高慢と偏見と百合、そして外面…アニメシリーズ『私の百合はお仕事です!』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:さんぺい聖
恋愛描写
私の百合はお仕事です!
わたしのゆりはおしごとです
『私の百合はお仕事です!』あらすじ
『私の百合はお仕事です!』感想(ネタバレなし)
“コンセプトカフェ+百合”版『高慢と偏見』
「コンセプトカフェ」には普段行きますか?
人によっては聞きなれない「コンセプトカフェ」。略して「コンカフェ」とも呼ばれますが、これはその名のとおり、何かしらのコンセプト(特定のテーマ)を土台にして運営されているカフェのこと。わかりやすい事例では「メイドカフェ」や「執事カフェ」のように、店員のコスプレをともなうカフェがあり、オタク系の界隈と相性がいいです。
ただ、最近はコンセプトカフェもどんどん多様になり、従来的なオタクの枠を大きく超えたテーマのカフェも増えているそうです。企業IPを活用したコンセプトカフェもあったり、商業的にも手を出しやすいのでしょうけど、昔ながらの細々とやっている小さなコンセプトカフェはどれくらい生き残れてるんだろうか…。
今回紹介するアニメシリーズも、コンセプトカフェを舞台にした作品です。
それが本作『私の百合はお仕事です!』。
本作は、”未幡”による「コミック百合姫」にて2016年から連載されている漫画が原作。アニメ化における制作スタジオは「パッショーネ」と「スタジオリングス」。監督は“さんぺい聖”です。
『私の百合はお仕事です!』は先ほど書いたように、コンセプトカフェを舞台にした作品ですが、具体的には架空のミッション・スクールをテーマにしており、そこでは上品なお嬢様たちがオーラを放ちながら、ときにステキな会話を繰り広げている…という設定。何度も言うようにあくまで設定。その設定に基づいて、店員たちが働いています。
そこで設定に基づく人間模様とその裏で展開する本音の人間模様の2つが交差しながら展開していくのがこの『私の百合はお仕事です!』の基本です。
タイトルのとおり、「百合」のジャンルですが、設定上のミッション・スクールというあたりからして、既存の日本社会の中で女性が西洋風の女学校に憧れを抱くことにも出発点があった「エス」の文化に通じるものがあり、ビジュアルはイマドキですが、この作品の源流自体はどことなくクラシカルな百合ですね。
私はタイトルを見たときは、てっきりドタバタギャグのラブコメなのかと思ったのですが、案外とそういう方向性ではなく、腰を据えて人間関係を描いており、予想以上に物語のレイヤーが複雑です。登場人物は少ないですが、それぞれが「仕事上の設定」「普段の外面」「真の本音」の3つをコロコロ変えながら触れ合っているので、「どれが本心なのか」「どうして本心を見せられないのか」…そういう簡単にはいかない人間の在り方を映しているとも言えます。
早い話が『高慢と偏見』です。“ジェイン・オースティン”のこの恋愛小説はその後も多くの恋愛モノの流れを作る起点となりましたし、最近は『ファイアー・アイランド』みたいなアジア系ゲイ版『高慢と偏見』もあったり、変化球バージョンもいくつも見られます。
『私の百合はお仕事です!』は“コンセプトカフェ+百合”版『高慢と偏見』ということです。
登場するキャラクターたちも、どこかひと癖ふた癖ある高慢と思われかねない態度をとったりしますからね。それが“百合的な愛”によって心ほぐされていくわけですが…。
そんな『私の百合はお仕事です!』は百合ファン界隈にも大人気で、「百合ナビ」が毎年開催する「百合漫画総選挙」でも第3回では5位、第4回では4位、第5回では3位(恋愛部門)となっていました。
キャラクターによっては同性愛としてちゃんと描かれる作品でもあるので、そこもご安心を。
単なる愛でるだけの対象物ではない。葛藤のうえに構築される百合をたっぷり眺めたい人にオススメです。
以下の後半の感想はアニメ版のみを観たうえでの感想です。
『私の百合はお仕事です!』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :見やすい百合ジャンル |
友人 | :同じ趣味同士で |
恋人 | :同性ロマンスたっぷり |
キッズ | :葛藤ドラマ多めだけど |
セクシュアライゼーション:なし |
『私の百合はお仕事です!』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):これが私のお仕事です
