ロスト・マネー 偽りの報酬
映画『ロストマネー 偽りの報酬』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Widows
製作国:イギリス・アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にDVDスルー
監督:スティーヴ・マックイーン

ロスト・マネー 偽りの報酬

あらすじ

窃盗団の首領ハリー。ある日、彼はシカゴの犯罪組織のトップで市議会議員候補のジャマールから200万ドルを強奪。だが、逃走中に3人の仲間と共に命を落としてしまう。未亡人となったハリーの妻、ヴェロニカは夫が奪った金を返せとジャマールから脅される。そんな中、彼女はハリーが遺したノートから、彼が計画していた500万ドルの強奪計画を知り、実行しようとする。

ネタバレなし感想

“この邦題どうなんだ”問題、再燃

「クロゴケグモ」という蜘蛛がいるのですが、この蜘蛛は交尾が終わるとメスがオスを喰い殺すことがあり、ゆえに「Black Widow(黒い未亡人)」という英名で呼ばれています。そんなことを聞くと映画ファンだと真っ先にマーベル映画のスカーレット・ヨハンソン演じるあのキャラを思い浮かべるでしょう。

でも今回はそのキャラの話をしたいわけではなく、「Widow」…つまり夫と死別して再婚もせず独身の女性…“未亡人”のことが主題です。それにしても未亡人という言い回しはずいぶん酷いものですね。ジェンダー平等の観点からは絶対にアウトだな…。まあ、公的には「寡婦」という名称があるのでいいのですが。

ともかく今回紹介する映画はその名のとおり、そういう境遇の女性を描いた特異な作品です。

あれ、でもこの記事のタイトルにある『ロスト・マネー 偽りの報酬』という題名からはそんな気配が微塵もないのですけど…と思った人。そうなんです。でました、“この邦題どうなんだ”問題

本作の原題はズバリ「Widows」。夫を亡くした妻たちが主人公なのでまさにぴったりでシンプルなタイトルです。当初は本作は劇場公開を予定しており、その時の邦題は「妻たちの落とし前」でした。これもいろいろ言いたいことがある人もいたかもしれませんが、今となってはマシな方だった…。

ここで配給の20世紀フォックスがネズミ大企業の支配下に入った煽りなのかなんなのかは知りませんが、同じく同企業配給の『ある女流作家の罪と罰』に続いてビデオスルー作品へと降格


この時点だけでいち映画ファンとしてはガッカリですよ。後述するように非常に批評家評価の高い作品でしたから、私も事前に注目していました。

ところがここからさらに追い打ちが。なぜかビデオスルーに合わせて邦題が『ロスト・マネー 偽りの報酬』に変更になったのです。さすがにこれはくまのプーさんぐらいの寛容な人でもハルクになってもおかしくないレベル。

なぜこういう邦題変更をしたのか。邪推すれば、たぶん“リーアム・ニーソン”主演のよくあるアクション映画と同じテイストで売りたかったんじゃないかなと。事実、日本の宣伝は“リーアム・ニーソン”の名前を真っ先に出して「ハードボイルド・クライム・アクション!」と堂々と銘打っていますから。どことなく副題もそういうジャンル映画っぽさがありますし…。

でもこれは真実なのでハッキリ明言しますけど、本作は“リーアム・ニーソン”は出演していますが、メインではありません。何度も言うように女性たちが主役です

そしていわゆるジャンル映画的な作品とはかなり雰囲気が違います。

なぜなら監督があの黒人奴隷の実態を痛烈に活写した『それでも夜は明ける』で知られる“スティーヴ・マックイーン”、脚本が人間の内側の歪みをどす黒く表現した『ゴーン・ガール』の“ギリアン・フリン”だと言えば、わかる人にはわかってくれると思います。

ドンパチしたり、軽快にアクションしたり、そんなエンタメ作品ではなく、もっと社会問題と人間の心に主軸を置いたシリアスさが見どころの映画です。

そして『ロスト・マネー 偽りの報酬』(あんまりこの邦題は使いたくないけど使うしかない)の魅力は何と言っても役者陣のアンサンブルで、とにかく重厚で素晴らしいの一言。“ヴィオラ・デイヴィス”、“ミシェル・ロドリゲス”、“エリザベス・デビッキ”、“シンシア・エリヴォ”といった主役女性陣はもちろん、脇を固める“コリン・ファレル”、“ダニエル・カルーヤ”、そして“リーアム・ニーソン”と男性陣も最高。各映画祭や賞でも俳優部門で高く評価されており、その確かさを裏付けています。

この邦題変更の一件からも、おそらくビデオスルーになった映画のビジネス戦略はとりあえず詐欺っぽいやり方でもいいから“売ったもん勝ち”にシフトするんだなぁとあらためて痛感しました。うん、やっぱり映画はビデオスルーになるべきじゃないですね。宣伝しづらい独特な映画なのはわかりますが…(でもそれを上手く宣伝するのが仕事でしょうに)。

