ジョーカー
映画『ジョーカー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Joker
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年10月4日
監督:トッド・フィリップス

ジョーカー

あらすじ

「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として健気に生きるアーサー。しかし、現実はあまりにも厳しく、容赦はなかった。コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく。その悪が生まれたとき、誰かの血が流れることになる…。

『ジョーカー』感想(ネタバレなし)

アメコミ映画の切り札「ジョーカー」

もうすぐ結婚式。愛する妻との真っ当な家庭を育むためにも、これまでのような自由気ままな人生は送れない。でも最後に一発、派手なことをぶちかましたい。そこで友人たちとバチェラー・パーティーを企画し、ラスベガスへ向かう。おカネをあるだけ使って、最高級のスイートルームに宿泊し、今夜は目一杯ハメを外すぞ!と乾杯するオレたち…。

そして翌朝目覚めると…ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞していた


だいたい要約するとこんな感じ。え、何がって? もちろん“トッド・フィリップス”監督『ジョーカー』が第76回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞となる金獅子賞を受賞したという話です。

“トッド・フィリップス”監督といえばハリウッドのコメディ映画界で大活躍していた代表選手みたいな監督です。世間的に一番有名なのは2009年から1作目が公開され、3作目まで続いた『ハングオーバー!』シリーズ。冒頭でもネタにしたとおり、バチェラー・パーティーでハメを外しすぎた男たちの珍道中を超絶不謹慎ギャグ満載でやりたい放題に描くバカコメディ。私は“トッド・フィリップス”監督の笑いのセンスが結構好きで、『ロード・トリップ』や『アダルト♂スクール』、『デュー・デート 〜出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断〜』など他の監督作もおおいに楽しませていただきました。

“トッド・フィリップス”監督作の特徴といえば容赦のない広範囲攻撃であり、それこそ子どもであろうが、動物であろうが、人種であろうが、宗教であろうが、障がい者であろうが、笑いのネタの餌食になります。平等です。だから刺さる人には大爆笑なのですけど、受け付けない人は極寒のドン引きに。まあ、コメディなんて往々にしてそういうものですが。

そんな“トッド・フィリップス”監督は最近ちょっと新境地を開拓し始めて、それが2016年の『ウォー・ドッグス』でした(日本では劇場未公開)。アホすぎるハイテンションは封印して、実話を題材にした戦争ビジネスにのめり込む若者を描いたこちらの映画。“こんなこともやるんだ~”とその時は漠然と思ったものです。


しかし、本題である『ジョーカー』ですよ。“トッド・フィリップス”監督がこの『ジョーカー』を生み出した今ならわかる…あの『ウォー・ドッグス』は準備運動だったんだ、と。よく考えれば『ウォー・ドッグス』の主人公もリアルな社会の不条理の中で必死に自己実現を目指した結果、反社会的な行為に手を染めるという物語でしたからね。『ジョーカー』と一緒です。

ただ、それにしてもまさか『ジョーカー』がここまで空前の話題作になるとは予想もしなかったです。確かに『ブラックパンサー』がアカデミー作品賞にノミネートされ、『アベンジャーズ エンドゲーム』が歴代興収ナンバーワンに輝き、今やアメコミ映画の天下。ここに『ジョーカー』がさらに伝説を作るとは…。アメコミ映画はどこまでいくのだろう…。ただ、本作をアメコミ映画という文脈で見ていいのかという議論もなくはない(それは後半の感想で)。

何も知らない人のために『ジョーカー』について簡単に解説すると、本作はバットマンでおなじみのDC映画のキャラクター「ジョーカー」にスポットをあてた単独映画。これまで『バットマン』(1989年)の“ジャック・ニコルソン”、『ダークナイト』(2008年)の“ヒース・レジャー”、『スーサイド・スクワッド』(2016年)の“ジャレッド・レト”など、数多くの俳優が演じてきましたが、今回は“ホアキン・フェニックス”が演じています。そして既存の現在展開中のDC映画からは完全に独立した映画になっているとのこと。つまり、過去作とか観る必要はゼロです。

正直、“え、またジョーカーを別人でやるの!?”と企画発表時は誰もが思ったものですけど、ここまで成功するとなると何も言えない…。あの『スーサイド・スクワッド』の大コケは必要な失敗だったんじゃないかとさえ思えてくる…。

ともあれこれで“トッド・フィリップス”の名は、ただの低俗コメディ監督とバカにできるものではなくなりました。アカデミー作品賞を受賞した『グリーンブック』のピーター・ファレリー監督といい、コメディ界からの大躍進が最近のハリウッドでは目立ちますね。


アメコミ映画らしい“明るさ”は皆無の作品なので、それを期待すると困惑しかないでしょうが、これを機に新しい映画の奥深さを知っていく人たちが増えるといいなと思います。

オススメ度のチェック
ひとり◎(観ないわけには…)
友人◎(話題作で盛り上がる)
恋人◯(恋愛気分は皆無だが)
キッズ△(子ども向きではない)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ジョーカー』感想(ネタバレあり)

