韓国のいちばん長い日…映画『ソウルの春』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本公開日:2024年8月23日
監督:キム・ソンス
そうるのはる
『ソウルの春』物語 簡単紹介
『ソウルの春』感想(ネタバレなし)
政治の揺れる韓国社会を突き刺す映画
韓国の政治は2024年は大波乱の幕開けでした。いや、もっと前から波乱は始まっていたのかもしれません。
4月に行われた総選挙にて、リベラルな最大野党「共に民主党」(DPK)が保守系の与党「国民の力」(PPP)に勝利し、多数の議席を獲得(BBC)。”ねじれ”状態となり、3年の任期が残る尹錫烈(ユン・ソンニョル)大統領には厳しい道が続くことになりました。一方の最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)党首はこのまま勢いづき、やがては政権を手にするのか…。
この選挙結果の背景には、女性が占める国会議員はわずか20%で、選出議員の85%以上が50歳以上という古い政治勢力に対する、国民、とくに若い世代の不満があるという指摘もあります。
その最大野党「共に民主党」の李在明代表は2024年1月2日に刃物を持った60代の男に襲われるという事件もありました。
韓国社会は揺れています。変えたい者、変えたくない者、さまざまな思惑がひしめき合って…。
こうした状況は日本もそう変わらないでしょう。ただ、若者の政治に対する温度感は少し違うのかなとも思います。
その日韓の差は映画業界だとかなりハッキリでているようです。
それを証明したのが本作『ソウルの春』。
『ソウルの春』は2023年の韓国における映画興行収入で最大のヒットを叩き出しました。
問題はその内容で、”超”がつくほどの政治劇。史実を基にしており、多少の人物名に変更が加えられ、脚色が入っていますが、フィクションであろうとも明白に実際の事件が土台です。
その事件とは、1979年12月12日に起きた「粛軍クーデター」…別名「12.12軍事反乱」。
簡単に韓国の1960年代から1980年代の歴史をおさらいすると、1961年にクーデターにより政権を奪取して大統領となった朴正煕。彼は独裁者との評価もあるほどですが、長期政権が続いていた1979年10月26日、朴正煕は大統領警護室長の大韓民国中央情報部(KCIA)部長の金載圭によって暗殺される衝撃の事件が発生します。これは『KCIA 南山の部長たち』で映画の題材になってますね。
その朴正煕大統領暗殺事件の後、1カ月ちょっと経って起きるのがこの『ソウルの春』で描かれるクーデターであり、当時、国軍保安司令官だった全斗煥陸軍少将が首謀しました。そして、全斗煥が大統領に就任。
この後に起きる「光州事件」は『タクシー運転手 約束は海を越えて』で描かれ、暗殺未遂は『ハント』で描かれています。
そして『1987、ある闘いの真実』で描かれる民主化へと繋がり…。
韓国は最近も自国の歴史的大事件をしっかり大作映画化してくれるのでいいですね。私は韓国の歴史の大半を映画きっかけで学んでいる…。
とまあこんな感じで、『ソウルの春』は韓国史大事件を描く映画として特大級の一作なわけです。
だから大ヒットするのもわかるのですが、『ソウルの春』は若い観客層を集めたのだとか。韓国の若者は政治を骨太のポリティカル・エンターテインメントで味わおうというハングリー精神が強いんだな…。日本の2023年の実写映画で興行収入1位は『キングダム 運命の炎』(56億円)でしたから(中国史の政治戦争劇なのがこれはこれで面白い現象だけど)、『ソウルの春』で130億円超えは信じられない…。韓国映画界は最近は衰えたというけれども、今また底力をみせているんじゃないかな。それは明らかに韓国国内の政治の世間の関心と連動しています。
『ソウルの春』を監督するのは、こちらも凄まじい権力欲に染まった男とそれを食い止めようとする男の激突を描いてみせた『アシュラ』(2016年)の“キム・ソンス”。久しぶりの監督作ですが、“キム・ソンス”節は相変わらず切れ味抜群です。
主演するのは、『人質 韓国トップスター誘拐事件』『極限境界線 救出までの18日間』の“ファン・ジョンミン”と、『スティール・レイン』『ザ・ガーディアン 守護者』の”チョン・ウソン”。この2人の演技が最高なのは言うまでもないのですけど、やっぱりいいなぁ…。
韓国政治史をよく知らない人でも大丈夫。上記で簡単に説明した韓国の1960年代から1980年代の歴史をざっくり頭に入れておけばいいです。
もちろん“ファン・ジョンミン”と”チョン・ウソン”がぶつかり合う姿を眺めるだけでもいいですから。
