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『PASSING 白い黒人』感想(ネタバレ)…Netflix;パッシングと映画の白黒が溶け込む

PASSING 白い黒人

レベッカ・ホール初監督作…Netflix映画『PASSING 白い黒人』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Passing
製作国:アメリカ・イギリス(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:レベッカ・ホール
人種差別描写

PASSING 白い黒人

ぱっしんぐ しろいこくじん
PASSING 白い黒人

『PASSING 白い黒人』あらすじ

1920年代のニューヨーク。中流階級としてそれなりに不自由なく暮らしていた黒人のアイリーンは、ある日、かつての友人であるクレアと久しぶりに再会する。しかし、最初はその顔を見てもわからなかった。なぜならクレアはまるで白人のような振る舞いで優雅に白人社会に馴染んで佇んでいたからだった。クレアは白人の夫がいて、黒人の過去を知られることなく新しい人生を歩んでいた。2人の生き方は交差していくが…。

『PASSING 白い黒人』感想(ネタバレなし)

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レベッカ・ホール初監督作

つい最近、「スター・ウォーズの世界には最初は黒人はいなかった」なんてほんとバカバカしいトンチンカンな主張を見かけたのですけど、もし真面目に言っているのだとしたらその人は黒人を認識できないということになりますね…(『スター・ウォーズ』の初期三部作から黒人は普通に登場しています)。

まあ、さすがにそんなアホな主張はさておき、でも世の中には「黒人を認識しない」ということは起こり得ます。どういうことかというと、いわゆる「パッシング(passing)」というやつです。

日本だと聞きなれないパッシングという言葉ですが、英語圏では昔から使われています。これはある人の人種が別の人種として世間に認識されることを指します。

例えば、黒人の人がいたとします。その人は祖先の家系から白人の血も混ざっているためか、少し肌の色が薄く、そこまでダークではないとします。すると黒人の家系であっても、場合によっては「白人」として社会で通用することがあるのです。これがパッシングです。実際に白人としてパッシングして生活していた黒人も少なくはないとされています。当然、黒人差別がありますから、黒人として生きるよりも白人として生きる方が利点が多いわけです。基本的にはマイノリティ側の有色人種がマジョリティ側の白人としてパッシングするのが定番(『レイチェル 黒人と名乗った女性』のように黒人になろうとした人も稀に実在しますが)。

パッシングで白人として通用するかどうかはその人の肌の色に大きく左右されます(もちろん実際はそれだけでなく仕草や家庭環境などいろいろな要素が総合的に関与します)。なのでアフリカ系アメリカ人にとってはパッシングは複雑な問題として内在するものです。

このパッシングを題材にした映画もこれまでもいくつもあって、『南部の反逆者』(1957年)、『サファイア』(1959年)、『ミスター・ソウルマン』(1986年)、『青いドレスの女』(1995年)、『ファミリー/再会のとき』(1996年)、『白いカラス』(2003年)など、侮蔑的なものから人種問題に踏み込んだ真面目なものまでいろいろ。

今回紹介する映画はそのパッシングをテーマにした新たな傑作です。それが本作『PASSING 白い黒人』

本作は幼馴染の付き合いがある2人の黒人女性を主人公にしているのですが、片方は完全に「白人」として世間に認識されて過ごしています。そんな2人が偶然にも再会したことで、パッシングをめぐる自分たちの在り方を再考し、静かに関係性のサスペンスが生まれていくというドラマです。

原作は1929年の小説で、“ネラ・ラーセン”という作家が執筆しており、“ネラ・ラーセン”自身もパッシングによって人種を揺らいで生活していたらしく、その経験が多分に反映されたものと思われます。

映画は全編がモノクロで構成されており、本当に淡々と緊張感が蓄積されていくようなストーリーになっていて、なんだかヒッチコック味のある作風。上質なクオリティがあり、派手さはないですが目は釘付けになります。批評家評価も非情の高く、ゴッサム・インディペンデント映画賞にも多数ノミネートされるなど、2021年を代表するインディペンデント映画の良作となりました。

スゴイのはこの『PASSING 白い黒人』を監督したのがあの俳優の“レベッカ・ホール”だということ。2006年の『プレステージ』や2008年の『それでも恋するバルセロナ』で映画界では注目を集め、最近は『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』(2017年)や『ゴジラvsコング』(2021年)に出演していました。

そんな“レベッカ・ホール”の初監督作が『PASSING 白い黒人』。製作&脚本もしているのですが、いきなりとんでもないキャリアの出発になりましたね。こんな才能があったなんて…。ちなみに“レベッカ・ホール”も母方の祖先にはアフリカ系アメリカ人がいたそうです。

