映画と愛の力を過信しすぎじゃない?とは思うけど…映画『エンパイア・オブ・ライト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年2月23日
監督:サム・メンデス
人種差別描写 性描写 恋愛描写
エンパイア・オブ・ライト
えんぱいあおぶらいと
『エンパイア・オブ・ライト』あらすじ
『エンパイア・オブ・ライト』感想(ネタバレなし)
1980年の不安に包まれるイギリスで…
1980年のイギリスは揺れていました。1979年5月の総選挙でマーガレット・サッチャーは保守党を大勝に導き、本格的に新自由主義的な政策を開始します。
しかし、イギリスの労働社会は混乱を極めました。失業率は悪化し続け、とうとう世界恐慌以降で最悪の数字を記録。真っ先に苦痛を味わったのは鉄鋼業界で、1980年1月にはさっそく全国的なストライキが巻き起こりました。
世論の不満は高まり、イギリスの大衆は不安な時代の到来を実感することに…。
いわゆる「サッチャリズム」と呼ばれたこの政策、そしてそれによる波乱と混迷の時代は、この当時を描く映画の中にも当然のように映し出されることになります。
今回紹介する映画もその時代のど真ん中の作品なので、この背景を頭の片隅に入れておきながら鑑賞すると物語によりグっと入り込めるのではないでしょうか。
それが本作『エンパイア・オブ・ライト』です。
本作は1980年代初頭のイングランドのケント州にあるマーゲイトという街を舞台にしています。港町で「ドリームランド」というエンターテインメント・エリアがあるくらいにかつてはリゾート地として栄えていました。しかし、2000年代初めには衰退し、このドリームランドも閉鎖しています。
『エンパイア・オブ・ライト』はこのマーゲイトにある「Empire Cinema」という架空の映画館で繰り広げられる物語となっています。「Empire Cinema」は本作のオリジナルですが、実際にこの地にあった映画館がモデルです。
主人公は中年の白人女性で、この映画館で働いているのですが、実はメンタルヘルスに問題を抱えています。本作はこの主人公の一種のメンタルケアを軸にしていき、その過程を静かに描いています。
同時に本作はロマンス・ストーリーも柱になっており、主人公が恋していく相手となるのが、この映画館で新しくスタッフとして入ってきた若い黒人男性です。なので本作は異人種間ロマンスものでもあるんですね。
そしてこのお相手となる若い黒人男性にも物語があって、それは当時のイギリスにおける黒人差別的な社会が重く圧し掛かることに…。結構、苛烈な人種差別描写があります。
こんな感じで全体としては映画館という職場をステージにしたロマンスとケアの物語なのですが、先ほどから取り上げているように、本作には1980年代のイギリス社会における波乱と混迷の空気が充満しています。なので「なんか陰気臭いどんよりした映画だな…」と思うかもしれませんが、そういう時代だったんです。
この『エンパイア・オブ・ライト』を監督したのが、『007 スカイフォール』『007 スペクター』と大作を成功させ、2019年には『1917 命をかけた伝令』でも高評価を受けた“サム・メンデス”。今回は“サム・メンデス”初の単独脚本映画となり、かなり本人の作家性も色濃くなっているのだと思います。なんだか以前のキャリアであった舞台劇っぽくなっている感じかな。
『エンパイア・オブ・ライト』でも“サム・メンデス”監督とはおなじみのパートナーにとなった“ロジャー・ディーキンス”による撮影なので、非常に映像が綺麗です。激しい動きのあるシーンは全然ないですし、むしろ地味すぎるくらいの物語ですけど、撮影の良さもあって数倍はリッチに見えてきます。
俳優陣は、『女王陛下のお気に入り』や『ロスト・ドーター』、ドラマ『ザ・クラウン』でも圧倒的な名演を披露してみせた“オリヴィア・コールマン”。そして、『ブルー・ストーリー』や『スモール・アックス』で活躍も目立ってきている“マイケル・ウォード”。
他にも、『スーパーノヴァ』の“コリン・ファース”、『ほの蒼き瞳』の“トビー・ジョーンズ”、『スターリンの葬送狂騒曲』の“トム・ブルック”など。
『エンパイア・オブ・ライト』は傷ついた心の回復の過程が静かに綴られる物語ということで、ひとりでゆっくり味わうのに向いている作品です。そのため、あまり大勢がいる映画館だと邪魔に感じるかもしれないですが、しかし、この映画を映画館で観るというのは物語とシンクロするので格別な体験になるのも間違いないでしょう。
どう見るのかはあなたしだい。お気に入りの映画館で上映しているならそこで観るのがベストじゃないかな。
