まずはロープを切ることから…Netflix映画『ジェイコブと海の怪物』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:クリス・ウィリアムズ
ジェイコブと海の怪物
じぇいこぶとうみのかいぶつ
『ジェイコブと海の怪物』あらすじ
『ジェイコブと海の怪物』感想(ネタバレなし)
人間と海の生き物の関係
私たち人間が航海技術を手に入れ、大海原へ駆け出した1700年代。それは人類にとっては世界が広がる興奮のひとときだったかもしれませんが、他の生き物はそうは言ってられませんでした。人間は新天地で新しい動物をたくさん発見します。そしてどうしたのか? 仲良く友情を育んだ…わけではありません。殺しました。皆殺しです。
そんな残酷な所業でこの地球から姿を消した海洋野生動物のひとつが「ステラーカイギュウ」です。ジュゴンの仲間であり、体長7mを超える巨大な体を持ち、ベーリング島の海で群れで暮らしていたこの生き物。しかし、1700年代半ば、探検の過程でこの海に流れ着いた人間たちに発見されます。食料・毛皮・脂…全てが利用できる魅惑の資源だという噂が広まり、このステラーカイギュウを狩るためにあちこちからハンターがやってきて仕留めていきました。そして発見から30年もたたないうちに1頭もいなくなってしまい、絶滅したと考えられています。
あまりに酷すぎる話ですが、こうした人類の加害の歴史は「発展」や「進出」というすごく綺麗な言葉によって上書きされ、汚れた行為の痕跡は無かったことになります。私たちはそんな美化された歴史の上で生きています。
今回紹介する映画もそんな人類と海の生き物の関係性を思い出させる作品です。
それが本作『ジェイコブと海の怪物』。
『ジェイコブと海の怪物』はCGアニメーション映画であり、架空の時代・地域を舞台に、船で海をめぐるハンターたちと、海に巣食う怪物たち、この両者で紡がれる物語が描かれています。この世界では何百年も前から海に棲んでいる巨大な怪物が人間たちを脅かし続けており、ハンターはそんな海の怪物を仕留める日々を送っていました。ところが、あるひとりのベテラン・ハンターともうひとりのハンターに憧れる女の子のせいで、その長年の常識が変わっていく…というそんな流れ。
邦題はハンター側の人物の名前しか入っていないのでなんか不公平ですけどね。むしろ子どもをピックアップする方が子ども向けアニメーション映画としては正解なんじゃないのか…。原題は「The Sea Beast」です。
ともあれ、子どもでも楽しめるのはもちろん、大人でも満喫できる、教養に富んだ寓話と言えるでしょう。もし子どもと一緒に鑑賞する場合は、ぜひ前述した実際に絶滅してしまった野生動物の話も交えながら会話してほしいですね。
基本は飲み込みやすい易しい物語ですし、ヘンテコなマスコット的生物キャラクターも登場したりして可愛いので、あまり身構える必要はありません。気楽に見てください。
この『ジェイコブと海の怪物』を監督したのは、“クリス・ウィリアムズ”。ディズニーで仕事してきた経歴があり、これまで『ムーラン』『リロ&スティッチ』『チキン・リトル』などのストーリーアーティストを務め、2008年の『ボルト』では監督を手がけました。その後も『ベイマックス』と『モアナと伝説の海』では共同監督を担当。つい最近までディズニー・アニメーション映画を第1線で支えてきたクリエイターです。そんな“クリス・ウィリアムズ”が古巣のディズニーを離れ、独立して監督をした初のアニメーション映画がこの『ジェイコブと海の怪物』となります。
制作するスタジオは「Netflix Animation」。『クロース』(2019年)、『ウィロビー家の子どもたち』(2020年)、『バック・トゥ・ザ・アウトバック ~めざせ! 母なる大地~』(2021年)など、個性的なアニメーション映画を最近は生み出しており、アニメーション界隈でも無視できない存在になりつつあるNetflixですが(しいていえばスタジオを象徴する個性みたいなのはないんですけどね)、今作の『ジェイコブと海の怪物』も良質な作品をプレゼントしてくれました。
声で参加しているのは、『スター・トレック』シリーズやドラマ『ザ・ボーイズ』で絶好調の“カール・アーバン”、ドラマ『ファウンデーション』の“ジャレッド・ハリス”、ドラマ『ジャック・ライアン』の“マリアンヌ・ジャン=バプティスト”、『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』の“ダン・スティーヴンス”、『ニル・バイ・マウス』の“キャシー・バーク”など。
