私もこの男に狂わされました…「Disney+」ドラマシリーズ『キャシアン・アンドー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信
原案:トニー・ギルロイ
キャシアン・アンドー
きゃしあんあんどー
『キャシアン・アンドー』あらすじ
『キャシアン・アンドー』感想(ネタバレなし)
スター・ウォーズにこんなこともできるのか!
何が起きるかはわからない。別にワールドカップの勝敗の話ではありません。
ドラマ『キャシアン・アンドー』が予想をぶっ越えて傑作だったという話です。
はるか彼方の銀河系で繰り広げられるスペースオペラの大作フランチャイズである「スター・ウォーズ」は2015年の『スター・ウォーズ フォースの覚醒』から2019年の『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』で新世代の3部作映画が幕を閉じ、“スカイウォーカー・サーガ”の一区切りとなりました。
しかし、その新世代の3部作映画の間にスピンオフ映画も公開していました。『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)と『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年)です。ところがあまり良い興行成績を獲得できず、評価も割れる結果になり、「スター・ウォーズ」の世界を映画で拡張する試みは序盤の失速で立ち消えとなってしまい…。
いいえ、終わりませんでした。今度は「Disney+(ディズニープラス)」という別の舞台でドラマシリーズとして再挑戦が開始。その第1弾である『マンダロリアン』は大成功をおさめ、『ボバ・フェット The Book of Boba Fett』や『オビ=ワン・ケノービ』など、次々と作品が打ち出されています。
なぜこのドラマシリーズが成功したのだろうと考えてみると、やはりドラマシリーズというアプローチがそもそも「スター・ウォーズ」では新鮮だったというのもありますが、そもそもこの作品は世界観を拡張できるポテンシャルをいくらでも持っているのだと思います。後は才能あるクリエイターの力が発揮されればクリティカルヒットできるのでしょう。
そんな中でもこの2022年に配信が始まった『キャシアン・アンドー』に企画発表時から期待していた人はあまりいなかったのではないでしょうか。
このドラマは『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』に登場した「キャシアン・アンドー」を主人公にし、映画の前日譚を描く物語です。『ローグ・ワン』は「エピソード3」と「エピソード4」の間を描く物語で、いかにしてデススターの設計図を入手して反乱の成功に貢献したか、その陰の立役者を描いたもので、ほぼ新登場のオリジナル・キャラクターでした。そのひとりがキャシアン・アンドーです。今度はそのキャシアン・アンドーがいかにしてそのような人物になったのかを描きます。だから前日譚の前日譚ですね。
正直、キャシアン・アンドーというキャラは「スター・ウォーズ」ファンを喜ばせるほどの訴求力はないように思えるものです。なにせあの『ローグ・ワン』でしか登場していないし、他に繋がりもないキャラですから。
私もドラマ『キャシアン・アンドー』を作る!と聞いたときは、一番期待値の低い作品でした。それ、面白いのか?…と。
今はもう土下座して謝らないといけない…。すみませんでした、私が愚かでした…。サルラックに丸呑みにさせるなり、何でもしてください…。
結論から言えば、大方の冷めた予想を裏切るとんでもない良作ドラマでした、このドラマ『キャシアン・アンドー』は…。いや、なんというか、これまでの「スター・ウォーズ」の作品の在り方を根底から揺るがしてしまったかもしれない…。このドラマ『キャシアン・アンドー』が「スター・ウォーズ」作品群の中でベストだと言い切る人が現れるのもわかります。大事件です。
何が優れているのか。まずこのドラマ『キャシアン・アンドー』はポリティカル・スリラーで、非常に硬派なんですね。大戦時を描くヨーロッパ映画みたいな…これまでの「スター・ウォーズ」と比べると雰囲気が全然違う。『マンダロリアン』も大人の匂いを漂わせていましたけど、『キャシアン・アンドー』はもっと大人向け。というか、子どもはかなり置いてかれるんじゃないか…。
『マンダロリアン』なんかはノスタルジーを喚起させる要素もたっぷり盛り込んでいて、いかにも「スター・ウォーズ」!って感じでしたが、今回の『キャシアン・アンドー』は「スター・ウォーズ? これが?」とびっくりする内容です。もちろんところどころにファン注目のネタも仕込んでいるんですけどね(「BBY5」みたいな年号を使っているとか)。でも大部分は全く新しいスタイル…。
こんな挑戦的なアプローチが「スター・ウォーズ」から飛び出すとは…。
「スター・ウォーズって光る剣をぶつけ合っている、あれでしょ?」とこれまでこの「スター・ウォーズ」から距離をとっていた人にこそオススメしたくなるドラマです。
「スター・ウォーズ」初心者ならどの作品を最初に見るかと考えるなら、ベターな定番だと『マンダロリアン』からでいいのですけど、より硬派な作風が好きなら間違いなく『キャシアン・アンドー』ですね。
製作・原案の“トニー・ギルロイ”はやや製作がゴタゴタしてしまった『ローグ・ワン』の雪辱を果たしたかったのか、結果的に見事すぎるクリエイティブを見せつけてくれました。何をおごればいいんですか?