白木陽芽は学校で目立っていました。愛らしいその姿に男子の視線を集め、女子からも愛でられます。校内では「天使」として敬われ、特別扱いです。
でも謙虚に振舞っていますが、実は本人はこの「外面」を磨き上げて活かした人生を送ろうと考えていました。愛されるため、全ては夢のため。白木陽芽の夢は億万長者と結婚して玉の輿…です。これはそのための「外面」なのです。そこに絶対の自信を持っていました。
ある日、街を歩いていると躓いて、とある小さい背の人とぶつかります。その人は手をひねったと言い、そこにその子の友人らしいギャルっぽい子も現れます。仕事を代わってもらおうと話が勝手にどんどん進み、案内されたのはとある建物の2階。「カフェ・リーベ」と書かれた扉です。まだ準備時間なのでお客さんはいないと言いながら扉を開けられます。
中は普通そうでした。奥で別の女性に出会います。「どなたかしら?」…丁寧な物言いで、外面の対応に慣れている白木陽芽は「今日だけお手伝いに来たものです」とすぐさま対応。少女漫画からでてきたような綺麗な人だったと思いながら、奥へ進みます。
背の小さい人はなんと店長で、名前は舞。ここは「カフェ・リーベ女学園」というコンセプトカフェだと説明し、基本設定として丘の上のミッション・スクールということになっており、「君は高等部にあがったばかりの1年生、名前は白鷺陽芽」と勝手に決められます。そうやって苗字を少し変えてお嬢様として振舞うのがルールのようです。
ギャルっぽいあの人は今やすっかり雰囲気も変わった読書上品女子になっており、橘純加となっています。そして先ほど出会った綾小路美月と親密な会話をしながら、客はそれを眺めて盛り上がっていました。
あまりこういうところのノリがわからない白木陽芽でしたが、「こんなカフェで見せるために私の可愛さがあるわけじゃない」と思いつつも、今日さえ乗り切ればと思っていました。しかし緊張していると舐められ、そこでムキになって本気をだして全力の外面で振舞います。さらに綾小路美月との関係を聞かれ、「とてもやさしいお姉さまです」と安易に口にしました。
店が終わった後、急に先ほどの上品さが消し飛んだ美月は鋭い口調で「“お姉さま”と馴れ馴れしく呼ばないで」と怒ってきます。意味がわからない白木陽芽。しかも舞からしばらく働いてほしいと言われてしまいました。
白木陽芽の外面を知っているのは中学からの友達の間宮果乃子だけ。その彼女にも秘密にしつつ、また放課後に店へ行きます。
今度は舞は「2人にはシュヴェスターという姉妹ペアになってもらいましょう」とクロイツを差し出してきます。再び意味のわからない設定に困惑する白木陽芽と、「納得できない」と口にする美月。「私はヘマする人と組むつもりはないですから!」とクロイツを投げだして去っていく美月に、ちょっと対抗心を燃やす白木陽芽でした。
そこで仕事では白木陽芽がガンガンに会話に乗り込んでいき、表では和やかなムードになりながら水面下でピリピリする事態に。とうとう「なんでこのクロイツを受け取ってくれないんですか?」と客の前で問いただす白木陽芽。やむを得ずクロイツを受け取る美月でしたが、「あんたのことなんて大嫌いよ」と耳元で呟いてきて…。
なぜ?とやっぱり混乱する白木陽芽ですが、実は2人には因縁がありました…。
異性愛規範は来店できません
ここから『私の百合はお仕事です!』のネタバレありの感想本文です。
『私の百合はお仕事です!』の人間模様はなかなかに複雑です。白鷺陽芽(=白木陽芽)、綾小路美月(=矢野美月)、雨宮果乃子(=間宮果乃子)、橘純加(=知花純加)、御子柴舞(=小柴舞)、西園寺寧々(=西寺寧々)と、実名の他に店で使う名前もあるので混乱しますが、それだけではありません。
つまり、「仕事上の設定」「普段の外面」「内なる本音」の3つがそれぞれの思惑も入り乱れつつ交差するので、自然と駆け引きが生じていきます。
例えば、美月は「仕事上の設定」では陽芽をシュヴェスターとして思いやり、一方で「普段の外面」は小学校時代の因縁の相手として恨み(後に緩和)、「内なる本音」では陽芽のことを恋愛的に好意を持ち始め…とこんな感じ。
果乃子は「仕事上の設定」でも「普段の外面」でも陽芽を支えようとしますが、「仕事上の設定」では堂々とその振る舞いを表に出せつつ、「普段の外面」の社交不安的な欠点が個性として受け入れられます。同時に「内なる本音」における陽芽への片想いをどうするか、「仕事上の設定」でアプローチするか、「普段の外面」でアプローチするか、悩むことに…。しかも、ここに純加の感情も入ってきて状況はややこしいです。