名作を観たい人もしくは俳優ファンであれば、稚拙な邦題に目をつぶってでも観る価値のある映画なのは間違いありません。

オススメ度のチェック
ひとり◎(名作を見逃したくない人に)
友人◯(映画好き同士なら)
恋人△(わかりやすい作品ではない)
キッズ△(大人向けのシリアスさ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

やらされる女たちと、やらかす男たち

『ロスト・マネー 偽りの報酬』は登場人物の多さと人間関係の複雑な絡みあい、回想と心理描写を合わせたような演出など、その独特のアプローチのせいもあって、かなり初見は混乱することの多い映画だと思います。私も最初は人物相関の把握で手一杯でした。ひとつひとつ整理していくとそんなでもないのですが。

主役となるのはヴェロニカというアフリカ系アメリカ人の女と、その夫で白人のハリーという男の夫婦。冒頭、ベッドの中での仲睦まじい夫婦の営みに見えますが、もうこの時点で『ゴーン・ガール』の“ギリアン・フリン”節が全開すぎて不穏さMAX。なんかすでにこの段階でオチが見えなくもないのですが、まあ、いいのです(結末を予測するゲームではないですし)。

シーンがガラッと変わって、緊迫感最高潮な状況。バンで街中を逃走するハリーとその仲間たちはどうやら強盗をしたらしく、警察に追われ、あげく大爆発&大炎上。犯罪に手を染めたハリーら男たちは炎とともにこの世から消えました。このシーンだけ、もろに“リーアム・ニーソン”らしいアクション映画風。意図してそうしているのでしょうけど。

そのベタな男たちのクライム活劇シーンに混ざりこむように、その犯行に関わった男たちの妻のシーンが映し出されていきます。

衣料品店を地道に経営するリンダは、夫のカルロスとは意見が食い違い気味。アリスは夫のフロレクから力による抑圧を受けているのが日常な様子。アマンダの夫のジミーはそそくさと急ぐように外出。

一方でここからさらに登場人物は増え、舞台も変わって、選挙で火花を散らす二人の陣営の物語に。ジャック・マリガンは、長年シカゴの地方議員を務める有力者であるトム・マリガンを父に持ち、次の選挙では絶対に負けられない重圧を抱えていました。父から「黒人に負けるな」とキツイ一言。

そのジャックのライバルとなるのがジャマール・マニング。ジャックの方が世論調査的でも有利ですが、全く退く気はない強気の姿勢を見せるジャマール。実はどうやらこのジャマールの弟ジャテームが一癖も二癖もある問題男らしく、殺しすらも躊躇わない危険な奴。このマニング兄弟はそれぞれ表と裏を担当して自分たちの策略を進めていました。

ここで冒頭のハリーたちが盗んだ金はジャマールの選挙資金のものだと判明。そしてジャマールはヴェロニカのもとを訪れ、自分たちから盗った200万ドルをどうしてくれると高圧的に責め寄ります。何も知らないヴェロニカは困惑するばかりですが、とにかく1か月以内に返せとタイムリミットを宣告。

途方に暮れたヴェロニカは夫が別の強盗計画を企てていたことを示す図面などのアイテムを発見。そこにはスキャンダラスな隠し撮り写真も。今はこれしか手段はない。そう考えたヴェロニカは、夫を亡くしたあの妻たちを集め、自分たちでできるのかもわからない犯罪計画に動き出すのでした。

権力に逆らずやらされる女たちと、権力に溺れてやらかす男たち。思惑が幾重にも交差した先に待つのは…。

女の逆襲という安易なカタルシスはない

『ロスト・マネー 偽りの報酬』の基本的なお話は、女性たちがチームを組んで犯罪計画を実行する…と簡単には説明ができます。そして、これだと『オーシャンズ8』的な雰囲気を連想します。まさにそれを期待した人もいたかもしれません。


でもそういうテイストではありません。それはつまり女性を男性と対等な位置に持ち上げて活躍させるタイプの“ポジティブな”フェミニズム要素を主軸にしていないから。

『ロスト・マネー 偽りの報酬』の場合は、男性社会に蹂躙される女性の冷遇的なポジションはあくまでなんの映画的な下駄を履かせることなくそのままに、なんとか必死に犯罪計画を現状のできる範囲で実行しようとする女性の奮闘を描くものなんですね。だから『オーシャンズ8』みたいな“どうだ男ども!”という威勢は全然ないです。むしろ観ていて心がどんどん痛むような辛さがあるくらい。

