本当に?…映画『ブラックバッグ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2025年9月26日
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
ぶらっくばっぐ
『ブラックバッグ』物語 簡単紹介
『ブラックバッグ』感想(ネタバレなし)
ソダーバーグ流のスパイ映画
巷では「噓発見器」といまだに呼ばれている「ポリグラフ」。実際は「嘘を見抜く」効果はなく、疑似科学だと現在は評価されています。
でもなおも「嘘を見抜ける奥の手」みたいな印象が消えないのは、正直、映画などのフィクションのせいなんじゃないだろうか…。そう映画を観ていてふと思う…。
今もポリグラフを噓発見器として大真面目に映画内に登場させている脚本家は、もはやリサーチ不足を露呈させているだけですけど、「ポリグラフはインチキだ」とわかったうえでプロットに活かしているなら…まあ、いいか…。
ということでそんなことも頭の片隅に入れつつ、この嘘を見抜くことが試される映画の感想です。
それが本作『ブラックバッグ』。
本作を監督するのは“スティーヴン・ソダーバーグ”(スティーブン・ソダーバーグ)。少し前までは配信スルーが連続していたので監督作が映画館で公開されなくなってしまっていたのですが、2023年の『マジック・マイク ラストダンス』、2024年の『プレゼンス 存在』、そして本作『ブラックバッグ』と、劇場にすっかり返り咲いています。


しかも、今作『ブラックバッグ』はオリジナル作でありながら、有名俳優を複数起用し、中規模製作費で作られたスパイもののジャンル映画です。
脚本は、『ミッション:インポッシブル』でおなじみで、“スティーヴン・ソダーバーグ”とは『KIMI/サイバー・トラップ』や『プレゼンス 存在』でタッグを組んだベテランの“デヴィッド・コープ”が手がけています。
ただし、この『ブラックバッグ』は、スパイ映画と言えども、派手なアクション要素は皆無であり、本当に「スパイ業界で働くエージェントやその同僚を描く」という、そのリアリティに徹しています。そんな職場を共にする同士で、互いを疑わなくてはいけないことが起きる…というのがこの物語の発端になります。
それでも大人向けの硬派さもありつつ、“スティーヴン・ソダーバーグ”監督らしいユーモアやカタルシスをトッピングしているので、やっぱり最後まで観ると「ソダーバーグ味だな」と納得できますが。
『オーシャンズ11』ほどの大仰なエンターテインメントに振り切ってはいないので、映画の空気感をしっかり捉えて期待値を調整してください。
『ブラックバッグ』で主演するのは、『ザ・キラー』で殺し屋を演じ、『ネクスト・ゴール・ウィンズ』で熱血コーチを演じ、『KNEECAP/ニーキャップ』で頑固父を演じ、多才な演技をみせる“マイケル・ファスベンダー”。そしてその同僚&妻の役で、『ボーダーランズ』の“ケイト・ブランシェット”が並びます。もうこの“マイケル・ファスベンダー”と“ケイト・ブランシェット”が夫婦でスパイ・エージェントってだけで、只者じゃない感が凄まじいですよね。
共演は、『Back to Black エイミーのすべて』やドラマ『インダストリー』の“マリサ・アベラ”、『マッドマックス:フュリオサ』の“トム・バーク”、『スワン・ソング』の“ナオミ・ハリス”、『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』の“レゲ=ジャン・ペイジ”など。さらに5代目ジェームズ・ボンドの“ピアース・ブロスナン”がイギリス諜報機関の上司…という、ド直球なキャスティング遊びもバッチリです。
ソダーバーグ流のスパイ映画をどうぞ堪能してください。あと、嘘はもう増やさないように…。
『ブラックバッグ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 大人向けのドラマです。 |
『ブラックバッグ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