人間は誰しもが二重生活をしているのかもしれない…そういうことを感じさせる本作の「普段の外面」「内なる本音」の強調。もちろんこれはクィア的な体験とも重ねるので親和性が高いです。
ただ、本作の場合はそこに「仕事上の設定」が追加され、ある意味では三重生活になります。二重から三重だと余計に葛藤が増えそうですが、でも意外にデメリットばかりじゃない。
あの「カフェ・リーベ」は、もっぱら女生徒同士がイチャイチャしても全く誰からも咎められません。異性愛規範の眼差しがない空間になっており、実はサフィックな指向の人には都合が良かったりする。二重生活に苦しんでいる人にこそ、息抜きの場になる。そういう効果を与えているんじゃないかな、と。
この“三重生活”息抜き効果は、SNSなどでもうひとつの自分のアバターを持つことで、少し心の穏やかさを手に入れる…みたいに、結構私たちが普段からしていることなんだと思います(『バーチャルで出会った僕ら』にも通じる話だけど)。
『私の百合はお仕事です!』はそういう空間の特性をとても上手く活用して物語を展開させているなと思います。
ブルーメの裏にある同性愛
その『私の百合はお仕事です!』は「仕事上の設定」「普段の外面」「内なる本音」の3つが交錯すると言っても、「あの人は異性愛者か、同性愛者か…」みたいなことをサスペンスのネタにしないのも安心です。
そんな物語の中心に立つのが白木陽芽(白鷺陽芽)。
自分で自分を「外面」って言うのは虚しくないのだろうか…「外面」って他人が悪口言うときの常用ワードじゃないのか…とも思うのですけど、「全力の外面だよ、可愛いでしょ!」とあそこまで屈託なく内心で言い切っている振り切りを見せられると、これはこれで自己肯定感という武器だなと思えてきたり…。
陽芽の中では玉の輿を目的にすると言ってましたけど、やってることとしては「猫動画で大衆に愛でられている猫みたいな存在になりたい」と言ってるのとほぼ同じですよね。
陽芽自身も学校ではいくらモテててもとくに誰かと交際するわけでもなく、これは私が勝手に呼んでいる「恋愛オフ主人公」の典型例です。「恋愛オフ主人公」というのは、物語の都合上で誰とも恋愛しないことになっている主人公キャラのことです。アセクシュアルやアロマンティックのような性的指向・恋愛的指向を描く意図ではなく、あくまで物語上で動かしやすい主人公にするためにすぎず、なので「(第3者的な都合で)恋愛をオフにしている」と私は表現しています。
本作で陽芽が「恋愛オフ主人公」になるのは都合が良く、まず異性愛規範を排除できます(同時に同性愛嫌悪も示さないのがポイント)。そして恋愛感情を意識しまくりの美月を「外面」で攻略することしか考えていない陽芽の言動は、美月を悶えさせ、「私のことが大好きですよね?」なんていう天然的な言葉で美月は沸騰する…。平和です。前半のギスギスは何だったんだっていうくらいに…。
これはあくまでもこの2人が「仕事上の設定」込みの間柄でイチャつくぶんには有用になっているというだけなので、もし本気で恋愛関係になり、結婚とかを考え(現状の日本では同性結婚できないけど)、将来の人生設計を構築する…というようなストーリーを意識するなら、この「恋愛オフ主人公」のままの陽芽では通用しなくなります。模倣的な疑似同性愛のブルーメを逸脱するのですから。
その点、リアリティのあるレズビアンなストーリーは現在キッチン担当の寧々が担っている感じでしょうか。そこに純加と果乃子も加わっていくので、作品全体で同性愛の扱いが弱いわけでもなく、そこはバランスのとりかたなのかな、と。
まあ、ただ作劇ゆえに恋愛伴侶規範強めで、恋をしない人間は薄情みたいな視点が少し顔を出し過ぎかなとは思いますけどね。
そんなこんなで視聴者の需要に応えるメニューの多い『私の百合はお仕事です!』でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『転生王女と天才令嬢の魔法革命』
・『機動戦士ガンダム 水星の魔女』
作品ポスター・画像 (C)未幡・一迅社/私の百合は製作委員会です!
以上、『私の百合はお仕事です!』の感想でした。
Yuri is My Job! (2023) [Japanese Review] 『私の百合はお仕事です!』考察・評価レビュー