『ジェイコブと海の怪物』は日本では劇場公開されず、Netflixで独占配信中です。
『ジェイコブと海の怪物』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年7月8日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に見られる |
友人 | :海外アニメ好き同士で |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :生き物好きの子にも |
『ジェイコブと海の怪物』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):海の怪物を倒せば…
とある孤児院。夜、本来は寝なければいけないのに、他の子どもたちにお気に入りの本を読み聞かせているのはメイジーという少女。メイジーはこの本に書かれているハンターが海の怪物を倒した勇猛果敢な歴史が大好きで、いつか自分もハンターになると憧れていました。
そこへ大人がやってきて、怒られます。みんなは言うとおりにベッドに戻ります。
しかし、メイジーはへこたれず、決意していました。まさに今日、この孤児院から家出し、ハンターになるべく港を目指すのです。ひとり華麗に窓から抜け出し、友達の子どもにアシストされて、メイジーは夢への一歩を踏み出します。目的地は森を抜けた先にある海…。
その頃、遠くの海では赤い帆の船「イネピタブル号」がレッドブラスターという大物の怪物を狙うべく追跡していました。向こうの方で赤い尻尾が見えます。
この船を率いるクロウ船長は自分の片目を奪った因縁の相手であるレッドブラスターに執念を燃やしていました。一等航海士のサラ・シャープと、ベテランのハンターであるジェイコブはそんな船長に身を捧げ、危険な海でも繰り出します。
けれどももうすぐというところで後方で別の船が別の怪物に襲われているのを確認。クロウ船長は助けないと一時は判断しますが、ジェイコブたちに説得されて進路を変更。海では助け合うのが掟なのです。
その緑の怪物に襲われている船を助けるべく、囮になるクロウ船長一同。船長は的確に指示を出し、迎え撃ちます。ジェイコブは戦闘の最中、海に落ちてしまい、丸呑みにされそうになるも必死に逃げます。そこへ船長の果敢なひと刺しで沈黙する怪物。船長は怪物の角を切り取り、海上へ戻ろうとするも、触手で海の底に引きずり込まれ…。
目覚めると甲板でした。なんとか倒したものの、船はボロボロ。修理が必要です。町に戻ることにします。
重苦しい空気が船員に漂う中、ジェイコブが鼓舞します。戦ってきた歴史があるからこそ、勇敢でいられるのです。
ジェイコブは船長に呼ばれ、死について思い悩む船長の話を聞かされます。あのレッドブラスターを倒したらそれを最後の功績にするつもりらしく、「次はお前の番だ」と託されます。ジェイコブは子どものときに船長に助けてもらっており、その瞬間から忠誠を誓っていました。
クロウ船長の船は港町に帰還。町はヒーローの到着にお祭り騒ぎです。そしてメイジーもそこにいました。
メイジーはジェイコブに話しかけ、自分の両親はモナーク号に乗っていたハンターの家系であり、あなたの仲間になりたいと懇願。でも「子どもは船に乗せられない」とあっさり断られ、馬車に乗せて追い返されます。
クロウ船長たちは国王への謁見に行きます。資金援助をしているのは王族なのです。ところが新しい軍艦が完成しており、もうハンターはいらないと言われてしまいます。船長は口答えしたので牢屋に入れろと命令が飛び、なんとかジェイコブがその場をなだめます。レッドブラスターを倒したらハンターを存続させるという約束をとりつけ、船は再度出発。
「赤い悪魔を倒すぞ」と張り切る中、甲板でメイジーが酒樽の中に隠れて侵入したことが発覚。しょうがないので連れて行くことにします。
そうこうしているうちに、あの標的である赤い怪物が目の前に出現し、海上は大混乱に陥り…。
『ヒックとドラゴン』との違い
自然に暮らす強力な動物を怪物として狩る人間たちと、その人間の中で怪物は実はそんなに危険でもなく友好的な関係を築けることを知った者が現れ、長年の対立を乗り越えて、平和な関係性を新たに作ろうと奮闘する。そんな人と怪物の交流譚と言えば、アニメーション映画だと『ヒックとドラゴン』を思い出します。