イギリスのロンドン。今日は金曜日。イギリスの国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)のエリート諜報員であるジョージ・ウッドハウスは、落ち着いた正装で秘密のクラブに足を踏み入れます。そこにいたのは、上司のフィリップ・ミーチャムです。
フィリップは他の女性たちを脇に座らせて楽しそうにしていましたが、ジョージを見て、すぐさま立ち上がり、2人は路地裏に出ます。そしてフィリップはメモを渡してきます。
そこには5人の名前が書かれていました。それは世界を揺るがす不正プログラム「セヴェルス」を盗み出した組織内部の裏切り者の名前のリスト。全員が同僚です。
容疑者はジョージと同じ諜報員のフレディ、ジェームズ(ジミー)、情報分析官のクラリサ、局内のカウンセラーのゾーイ、そしてジョージの妻であるこちらも諜報員のキャスリン。
状況は一刻を争うようで、「1週間で調査する」と淡々と言い切るジョージ。
そこで日曜日に、他の4人の容疑者を夕食に招待することにします。ジョージは黙々と家で準備し、妻のキャスリンは不自然な招待客なので察しがついていました。しかし、もはやこの業界にも慣れているので多くを聞こうとはしません。ジョージは家でも淡々と妻に事情を話しますが、キャスリンも容疑者候補なのには変わりないです。
この夕食の席で、ジョージは彼らの緊張を緩め、口を滑らせるために食べ物に高揚感を助長する薬を盛るつもりでした。料理はジョージが作ります。
一方、ジェームズ、ゾーイ、クラリサ、フレディは事前に4人で集まっていました。クラリサはどういう意図なのかわからず振る舞い方のアドバイスをもらいます。フレディはジェームズの昇進祝いだろうと呑気です。
4人は家に着き、何事もなく6人は食事を始めます。最初は何気ない仕事の話をただ続けていました。ジョージは口数少なく座っています。
ジョージが自分の父親を盗聴したこともあるという話題をフレディはします。少年の頃に父の浮気を疑った結果でしたが、「嘘つきは嫌いだ」とジョージは言い切るだけ。
おもむろにジョージはゲームをしようと持ちかけます。それは順番に隣の人の決意を想像して語るという心理的なお遊びです。しかし、アルコールと薬のせいもあって、やってみるとどんどん隠していたことが明るみになります。フレディはクラリサに浮気していたことが暴露され、怒ったクラリサはステーキナイフでフレディの手を刺します。気が高ぶっているフレディもそれでも平然としています。
そんな騒ぎもありつつ、夕食は終わり、みんな帰りました。
ひと息ついていると、ジョージはキャスリンのドレッサーのゴミ箱に映画館のチケットを見つけます。けれどもキャスリンは映画を観ていないと言います。
やはりキャスリンが一番怪しいのかもしれない…。
ところが、あの上司のフィリップが妻アンナのいる自宅で飲酒中に心臓発作で亡くなったという知らせを聞いて、状況は逼迫していくことに…。
主人公こそが噓発見器

ここから『ブラックバッグ』のネタバレありの感想本文です。
『ブラックバッグ』は表面上はとても模範的なスパイ映画です。なにせエージェントがちゃんと「雇用される労働者」として描かれています。どこぞのジャンル作品のような、雇用形態も不明な突飛なスパイとはわけが違います。
今作の主人公のジョージ含む主要登場人物たちが勤めているところも「国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)」という実際にあるイギリス政府機関で、サイバー脅威と情報保証に関するセキュリティを専門とする組織です。そんな極秘の怪しげな存在ではありません。
そんな実在の場所での、実際にありえそうな職場内駆け引きが本作のメインになっています
始まりは「同僚の中に裏切り者がいるから見つけろ」という仕事なのですが、問題は同僚といってもそれぞれが秘匿性の高い業務をしているので、互いに職務内容を言えないことです。しかも、「極秘の仕事だから」と言えば、どこへ行くか、何を知っているかも、不開示にできます。言い訳は見つけ放題です。
そうやって考えると、「知り合い」と呼べるかもしれないけど全然「知り合えない」という、随分と変な関係性ですよね。この業界に身を置く人たちにはこれが普通なのかもしれないですが。
