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ドラマ『Y:ザ・ラストマン』感想(ネタバレ)…性別と社会の因果をSFの技巧で顕在化させる

Y:ザ・ラストマン

性別と社会の因果をSFの技巧で顕在化させる…「Disney+」ドラマシリーズ『Y:ザ・ラストマン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Y: The Last Man
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2021年にDisney+で配信(日本)
原案:イライザ・クラーク
LGBTQ差別描写

Y:ザ・ラストマン

わい ざらすとまん
Y:ザ・ラストマン

『Y:ザ・ラストマン』あらすじ

ある日、世界は一変する。地球上のY染色体を持つ生き物は突如として死滅してしまった。人間社会もシスジェンダーの男性を一挙に失い、大混乱に陥る。男性閣僚が死亡したことで、その場にいた女性たちでなんとか臨時政府を急ごしらえで築く。一方で庶民は不安と恐怖に駆られて、しだいに制御不能になり、殺戮さえも起きる。そんな中、たったひとりだけシスジェンダーの男性と雄の猿が生存していることが判明し…。

『Y:ザ・ラストマン』感想(ネタバレなし)

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社会と性別は切っても切り離せない

ジェンダーの話題を見かけるとよく「生物学的性別」という用語が日本語でも登場します。ジェンダーと対になるような存在として生物学的性別が挙げられることも多いです。

しかし、この生物学的性別が一般の人々の間で学術的に正確に理解されていることはほぼないです。多くの人は生物学的性別を「生まれた時に判定される性別」のことだと勘違いしていますが、この出生時に決められる性別は生理学的特徴(主に外性器)でその場の医者が判断するもので、生物学的な見識に基づく性別ではありません。にもかかわらず「生物学的性別=出生時に判定される性別」という認識が漠然と社会に浸透してしまっていることもあり、私たちが物心つく前から与えられる性別こそが生物的な本質であると過大評価され、時にはジェンダーを過小に扱う口実になったりしています。

本来の意味で生物学的性別とは何か。それはいろいろな切り口がありますが、真っ先に説明にだされるのは「性決定」、つまり「染色体」です。学校で習ったと思いますが、染色体とは遺伝情報の発現と伝達を担う生体物質のことで、よく知られている「DNA」がそこにあります。その染色体の中でも性の決定に関わるのが「性染色体」です。学校では「女性では2本のX染色体、男性ではX染色体とY染色体1本ずつになっている」と習うはず。

ところが実際はそんな単純ではありません。そもそも全ての生物がXY型の染色体構成を有するわけではなく、よく一般に知られる「男はXYで、女はXXで~」というのはあくまで大部分の哺乳類と一部の他の生物だけ。大多数のそれ以外の生物はXO型やらZW型やらはたまた環境性決定だったり、いろいろなのです。そしてヒトの話であってもY染色体があるからといって男性と一般に割り当てられるような生理学的器官が典型的に発達するかというと必ずしもそうでもなくて…

長々と書いてしまいましたけど、要するに言いたいのは「生物学的性別は男と女、雄と雌に分けるもの」と簡単に言えるような話ではないということ。生物の性のメカニズムって複雑で不思議なんです。

誰にも見えないところで作用する生物学的性別、出生時に医者が決める性別、自分が自認するもしくは社会が押し付けるジェンダー…私たちの社会と性別の因果関係は何ともややこしい。

そんな社会と性別をテーマに、そのややこしさをSFの技巧で顕在化させるかなり異色のドラマシリーズが2021年にスタートしました。

それが本作『Y:ザ・ラストマン』です。

本作は“ピア・ゲラ”“ブライアン・K・ヴォーン”が2002年から2008年にかけて手がけたコミック「Y:THE LAST MAN」を原作しています。

物語は、ある謎の現象によって地球上のY染色体を持つ生き物が突如として死滅してしまった世界が舞台です。つまり、男性の人間は絶滅して女性だけになったということ。その世界を描くポストアポカリプスなSFです。そしてその世界でたったひとりなぜか生存している男性を主人公にしています。

でもこの設定を聞いて、一定のリテラシーがある人はこう思ったはず。「あれ? じゃあ、トランスジェンダーやインターセックスは?」…と。

そのとおり。例えば、Y染色体を持っていないトランス男性もいるから生存するんじゃないかとか、染色体などが典型的とならないインターセックスの人はどうなっているんだとか、疑問点がぽんぽん浮かんできます。実のところ、原作コミックはそこの考証が甘く、確かに世界観設定上の欠点でした。

しかし、この2021年にドラマシリーズ化した『Y:ザ・ラストマン』ではその原作の弱点を作り手はハッキリ意識し、作品自体を大幅にリニューアルしてきました。ちゃんとトランスジェンダーのキャラクターがメインで登場しますし、インターセックスにも言及されます。

この製作陣の性別やジェンダーに対する現代の論点への誠実な対応もあって、単にインクルージョンされたというだけでなく、作品そのもののSFの厚みが増し、面白さが格段に上がりました。個人的な評価を言うなら、フェミニズムSFドラマの代表格が『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』だったと思うのですけど、その『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』でもカバーしきれなかった部分をこの『Y:ザ・ラストマン』はしっかりフォローしてきたなと思います。まさしく2021年らしいフェミニズムSFドラマです。性別と社会が否応なしに関係していることをここまで痛烈に突きつける、これぞSFの醍醐味でしょう。

『Y:ザ・ラストマン』は「FX」の製作なのですが、会社としてはディズニー傘下なので日本では「Disney+」で「STARオリジナル」として配信されています。私としては「Disney+」で配信されている作品の中では2021年時点で最も攻めたLGBTQ描写だと思うくらいです(ちなみにトランスジェンダーだけでなく、レズビアンなども登場します)。

ただ、逆に心配になってくるのは、この『Y:ザ・ラストマン』、上記で簡単に解説した生物学的性別とか、ジェンダーで言えばトランスジェンダーとか、またはインターセックスとか、そういう諸々の知識がない人が見たら、かなり理解が追いつかない作品なんじゃないかと…。配信サービスの作品ページのあらすじで「シスジェンダー」って言葉が何の説明も無しに普通に使われているの、私も初めて見た気がする…。まあ、SFなんて難解さを気にしたらダメですけど…。どうしても知識が心配という人は同じく「Disney+」で配信されているドキュメンタリー『ジェンダー革命』を観ておくといいですよ。

ということで、SFが好きだという人、フェミニズムやジェンダー学に関心がある人、社会と性別の関係性を考察する刺激が欲しい人…そんな人たちにこの『Y:ザ・ラストマン』はオススメです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:題材に関心がある人は
友人 4.0:SF好き同士で
恋人 3.5:ロマンス要素あり
キッズ 3.5:やや暴力描写あり
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『Y:ザ・ラストマン』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『Y:ザ・ラストマン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):男性が滅んだ?

死に満ち溢れた世界。車は道路に大量に放置され、建物内はモノで散乱し、あちこちで人や動物が死んでいます。その荒れ果てた都市で、ガスマスクをつけた人間の男性1匹の猿に親しく話しかけながら探索をしていました。猿(オマキザル)の名前はアンプ(アンパサンド)。

なぜこうなったのか。始まりは突然でした。

脱出マジシャン(エスケープ・アーティスト)のヨリックは家賃は払えず、しょうがないので姉のヒーローにお金を借りに行きます。ヒーローは救急救命士をしており、今は講義を受講している最中。友人のサムが欠席になると忠告してくれます。ヨリックとヒーローはそこまで関係が劣悪というわけではありませんでしたが、やや複雑な家庭事情でした。その理由は母です。

2人の母、ジェニファー・ブラウンはワシントンで会見をしています。彼女は民主党の下院議員であり、秘書のクリスティーン・フローレスの補佐も受けながら、激務をこなしています。とくに米下院情報問題常設特別調査委員会を務める者としてネットの憎悪扇動の規制に取り組み、それに反対する共和党のテッド・キャンベル大統領を厳しく非難します。

一方、オクラホマ州のスカイアトゥックでは、アシュリーと呼ばれる女性が爆弾を爆発させ、テロ組織を自爆に見せかけて殺します。現場から立ち去る途中、血を吐いたように死んでいる雄鹿を見かけつつ、車に乗り込みます。そこで次の任務、サラ・バーギンとして大統領のそばにいるように言い渡されます。彼女は大統領直轄で諜報活動を行う秘密部隊「カルパー・リング」の若いエージェントでした。

また別の場所。大統領の報道顧問であるノラ・ブレイディは呑気な大統領に内心でいらつきながらも、大統領に関する批判をどう交わすかを毎日考える忙しさ。

その大統領の娘であるキンバリー(キム)はキャンセルカルチャーを批判する講演会で熱弁。子育てに興味なしの夫を尻目に、キンバリーは偉大な父のために腐心。その最中、キンバリーの子どもは死んだネズミを見つけますが…。

