映画ではビンタより凄いことをしています…「Apple TV+」映画『自由への道』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にApple TV+で配信
監督:アントワーン・フークア
人種差別描写
自由への道
じゆうへのみち
『自由への道』あらすじ
『自由への道』感想(ネタバレなし)
ビンタ事件から早くも主演作登場
2022年3月27日に授賞式が行われた第94回アカデミー賞。みんな何の映画が作品賞を獲ったかよりも、どうせのあの出来事しか覚えていないでしょう。「ビンタ事件」です。
出来事は一瞬でした。長編ドキュメンタリー部門のプレゼンターとして舞台に立った“クリス・ロック”が最前列に座っている“ウィル・スミス”の妻である“ジェイダ・ピンケット・スミス”を意識して「G.I.ジェーンの続編が楽しみだよ」というジョークを言ったことが発端です(「G.I.ジェーン」の主人公は丸刈りの女性で、“ジェイダ・ピンケット・スミス”は脱毛症ゆえに同じようなヘアスタイルをしている)。このジョークで妻を侮辱されたと激昂した“ウィル・スミス”は突然ひとりでステージに上がり、“クリス・ロック”に渾身の平手打ちを浴びせたのでした。
「たかが1発のビンタじゃないか?」と思う人もいるかもですが、それでは済まない背景がいくつもあり、そのひとつは人種問題です。これが白人同士のビンタならまだ問題は単純だったでしょう。黒人同士というのが事態をややこしくしました。
なぜなら、歴史を振り返れば、黒人同士を戦わせて暴力を振るわせるという行為はエンターテインメントとして消費されてきたからです。奴隷時代に遡る話ですが、その後も黒人、とりわけ黒人男性と暴力性は過剰なまでに紐づけられ、差別の正当化に利用されてきました。
アフリカ系の人権団体はこうした「黒人=暴力的」という不当なレッテルを払拭するためにずっと尽力を続けてきました。そんな中でのこのアカデミー賞でのビンタ事件です。エンターテインメントの大舞台である授賞式で黒人が黒人に暴力を振るう…これがどんなインパクトを与えるのか。実際にこの事件の反応として、アフリカ系の人権団体で活動する人の一部は深い失望とともに複雑な感情を吐露している光景が見られました。たった1発のビンタで自分たちの活動が吹き飛んでしまうのですから、それはもう…。
ビンタしてしまった“ウィル・スミス”ですが、本人もその過ちを痛いほどよく理解しているはずで、今さら責めることでもありませんが…。
そんなこんなの後、渦中の“ウィル・スミス”のキャリアが大いに心配されることになりましたが、結果的にはアカデミー賞関連のイベントに出席禁止程度であり、業界から干されるようなことは起きていません。まあ、今は“ウィル・スミス”本人も少し心を休めて、少しずつ活動再開すればいいと思っているでしょうけど…。
その“ウィル・スミス”の主演作ですが、さっそく2022年に新作が公開されました。内容的に「あの事件の後にこれかぁ…」という感じではあるのですけども、やっぱり“ウィル・スミス”くらいの映画スターになるとキャンセル・カルチャーなど無関係ですかね…。
それが本作『自由への道』。
この映画は、1860年代の奴隷制度が残るアメリカ南部を舞台に、残忍な白人の支配から逃れようと決意したひとりの黒人の実話に基づく物語となっています。
原題は「Emancipation」。「解放」という意味で、奴隷解放運動とかの「解放」ですね。それにしてもまたざっくりとした邦題をつけたな…。
監督はあの『トレーニング デイ』でおなじみの“アントワーン・フークア”です。最近は、2021年は『インフィニット 無限の記憶』と『THE GUILTY/ギルティ』、2022年はドラマ『ターミナル・リスト』と、そして本作『自由への道』…ずいぶん仕事しまくってますね。
その“アントワーン・フークア”監督作ということもあって、この『自由への道』はややエンターテインメントな方向に寄っている部分があります。同じ黒人奴隷の過酷な実態を描く『それでも夜は明ける』と比べると、硬派な印象は少し薄れているかな、と。元も子もない言い方をしてしまうと、本作は“ウィル・スミス”ヒーロー映画なんですけどね。
“ウィル・スミス”と共演するのは、『ガルヴェストン』『ザ・コントラクター』の“ベン・フォスター”、ゲーム「グランド・セフト・オートV」でおなじみの“スティーブン・オッグ”、『ブラック・ボックス』の“シャーメイン・ビングワ”、ドラマ『ルーク・ケイジ』の“ムスタファ・シャキール”など。
