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『アイ・ケイム・バイ』感想(ネタバレ)…Netflix;大義を成すにも人種の壁がある

アイ・ケイム・バイ

大義を成すにも人種の壁がある…Netflix映画『アイ・ケイム・バイ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:I Came By
製作国:イギリス(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ババク・アンバリ
人種差別描写

アイ・ケイム・バイ

あいけいむばい
アイ・ケイム・バイ

『アイ・ケイム・バイ』あらすじ

社会の勝ち組として富を独占する富裕層の家を狙い、自己顕示欲を丸出しにした作品を残していくグラフィティ・アーティストとして世間を騒がせ始めていた2人の若者。しかし、そのコンビの活動もひとりの家庭の事情により成り立たなくなり、やむを得ずひとりだけで行動にでる。ところが、ある家の隠し地下室で衝撃の秘密に遭遇したことから、その軽はずみな正義は想定外の決断を迫られることになってしまう。

『アイ・ケイム・バイ』感想(ネタバレなし)

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夜露死苦とか描いてる場合じゃなかった

公共物への落書きが事件としてニュースになることが日本でもありますが、そんなニュースを見ているといまだに「夜露死苦」って描かれていることがあるんですね。その文化、絶滅していなかったんだな…。

そんな低俗で意味のない文字などはともかく、そのスタイルや目的によっては落書きではなくグラフィティ・アートという芸術的な文化としての評価を獲得することもあります。でもただの落書きとグラフィティ・アートの違いって何?と聞かれるとそれは困るもので、こればかりは社会がそれをどう受容するかに左右される面も大きいです。

今回紹介する映画は、社会の抵抗のつもりでグラフィティ・アートを描いていた若者たちがとんでもない事態に巻き込まれていくサスペンス。

それが本作『アイ・ケイム・バイ』です。

物語は、先ほども言ったようにグラフィティ・アートを描くのを趣味にしている若者が主人公。趣味と言っても本人にしてみれば社会への反抗のつもりであり、いわゆる“バンクシー”みたいなのと同じことをしようとしているのですが、やっていることはそれと比べるとやや単純です。単に壁の外にアートを描くのではなく、富裕層などの家を狙ってそこに侵入し、室内の壁に「参上!」と文字を描く。目的はどうであれ、家宅侵入などで犯罪なのですが、この主人公はそこに罪の意識を感じておらず、これは正義の証だと自負しています。

ところがこの正義のグラフィティ・アーティストきどりの若者がある大物判事の家に忍び込むと、そこで想定していなかったとんでもない光景を目撃してしまい…という感じで、物語は緊迫感を増していきます。アートだけで正義感を満足させていたら、もっとリスクある正義の決断を迫られてしまうような…。これ以上の詳細は実際に映画を観てその目で確かめてください。

この『アイ・ケイム・バイ』を監督しているのは、2016年に『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』というホラー映画で監督デビューした“ババク・アンバリ”(ババク・アンヴァリ)。2019年には『ワウンズ 呪われたメッセージ』という映画も監督しました。

テヘランを舞台に心霊現象に見舞われる一家を描く『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』には特にその要素が濃かったですが、“ババク・アンバリ”監督はイラン人ということで、人種や民族性を基点した物語展開を特徴とする作品が得意なのかなと思っていましたが、今回の『アイ・ケイム・バイ』もその要素がさりげなく混ざっています。むしろこちらが裏テーマなんだろうなと思うのですが、そこに気づけるかどうかはそういう視点で物語を読めるかどうかに関わってくる問題で、今はそういうリテラシーが映画鑑賞の反応を大きく分けてしまう事例もよく観察されるようになってきましたね。

今回の『アイ・ケイム・バイ』の方には心霊要素はないので、そこは誤解なきように。

『アイ・ケイム・バイ』の俳優陣は、まずひとりが『1917 命をかけた伝令』で戦場を走りまくっていた“ジョージ・マッケイ”。彼はもう30歳なのですが、童顔なのでひとまわり若い年齢の役を演じることが多いですね。次にドラマ『THE INNOCENTS/イノセンツ』で活躍したジンバブエ系の“パーセル・アスコット”。そして『ノーカントリー』『オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体』の“ケリー・マクドナルド”。この3人が実質的な主人公です。

この3人の前に立ちはだかる恐怖の人物を演じるのが、“ヒュー・ボネヴィル”。『パディントン』シリーズではとても気さくな紳士のおじさんを好演していましたが、この『アイ・ケイム・バイ』ではガラっと変わってめちゃくちゃ怖いです。もう殺気を全身で放ってる。パディントンもさすがにドン引きするだろうな…。