この『ジェイコブと海の怪物』も物語構図は『ヒックとドラゴン』とほぼ同一です。
いくつかの違いもあります。
例えば、『ヒックとドラゴン』はバイキングが題材で、海のバイキングと空のドラゴンの「海vs空」の対峙となっているのですが、『ジェイコブと海の怪物』はわかりやすいくらいに“ハーマン・メルヴィル”の長編小説「白鯨」が土台になっています。クロウ船長はまさに「モビィ・ディック」に執着する船長のエイハブと同じ。レッドブラスターのあの神々しいほどの巨大な身体は映像映えします。まあ、クロウ船長はあのレッドブラスター相手に片目の負傷で済んでいるのが凄いですけど…。そこはレッドブラスターの怪我の程度も含めて、子ども向けの作品としてそんなに残酷ではないレベルに抑えていますね。
また、『ジェイコブと海の怪物』には人種や民族的な要素が薄いというか、登場しているキャラクターがそもそも多彩で、ハンター船にせよ、王族の兵士たちにせよ、とてもダイバーシティに富んだ顔触れになっています。とくに白人のジェイコブの道標となるパートナーがダークスキンの黒人の女の子というのも印象深いところ。サラ・シャープ一等航海士も黒人ですし、普通に憧れの存在になっています。
あくまでファンタジーなので気にしなくてもいいのですけど、仮に本作の舞台が1700年代だとすると、奴隷貿易が盛んになっている時期なのですが、そのへんは本筋のテーマと逸れるのであまり考慮しないことにしてるのでしょうね。とはいっても後述するテーマとは無関係ではなく、微妙に匂わせている感じもあるのですが…。
ノー・モア・モンスターハンター!
『ジェイコブと海の怪物』は後半になるにつれ、その物語の主題は歴史問題になっていきます。つまり、人類は自分たちが怪物を加害していた歴史をすり替えて、怪物が人間を加害していたことにし、偽りの歴史を本に記していたということ。
こういう加害の歴史と向き合いたくない人は残念ながら今やあちこちにいますし、日本でもそうです。そんな人たちはそういう加害への向き合いを「自虐史観」と呼んだりして冷笑します。しかし、実体は加害の歴史を無かったことにするという歴史修正主義へと繋がっているので、状況は深刻です。
このような加害の過去をうやむやにする行為は人間同士の歴史だけでなく、人と野生動物の歴史をめぐる中でも頻発しています。それこそ前述したステラーカイギュウの件もそうですし、捕鯨も開発もペッドビジネスも全部同類です。いとも簡単に正当化されて美辞麗句でもっともらしく飾り立てられがち。
『ジェイコブと海の怪物』は自然環境問題を主軸にしつつ、そんな現在も起きている人間の加害自覚への逃避を手厳しく批判する、教育的なメッセージを内包しています。最終的には王族への批判を描き、しっかり権力構造の問題も映し出していました。
そうした真面目なテーマ性と隣り合わせでコミカルな描写も散りばめられ、上手くバランスをとっているのも本作の良さでした。
中盤の謎の怪物島も面白いです。よくわからない動きを見せるちっこいブルーとかずっと見ていたいですし…。巨大甲殻類との怪獣バトルもあるし…。サービス満点。
レッドブラスターと交流を深めていく展開も丁寧で良かったです。メイジーが進路をその身で示すシーンの気持ちよさも映画的な解放感でしたし、魚獲りのシーンもダイナミックですし、“クリス・ウィリアムズ”監督はやはり熟練しているだけあって、アニメーション映画のビジュアルを引き立たせるテクニックがちゃんとわかっているな、と。でも鼻の穴から景色が見えるのは変だけどね…。
ロープをキーアイテムにしているのも一貫していて演出としてナイスでもありました。最初にメイジーが船で切るロープ。メイジーとジェイコブを繋げるロープ、その駆け引き。そこから城前でのレッドブラスターを解き放つために切るロープ。束縛ではなく、友好のためにロープを使おうという視覚的なストーリーテリングですね。
『ジェイコブと海の怪物』を観た子どもたちには自分の世界の加害者としての歴史と向き合う勇気を持ってほしいです。そのためには大人が手本を見せて、自分の意地っぱりを真っ二つにしないと…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 91%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ジェイコブと海の怪物』の感想でした。
The Sea Beast (2022) [Japanese Review] 『ジェイコブと海の怪物』考察・評価レビュー