『ソウルの春』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :緊迫感で目が離せない |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :悪い大人ばかりです |
『ソウルの春』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1979年10月26日、韓国はかつてない政治的激震に揺れました。数十年もこの国の頂点に立ち続けて権力を振るってきた大統領があろうことか側近に暗殺されたのです。前代未聞の大事件に暗殺発覚から韓国政府中枢は大騒ぎです。
国家安全保障上の極めて危険な状況でもあり、政府は対外的な問題に対処すると同時に、国内も早急に上手くまとめないといけません。
ひとまず今回の大統領暗殺が大韓民国中央情報部(KCIA)によって行われた以上、その組織を信用はできません。そこで国軍保安司令官のチョン・ドゥグァンに暗殺事件の合同捜査本部長を任せます。若い頃からずっと軍隊に属し、以前の大統領を支持しながら、着実にキャリアを歩んでいました。
しかし、そんなチョン・ドゥグァンは単にこの暗殺事件を解決し、韓国を平和にしようと尽くすつもりはありませんでした。合同捜査本部長という立場を利用し、全ての情報を掌握しながら、次は自分が大統領の座につこうと画策し始めたのです。
臨時の大統領代行に就任した者などしょせんは代えのきく器です。チョン・ドゥグァンは自分がそこに座り続けることを狙い、さっそく行動を開始しました。
まず自分ひとりではどうにもできないので、この密かな野望に賛同する者たちを集めないといけません。現状、多くの者たちが長年の権力者の喪失に不安を感じ、動揺しています。その揺らいでいる状況であれば、取り込むできる人間は何人かいます。
手始めに陸軍内の秘密組織「ハナ会(ハナフェ)」の将校たちを招集し、味方に引き入れます。「ハナ会」はチョン・ドゥグァンが実質的リーダーであったこの組織は、陸軍士官学校卒業生のうち主として嶺南出身の将校で結成した軍内私組織でした。もともと要職を共有するなど、軍内部で自分たちだけが利権を貪れるように癒着するためのものになっていました。
この「ハナ会」のメンバーを扇動し、もし自分が大統領になったときは必ず政府中枢の重役を用意すると誓い、政権奪取のクーデターを行うことを宣言します。これは革命なのだと高らかに掲げて…。
第9師団長のノ・テゴンもチョン・ドゥグァンに協力し、一気に準備は整います。
一方、陸軍参謀総長のチョン・サンホはチョン・ドゥグァンの危険な動きを察知していました。そこで軍人として真面目なイ・テシンを首都警備司令官に任命し、良からぬ動きに対する最終防衛を固めます。首都圏防衛責任者はこの他に、キム・ジュニョプ、コン・スヒョクです。
しかし、チョン・ドゥグァンも黙っていません。自分の邪魔をする陸軍参謀総長のチョン・サンホを排除するべく強硬策にでます。
こうして、12月12日、ついにチョン・ドゥグァンの主導するクーデターが決行されました。再び激震に揺れる政府中枢。目まぐるしく変わる事態に翻弄される軍部。誰が味方で誰が敵なのか、自分はどちらにつくのか…情報が乱れ飛び交います。
チョン・ドゥグァンとイ・テシンが対峙するとき、何が起こるのか…。
この現象は最近も見た気がする
ここから『ソウルの春』のネタバレありの感想本文です。
『ソウルの春』を初見時の私の印象としては、『日本のいちばん長い日』を彷彿とさせました。
“岡本喜八”監督によって1967年に映画となった(”原田眞人”監督によって2015年にリメイクもされている)『日本のいちばん長い日』は、太平洋戦争に突き進んで泥沼化していた日本が降伏を決定した1945年8月14日から国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を描いたもので、その間に発生した、通称「宮城事件」と呼ばれているクーデターを主題にしています。このクーデターは一部の陸軍省勤務の将校と近衛師団参謀が中心となって起こしたもので、結果は失敗に終わりましたが、日本の歴史を変えかねない出来事でした。
『ソウルの春』は言わば「韓国のいちばん長い日」なわけですけども、しかし、こちらは本当にクーデターが成功してしまうんですよね…。
史実なので当然にオチはわかっています。”全斗煥”を基にしたキャラクターであるチョン・ドゥグァンたちが事実上の軍部の実権を握り、他はお飾りとなって、最終的には政権さえも手中におさめます。軍事独裁政権の出来上がりです。