ジョーカー誕生譚

『ジョーカー』は映画冒頭でワーナー・ブラザースの古いロゴ(1972年~1984年の短い期間のみで使われたもので、モスバーガーのロゴを逆さまにしたみたいなやつです)が表示されることからもわかるように、1981年に時期設定されています。舞台はDCではおなじみの架空の街「ゴッサムシティ」です。

アーサー・フレック(40歳らしい)は、介護が必要な母親ペニーと一緒に二人で暮らしており、生活は非常に貧しい状態。彼の職業は大道芸人、具体的にはピエロです。派遣会社から仕事を横流ししてもらうかたちであちこちでピエロ業をしていますが、その儲けは微々たるもの。あげくには仕事中に治安の悪い街ならではの不良少年たちに絡まれ、暴力を振るわれる始末。

そんなとき、同僚のランドルから護身用にと銃をもらい、とりあえず携帯していたものの、小児病棟で子どもたちを相手に愉快にピエロっているとうっかり銃を落とす痛恨のミス。なんとかその場をおどけてカバーしたつもりでいたものの、上司は激怒。クビになります。もともとアーサーは笑いが突発的にこぼれてしまう症状に悩まされており、その奇行のせいで、職場でも変人扱いされていました。

その帰り、ピエロの格好のまま意気消沈して電車に乗っているアーサーの車両内で、とある見知らぬ女性が証券マンらしき金持ち感のある男たち3人に揶揄われているのを目撃。そのまま、アーサー自身も暴行を受けることになり、その場で彼らを拳銃で射殺してしまいます。そのピエロによる殺人事件以降、格差社会への不満を貯め込んだ者たちによる、ピエロのマスクでのデモ活動が活発化。富裕層への攻撃のアイコンとなっていきます。

一方、アーサーは昔からコメディアンになることが夢であり、マレーという有名なエンターテイナーが司会するフランクリン・ショーというTV番組に出演することを夢想していました。そこで思いきってバーへ赴き、懸命に考えたネタ帳をもとに、例の発作で笑いだしながらも、初めてコメディアンとして人前に出てみせます。その達成感を感じつつ、家に帰るとその高揚をぶち壊すような衝撃の事実を知ることになります。母がずっと支持してきた街トップの実業家にして政治にも進出しようとしているトーマス・ウェイン。実はアーサーはそのトーマスと母の間にできた隠し子だったのです。

ショックを隠せないアーサーでしたが、家にピエロ殺人事件の捜査で警察が来たことで動揺したのか、母が脳卒中を起こし、救急車で搬送。さらに、病室のテレビでマレーの番組が流れ、アーサーがバーで行なったあのショーの映像が流されて「ジョーカー」と紹介されているのを目にし、テンションが上がります。しかもその映像が話題を呼び、出演の依頼までやってきて…。

対して、自分の父だとわかったトーマスと対面すると、彼は、アーサーは実子ではなく養子だと告げるのでした。確認のために病院へ行き、診断書を閲覧すると、そこには確かに、ペニーが精神障害を患っていること、アーサーが養子であることを示す書類があり、自分の愛していた母の知らない一面に心がグシャグシャになり…。

喜び、失望、喜び、失望…それをひたすらに繰り返していくアーサー。彼は最後まで笑っていられるのか…。

ジョーカー

全てはジョーク、ほら笑えよ

『ジョーカー』のテーマは「笑い」。作中でもこれでもかと象徴的に登場するものです。

序盤のアーサーは、まさに“笑うに笑えない”という“痛々しさ”が全面に表れています。そんなアーサーを貧困層も富裕層も嘲笑。そして、アーサー自身も表向きは病気ということになっていても、自分の辛さをひたすら笑うことで誤魔化していきます。

コメディアンたるもの、どんな自分の不幸も笑いに変えないといけない。この職業上の過酷な苦しさはおそらく実際の喜劇業界で働く人がみな経験していることであり、それを描いた作品も最近なら『Don't Think Twice 僕たちの成功』や『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』など高評価な映画がいくつかありました。

『ジョーカー』も多少過剰ではありますが、その葛藤は同じです。

しかし、物語はその葛藤にとどまることなく、どんどんフィクション的な虚実が入り乱れる世界へと迷走していきます。とくにアーサーがあの自分が憧れるTV番組に出演する気分に浸るくだりや、ソフィーというシングルマザーの女性と上手く交際できたと思い込むくだりは、まさにマーティン・スコセッシ監督の名作『キング・オブ・コメディ』をそのまま彷彿とさせます。あの番組のマレーを演じるのが『キング・オブ・コメディ』でコメディアンを夢見て番組に出る主人公を演じた“ロバート・デ・ニーロ”だというお遊びも気が利いていますね。

ところがここからさらに物語は予測不可能な展開に転がっていき、これまたマーティン・スコセッシ監督の名作『タクシードライバー』と同様、現社会への反発を引き金とするピカレスクロマン的なバイオレンス映画へと変貌します。