俳優陣も素晴らしい名演を魅せてくれます。主役の2人を演じるのは、『メン・イン・ブラック インターナショナル』のようなエンタメから『シルヴィ 恋のメロディ』のようなシリアスなものまで何でもこなす“テッサ・トンプソン”と、『ラビング 愛という名前のふたり』でも名演を披露した“ルース・ネッガ”

共演は、『ムーンライト』『ハイ・フライング・バード 目指せバスケの頂点』の“アンドレ・ホランド”、『ターザン REBORN』『Mute ミュート』の“アレクサンダー・スカルスガルド”、『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』『この茫漠たる荒野で』の“ビル・キャンプ”、『インデペンデンス・デイ リサージェンス』の“ベンガ・アキナベ”など。

『PASSING 白い黒人』は劇場公開されずにNetflix配信になったのですが(綺麗な白黒映像なので映画館で観たかった…)、できれば大きな画面で役者の繊細な名演を味わってください。

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『PASSING 白い黒人』を観る前のQ&A

Q:『PASSING 白い黒人』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年11月10日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:2021年の必見の傑作
友人 4.0:シネフィル同士で
恋人 3.5:ロマンスも多少は
キッズ 3.5:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『PASSING 白い黒人』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):幼馴染は白人になっていた

大勢が行きかうニューヨークの街。ある店で、黒人姿の人形を子どもに買おうとして落してしまう白人のマダム。それを拾ってあげるひとりの女性。その女性、アイリーン・レッドフィールドは品のある身なりで、和やかに店をあとにします。

店の外に出ると外は暑く、仰いでないとやってられないほど。道の向こうには倒れている人がおり、女性はちょうど来た車に乗り込みます。

ドレイトン・ホテルへ到着。テーブルの席につくと、他の人を眺めます。すると自分の横を通り過ぎ、席に座るひとりの優雅な女性に目がいきます。その女性もこちらをじっと見ています。

そしてこちらに歩み寄ってきます。「ごめんなさい、昔馴染みかと」とその女性は語り、「人違いです」とアイリーン。しかし、「そんなことはない、リーニー」とある愛称を呼んできます。リーニーと呼ばれたアイリーンにはその相手の女性が誰なのかわかりません。けれどもその女性の独特の笑い方でハッと気づきます。

「クレア? クレア・ケンドリ?」

驚きの顔をするアイリーン。昔の幼馴染が12年ぶりに目の前にいたのです。それも見違えるように…。

2人はその場で近況を語り合います。アイリーンは息子が2人、クレアは娘のマージェリーが1人。クレアは夫のジョンの出張でこちらに来ているそうで、家はシカゴだとか。アイリーンはハーレムに住んでいて、あまりここには来ないと説明。

聞きにくそうにアイリーンはクレアへの“あの疑問”を口にしようとします。

「ご主人は…」「知ってるか?」

笑みを浮かべて、「部屋で話しましょう」とクレア。

部屋に移り、子どもの話になり、「お腹の子どもの肌が黒いかもと怯えたくない」と言うクレアに、アイリーンは「私の子は黒い。白人のフリをして通用する外見じゃない」と思わず言い放ちます。大仰に驚くクレア。クレアの娘は白人として生きているようです。

部屋を出ていこうとするとそれを止めるクレア。アイリーンは「家族についてご主人にはなんと?」と聞きますが、「心配ない。父の死後に私を引き取った親戚は白人だから」とクレアは説明。夫のジョンに出会って18歳で結婚したそうで「幸せ。不自由していない」といかにも満足気に語ります。

そこにクレアの夫のジョンが部屋に。アイリーンを昔の友人として紹介します。クレアは夫からは「ニグ」と愛称で呼ばれており、肌が黒くなってきたらニガーになってしまうからという由来を聞き、「どれだけ黒くなろうが君は黒人ではない」と熱烈に語るジョン。その光景に思わずひきつった大仰な笑い声をあげて感情を露わにするアイリーン。そのジョンは「黒人はお嫌いですか?」の質問に「いや、憎んでいる」と気楽に答えていました。