ただ、『ソウルの春』は歴史解説のドキュメンタリーではありません。むしろその真逆といってもいい、歴史を大胆に脚色しまくりながらエンタメとして作り込んでいった映画です。
まず、“ファン・ジョンミン”演じるチョン・ドゥグァンが、もう何というか、基になった人物よりも数倍はマシマシで極悪な雰囲気で描かれているのですけども、あまりに“ファン・ジョンミン”がノリノリなので、「ここまでヴィランとして突っ切って描いてくれたらそれはそれで面白い!」とつい思っちゃうくらいには悪の魅力が輝いていました。
ドゥグァンはハッキリ言って無能です。本作では見た目もなんだか小者です。だからこそズル賢い手で権力を手にしようと悪だくみします。口八丁手八丁(根拠とかではなくとにかくデカいことを言い放って場を調子づかせる)でクーデターを成り立たせていく。とても場当たり的なのですが、しかし、なぜだか上手くいっていく…。
その理由として軍内部の権威追従の体質があって、どんなにリーダーっぽくない貧弱な野郎であっても「あいつ、なんか勢いあるな…とりあえずついていこうっと」みたいな感じで従属する男たちがワラワラと出現するんですね。「面白いかも」とか「爽快感あるじゃん?」とか、そんな雑なノリで危険な権力貪欲者に惹かれて支持してしまう現象が…。
このコミュニティの歪んだ体質の描写が本作はめちゃくちゃよく描かれていて、「ひぃ~~~…でもこれある~~~~」ってなります。実際、ついこの間の日本の東京都知事選だって、こんな感じの現象がこれでもかと観測されていましたから…。人間ってこういうものなんでしょう。
社会が変革を迎えるチャンスというのは、良い方向に好転する可能性もあるけど、さらに悪い方向に転落することだってある。
本作はそれこそ「独裁者が消えたと思ったら、もっとヤバい独裁者が現れた」という最悪の中の最悪のルートを見せつける映画です。決してそれはひとつの国の過去の話ではなく、どの国でも、そして今でも起き得ますよという警告を本作は与えてくれます。
真面目さは役に立たないのか
『ソウルの春』にて革命をきどる危険な権力願望者のドゥグァンを食い止めようとするのが、”チョン・ウソン”演じるイ・テシンです。
彼は典型的な生真面目な軍人なのですが、すごく皮肉なことに「真面目さ」というのは政治において最も評価されない取柄であって、ひたすらに損をすることになります。
本作が面白いなと思うのは、ドゥグァンとイ・テシンを単純な悪と善という二項対立に据えていない、絶妙なバランスを最後に見せるところですね。
イ・テシンも見方を変えれば、非常に軍国主義的な人間であり、権力に忠実です。今回はたまたま自分に与えられた使命がドゥグァンとぶつかり合ったので対立しているだけであり、もしイ・テシンが独裁権力者側の配下であったなら、彼は平然と非道なことにも手を染めていたかもしれません。
ラスト、ついにドゥグァンと対峙するシーンで、イ・テシンだけがグイグイと無数のバリケードを単身で乗り越えて、鉄条網ごしに邂逅するのですが、あの行動力は間違いなくクーデターを起こせる大胆さなのです。ドゥグァンも内心ではそう思ったはず。映画の演出としては「あれ、歴史が変わっちゃわないか?」という息も忘れる緊迫を与えますが…。
最後はイ・テシンは抵抗をせずに捕まります。そこはイ・テシンの中の権力への忠実さが滲み出た結果なのかな。彼は終わりまで英雄ではなく、軍人であるのでした。
エンディングでは、ドゥグァンたちの仲間が有頂天で部屋で喜び合っていて、しかし、ドゥグァンだけが妙に静か。そしてトイレでひとり高笑いする。あのシーンの“ファン・ジョンミン”がもう凄まじいですね。自分でも成功してしまったことが信じられないような、それでいてその興奮を処理しきれていないような、複雑な心情があの姿から発せられていました。人間として完全に壊れてしまった感じが凄く伝わります。
締めは集合写真撮影。これを逮捕者のマグショットのようにひとり1枚ずつ顔をアップでみせていく。明確に狙った演出ですが、それが実際の写真に切り替わるあたりも含め、本作は攻めに攻めきった映画だと感服しました。
全斗煥がことさら韓国史の中で虐殺者として忌み嫌われているにしても、現在進行形で、これほどまでに権力に牙を向けられる映画を作れる。韓国映画の反逆精神はまだ存在するようです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『ソウルの春』の感想でした。
12.12: The Day (2023) [Japanese Review] 『ソウルの春』考察・評価レビュー
#韓国映画 #政治