『エンパイア・オブ・ライト』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :映画ファンの心をくすぐる |
友人 | :俳優や監督ファン同士で |
恋人 | :異性ロマンスあり |
キッズ | :性描写がそれなりに |
『エンパイア・オブ・ライト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):映画館はいつもそこに…
1980年、イギリスのケント州の北海岸にあるマーゲイトという港街には、リゾート地に隣接する映画館がありました。今は静寂です。まだ営業開始前だからです。
ひとりの女性がその建物に入ってきて、温かい電気がつきます。チョコやポップコーンの売店の明かりもフワっと照らしだし、スクリーンもライトが点灯し、座席の足元が照らされます。
その女性、ヒラリー・スモールは事務所で灰皿を片付け、ストーブをつけます。ここ、「エンパイア・シネマ」で勤務マネージャーとして働いているヒラリーにとってはこれはいつもの仕事です。
他のスタッフも続々と出勤してきて、話し込みながら清掃します。
その日の仕事が終わると、夜道を歩き、ひとり帰宅。
翌朝、ヒラリーは戸棚の薬に目をやります。彼女は長らくうつ病に苦しんでおり、かかりつけ医師からリチウムを処方されていました。医師の診察を受けながら、「元気です」と淡々と答え、安定はしていると言われるもヒラリーは浮かない顔。
別の日、職場でスタッフに囲まれながら談笑していると、そこに上司のドナルド・エリスが現れ、みんながそれぞれの仕事に戻っていきます。
実はヒラリーはこのドナルドと不倫関係にあり、事務所で身体を交えていました。
ヒラリーは夜は寝付けず、天井を見つめるだけ。
ある日、映画館に新入社員のスティーヴンがやってきて、ドナルドが紹介します。ヒラリーもそっけなく返事をし、受付の説明をして、そして館内を案内します。
上階の完全に使っておらず埃まみれのスクリーン「3」と「4」を見せてあげます。「別世界みたいだ」と感想を漏らすスティーヴン。彼はふと1羽のハトを見つけ、羽を怪我しているようなので介抱してあげ、ヒラリーにもハトを握らせてくれます。
スティーヴンはすっかり他のスタッフとなじみました。一方のヒラリーはドナルドとの関係を止められず、しかし今日は気分が乗らずに思わず拒絶してしまいます。それでもドナルドはお構いなしに関係を求めてきて、受け止めるしかできません。
今年最後の日、身なりを整えたスティーヴンと屋上でステキな時間を過ごすヒラリー。2人だけでカウントダウンをし、ハッピーニューイヤーを祝って、打ちあがった花火を見上げます。
そのとき、ヒラリーは思わずスティーヴンにキスをし、自分でもやってしまったことに動揺してその場を去ります。
それでも2人は関係を深め、互いを激しく求め合うようになっていきました。
ある日、街でスティーヴンが人種差別的な集団に絡まれているのを目撃。また、映画館を訪れる観客の中にはスティーヴンに露骨に失礼な態度をとる者もいて、スティーヴンは耐えられず、映画館を出て、ヒラリーは追います。
気分転換に2人は旅行することにし、砂浜で他愛もなく過ごし、裸でビーチを疾走するスティーヴンを笑ったりとリフレッシュします。しかし、砂遊びしていると急に荒れ始めるヒラリーにスティーヴンは彼女の奥底に抱えた一面を見ます。
そんな中、ある事件が起き…。
1980年代のイギリスの黒人差別の歴史
『エンパイア・オブ・ライト』は前述したとおり、イギリスが不況によって不安に包まれていた1980年代から始まります。
あの「エンパイア・シネマ」という映画館は、そんな暗い時代から少し逃避できるような「特別な空間」のように描かれており、序盤で寂れたように見える暗い空間がポっと明かりがついていき温かさに満たされていく光景は、言葉にできない不思議な安心感をもたらしてくれます。
1980年代のイギリスは失業が酷かった時代ですが、もうひとつの要素がこの『エンパイア・オブ・ライト』には関わってきます。それが人種差別です。
ただ、本作ではその背景があまり説明はされません。みんな知っているだろうという話なのかもですが、私たち日本人はイギリスの黒人差別の歴史と抵抗の運動についてそんなに理解ある人は多くないでしょう(アメリカの歴史よりも知名度は低いはず)。
イギリスでは1970年代から黒人への差別がじわじわと増していき、この地で暮らす黒人を恐怖させていきました。そしてそれに対抗するための黒人組織が結成されていったのもこの時代です。「Black People Alliance」はその先駆けとなり、他にも「The Organisation of Women of Asian and African Descent」(OWAAD)といった有色人種の女性が連帯して生まれた組織も立ち上がりました。