せっかく“ウィル・スミス”の主演作が何事もなく公開されたのですが、残念ながら日本では劇場公開されることなく、『自由への道』は「Apple TV+」での独占配信という扱いにとどまっています。あまり宣伝してくれない「Apple TV+」なので、“ウィル・スミス”が以前と変わらず活躍していることを知らないままの人もいるんじゃないかな。
ちなみに、Apple製デバイスを新規で購入すると「Apple TV+」が3か月分無料になるので、「最近買ったぞ」とか「これから買うよ」という人はぜひ特典を無駄にせずに「Apple TV+」を利用してみてください。このサイトでも「Apple TV+」で独占配信する面白い作品の感想を書いているので、そちらもよろしければ参考にどうぞ。
『自由への道』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優好きなら |
友人 | :映画ファン同士で |
恋人 | :デート気分ではない |
キッズ | :暴力描写が多め |
『自由への道』予告動画
『自由への道』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):必ず戻る
ルイジアナ州の大規模な綿花プランテーション。大勢の黒人が黙々と働き、銃を持った馬に乗った白人がそれを見張っています。
その地で、ある家にてピーターという男の黒人が連れて行かれます。家族の身を守るために大人しく従うことにし、乱暴な扱いで檻の馬車に乗せられます。彼はこれからより重労働が待っている場所へと徴用されるのです。ピーターは「俺は帰ってくる。必ず戻る」と家族に告げます。
しばらく揺られているとどこかで爆音が聞こえたような気がします。周囲には黒人の生首が突き刺さっており、ここから逃げられないことを物語っていました。
他の黒人たちと一緒に鎖でつながれて降ろされ、「前を見るな。下を向け」と罵声を浴びます。ここはどうやら線路を造っているようで、少しでも気に障ることをすれば、鞭打たれるか、馬に引きずられるか、撃ち殺されるか…。頬に焼き印をつけられる者も目にしました。
フォッセルという白人が逃亡者狩りとしてここでは恐れられているひとりのようです。他にも複数の白人が黒人を日常的に虐げています。
労働が終われば、木で簡易的に作られた檻の中で地べたに座って休むだけ。ピーターは隣のトーマスに話しかけ、「大切な人はいるか?」「忘れるな。無心で働け。神がついている」と声をかけます。
しかし、「神は味方だとなぜ言える? なぜ神はお前を解放しない?」とひとりが不満をぶつけ、ここで信念を捨てていない者はほとんどいないことがわかります。
ピーターは休憩中に呼ばれ、働き続けろと指示されます。完全に目をつけられました。
白人たちの会話を盗み聞きすると、「リンカーンが奴隷を解放した。リンカーンの軍がバトンルージュを制圧したから各地の奴隷たちがそこへ逃げ込んでいる」という情報を知ります。
ピーターは目つきが生意気だと銃を向けられますが、フォッセルは口笛でそれを制止します。彼は不気味に座っているだけです。休んでいるピーターに話しかけてくるフォッセルは「面白い奴だな」とピーターに興味を持ったようです。吠える犬の前に座らせられ、「臭いを覚えたぞ」と脅されます。
奴隷はもう自由らしいと仲間に語るピーター。「バトンルージュまで逃げよう」と提案します。
そしてある労働の最中、死んだ奴隷を穴に捨て、石灰をかける作業にて、隙を突いてスコップで白人を殴りつけるピーター。奴隷たちは一斉に逃走し、白人が次々発砲していきます。犬を放ち、沼地へと馬で追いかけるようです。
ピーターたちは森を走り、ひとりが犬に噛みつかれる中、残りは沼を渡ります。
いつの間にかピーターはひとりになってしまいました。ここは危険でいっぱいです。いつ命を落としてもおかしくありません。
さらにフォッセルが執拗な追跡を続けており、確実にピーターに迫っていました。果たして逃げ切ることはできるのか…。
3つのパートでジャンルを切り替える
『自由への道』は簡単に分けると3幕構成になっており、3つのパートで映画のジャンルも全く変わってきます。どちらも非常にジャンル的な作りで、『マグニフィセント・セブン』ほどではないにせよ、“アントワーン・フークア”監督の作家性が滲んでいます。
最初のパートは、ピーターが線路建設の過酷な労働現場に徴用され、虐げられる中で、反乱して脱走する展開です。このシークエンスはとても陰惨で、見るからに奴隷制度の劣悪さが伝わる映像のオンパレード。
個人的にはもっと脱獄モノの緻密な面白さがあるのかなと思っていたのですが、反乱はわりとあっさり始まり、なんだか拍子抜けでしたが…。
次のパートは、ピーターがフォッセルたち追手から逃げ惑うことになる展開です。沼地の森でサバイバルをしながらの逃走劇。ここもまた残酷な猛威が疲労困憊のピーターを次々と襲ってきます。