それこそ本作の面白さであり、画期的な部分でもあります。

ゆえにそう考えるとあの冒頭のベタなジャンル映画っぽい男たちの強盗シーンも効いてきます。つまり、ああいうタイプの映画では派手な男たちのやりたい放題ばかり目を向けていましたが、でも冷静になって考えてみると、まわりにいる妻とかはどうなんですか…という視点。実際のところ、ただただ迷惑じゃないか、と。ましてやその犯罪中に死なれでもしたら、かなりの面倒が残された者に降ってくるじゃないか、と。こういう一面は、従来ではあえて触れてこなかった…お約束的なタブーだったと思います。

だから“リーアム・ニーソン”の起用も非常に狙っていますね。確かに(映画の中の)“リーアム・ニーソン”を夫に持ったら大変そうだものね…。

男社会に服従していた妻たちが、夫の消失によって、自分で立ち上がって“やらざるを得ない”状況になったとき、どうするか。当然、狼狽えます。ヴェロニカの犯罪計画の提案にも最初は消極的な一同。でも他に選択肢もないので渋々同意。ここで元妻たちがあれやこれやと慣れない中で素人臭く犯罪計画を準備していく姿は再びジャンル映画的ですね。でも『アメリカン・アニマルズ』のアイツらよりは頭を使っていて優秀だった…(ちゃんと盗む紙幣の重さも考慮して逃走計画を立てていたし)。


「女がこんなことやるなんて誰も思わないから、これは武器になる」…この妻たちの最大の有利さであり、切ない皮肉でもあります。

しかし、ここで犯罪計画を成功させて“女の勝利だ、イエーイ!”と女性賛歌を振りかざすウーマン・パワーな映画にはならないのが本作の嫌味といいますか、スッキリしない面白さでもあって。

計画準備途中、ヴェロニカは知ってしまいます。夫であるハリーが生きていることを。そしてその狙いを。それでも走り出してしまった以上、やるしかないヴェロニカ。終盤、金をなんとか盗み出し、ハリーと対峙したヴェロニカは、ここで初めて自分の牙を向けます。夫は妻に牙があるなんて知らなかったのでしょうか…。

ロスト・マネー 偽りの報酬

脇役になりがちな俳優の名演全開

安易なカタルシスを観客に与えない絶妙なストーリーを擁する『ロスト・マネー 偽りの報酬』。その物語を抜群に支える魅力となっているのは先にも書きましたが、役者陣。

ヴェロニカを演じた“ヴィオラ・デイヴィス”ですが、アカデミー助演女優賞を受賞した『フェンス』の名演も記憶に新しいですが、やはり凄い女優でした。内に抱えこんだ感情がワナワナとこぼれ出るエモーショナルな演技、たまらないですね。


リンダを演じた“ミシェル・ロドリゲス”は、『ワイルド・スピード』シリーズなどではどうしても男の“サイド”の役が多く、イマイチ持ち味が発揮されていませんでしたが、今作ではそんな男の影に隠れることなく輝いていたのではないでしょうか。

アリスを演じた“エリザベス・デビッキ”は、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス』や『ジェニーの記憶』など、真意の掴めない女性キャラを演じることが多い気がしますが、『ロスト・マネー 偽りの報酬』でも一番受け身な妻に見えて、逃走用バンを競り落としたり、銃を購入したり、図面の建物を特定するコネを持ってきたり、なんだかんだで最も意外な活躍を見せるのが印象的。最終的なシーンも合わせると、本作はアリスの自立の話が裏の主軸とも言えますね。


運転手兼機動力のある助っ人として計画に参加するベルを演じた“シンシア・エリヴォ”。最近になって映画俳優として活躍を見せるようになりましたが、もともと歌手で、『ホテル・エルロワイヤル』ではその歌を活かした演技も見せていました。でも、『ロスト・マネー 偽りの報酬』では全然違うタイプの役で、多彩な人なんだなとその魅力がさらに深まりました。


男性陣だととくにマニング兄弟を演じた二人、“ブライアン・タイリー・ヘンリー”“ダニエル・カルーヤ”が良かったですね。“ダニエル・カルーヤ”は『ゲット・アウト』で認知した人も多いでしょうが(私もです)、本作では“怖がらせる方”であり、めちゃめちゃ怖い。黒人ステレオタイプ的なギャングみたいなチンピラ感ではなく、ちゃんと権力の使い方をわかっている悪人という感じがゾクゾクします。


客寄せパンダ的な扱いなりがちな“リーアム・ニーソン”は早々に物語上から“亡き者”にして、従来の映画ではサイドやバックに立ちがちな普段は目立たない俳優たちを全面に出した『ロスト・マネー 偽りの報酬』。まさにキャスティング面でも「Widows」といった感じで、最高です。

こういう映画がこれからもバンバン出てくるといいなと思います。もちろん次は日本でも劇場公開してくださいね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 61%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.