最も過小評価され、最も潜在的能力を発揮したドラマ『キャシアン・アンドー』。ぜひその目で確認してみてください。
『キャシアン・アンドー』を観る前のQ&A
A:『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』では反乱同盟軍の情報将校でした。
A:ありません。初めての「スター・ウォーズ」がここからでも問題ないです。
オススメ度のチェック
ひとり | :ファンも初心者も |
友人 | :薦めたくなる |
恋人 | :ロマンス要素は薄め |
キッズ | :やや大人向け |
『キャシアン・アンドー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):反乱はこうして始まる
モーラーナ1、プリオックス=モーラーナ企業区域。フードを目深に被った男、キャシアンが夜の街を足早に歩き、バーに入っていきます。「ケナーリから来た子がここで働いていると聞いた」と女性に訊ね、「もう辞めた」と言われると「妹を探しているんだ」と口にします。
ひとまずバーをでて帰ろうとするとバーにいた男2人に声をかけられ、「IDをだせ」と言われます。キャシアンは隙を見て銃を奪い、揉み合っているうちに相手の一人は死亡してしまったようでした。一緒に出頭して事故ということにしようと言われますが、相手の頭を撃ち抜き、宇宙船で去ります。
モーラーナ星系の自由交易区フェリックス。1台のドロイドが廃棄場に立ち入り、そのスクラップの中で寝ているキャシアンに声をかけます。
「ブラッソが君を探していた」とB2EMO(ビー)というドロイドは音声を発します。「俺を見たことは誰にも言うな、居場所も」…そう優し気に言ってキャシアンは忙しそうに出かけました。
作業員の友人であるブラッソに会い、嘘の口裏合わせ、2人で飲んだことにしてくれと言います。
一方、モーラーナ1企業保安本部では従業員2名の死亡の報告があり、部長は捜査ではなく事故で処理しろと指示。捜査主任シリル・カーンは不服そうにしていますが、「帝国が注意を向けないようにしなければ」と注意されてしまいます。それでもシリルは独自の捜査を開始し、正体不明の船が入り込んだ形跡を確認。乏しい手がかりからケナーリの男の情報提供を街中に呼びかけます。ライナス・モスク分隊長と共に犯人を捕まえる気満々です。
そんなことも知らないキャシアンはビックスという女性に今度は会い、「売りたいものがある」と持ちかけます。そしてビックスはある人物に通信をするのでした。
それはキャシアンさえも知らないような陰で暗躍する人間。その老いた男の名はルーセン・レイエル。彼は欲していました。状況を変えるような才能を…。
シーズン1:全体主義と植民地主義
ドラマ『キャシアン・アンドー』は、ダース・ベイダーを操ってパルパティーンが帝国を成立させてから14年が経過した世界が舞台です(5 BBY)。
※映画『エピソード3』終盤、アニメ『スター・ウォーズ バッド・バッチ』冒頭
10 BBY:ハン・ソロがチューバッカと初めて出会う
※映画『ハン・ソロ』序盤
9 BBY:ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』の出来事の時期
5 BBY:ドラマ『キャシアン・アンドー』シーズン1の出来事の時期
1 BBY:アニメ『スター・ウォーズ 反乱者たち』終盤の出来事の時期
0 BBY/0 ABY:映画『ローグ・ワン』の終盤の出来事の時期
この時期には帝国の支配が銀河系全体に行き渡っています。ドラマ『キャシアン・アンドー』は、その全体主義的な空気と、植民地主義の暴虐…それらの恐怖が生々しく描かれていきます。ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』で描かれたようなジェダイへの粛清ではなく、一般庶民への抑圧がここまで実写でリアルに描かれるのは初ですね。
