黄金の心を持ったギャル…アニメシリーズ『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:大庭秀昭
性暴力描写 性描写 恋愛描写
けいけんずみなきみとけいけんぜろなおれがおつきあいするはなし
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』物語 簡単紹介
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』感想(ネタバレなし)
黄金の心を持ったギャル?
作品などにおいて定番の型として文化的に多用される何かしらのキャラクターを「ストックキャラクター」と言いますが、そのひとつに「黄金の心を持った娼婦(Hooker with a heart of gold)」というのがあります。
「黄金の心を持った娼婦」というのは簡単に言ってしまうと、セックスワーカーだけど慈悲深かったり美徳を持っていたりと良心的な人物のことです。これは世間的にセックスワークをネガティブに捉える規範があり、その裏返しとして設計されたキャラクターなのですが、使われ方としてはあからさまに男性の性的幻想を体現した都合のいい女性となっていることが多いです。
この「黄金の心を持った娼婦」はローマやギリシャの古典から登場し、今でもハリウッドなどいくらでも見られます。
そんな中、日本のアニメや漫画などサブカルチャー作品にはこの「黄金の心を持った娼婦」と極めて近似した性質のストックキャラクターがあって、私はとりあえず「黄金の心を持ったギャル」と呼んでいます。
まず「ギャル」というキャラクターの概念から説明しないといけませんが、だいたいこれはわかると思います。「ギャル」自体がもはや日本独自のストックキャラクター化しているところがありますから。
アニメや漫画などにおける「ギャル」は、金髪・日焼け肌・その他の軽いファッションなどの外見で描かれることが多く、年齢は中学や高校生から上でも大学生程度の女子。独特な流行り言葉などの文化を持つあたりも強調されやすいです。
そしてここが大事ですが「ギャル」は性と絡めても描かれ、恋愛や性的関係に軽々しく積極的、もしくは経験豊富な存在(そう見えるだけで実際はそうじゃないこともある)として属性化されがちです。
「黄金の心を持ったギャル」はこの典型的な「ギャル」が、いわゆる「陰キャ・オタク男子」に寄り添ってくれる、もしくは交際してくれる存在となっているタイプのものです。その場合、ギャルはその男子だけが理解できる可愛さをみせてくれます。
つまり、「黄金の心を持ったギャル」とは、オタク・カルチャーにおけるオタク男性にとっての性的幻想を体現したとても都合のいい女性キャラクターなわけです。
こういう「黄金の心を持ったギャル」がでてくるアニメや漫画はいっぱいあって、サイドキャラで登場するだけでなく、メインヒロインとして主人公男子とロマンスを繰り広げるギャルもいます。最近だと『その着せ替え人形は恋をする』などです。
これでもまだ説明不足なので、さらに語っていくために、今回はこのアニメシリーズを材料にしていきましょう。それが本作『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』です。
本作はタイトルがそのまま内容を表しているのでわかりやすいです。性行為の経験がない男子高校生が、性行為の経験が豊富なギャルの女子高校生と交際する…というのが基本のストーリー。
原作は“長岡マキ子”による2020年のライトノベルで、2022年に漫画化、2023年にアニメ化となりました。
本作のヒロインであるギャルは「黄金の心を持ったギャル」を体現しています。それだけでなく、そのストックキャラクターが誰にとってどんな効果を与えるのか、ジェンダー規範とどう関係があるのか、結構いろいろな角度から深掘りできるので、後半の感想はそこを整理しようかなと思います。
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :興味あれば |
友人 | :関心あるもの同士で |
恋人 | :異性愛オンリー |
キッズ | :性的な話題あり |
セクシュアライゼーション:ややあり |
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):したいの?