『アイ・ケイム・バイ』はNetflixで配信中です。やや暗いシーンが多いので、各自で見やすい環境を整えてください。

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『アイ・ケイム・バイ』を観る前のQ&A

Q:『アイ・ケイム・バイ』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2022年8月31日から配信中です。
✔『アイ・ケイム・バイ』の見どころ
★サスペンススリラーの中に紛れた人種差別の風刺。
✔『アイ・ケイム・バイ』の欠点
☆展開やオチは賛否両論あるような後味を残すかも。
日本語吹き替え あり
勝杏里(ジェイ)/ 梶川翔平(トビー)/ 高岡瓶々(ヘクター)/ 斎藤恵理(リジー)/ 村田遥 ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:暇つぶしに見るのも良し
友人 3.5:サスペンスとしては手軽
恋人 3.0:ロマンス要素は薄め
キッズ 3.0:やや暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アイ・ケイム・バイ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):アートでは片付けられない事態に

夜中。ヘッドライトで照らしながら室内の壁にスプレーで文字を描く2人組。住人が帰ってくる前に終わらせないといけません。時計が時間を知らせ、2人は急いで撤収。ベランダを降り、マンションから立ち去ります。地面に降りた2人は服を脱ぎ、リュックを背負ってわずかに一服。その後は二手に分かれ、闇夜の街に消えるのでした。

トビージェイは最近はこうやって金持ち連中の気に入らない家に忍び込んでは、夜な夜な壁にグラフィティ・アートを描いて去っていくという、自分たちなりの鬱憤を晴らす活動をしていました。世間にはそんな目に遭ってもいいだろう嫌な奴がいる…そう考えていました。

ひとりで帰るトビーは駅でホームレスを見下すような目線を向けたスーツの男を目撃します。そこで尻ポケットからスマホを抜き取り、拾ったふりをして丁寧に返します。そしてトビーはお礼のおカネをもらい、そのお札をホームレスに渡すのでした。ざまあみろと思いながら…。

こっそり帰宅し、音を立てないように自分の部屋に到着。これで今夜の仕事は終わりです。今頃あの家の住人は壁に描かれた「I came by」の文字を目にして茫然としているはず。

この「I came by」事件はネットニュースになっており、トビーは満足げです。

そうこうしているうちにジェイが次のターゲットとなりそうな人物の情報を仕入れてきます。ジェイは日中は作業員として働いており、その作業のために家に入れるので、居間のWiFiルーターの写真を撮り、トビーに送っていました。これでセキュリティを突破しやすくなります。

次の狙いはヘクター・ブレイクという判事です。世間一般では平等を支持する公正な判事として評判がいい人物ですが、トビーはそう思っていません。相棒のジェイと落ち合い、あの判事は植民地主義者だとトビーは断言。象牙を持っているし、これはその差別の証に違いない…。

ところがジェイはもう辞めると言い出します。なんでも彼女のナズが妊娠したらしく、所帯を持つのでこの仕事は続けられないとのこと。トビーは「捕まりはしないよ。絵で社会と闘うのが使命だろ、特権階級の家に入り込めるんだぞ」と訴えますが、ジェイは頑なに拒絶を突きつけ、2人は仲違いしてしまいました。

「I came by」事件に対する世間の評価はさまざまです。子どもじみた自己満足だと言い放つ人もいます。あんなものは芸術でもないと…。

トビーは母のリジー(リズ)と口論が絶えず、嫌気がさしていました。

しょうがないのでトビーはひとりであのヘクターの家に侵入を試みます。外からWiFiに接続し、機能を切断。室内へ。何かの物音を感じるも、ただの扇風機でした。

一方、判事はスマホで不正アクセスの可能性ありと通知を受け取り、警察上層部のロイとスカッシュをしていたのを切り上げ、帰宅します。ロイは警官を送ろうかと心配してくれますが、それは遠慮します。

それを知らないトビーは机の中で写真を見つけました。さらに棚の奥に秘密のドアを発見。明らかに怪しいです。そして中に誰かいるのを目にし、驚いて尻もち。時計が時間を知らせます。

ヘクターが慌てて帰ってきましたが、その背後でこっそりトビーは立ち去りました。

トビーはジェイに「話がある」と先ほどの目撃したものを説明しようとしますが、「何があったんだとしても俺は関わらない」とドアを閉められてしまいました。

もしあの判事が誰かを監禁しているならこれはヤバい。警察もあてになりません。トビーは決心します。自分で何とかしようと…。

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あの男はなぜここまでの犯罪をしていたのか

『アイ・ケイム・バイ』は、安易な気持ちで他人の家に忍び込んだら、侵入の罪以上にそこにはヤバイ状況があった…というスリラーのジャンルにはありがちな出だしです。家というのは当人にとってのプライベートな空間。そこには表からは見えないものもいっぱいある。その私的領域に踏み込んでしまうことは縄張りを荒らすというだけでない、パンドラの箱を開けるようなことになるかもしれない…。