じゃあ『タクシードライバー』と同じなのかと言えば、少なくとも私はそうは思わなくて、何よりもそここそがこの『ジョーカー』の重要点だと思うのですが、『ジョーカー』ではアーサーという不憫なキャラクターに観客を同調させつつ、結局は痛々しい存在としてもずっと突き放しているんですね。ニヒリズムの究極体のようなジョーカーはやっぱり虚しい道化なのだ、と。

それを示すかのごとくアーサーはラストで精神科医の前で「ジョークを思いついた」ことを口にする。本作自体がジョークだったかのように。

また、本作はチャップリンの影響が非常に強く、音楽や絵のタッチがそうですし(音楽を手がけたのは『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』やドラマシリーズ『チェルノブイリ』の“ヒドゥル・グドナドッティル”! “トッド・フィリップス”監督作でおなじみの“ローレンス・シャー”の撮影も本当に素晴らしい)、ティザー動画でもチャップリンの『モダン・タイムス』の「Smile」という曲を使用していました。作中でもアーサーが序盤は追う側で、後半に追われる側になり、エンディングで永遠のドタバタ劇のようにやっぱり追われている。そんな一連の流れからも、“トッド・フィリップス”監督のコメディ愛が伝わり、凄惨な話なのにどこかクスリと笑えるオチになっています。

やっぱり『ジョーカー』はジャンルは「コメディ」なんでしょう。

実在のジョーカーはもっと酷い?

あらゆる点において非常に上質な作りになっている『ジョーカー』ですが、気になる点もないではない。

一番のネックはアメコミ映画としてのバランスです。本作は独立作で、続編もクロスオーバーもないと監督自身も明言しています。ジョーカーの描写もジョーカーのジョーカーによるジョーカーのための映画として極めたぶん、バットマンやハーレイ・クイーンが一切関われないほどに異彩を放つようになりました。私はこの作品の立ち位置は英断だなとすごく評価したい気分です。

でも…。その割にはブルース・ウェイン絡みの話が交差してくるんですね。例によって例のごとく、もう何度見たことかはわからない、あのウェイン夫妻殺害事件がまた映像化されているし…。これは必要だったのか、個人的にも疑問に思うところはある…(それなしでも成り立つ素晴らしいポテンシャルがあるだけに余計に)。なんかワーナーが昔の恋人をいまだに忘れられないみたいだ…。

そして、肝心のジョーカーの描写ですが、『ダークナイト』のとき、狂人という設定ながらも映画が全年齢対象であるゆえに、作中の描写が血生臭くないという、なんか妙に綺麗なジョーカーだったりしたのですが、本作はそれは一切なし。R指定でガッツリ暴力を見せてくれて、『ダークナイト』に不満があった人もガッツポーズじゃないでしょうか。

けども、個人的にはまだ弱いかなと。これ、日本とアメリカのピエロ像の文化的違いも影響してくると思いますが、日本ではどうしてもピエロと聞くとまだ愛嬌あるキャラ感のあるイメージです。でもアメリカではそれと同時にリアルな凶悪の象徴としても重なってきます。実際、「ジョン・ゲイシー」という連続殺人が実在していて、彼はピエロとして日常は過ごしていたのですが、その裏で少年に性的暴行を加えて殺害するなど30名以上を殺す行為に手を染めていました(1970年代の話)。ジョーカーのメイクアップも「ジョン・ゲイシー」のピエロからインスパイアされています。

そういう実在のジョーカーと比較すると、本作のジョーカーはこれでも生温いというか。もちろん子どもをレイプして殺害したらさすがに共感不可能なのでやらないのでしょうけど、若干の“配慮”という名の美化が透けてみえる感じも…。『ハウス・ジャック・ビルト』くらいやってくれると理想なのですけどね。


それに関連してあのピエロ一揆みたいなものも、二極化して描きすぎな側面も否めない。本当はもっと貧困層でもいろいろな考えを持った人がいるだろうに、今作では(物語上仕方がないとはいえ)相当に偏向した悪なのは事実。悪側の多様性を描いた『レゴバットマン ザ・ムービー』と真逆ですね。

そうは言いつつ、現状の最高峰のジョーカーなのは間違いありません。ジョーカーの過去を含む内面に迫ったアメコミとして「バットマン キリング・ジョーク」という作品がありましたが、実質その映画化みたいなもので、これ以上なく挑戦してみせた一作でした。

あと、忘れてはならない、本作をここまで高めたのは“ホアキン・フェニックス”なのは言うまでもなく…。もともととてつもない役者なのは知れ渡っていたことですし、プライベートでも奇抜な言動が目立ち、すでにジョーカーみたいな人でしたが、あの怪演は…。笑いが耳に残りますよね。これは主演男優賞、取らない方がオカシイです…。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 69% Audience 92%
IMDb
9.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

関連作品紹介

“ホアキン・フェニックス”の出演作の中で、感想を書いた記事です。

・『ビューティフル・デイ』

・『ゴールデン・リバー』

作品ポスター・画像 (C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics