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『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』感想(ネタバレ)…マリオン・ドハティの名を残す

キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性

マリオン・ドハティの名をここに残す…ドキュメンタリー映画『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Casting By
製作国:アメリカ(2012年)
日本公開日:2022年4月2日
監督:トム・ドナヒュー

キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性

キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』あらすじ

映画業界で最も重要な仕事のひとつでありながら、これまであまり知られることのなかったキャスティング。長年にわたってハリウッドで活躍し、キャスティングの概念を一新させたマリオン・ドハティは、スタジオシステム方式から多様なアンサンブルキャストへと移行する道筋を開き、アメリカン・ニューシネマの隆盛にも大きく貢献した。そんな仕事の全容を多くの映画界の著名人が語り明かしていく。

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』感想(ネタバレなし)

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キャスティングについてちゃんと知っている?

最近のハリウッド映画は無理やりマイノリティのキャラクターを登場させるように強要されている!

…そう妄信する人が残念ながら一部で頑なに存在し続けているのですが、もちろん事実ではありません(そもそもマイノリティなキャラクターの数は現時点でもとても少ない)。そう考えてしまう人がいる理由は何なのかと考察すると、やはりポリティカル・コレクトネス的な世間の風潮への無知と劣等感からくる反発が背景にあるのだろうなとは察せられるのですけど、もっと根本的なことを考えると私たちは「どんなキャラクターにどんな俳優を起用するのか」という映画業界で当然のように行われているキャスティングというものについてよく理解していないというのも影響しているのではないかなとも思います。

なんというか私たちはキャスティングについてかなり漠然として思い込みを抱えています。「特定の偉い人がこの俳優を使え!と押し付けている」だとか、「俳優はオーディションで多数決で決まる」とか。もちろんそれもひとつの側面かもしれませんが、キャスティングはさまざまな過程があり、そのキャスティングの在り方も歴史上常に変化してきました

そしてそのキャスティングを中心的に担う職業があります。それが「キャスティング・ディレクター」です。しかし、キャスティング・ディレクターが話題に出ることはほとんどありません。キャスティングについて論じていてもキャスティング・ディレクターに言及されないのは変なのですが、なんとなく注目されることさえない…。

この不自然な状況を自覚し、映画史においてキャスティング・ディレクターがどれほど重要な貢献をしてきたのかを掘り起こすドキュメンタリーが今回紹介する作品です。

それが本作『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』

本作はキャスティング・ディレクターに着目し、アメリカの映画やドラマといった映像エンターテインメント産業を根幹から変えた偉業を語り明かしてくれます。ものすっごく多くの著名人のインタビューが目白押しで(これでもかなりカットされているらしい)、あの監督やあの俳優まで。映画好き・俳優好きの人にとっては貴重すぎる映像の山盛りです。なのであの作品の裏話やら豊富なアーカイブ映像やらなどが満載なので、ファンにはたまらないでしょう。映画史を学ぶなら必見のドキュメンタリーです。

ハリウッドに変化をもたらした女性の功績を称えるという点では、『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』と同様の作品の立ち位置ですね。

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』を監督したのは、セルフ・ポートレイトで有名な写真家のシンディ・シャーマンについてを題材にしたドキュメンタリー『Guest of Cindy Sherman』(2008年)で長編監督デビューした“トム・ドナヒュー”。2015年には米軍の兵士のメンタルヘルスについてレポートした『Thank You for Your Service』、2016年にはロバート・デヴィによるシナトラ生誕100周年記念のイベントの模様を記録した『Davi’s Way』、さらに2018年にはハリウッドのジェンダー格差を調査・分析した『This Changes Everything』…こうした多彩なドキュメンタリーを製作してきました。

ただ、ひとつ忠告しておかないといけないのは、この『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』は2012年の作品なのです。本作で最重要人物としてクローズアップされている“マリオン・ドハティ”というキャスティング・ディレクターが2011年に亡くなり、その追悼の意味も込めて制作されています(ドキュメンタリー制作中は存命でしたが、完成前に亡くなってしまった)。

それがなぜ日本では2022年に劇場上映されることになったのかはよくわからないのですが、おそらく映画を楽しむだけでなく、「MeToo」や「ダイバーシティなインクルージョン」を含む業界構造の変化にも関心が高まっている昨今の日本のハリウッド映画ファンの需要に意義を見出したのかな。