高校2年生の加島龍斗は自分を「量産型陰キャ男子」と自称していました。生まれて16年彼女ナシ、友人も少ない…。そんな加島にとって「学年一の美少女」とされる同級生の白河月愛は住む世界が違う存在でした。近づけもしないので、憧れは胸に秘めておくしかありません。
白河月愛は2~3カ月サイクルでカレシが変わるという噂がありましたが…。
そんなことをぼ~っと考えていると、「ねぇ、ちょっとシャーペン貸してくれない?」と急に白河月愛に話しかけられ、慌てながらペンを差し出します。彼女の胸元に目がいくのを振り切りつつ、誰とでも分け隔てなく接してくれる白河月愛に感激。「ありがとう」という笑顔に見惚れます。恋に落ちるにはじゅうぶんな事件でした。
いつもの陰キャ仲間のイッチー(伊地知祐輔)とニッシー(仁志名蓮)と屋上で食事していると、もうすぐテストなので「成績が一番良かった奴は一番悪かった奴の言うことを何でも聞く」というゲームをすることになります。
結果、加島の成績は3人の中では上位でした。そして「好きな子に告白しろ」と命令されます。振られてどん底になる姿が見たいというのが友人たちの狙いです。
やむを得ずあの白河月愛に校舎前で会います。
目を合わせられないまま「好きです…」と呟く加島。白河月愛は「ああそういうこと…なんで好きなの?」と淡々と質問。「えっと…可愛いから」「ふ~ん…」
この場から消え去りたい気持ちに耐えていると、「じゃあ付き合おうか!」と夢のような答えが返ってきて、衝撃を受けます。
「私と付き合うの?付き合わないの?」「はい」「じゃあ一緒に帰ろうか」
並んで歩きながら現実を受け止めきれない加島。「なんで俺と付き合ってくれるって…?俺のこと知らないと思うから」と疑問をぶつけると、「じゃあこれから知ればよくない?それにわたしはリュウトのことちょっと好きだよ?」「私のこと、誰でも好きになる人だって思ってる?私にも好みはあるんだからね」「でも人に好きって言われたら嬉しくない? 最初は薄っぺらな好き同士でも、いつかは本物の好きになるかもしれないから」「今まで本物の好きになるほど付き合えたことがないんだけどさ」と白河月愛はいろいろと意見を語ります。
家まで送ってほしいと言われ、しかも家の中にまで招かれることに。
私物でいっぱいの女子らしい部屋にドキドキしていると、そんな加島の様子をみて何かを察した白河は「ああ、そういうこと? いいよ、シャワー浴びてくる? いらない派?」と口にしながら胸元のボタンを外し始めます。
「ちょっと待って! 何してるんです…?」「何ってエッチじゃないの?」
どうやら白河月愛は「男子ってカノジョと2人きりになったらそういうことを考えるものじゃないの?」と考えているようで、それに対して加島は「ちゃんとしたタイミングでしたいっていうか」とおどおど返します。
「私がしたいかなんて考えたことがなかったな。義務っていうか付き合ったらするもんだと思ってたし、彼女がやらせてあげなかったら他の子にいってしまうかもしれないじゃん?」
「今日はしないの?」と聞かれ、正直、性的関係を持ちたいと思っていましたが、「今日はしないでおこう」と加島は宣言。
その別れ際、「リュウトみたいなカレシ、初めてかも」「じゃあエッチしたくなったらリュウトに言えばいいってことだね。そのときは本物の好きってことに」と白河月愛は優しい態度で告げます。
この関係はどう発展するのか…。
ギャルの傍に立つ聖人的な童貞
ここから『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』のネタバレありの感想本文です。
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』は、主人公とヒロインの設定からして「こんなの童貞のためのポルノだ」と安易に切り捨てられるのも無理はない、あまりにベタすぎる構図です。紛れもなく白河月愛は性的幻想を究極に体現していますから。
ただ、それだけだと感想が終わってしまうので、もう少し踏み込んでみようと思います。
確かにギャルを性的消費対象とするのはポルノではひとつのカテゴリとなっていますが、本作はもうひとつの側面があります。
それを語るうえで「黄金の心を持ったギャル」にはワンセットとなるもう1種類のストックキャラクターがいるという話をしないといけません。
それが本作で言えば加島龍斗が該当するキャラクター…「聖人的な童貞」です。これを「黄金の心を持った童貞」と表現するのは適切なのかはわかりませんが、とにかくこれが欠かせません。
「黄金の心を持ったギャル」を理解してあげる「陰キャ・オタク男子」は往々にして性経験がないという設定になりがちですが、作品内では平均的な性的衝動を描きつつも基本はそのギャルに無害な存在として立っています。
これはなぜかというと「性的関係に恵まれるチャラチャラした男よりも、実は性的関係に恵まれないオレのほうが精神的な意味でちゃんとしているんだぞ」「世間からは理解されない僕ら男性オタクですが、実はこんな世間で嫌われるギャルさえも理解してあげられる心を持っているんですよ」という自負というか自己肯定として機能させられるからです。
要するに「聖人的な童貞」は男性にとっての男性に関する性的幻想です。
無論、実際の童貞がみんなこうではないのは言うまでもないのですけど、「黄金の心を持ったギャル」作品はギャルを消費しながら一部の男性が自己のポジティブ・キャンペーンができるようになっており、その接待込みで「気持ちよくさせる」サブジャンルだと言えます。