夜のパーティー。ジェニファーは大統領に呼ばれ、対立姿勢に嫌味を言われます。歩み寄ろうという大統領は持ちかけますが、「あなたの政権には加わりたくない」とジェニファーは拒否。その会場の外でクリスティーンは大量のネズミに遭遇します。

その頃、ヨリックはガールフレンドのベスと食事し、指輪でプロポーズしますが、反応は冷たく、ベスは帰ってしまいました。

ヒーローは救急車でマイクという男性とイチャついていましたが、その男に妻も子もいて関係は健在と知って怒り、乱闘になります。そしてうっかり男の首を怪我させ、出血死してしまい…

翌日。サラ・バーギンという名のシークレットサービスとしてペンタゴンの政府中枢に入ったあのエージェント355。政府の参謀室では騒がしいことになっていました。イスラエルで何か起きたらしいと…。するとジェニファーの目の前で大統領が血を吹いて倒れます。その場の他の人も…。なぜか男性ばかりです。

また、ヒーローも街中で男性が次々と倒れていくのを目撃し、ノラも夫と息子が家で無残な姿になっている光景に愕然。

ペンタゴンの政府内で生存しているのは女性ばかり。ジェニファーは情報収集を急ぎます。副大統領を乗せた飛行機は墜落したらしい…他の場所でも男性が死んでいる…テロか、感染症か、一体何が…。

その頃、ヨリックはソファでうたた寝しており、起きあがります。電話はつながらず、ふと窓の外を見て茫然とし…。

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シーズン1:社会の脆弱性が露わに

『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』ではサノスの指パッチンで全宇宙の生命が半分になるという異常事態が発生し、地球の人間の数も半分になります。あれはランダムで起きるもので、消失する個体に選択性はありませんでした。

『Y:ザ・ラストマン』ではそうはいきません。Y染色体を持つ人間、その大部分はシスジェンダーの男性…が死滅したのです。この死の現象時には大事故も続発し、その巻き添えで大勢の女性も死亡していますが、とにかく主要な男性は命を落としました。

つまり、男性(後述するようにこれには注意書きがいるけど)が滅んだ世界がこの『Y:ザ・ラストマン』ではリアルに表現されていきます。その結果、社会における男女の役割の不均衡が浮かび上がってきます。

例えば、電力や運送などで働いている労働者は男性に偏っていたので、インフラは機能不全に。もともと女性は昇進できず、リーダーにもなれていなかったので、立ち行かなくなる組織も続発。軍隊だって男性主体なので兵の規模は大幅に減少し、暴動を抑えられません。

とくに本作で描かれる政治の現場。多数派の男性が死体になり、残った女性でなんとか臨時の政府を始動させようとするも四苦八苦。ここで事故から奇跡的に生存した退役軍人長官のレジーナ・オリバーが大統領継承者としてジェニファー大統領との政権争いに火花を散らすのですが、基本的に退役軍人長官という役職は大統領継承順位は16番目くらいなので通常は想定されない。それくらい政治の重要ポストに女性がいないということでもありますね。

男女が平等であればここまでのパニックにはならなかったはず(それでも未曽有の酷いことにはなるけど)。女性差別の放置、多様性の欠如は、社会の脆弱性に直結するということをまざまざと思い知らされるのでした。

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シーズン1:性的少数者にとってもディストピア

『Y:ザ・ラストマン』は男性が滅んだと言いますが、現実はもっと複雑。前述したようにトランスジェンダーの存在がいるからです。

本作では生存したトランス男性たちの苦悩が切実に描かれます。それまでトランスジェンダーだと知られずに生活して溶け込めていた人もいたであろうに、あのY染色体壊滅事件のせいで、半ば強制的にアウティングとなってしまったようなもの。以降の世界ではこれまで以上に奇異の目で見られることに。作中でもサム(演じている“エリオット・フレッチャー”もトランス当事者です)が、本当に息苦しそうにして生きています。

これは単にトランスジェンダーだと知られたことの辛さというだけでなく、自分のジェンダー以上に“Y染色体を持っている”という生物学的性別が強調されることになってしまった(「結局は女だから生きられたんでしょ?」という視線を内包する)世界での自己否定の圧力が恐ろしいわけで…。