しかもその抑圧も単純なものではなく、まず大企業の支配があって、その上に帝国保安局という組織があって…と幾重にも被さる構造が映し出され、これまでの「はい、ダースベイダー!」みたいないきなりの支配者登場とはいきません。アニメ『スター・ウォーズ 反乱者たち』でも植民地主義的な怖さは描写されていたのですが、あちらと比べると実写になったことで相当に現実感が増しています。
第4話での惑星アルダーニの先住民への帝国側の蔑む態度も強烈でしたし、自由交易区フェリックスでもしだいに監視社会になっていく陰湿な空気の変化が痛烈でした。
そして極めつけは第8話~第10話の強制労働施設「ナーキーナ・ファイブ」のパート。まさに『THX 1138』みたいな世界です。ここでの描写は全てが最低最悪の極みを描き切っていました。安楽死まで描かれましたからね。
こうやって振り返ると「スター・ウォーズ」の世界は本当に政治的な背景がある作品ですし、それあってこそ世界観が引き締まるんですよね(新世代3部作にはそれが決定的に欠けていたな…)。
シーズン1:キャシアン・アンドーの才能
こうした世界の中でキャシアン・アンドーはいかに立ち回っていったのか。
彼の特徴として、冒頭から非常に知的で冷静で戦術的なのがわかります。でもその才能に対してキャシアン本人は無自覚なところがあります。あくまでその場の自分の目的を達成できればいいみたいな…。
そしてキャシアンは自分に対しても世界に対しても悲観的というか、何かにつけて感情を低く抑えて、距離をとろうとする癖があります。ノンポリというよりは理想よりも自己生存に特化できればいいと打算的に考えているような感じです。
こんな人物がどうやって後に反乱同盟軍の中心になるんだ?と不思議でしょうがないのですが、本作はその変化をこれまた説得力を持って丁寧に描いてくれます。
そこで各所で発揮されるのがキャシアンの天性の反乱に火をつける才能。オム・ファタール的と言っていいのかな。男も女もドロイドも全部無意識にたらしこんでいくんですよ。なぜかキャシアンの周りにいる者たちはみんな抵抗心が芽生え、最高の能力を引き出していく。ステレオタイプなリーダーシップとは全然違う存在感でありながら、この核心的なスキル。なんだ、もうジェダイのフォースより凄いじゃないか…。
演じる“ディエゴ・ルナ”がまた最高にいいです。素の中にキュートさを滲ませるのがニクい。
アルダーニ(任務終盤はSW史上最大のスリルでは?)でもナーキーナ・ファイブでも、キャシアンは基本は自分が生き残るために行動を起こしたのですが、結果的に歴史を揺るがす突破口となる事件を成功させてしまっています(この過程でさりげなくチーム戦も学んでいくのが上手い)。
そのキャシアンがシーズン1の最終話ではついにフェリックスに戻り、また隠遁すればいいのに、ラストではルーセンのもとに自ら現れ、「仲間に入れろ」と言い放つ。その目には明らかに反乱の闘志が宿っており、彼が反乱同盟軍になった瞬間でもありました。
そこで最後に決起のきっかけとなるのは「向き合いたくない真実に目を向けた。帝国と戦え」というマーヴァの最期の名演説。ホログラムというあたりが「スター・ウォーズ」らしいじゃありませんか。
本作の原題は「Andor」ですけど、これはマーヴァのことでもあったんですね。
抗議運動を冷笑する空気が日本でも目立ちますが、「抑圧された大衆が抵抗へと傾いていく」という姿を見事に描き抜いた『キャシアン・アンドー』はこの現代に突き刺さるものがありました。
シーズン1:脇役もみんな良すぎる
『キャシアン・アンドー』は脇役も含めてみんな最高に良くて、もう全員のスピンオフを作ってほしいくらいに思えてきます。