公開されるのは嬉しいですが、いかんせん10年前の作品なのでやや古い内容も一部ではあります。本作で“良きこと”として映し出されるものが今ではそんなに褒められるものじゃない…とか。そのあたりは後半の感想で補足しつつ、私なりに2022年のキャスティング・ディレクター事情もまとめているので、良かったら以下の後半も読んでみてください。

なお、“ウディ・アレン”がそれなりに画面に映るので、この人の顔は見たくないという人は適度に目をつぶるしかないですかね。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:映画ファンは知っておきたい
友人 3.5:映画好き同士で語りも深まる
恋人 3.5:映画ファンで趣味が合うなら
キッズ 3.5:映画史を学べる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』感想(ネタバレあり)

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「映画は9割以上がキャスティングで決まる」は本当です

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』を鑑賞して兎にも角にもハッキリと理解できるのは、キャスティング・ディレクターの映画史に対するとてつもない実績です。いや、実績なんて言葉では言い表せない、もうキャスティング・ディレクター抜きでは今のハリウッドの光景は様変わりしていたであろうくらいの影響力であるのが実感できます。

かつてのハリウッドの黄金期ではキャスティング・ディレクターといってもその仕事は事務的なもので、あらかじめ決まっているリストから俳優を選ぶだけという、自分の意見は反映されない、ただのリスト作成係でした。当時のハリウッドは「スター」と呼ばれる俳優が全て。自社のスタジオでどれほど多くのスターを輩出し、契約して我が物として所有できるか。それで競争しています。

俳優の評価も「タイプ」が全て。悪役、魔性の女、ピンナップガール…似た役をひたすらにやらせる。演技なんて優先順位は低く、スターが欲しいのであり、欲しいのは役者ではない。悲しいハリウッドのひとつの現実ですね。

そんなハリウッドにはない方法を実践し始めた新しいタイプのキャスティング・ディレクターがニューヨークに登場。それが“マリオン・ドハティ”でした。テレビで働いていたマリオン・ドハティは舞台劇をあちこち回り、才能を秘めていそうな俳優を見つけては起用します。スターとして儲かるかではなく、作品が面白くなる俳優を見い出す。結果、これまでにないアンサンブルを見せる個性派な俳優が登場しました。

マリオン・ドハティと並ぶパイオニア的存在であるキャスティング・ディレクターの“リン・スタルマスター”も活動を活発化させます。

そうして俳優の道が切り開かれた人物が、まあ、なんともそうそうたる顔ぶれで…。

『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』で後に賞ステージに立つ“ロバート・デュヴァル”のキャリアはドラマ『裸の町(Naked City)』で始まりました。スターらしくない俳優として抜擢された“ダスティン・ホフマン”は『卒業』『真夜中のカーボーイ』を始め、新しい映画の顔に。

他にも、“ジェームズ・ディーン”、“ロバート・レッドフォード”、“ダイアン・レイン”、“ジョン・トラボルタ”、“アル・パチーノ”、“シビル・シェパード”、“ジョディ・フォスター”、“グレン・クローズ”…。

“メル・ギブソン”なんて、キャスティング・ディレクターがいなかったら役者を辞めて有機野菜や牛を育てようかなと思っていたって言ってましたし…。

『脱出』のバンジョーの場面のように、キャスティング・ディレクターがいたから成立した名シーンもある。『リーサル・ウェポン』“ダニー・グローヴァー”のように、脚本に黒人という指定はなかったのにもかかわらずの起用によって、人種の偏見を打ち破って名作が生まれたこともある。

大袈裟でも何でもなくキャスティング・ディレクターが作品の根幹を支えている。“マーティン・スコセッシ”監督の言葉「映画は9割以上がキャスティングで決まる」は全く嘘ではないことがよくわかります。

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みんなド新人だった

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』を観ていると、とにかく俳優や監督がキャスティング・ディレクターに感謝しまくっています。別にこれはリップサービスでも何でもなく、本気で心から思っているのが本作で具体的に伝わってきます。

そもそもどんなに今は著名な俳優でもスタートラインではド新人でした。その初々しい失敗を語る俳優の姿も印象的です。“ジョン・ヴォイド”が初めての泣きの演技でかっこわるい失態をして、それがトラウマになってしまったと追想する姿もあったり…。あの『帰郷』や『暴走機関車』で高評価を獲得し、今やすっかりドナルド・トランプの熱烈な支持者という感じでしかなくなったあの“ジョン・ヴォイド”も、こんな弱さを語るとは…。“ジェフ・ブリッジス”だって初めてのキャリアの思い返したくもない過去がある。