そんな職場環境において「裏切り者を見つける」のは至難の業です。普通に考えたら「無理では?」と思ってしまいます。
そこで本作で登場する秘密兵器が主人公のジョージ。彼の特技は「嘘を見抜く」です。しかし、ドラマ『ポーカー・フェイス』のようにピコーン!と一瞬で察知して「それは嘘だね!」と見抜けるわけではありません。ジョージは相手の心理に揺さぶりをかけながら、ゆっくり反応を観察して、総合的に嘘を推察します。地味ですが、リアルな嘘の見抜き方とも言えるかもしれません。
作中でポリグラフも登場しますが、今作におけるポリグラフはそれ自体がただのハッタリの小道具です。わざわざポリグラフの計器を誤魔化すやりかたまで(それも馬鹿々々しく)披露してみせたり、完全「わかったうえで」やっています。
それよりも、真の嘘発見器は他ならぬ主人公のジョージなのです。今作のジョージは人間味の薄いキャラクターになっていましたが、潔癖なまでに嘘を看過できない性格らしく、淡々と自分の手足を動かして調査もしつつ、噓発見器としても機能します。
人柄的にどうかはさておくとしても、この仕事には向いてますね。完璧仕事人みたいな役柄も“マイケル・ファスベンダー”は難なくハマります。
相互監視の貞節
『ブラックバッグ』は、そんな「同僚ですら本当に知り合えない」という特有の職場環境の性質を浮き彫りにする要素として、同僚同士の恋愛/性関係をピックアップします。
作中の登場人物の多くは、特定の人と正規の恋愛/性関係にありつつ、片や浮気の関係も持ち合わせていることが徐々に発覚します。さすがに近しい人同士で浮気しすぎだろとは思うけども…。
あの冒頭でジョージに任務を指示するフィリップ・ミーチャムでさえも、妻のいないところで発散しているらしいことがちゃんと映ります。みんな不誠実で、嘘をついています。嘘だらけの職場です。そんな嘘まみれの中、「セキュリティ」を仕事にするというのも皮肉なものですけど…。
結局、ジョージとキャスリンの夫婦だけが、偽りなく「夫婦」の関係性を維持し、ラストは2人のキスで締めくくられます。
こうやって外側だけみれば、本作はとても貞節を大事にする軸があり、スマートでセクシーな「スパイ対スパイ」のスリラーでした。まあ、セクシーといっても、性的なシーンは全然ないんですけどね。そこも意外性があります。
しかしながら、そんな世間のイメージする無垢な貞節ではありません。そこが本作の一番の皮肉なのでしょう。
貞節を維持するにも、ときには互いを監視し合い、一線を越えるようなこともする…そんな非倫理的な土台の上に上品な貞節は存在する…。ジョージとキャスリンの夫婦はそれを体現していました。無邪気に相手を信頼しているわけではない、しっかり調べている…。おそらくキャスリンだって夫のジョージをあれこれと監視するのに躊躇いはないはずです。
ゾーイによるメンタルヘルスのカウンセリング中に、キャスリンが「仕事と夫のどちらを優先するか」を尋ねられ、「私は忠誠を重んじる」みたいなことを答えますが、たぶんあの夫婦には仕事もプライベートも区別なく、この全てをまんべんなく楽しめる余裕があるのでしょうかね。
わりと観客を置いてけぼりにするエンディングの切れ味ではありました。ジョージとキャスリンにしか理解できない境地ですから。
逆にジェームズは自業自得とは言え、無念すぎるリタイアではありました。あの夫婦に挑んでしまった時点で負けだったんだ…そういうことにしよう…。
それにしても「活き造り」を「非倫理的な土台の上に上品な貞節は存在する」を象徴するかのようなアイテムとして登場させるあたりも、なんだか“スティーヴン・ソダーバーグ”監督っぽかったな…。
あまり大衆向けにウケるタイプのスパイ映画では全くないでしょうが、今の“スティーヴン・ソダーバーグ”監督が作るならこれだろうということであれば、納得しかないスパイ映画でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved. ブラック・バッグ
以上、『ブラックバッグ』の感想でした。
Black Bag (2025) [Japanese Review] 『ブラックバッグ』考察・評価レビュー
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