ただ、ワニに襲われるのはやりすぎ感もありますけどね。私なんかは人とワニが戦うシーンが見れるならそれはそれで盛り上がるのですが、そういうのをこの題材に求めていない人もいるだろうし…。
そして最後のパートは、ピーターがバトンルージュの戦場に辿り着き、二等兵として戦いに参加することになる展開です。やっとの思いで逃げ切ったのに、「働くか、兵士になれ」と迫られるという、ここでも人権も何もないような冷たい扱いを受ける。理不尽さが痛烈に浮かび上がり、それに対してピーターが「私は屈しなかった」と自己主張する…印象的なシーンです。
この戦場シークエンスはかなり大惨劇の戦争が描かれるのかと思っていたら、こちらも盛り上がってきたと思った瞬間にピークアウトを迎えるので、戦争映画としてのスケールはやや乏しい気もします。
こんな感じで本作はこの3パートが各ジャンルとしてそこまで面白さが絶好調を迎えずに収束してしまうので、少しもったいない作りだなと思いました。
『1917 命をかけた伝令』みたいに一貫したスタイルで描き切っていればまだ見ごたえはあったかもしれませんが、この『自由への道』でせいぜいやっているのは、妙にモノクロではないが限りなくモノクロに近い色合いで撮るという方法なだけで…。この映像作りも好みは分かれるでしょうね。
予算不足もあったのかなと思いましたけど、他の戦争映画と比べても見劣りするような製作費ではないので、単純に作品の方向性の問題なのかな。“アントワーン・フークア”監督自身があまりこういうスケールがデカい作品は得意じゃないのかもしれないけど。
実在の人物を勝手にここまで描いていいのか
『自由への道』の主人公であるピーターですが、エンドクレジットで少し示唆されるとおり、実は実在の人物がモデルです。
その人物とは「ゴードン」もしくは「鞭うたれたピーター」と呼ばれる人物で、傷だらけの背中を写真に撮られており、それが有名になって南北戦争中の奴隷制度廃止運動を活気づけることになりました。この写真の撮影は作中でも描かれていましたね。
しかし、このモデルとなった人物には注釈が必要で…。実はその人物のバックグラウンドも含めて本当にどこまで真実なのかがよくわかっておらず、「ゴードン」もしくは「鞭うたれたピーター」はそれぞれ別人なんじゃないのかとか、人物の経歴などは虚偽ではないかとか、いろいろ言われているのです。
結局のところ、詳細はわからないのですが、この『自由への道』ではとりあえずピーターを主人公に設定し、途中でゴードンというキャラクターも登場させて、どちらともとれるような感じでフワっと誤魔化しています。
それはまだいいのですが、“ウィル・スミス”主演としてかなり俳優寄りのバックグラウンド・ストーリーを構築してしまっており、ほぼモデルの人物の物語というよりは、そのモデルの人物を“ウィル・スミス”で塗り替えたような構成になっています。ここは賛否両論呼ぶでしょう。
また、結構直球で家父長的なヒーロー像を描いてしまっており、信仰深い父が妻と娘のために満身創痍で闘うという保守的な“男らしさ”溢れる物語でもあります。黒人男性の“男らしさ”と奴隷制度の関係性というのは専門家からも指摘されており、それ自体を安易に賛美するのはちょっと憚られます。
そもそも“ウィル・スミス”はビンタ事件でそこも問題視されたわけで、余計にね…。前作の『ドリームプラン』に続き、ちょっと“ウィル・スミス”は「父性」を背負いすぎている感じもする…。
最近の奴隷制度を描く作品は、『ハリエット』やドラマ『地下鉄道 自由への旅路』といい、奴隷は奴隷でも女性にフォーカスしたものが目立ちます。それは奴隷制度を一律で描くのではなく、そこに内在する黒人の“男らしさ”への批判も忘れずにしていこうという作り手の姿勢もあるのだと思います。こっちはやや結果論ではありますが、『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』も女性主体の物語で「虐げられた者の復讐」という“男らしさ”を諫めるタイプでしたね。
『自由への道』は『バース・オブ・ネイション』と同質で、黒人男性に偏重したブラックプロイテーションどまりになっているのかなとは思います。
“ウィル・スミス”は次の仕事はもっと「父性」に自己批判的な作品にするといいんじゃないかな。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 49% Audience 88%
IMDb
5.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『自由への道』の感想でした。
Emancipation (2022) [Japanese Review] 『自由への道』考察・評価レビュー