こういう俳優にとって最も不安な出発の時期を支えてくれるからこそ、キャスティング・ディレクターへの絶大な感謝が芽生えるというのは考えてみれば当然ですね。

そんな映画人の育成の場におのずとなってしまったマリオン・ドハティの事務所。上には脚本家の卵が住んでいて、ボイラー室には“トム・スプラトリー”が居座って、“エド・ローター”が郵便のふりで事務所に入ってきたり、スコセッシが猫を嫌がっていたり、想像するだけですごいカオスだ…。

監督もキャスティング・ディレクターに感謝する人はたくさん。監督だって人付き合いが苦手な人もいるし、面接で俳優を落としたりするのが嫌だったりするし、必ずしもキャスティングの才能があるわけではない。だからキャスティング・ディレクターが重宝されるというのも納得です。

一方で、全米監督組合の強い反発もあって、キャスティング・ディレクターがクレジットされるときに「director」と表記できないとか、アカデミー賞で部門が作られないとか、今だに「監督とは絶対的な唯一無二の存在である」という価値観が根強いのは残念です。やっぱりハリウッドの中枢は黄金期のスターシステム時代から何も変わらない保守的価値観が蔓延っているのでしょうし、少なからず映画ファンもそんなキャスティング・ディレクターの無視に関与してしまったことを思うと私も申し訳ない気持ちに…。

ハリウッドのスタジオが経営不振になってキャスティング・ディレクターの存在が独立性を確保できたのは良かったですが、時代が変わると今度はハリウッドの映画ビジネスが巨大企業化の波に飲まれ、しだいに美男美女の見栄え重視になってまたもキャスティング・ディレクターが軽視される風潮が…というのもあらためて眺めると悲しい。

マリオン・ドハティに具体的な表彰をできずに終わったというのはハリウッドの汚点ですね。“ジュリエット・テイラー”、“ウォリス・ニキタ”、“ネッサ・ハイアムズ”、“エレン・ルイス”、“アマンダ・マッキー”と、女性の雇用という意味でも重大な役割を果たしたのに…。

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2022年のキャスティング・ディレクターの現在地

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』は前述したとおり、2012年の作品なのでやや内容が古いです。たかが10年のブランクとは言え、この10年にハリウッドの価値観は大きく変容したので、あれこれと本作に注釈をつけたいこともでてきます。

例えば、『ガープの世界』“ジョン・リスゴー”がロバータという性別適合手術をしたトランスジェンダー(トランスセクシャル)女性の役に抜擢され、それが本作では挑戦的なキャスティングの好例として紹介されていましたが、『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』で説明されるように「トランスジェンダーの役をミスジェンダリングな俳優にやらせる」ということの差別的暴力性は今では問題視されています。

そんなこんなで以下では、2022年のキャスティング・ディレクターの現在地として、どんな人がどんな活躍をしているのかをあっさりですけど簡単に紹介し、本作のフォローアップとしておきます。

まず「Avy Kaufman」はベテランであり、『マ・レイニーのブラックボトム』や『メア・オブ・イーストタウン』など俳優のアンサンブルで高い評価を受けた作品を多数手がけています。「Mary Vernieu」は『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』を手がけ、「Jina Jay」は『DUNE デューン 砂の惑星』や『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』など大作も。あの『POSE ポーズ』で圧倒させてくれた俳優陣を揃えたのは「Alexa L. Fogel」です。

『ミナリ』『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』の「Julia Kim」や、『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』『ザ・ファイブ・ブラッズ』の「Kim Coleman」のような、非白人のキャスティング・ディレクターも大活躍しています。

同性愛者のキャスティング・ディレクターである「David Rapaport」は、『BATWOMAN/バットウーマン』や『SUPERGIRL/スーパーガール』などクィアなキャラが出てくる作品を支えていますし、『ブリジャートン家』『Fleabag フリーバッグ』の「Kelly Valentine Hendry」はレズビアン当事者でクィア活動家でもあり、「トランスジェンダーの役はトランスジェンダー当事者に」という支持を表明しています。

キャスティング・ディレクターの仕事は今でも過小評価されていますが、間違いなく今も欠かせない影響力を持っています。私は今後の感想ではキャスティング・ディレクターも忘れないようにしたいと思いました。

『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 79%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)Casting By 2012 キャスティングディレクター

以上、『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』の感想でした。

Casting By (2012) [Japanese Review] 『キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性』考察・評価レビュー