本作の場合は、『リック・アンド・モーティ』を見る趣味があるヘクター・ブレイクという判事の家です。この判事は、人種、民族、性的指向、ジェンダー・アイデンティティなど幅広いトピックにおいて平等を支持しており、世間の評価はかなり高い様子。

ところが作中で明かされますが、その実態はとんでもない狂人でした。それこそ人殺しさえも躊躇わないほどに…。

なぜあのヘクターはあんな常軌を逸した非倫理的な犯罪を自宅でしているのか。単なるヤバい奴というだけでなく、一応、この映画ではその背景がセリフでチラっとさりげなく説明されていました。

その動機にはどうやら家族の問題があるようで、父親が移民男性との間に同性愛関係を持ってしまい、そのせいで家族がバラバラになったという憎しみがあり、ヘクターの中では嗜虐的な行動への衝動に繋がっているということ。つまり、人種差別者であり、同性愛嫌悪(ホモフォビア)であるのですが、その原点には父への恨みがあるんですね。これもある種のホモソーシャルな家庭の犠牲者というべきか。

とは言え、それは情状酌量の余地ありということにはなりません。ましてや連続で監禁を重ねているので常習的です。

本作のこのヘクターの設定は考えようによっては「Qアノン」的な陰謀論とハマりやすいです。リベラルな大物は実は極悪な非倫理的な行為を裏で隠れて行っている…。それを白日の下に晒そうと自己中心的な正義を振りかざすあのトビーの行動もどことなくQアノン信者的な無鉄砲さですしね。トビーは絶対にそっち系の陰謀論にのめり込むタイプの奴ですよ…。

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同じことをしている仲間だと思っている?

それだけだとまるで陰謀論肯定映画になってしまいますが、『アイ・ケイム・バイ』はもうちょっと皮肉ったことをしています。

『アイ・ケイム・バイ』はそんなサスペンス・スリラーの中で、人種的な構図の違いを浮き彫りにさせます。

わかりやすいのがトビーとジェイ(ジャミール・アガシ)の2人。この2人は同じグラフィティ・アートによる家宅侵入行為をしているわけですが、同一のリスクを冒しているのでしょうか。答えはNOです。なぜなら2人は白人と黒人、人種が違うからです。

その差は冒頭からさりげなく描かれており、例えば、あの冒頭のマンションから脱出して二手に分かれた後、夜の街を歩くトビーの横をパトカーが通り過ぎます。もしトビーが黒人であれば、真っ先にパトカーは彼を不審者扱いして止めていたかもしれません。また、トビーは駅でホームレスを見下す男にひとつの反撃をしてやるのですが、これだって白人だからできることです。黒人だったらそもそも警戒されるだけであり、お礼のおカネどころか、その場で通報されていることも考えられるでしょう。

「同じことをしている仲間だと思っているかもだけど、違うからな?」という念押しを示すのがこの映画の隠れたメッセージであり、マジョリティ特権の上にあぐらをかいて行う正義は無自覚に陥りやすいという弱点を突きつけてもいる。トビーは他人の差別主義をノリノリで批判しますが、自分の特権には気づいていないのです。

そもそもグラフィティ・アートというのは黒人のヒップホップ文化から派生しており、それに便乗しているということに白人のトビーは自覚的でなければならないのに…。

物語はトビーの退場後はリジーにバトンタッチしますが、彼女の訴えは警察もとりあえず聞いてくれますし、張り込みをしていても怪しまれません。そこは白人女性の特権があるゆえです。

逆にジェイは本当に動きづらい状況にずっとあります。そんな彼がついに重い腰をあげてあの不気味な家に挑んでいき、最後はアートを残す。この過程を通して初めて完成するアートでしたね。

苦言があるとすれば、トビーやリジーの死という犠牲があったとは言いつつ、あのヘクターを警察に突き出しただけで事態は無事に前向きに収束に向かうのか、そこはやや不透明で確信が持てないので、このラストのカタルシスも微妙に乗り切っていいのかわからないのが欠点かなと。もうちょっとダメ押しでもうひとつ大きな展開が最後に追加されていると良かったかもと思います。

正義がしたいならまずは己を省みることからですね。もちろん正義を嘲笑うのは論外なので、そんな人の背中にはペンキで「冷笑しかできない人間」って描いておきますよ。

『アイ・ケイム・バイ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 68% Audience 46%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix アイケイムバイ

以上、『アイ・ケイム・バイ』の感想でした。

I Came By (2022) [Japanese Review] 『アイ・ケイム・バイ』考察・評価レビュー