性的同意と両想いの違い
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』の第1話のラストでは、白河月愛の性的行為に関する価値観が明らかになります。白河月愛は自分の意思ではなく、男性の期待に答えるために性行為をするものだと思っていました。それに対し、加島龍斗は白河月愛の気持ちを尊重し、白河月愛のほうから「性行為したい」と思うまで、それをしないという態度をとることにします。
この第1話の展開だけ見ると、私は「ああ、これは性的同意を描く作品なんだな」と、結構真面目な作品なんじゃないかと思いました。
ただ、私の結論を言えば、本作は微妙に性的同意のテーマから外れている…気がします。本作は性的同意ではなく「両想い」を達成する物語になっているんですよね。
この性的同意と両想いの違いは非常に重要で、似て非なるものです。両想いだからといって性的同意が成り立つわけではないですし、性的同意が成り立たないからといって両想いではないとは限りません。
双方ともにコミュニケーションが大切ですが、両想いは感情の有無や強さの話なのに対し、性的同意は人権であり、ヘルスケアの話です。
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』は、確かにお互いの感情の揺らめきが描写され、センチメンタルなドラマが展開します。一見すると互いを対等に理解し合うという階段を一歩一歩進んでいる感じに見えますが、大筋としては「善人性をみせる男性にギャルがほぐされていく」という構図がほとんどで、女性主体になることはないです。
これだと白河月愛の言動を見るかぎり「男性側に身を任せたい、尽くしてあげたい」という延長の結果の「性行為したい」であり、「好きでもない男と性行為する」から「好きな男と性行為する」に変化しただけで、主体性という意味ではそんなに劇的に変化してないような…。
黒瀬海愛の「性行為したい」も略奪的なドラマの味付けで、全体的にこの作品の女性キャラは主体的意思よりもストーリー上の役割どおりの行動をとる傾向が濃いです。
良妻賢母や純潔はそんなに大事?
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』が女性の主体性の点でどうしても引っかかる懸念を余計に助長している理由として、各キャラがジェンダー・ロールの規範をなぞっていることが多いというのもあります。
例えば、白河月愛は姿はコテコテのギャルですが、内実は良妻賢母という設定。肉じゃがを作るエピソードを入れたり、将来の夢として夫と子の温かい家庭を思い描くなど、日本の保守的社会における模範性を示します。
そのうえ、性行為を後回しにする物語上の流れから(山名笑琉&関家柊吾のエピソードでもそうですが)、「ちゃんと交際をじっくり深めてからセックスしましょう」という、こちらもとても保守的な性規範が浮かび上がってしまっています。
パパ活の件といい、何でもかんでもセックスするのはよくないという貞操美化が薄っすらみえ、一途であることの理想化が前提にある感じです。しかも、作中で「初めてをあげられない」とおいおい泣くシーンまであって、正直ここなんて結構気持ちが悪い純潔信仰だと私は思いましたよ。
対する、男性である加島龍斗は童貞が「男らしさ」を獲得する物語となっており、やっぱりこちらも保守的です。劣等感を抱えるオタク男子がトロフィー的なカノジョを手にして肯定感を得るというのは一番やってはダメな展開だと思うのですが、加えてこうだと…。
本作は性に関してオープンな作品に見えますが、実際はポルノとか自慰とか他の性の描写は綺麗にフィルタリングされており、コントロールされています。それが性をテーマにしているようにタイトルで見せつつ、中身のいまいちな薄さに繋がっているのかな、と。
「陰キャ・オタク男子」が「性経験豊富なギャル」と恋をするプロットは何も日本のオタク・カルチャーの専売特許ではなく、海外でも普通にあります。例を挙げるならドラマ『セックス・エデュケーション』はそのパターンですが、そちらのドラマは女性側の主体性と共に性のテーマを隅々まで拾って描き切っているので味わいが全然違います。
アニメ『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』だと思い切って女性側の視点で物語を再構成するという脚色に挑戦しています。
『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』も何もかも全部悪いわけじゃなく、導入は良いと思いますし、互いに弱さを出し合って気持ちを吐露するとか、要所で好感触な掴みはありました。あとは作り手がどこに主軸を置くかで、この使い古されたストックキャラクターによる物語でも、こちらに全く未知の経験を与えてくれるはずです。
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以上、『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』の感想でした。
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