トランスジェンダーの人は普段からこういう視線にさらされているのですけど、『Y:ザ・ラストマン』はその当事者にしか見えない圧力を、マジョリティにもわかるほどに濃く可視化してみせていますね。

また、インターセックスについても遺伝学者のアリソン・マン博士が第5話で言及します。男女の区別は単純なものじゃないと語る博士が、アンドロゲン不応症候群(内性器は男性だけど外性器は女性のような特徴を有することがある)を説明し、「あの日はY染色体を自覚してない女性も死んだ」と悲しそうに説く。社会から認知されないインターセックスの苦しみを代弁するような言葉です。「男性を取り戻せばいい」と無知な人は言うけれど、性別はバイナリーではなく複雑だという事実はそう簡単に復元できません。

そんな世界で立場の逆転が起きているのも印象的。例えば、シスジェンダー男性のヨリックがトランスジェンダー男性のフリをしたり、異性愛者は恋愛の自由を奪われたけど同性愛者は変わらず享受できるとか(マン博士はレズビアン)。

でもこの世界は性的少数者には以前以上にディストピアになっている。それはこの社会がもともと抱えていた歪みがより深刻になったからなんですね。

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シーズン1:性差別はなくならない

『Y:ザ・ラストマン』のあの現象。では性差別がなくなって女性だけの楽園でもできるのか。そんなわけもなく…。本作で突きつけられるのは、性差別は性別ではなくジェンダーが生み出すものだということ。

印象的なのはスーパーマーケットで独自のコミュニティを築くロクサナというキャラクター。彼女は元刑事と豪語していましたが実はただの店員。自分の素性を騙し、巧妙にリーダー像を偽装して、女性たちを従えたのでした。そのカモにした相手がDV被害者の女性たちであり、ロクサナ自身は男性嫌悪を煽りつつもコントロールの仕方が男性的家父長制で、女性だけのコミュニティでもやはり男女のジェンダーの力学が支配と従属の関係を作ってしまうことがよくわかります。

また、ペンタゴンで息巻くキンバリーはちょっと違った家父長制支持者で、男性依存的です。男性がいないと社会は成り立たないと純真に信じており、もともとプロライフでしたがこういう状況でさらに生殖への神秘主義的な信仰が増していき、妊娠したクリスティーンに過保護になっていきます。こういう女性は男性主体の政治に参画しやすいというのは確かに納得ですよね。

さらに、ジェニファーも実のところ家族規範を重視するタイプであることが察せられます。不倫から抜け出せない娘のヒーローを見捨てるわりには、息子のヨリックには献身的になりすぎる。その保守的な家族観がジェニファーの政治的失墜につながるのですが…。

本作で最もフェミニスト的に躍進するのはノラです。ずっと大統領のもとで男性特権を支え、今度はロクサナという男性的特権を手にした女性を支え、それに心底嫌気が差したノラはついに銃を放ち、アマゾネスを率いる。そんな手本を見つめる娘マッケンジーの視線も良かったです。

同じ女性であっても、特権を最初から持っている人、特権を手に入れようと足掻く人、平穏が欲しいだけの人、理不尽な現状に立ち上がる人、蚊帳の外になってしまって諦めている人…いろいろな人物がいるものです。

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シーズン1:新世界での男性の居場所は

で、忘れそうになりますが『Y:ザ・ラストマン』の主人公のヨリック。

彼は終始気弱で優柔不断でいかにもダメそうな男なのですが、そんな男性がこの新世界でどうやって居場所を手にするのか。あの事件が起こる前は彼は恋人のベスと結婚するという規範的な家族コミュニティの中で居場所を落ち着こうとしていたわけです。でもそうはいかない。

この新しい混沌の世界でどんなにボヤいても意味はない。姉のヒーローとの決別、そして母を失った(と本人は勘違いしている)という経験が、ヨリックを追い込んで決断させます。彼の苦悩する姿は、“男らしさ”に依存しない生き方があるのかを模索する現代の男性像に通じるものがあると思います。

と、こんな気になるラストを迎えた『Y:ザ・ラストマン』のシーズン1。でも残念ながらシーズン2の予定は無し。いや…こういう攻めまくっている作品こそ応援していきたいのですけどね…。

『Y:ザ・ラストマン』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 75% Audience 62%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Disney Yザラストマン

以上、『Y:ザ・ラストマン』の感想でした。

Y: The Last Man (2021) [Japanese Review] 『Y:ザ・ラストマン』考察・評価レビュー