保存していました。
マルタはアメリカ・フロリダ州のマイアミにいるとのことで、アンドレスは会いに行くべく、さっそく荷物の準備に取り掛かります。けれどもビーボはこのままがいいので納得いきません。夜空の下、ひとりでブツブツと不満を言うしかないビーボ。しかし、アンドレスの願いを無下にはできません。
戻るとアンドレスは椅子に座って眠りについていました。荷物入れをこっそり手伝っておきます。
翌朝。ビーボは目覚めますが、アンドレスは椅子から起きません。二度と音楽を奏でることはありませんでした。大切な曲の楽譜だけを残して…。
その夜、街の広場で葬儀が行われます。アンドレスの姪のローサと娘のガブリエラ(ギャビー)も駆け付けました。寂しさを歌い上げるビーボ。その中でマルタにアンドレの歌を聴かせることを決意。
その時、ローザとギャビーを見かけます。あの2人はフロリダ州のキーウェスト(島です)から来たようです。アンドレスの楽器をもらって有頂天のギャビーの荷物に紛れ込み、ビーボはそのままこの地を離れることにします。
ギャビーの家に到着。すぐに見つかってしまい、前々からキンカジューを飼いたかったギャビーは大興奮。ギャビーも音楽には強い興味があるらしく、オリジナルの楽曲&パフォーマンスでビーボをたじたじにさせます。たまらず外に逃げ出すビーボですが、自分でマイアミ行きのバスに乗ろうとするも当然動物なので追い出されます。ひとりでは無理。
手紙を読んで事情を把握するギャビーに楽譜を見せ、2人でマルタのいるマイアミへ行くことに。ギャビーはインターネットで行き方を検索し、随分と自信がある感じ。
しかし、途中でガールスカウトの女の子たち3人に追いかけられ、バスに乗り遅れるわ、橋から落ちるわで大変なことに。
それでもいつも一直線なギャビーに引っ張られ、2人はお手製イカダ(そう呼んでいいのかな)で湿地帯ジャングルを進んでいきます。全てはこの歌のために。
パワー炸裂な“女の子”表象
『ビーボ』で私が好きなのはキンカジューはさておき、あのハイテンションなギャビーという女の子のキャラクターです。
「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」は『くもりときどきミートボール』『ミッチェル家とマシンの反乱』など“女の子”表象に関して、既存のステレオタイプを吹き飛ばすキャラクターを何度も創造してくれたのですが、今回もやってくれました。
今回のギャビーは「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」の中でも年齢は低めの子だと思うのですが、もう個性爆発!という感じですね。あのキーウェストの自宅の自室で「My Own Drum」という曲を披露していくミュージック・シーンだけでも凄まじい独自色。あの演出も最高で、ヒップホップ・ビートと合わせての波状攻撃がお見事で、そりゃあもうキンカジューも慌てふためくわけですよ。あれだけの才能があるなら絶対にレーベルから声がかかりそうなものだけど…。
そのギャビーは社会が押し付ける“女の子らしさ”に不満を持ち、対抗していることがさりげなく描写されていました。ガールスカウトの服を頑なに嫌がったり、言葉遣いも非常にこだわりがあるのがわかります。ファッションセンスを見ていれば一目瞭然、あの年齢ながら「自分はこうありたい!」というアイデンティティを確立している子なんですね。
『ミッチェル家とマシンの反乱』では映像創作に熱中する女の子でしたが、今作『ビーボ』では音楽創作に熱中する女の子であり、こういうヒップホップな女子を描かせたら今やディズニーやピクサーよりも「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」に軍配が上がりますね。たぶんスタジオも「これだ!」という感触を掴んでいるんじゃないかな。
そのギャビーを演じた“イネイラリー・シモ”も凄くて、13歳のドミニカ系の俳優なのですが、演技は5歳から初めていたそうで、抜群に上手いですし、これはもうブレイクしないとおかしいでしょう。
作中のギャビーの物語は早くに亡くした父の喪失感をビーボと共有するというベタなものですが、物語全体がアンドレスとマルタのオーソドックスな伝統的音楽に基づくロマンスになっている中、それだけだったらかなり保守的な着地になってしまいそうなところを、このギャビーの存在感ひとつで払拭してるので、とても大事なキャラクターだったと思います。
ラストはギャビーの「My Own Drum」の野外パフォーマンスで、マルタも合わさってのリミックス。この閉幕だからこそ、本作がしっかり次世代的にリーチできる立ち位置を見据えているのがわかりますし、めでたしめでたし以上のめでたしだったと思います。
幸せそうな人を見守るのはステキなこと
『ビーボ』の個人的に惜しいなと思うポイントは中盤のジャングルでの動物たちとの絡みパート。
ジャングルと書きましたが正確には「エバーグレーズ」というフロリダ半島の南部にある巨大な湿地帯なんですけどね(面積は約200万ha。日本最大の湿原である釧路湿原が約2万6000haなので、その桁違いのデカさがわかるでしょう)。ビーボとギャビーはマングローブ林を突っ込んでいましたが、嵐でバラバラに。実際にあそこは天候が悪化すれば酷いことになりますし、危険です。というかアリゲーターもうようよ生息しているので、どう考えても子どもがうろつける場所ではないです。
そのエバーグレーズに入っていく展開はいいのですが、そこで出会う動物たちは2種類。ひとつはベニヘラサギ。ダンカリーノという愛に夢を抱くベニヘラサギをビーボは歌で後押しします。もうひとつは巨大な緑の蛇。騒音嫌いのルタドーという名前ですが、翻訳が曖昧ですけど、たぶんボアなんでしょうね。
そんな野生動物たちですが、終盤にはそんなに関与しないのですよね。せっかくエバーグレーズという多様な生態系溢れる土地を登場させるのですから、もっとこうこの生き物たちが大活躍するカタルシスある展開を最後に繋げていけばいいのに…そこはちょっと物足りなかったです。
あとビーボはラストはキーウェストで楽しくギャビーと暮らすことになるわけですが(アメリカへの移民ですね)、キューバに対する思い入れみたいなのは結局何だったのか、その部分はざっくり片付けられた感じも。
あれこれ書きましたが、でもキンカジューとラテンミュージックを結び付けて、しっかり題材に向き合っているのは良かったですし、ニュー・ジェネレーションな予感もたっぷり満喫できましたし、総合的には満足です。『イン・ザ・ハイツ』の精神を引き継ぎつつ、それ以上に新しい時代に届く物語でした。
残念ながら本作『ビーボ』の配信日、日本では「幸せそうな女性である」という理由で“ある人間”が他者を殺傷しようとする事件が起きてしまったのですが、ギャビーやマルタのような「自分らしい幸せを追い求める」存在たちが世間に植え付けられる女性のロールによって攻撃の対象になってしまうのは本当に酷く許せないことです。本作が訴えるメッセージは「与えられる役割ではない、自分の幸せを見つけること」だと思います。女性が幸せになる姿を見守りながら満足げにこの世を去っていった老齢男性、女という着づらい重荷を拒絶して自分の幸せを見つける子ども、そんな両者に挟まれて幸せへの貢献に幸せを感じる小さな動物。そういう世界を築けていけたらいいのですが…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 69%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Sony Pictures Animation
以上、『ビーボ』の感想でした。
Vivo (2021) [Japanese Review] 『ビーボ』考察・評価レビュー