例えば、“ステラン・スカルスガルド”演じるルーセンのあまりに徹底的に非情に専念する姿勢は、反乱同盟軍に対するヒーロー的な印象を覆します。大義のためなら犠牲はやむなしという考えですね。パルパティーンと真逆の立場ながら通底するものを感じる…。
一方、ナーキーナ・ファイブで帝国支配に従属して生き抜こうとするキノ・ロイ。いかにも権力側にとって模範的な労働者階級的な振舞い方であり、それが反乱へと転じるあの姿はもう…。“アンディ・サーキス”のベストアクトでしたよ。「泳げないんだ」のセリフがあんなに耳に残ることはない…。
また、本作は女性キャラクターの描写も本当に格別に良いものばかり。“ジェネヴィーヴ・オーライリー”演じるモン・モスマは一見すると富裕層で悠々自適。でも資金集めを画策する中で描かれるのは、あの上層社会における家父長的な抑圧。都市はどんどん保守化し、『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』みたいになっていき、信仰が女性を家庭に縛る。女性たちも結局は強制労働所にいるのと同じなのでした。
“フィオナ・ショウ”演じるマーヴァとモン・モスマは対比的な格差にありますが、女性というアイデンティティが受ける抑圧は共有しています。
そんな中で、ヴェルとシンタという2人の女性の立場はまたちょっと違います。この2人は会話で察せられるように恋愛関係にあるのですが、イチャイチャしている場合ではありません。反乱活動と個人の幸せという狭間で揺れ動き、終盤は明らかに2人の間に距離ができていました。抑圧の時代の中で任務を果たすクィアの描写としてとてもリアルだったと思います。
レーティングに引っかからないために、奇抜で異様な拷問を受けることになってしまったビックスも心配ですけど…。
そして敵対する側のキャラクターもなんと人間臭いことか。満たされぬ男らしさの屈辱に耐えるシリル・カーンと、組織の女性差別に不満を溜め込むデドラ・ミーロ。この2人は帝国の思想に共鳴はしていなくて、要は官僚主義の鈍さに苛立ちつつキャリアを認めて欲しいだけなんですよね。シーズン1最終話ではデドラも敗北を経験してしまいましたが、今度は2人対等に協力するのかな。
あとやはりこのキャラクターも忘れられない。B2EMO(ビー)です。ラストの葬儀でビーが帝国側に蹴り飛ばされることで決起が勃発するのも製作陣は視聴者のビー愛をわかっていますね。ええ、ふざけんじゃねぇと思いましたよ。最後のキャシアンと一時再会したときの「キャシアン…!」というセリフ、2022年の私の中のベスト台詞でした。キャシアンはビーを幸せにする義務がある。ある(断言)。
『キャシアン・アンドー』はシーズン2で終了し、『ローグ・ワン』へと直接繋がることが発表済みです。もう『ローグ・ワン』もこの硬派な感じでリメイクしていいですよ。なんだったら「スター・ウォーズ」全部をこのテイストで作り直してみたのも観てみたい気もする…。
ほんと、罪なドラマです、『キャシアン・アンドー』は…。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 93% Audience 84%
IMDb
8.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
「スター・ウォーズ」のドラマシリーズの感想記事です。
・『オビ=ワン・ケノービ』
・『ボバ・フェット The Book of Boba Fett』
作品ポスター・画像 (C)Lucasfilm キャシアンアンドー
以上、『キャシアン・アンドー』の感想でした。
Andor (2022) [Japanese Review] 『キャシアン・アンドー』考察・評価レビュー
#スターウォーズ