その抵抗がついに大きな花火となってドカンと炸裂したのが、1980年代初頭です。1980年4月2日にはイギリスのブリストルのセントポールにて、大勢の黒人たちが人種差別に耐えかねて暴動を起こしました。何か発端となる事件があったのかは不明らしいですが、逮捕者130名をだす大騒ぎとなりました。
一方で人種差別する側も過激化していきます。そもそもなぜこの時代に黒人差別が悪化したのかというと、当時は「イギリス国民戦線」という極右政党が支持率を伸ばし、勢力を増していったからです。
『エンパイア・オブ・ライト』の後半ではスキンヘッズのファシスト集団が路上を闊歩し(国民戦線のメンバーというか、あれは典型的なホワイトパワー・スキンヘッドです)、あげくには映画館に乱入して、スティーヴンを暴行していきます。
あのシーンも大袈裟というわけではなく、あの時代に確かにこの国で起きていた光景を映し出したものなんですね。
イギリス国民戦線は80年代からしだいに分裂し始め、活動は衰退していきます。しかし、今なおイギリスでは人種差別が蔓延しているのは承知の事実です。
メンタルヘルスをテーマにするならそれはちょっと…
『エンパイア・オブ・ライト』はそんなイギリスの時代の影を描いており、そこは良かったのですが、個人的に気になる点が2つ。
ひとつは、ヒラリーとの物語の関わり方。狙いとしてはわかります。スティーヴンは黒人差別を受けているのはハッキリ示されるとおり。そしてヒラリーは精神疾患を抱えている中年女性として、やはり彼女もまた別方面での差別を受けてきている。そんなある種の異なるレイヤーに佇むマイノリティの二者が心を通い合わせるということに「美しさ」を見い出す。そういう映画なんだと思います。
とは言え、本作はヒラリーの視点が最終的には前に出るので、スティーヴンはヒラリーをケアする役割を背負っているだけのようにも見えて、ヒラリーは中年の年齢ゆえに余計にスティーヴンとの上下関係が(実際は無いにしても)浮き出ているように思えて、なんだかノイズに感じます。
スティーヴンの視点でもっと物語がグイグイと引っ張られてもよかったですし、なんだったらスティーヴンを完全に主人公にしてもよかったのかもしれない…。
もうひとつは、うつ病というメンタルヘルスに支障をきたしているヒラリーですけど、それに対して、ロマンスがその心に潤いをもたらすような、そんな位置づけはやっぱり恋愛伴侶規範的な印象が拭いきれないですよね。しかも、本作はそこにがっつり性的関係も描いてきてしまっていますからね。
私も自身の境遇(アセクシュアル・アロマンティック)もあるので、うつ病の人は「適切な恋愛感情や性的関係を持てない」みたいなイメージが助長される展開があると、ちょっと素直にその物語に同意できない気分にさせられるし…。
中年女性が若い男性と恋愛していく作品はもっとあるべきだし、それは歓迎するのですが、今回みたいにメンタルヘルスまで題材にしている場合は少しミスマッチだったかも…。
『エンパイア・オブ・ライト』はかなり映画愛を過信している作品でもありましたね。2022年は『バビロン』や『フェイブルマンズ』など、映画愛を単純に肯定するわけでもなく、その暗部を描く作品が多産だったことを踏まえると、この『エンパイア・オブ・ライト』はピュアでした。
こういう物語を作りたくなる気持ちはわかりますけどね。コロナ禍で映画館が苦境に陥った中で、映画館だけが自分の居場所になるということをあらためて痛感した人もいるだろうし、それは私もよく身に染みています。“サム・メンデス”監督としてもこれは今こそ作らないと!という思いに駆られたのかな、と。
それにしても最後に印象的に登場するヒラリーが観る映画として『チャンス』(1979年)をセレクトするとは…。評価の高い映画ですけど、この映画はテレビの影響を描いてもいて、今の映画界との関わりも考えるといろいろ意味深ではあるのか…。
ともあれ『エンパイア・オブ・ライト』を鑑賞した後に、映画館のシアターがフっと明るくなる瞬間は、いつもと違う居心地になったのでは?
あなたの好きな映画館がいつまでもそこにあるといいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 44% Audience 74%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved. エンパイアオブライト
以上、『エンパイア・オブ・ライト』の感想でした。
Empire of Light (2022) [Japanese Review] 『エンパイア・オブ・ライト』考察・評価レビュー