アイリーンは帰宅。夫のブライアンにキスをします。

しかし、あの変わり果てたクレアの姿は脳裏に強烈に残り…。

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序盤からサスペンスが絶妙に

『PASSING 白い黒人』は序盤から非常に絶妙な綱渡りをするサスペンスが展開されていきます。観ているこっちの胃が痛くなるような、何とも言えない緊張感です。

だいたい10数年ぶりの久しぶり状態で友人にばったり会うというシチュエーションは緊張するものです。いくら昔は仲良かったとは言え、この会わない期間に友情は薄れ、相手も自分もかなり変わっていることもあるのですから。

しかも、今作ではまさかの友人の人種が変わっていたという事態です。それはもう困惑ですよ。

このクレアの白人としてのパッシングはかなりのものらしく、幼馴染のアイリーンでさえも再会時にクレアだと認識できなかったくらいに激変し(かろうじて笑い方で判断できた)、見事に白人に溶け込んでいることがわかります。幼馴染さえも気づかないなら、白人たちがクレアの出自としての人種に気づくわけはないですね。

そのクレアも白人としての人生の謳歌がそうさせたのか、自信に満ち溢れており、まるで往年のハリウッド女優のようなチャーミングさ

そんなアイリーンとクレア、2人の会話に白人であるクレアの夫のジョンが入り込んできたときのあの緊張感のピーク。アイリーンにしてみれば笑うしかない、一種の気持ち悪さとバカバカしさの同居した現実

しかも、アイリーンもおそらくたまに白人として街をぶらつき、なんとなく優越感に浸っていたことが推察できます。なのでアイリーンにしてみればクレアはもうひとりの裏の自分を鏡で見てしまったような…そんな感じです。気まずいでしょう。

この序盤だけで“テッサ・トンプソン”と“ルース・ネッガ”の名演が凄まじく、もう目が離せなくなってしまいますね。

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人は誰でも自分を偽っている

『PASSING 白い黒人』が巧妙なのはパッシングという肌の色が重要になってくる題材ながら、あえて映像をモノクロで展開しているということ。

これによって登場人物の肌の色がかなり露骨に2極化しやすくなり、社会がいかに肌の色をバイナリーな認識で捉え、勝手にカテゴライズしているかを浮き彫りにさせます。

クレアの白々しいほどの白さと、アイリーンの自信なさげな白さ。

そして忘れてはならないのはこの2人を見つめる他者の目。白人の男性であるジョンは2人をどう見ているか、黒人の男性であるブライアンは2人をどう見ているか、さらに黒人女性の使用人であるズリーナは2人をどう見ているか。

それぞれの立場・境遇によってこのアイリーンとクレアをどう認識するのかが違ってきて、それがまたサスペンスを生んでいく。もちろんそこには人種だけでなく、ジェンダーの要素も絡んできます。

「あなたに会ったせいで欲が生まれた」と手紙に綴るクレアの本心は何だったのか。差別のない白人として生きたいからそう振舞っているのかと思ったら、わざわざ危険を冒してまでハーレムに足を運んで「もう1度黒人に囲まれて笑い声を聞きたい」と言ってのけたり。

一方で、アイリーンはそんなクレアを理解しきれない中、黒人の差別の歴史に興味を持ち始めた息子にも複雑な感情を持ちます。アイリーンもまた黒人と白人、その境界上で何が正しいのかもわからずに迷っているのでした。黒人すぎればアイデンティティは確立できるかもだけど差別を受ける。白人すぎれば黒人としてのアイデンティティをおざなりにしているような罪悪感もある。

ラストはジョンに黒人だとバレてしまうクレア。1920年代当時はこういうことは実際に起きていたようで、「ラインランダー対ラインランダー」のような有名な裁判もあります。

クレアは最後は建物の窓から落下死という悲劇に終わります。それが偶発的な事故なのか、自殺なのか、それともジョンに押されたのか、はたまたアイリーンが…。その真相はわかりません。

もともと原作ではアイリーンとクレアの関係性から同性愛的な揺らぎを読み解くというクィア・リーディングも批評家によって行われていました(夫のブライアンをクィアとみなす批評もある)。映画版である本作ではあまりそのセクシュアリティの面を強調することはしていなかったと思いますが、とくにあのクレアの奔放な姿は脱規範的な渇望を感じさせるものがあった気もします。

映画の終わりは、上空からの視点で冬の月積もる街を映し、白く消えていき、画面は真っ白に。この終わり方も良かったですが、人種の規範が揺らいでいるこの2021年に1929年の小説が映画化されたのも示唆的ではあったのかなと思います。

『PASSING 白い黒人』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 90%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix パッシング白い黒人

以上、『PASSING 白い黒人』の感想でした。

Passing (2021) [Japanese Review] 『PASSING 白い黒人』考察・評価レビュー