でも大丈夫。猫だから…映画『化け猫あんずちゃん』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本・フランス(2024年)
日本公開日:2024年7月19日
監督:久野遥子、山下敦弘
ばけねこあんずちゃん
『化け猫あんずちゃん』物語 簡単紹介
『化け猫あんずちゃん』感想(ネタバレなし)
猫の寿命が延びれば…化け猫になる
一般的に野生動物の寿命は過酷な自然環境や天敵の影響で短いのですが、飼育下の動物となると寿命は飛躍的に伸びます。
例えば、「猫(ネコ)」の寿命は、現在は13~20年くらいとされています。これはもちろん室内で基本的に飼育されている猫の話であり、野良猫ならおそらく寿命は大きく短くなるでしょう。屋外猫の寿命は平均すると室内飼いの猫の半分程度しかないとの分析もあります(PetMD)。常に安全空間を確保し、栄養価の高い食事を与えられ、医療サービスも受けていれば、長生きするようになるのは当然で、猫の寿命はこの数十年間で大きく延びたと言われています。
家族の大切な一員である猫なら「もっと長生きしてほしい」と思う人もたくさんいると思いますが、実際、猫の寿命はまだまだ延びるのでしょうか?
現在の猫の最大寿命は30年以上との報告もあるので、可能性はなくはないのかもしれません。無論、猫が長生きすればするほど、私たち飼育者の責任を持つべき期間も増えるということですから、ちゃんと覚悟しないといけませんが…。
今回紹介するアニメーション映画は、飼っている猫がやけに長生きしていったら、いつの間にか「化け猫」になって、人語を喋れるようになって二本足で普通に行動するようになった…そんな猫の物語です。
それが本作『化け猫あんずちゃん』。
本作は、2006年から2007年まで『コミックボンボン』にて連載されていた“いましろたかし”の漫画が原作。化け猫として田舎の町に馴染んだ「あんずちゃん」の日常をのんびり描いたコメディです。
わりと昔のそんな作品が2024年にアニメ映画化されるのもなかなか驚きですが(2024年7月より『コミックDAYS』にて続編が連載され始めました)、映画では2020年代の今らしく現代に設定が変わっており、「かりん」という小学生のオリジナルキャラクターの視点を主軸にしています。
子どもが田舎で変な妖怪じみた生物に出会って不思議な体験をしていく…という大枠だけ捉えれば『となりのトトロ』と似たようなものですが、この『化け猫あんずちゃん』はなにせ猫である「あんずちゃん」がそれはもう人間臭く…というか完全に“おっさん”風に描かれているのが味わいです。
今回のアニメ映画化ではこの“おっさん”っぽさにものすごく力が入っており、アニメーションがロトスコープで作られています。実際の人間に演じてもらった動きを基にアニメーションを精密に描いていくロトスコープ自体は、アニメ史の初期の頃からあるものですが(1930年代のベティ・ブープ短編アニメの感想でも説明したとおり)、『化け猫あんずちゃん』は“おっさん”特化型です。
『化け猫あんずちゃん』を監督するのは、同じくロトスコープで作られた“岩井俊二”監督の『花とアリス殺人事件』でアニメーション・ディレクターを担当した“久野遥子”、そして『リンダ リンダ リンダ』や『もらとりあむタマ子』、最近だと『カラオケ行こ!』など多数の実写映画を手がけてきた“山下敦弘”、この2人の共同監督となっています。
アニメーション制作は、『窓ぎわのトットちゃん』を手がけた日本の「シンエイ動画」、『めくらやなぎと眠る女』を手がけたフランスの「Miyu Productions」のタッグです。
この監督&プロダクション体制もかなり異色の座組ですが、こういうクリエイター陣だからこその稀有なアニメ映画となっています。フランチャイズIPが幅を利かせているこの日本の映画界で、『化け猫あんずちゃん』は良い意味で浮いています。
化け猫の隣でちょっとひと休みするのもいいですよ。
『化け猫あんずちゃん』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 子どもでも観れます。 |
『化け猫あんずちゃん』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
南伊豆の池照町。日差しが照り付ける暑さの中、閑散とした小さな池照駅に降り立ったのは、中村かりんという小学5年生の少女でした。父の哲也と一緒に訪れたのは草成寺で、ここが実家です。しかし。父も20年ぶりくらいに帰郷したそうで、かりんも知らない場所でした。
哲也は住職である父親に「しばらくここにいていいか」と言います。実は借金から逃げていました。かりんの母・柚季は3年前に亡くなり、父娘だけの生活です。
夕暮れの中、かりんが寺の敷地を歩いて見回っていると、バイクに乗った猫がやってきます。普通にかかってきた電話に対応しながら、ふとかりんに目を向け「お前、どこのもんだ?」と聞いています。呆然とするかりん。
父はカネを返して迎えに来ると言い、かりんを寺に置いて出ていきます。喧嘩でこの実家を出ていきましたが、さすがにかりんを置くのは許してくれたようです。出発前のいかにも頼りなさそうな父にかりんはわずかのカネを渡し、見送ります。
そんなことを気にもせず、「おしょーさん、仕事、行ってくる」と言い、「あんずちゃん」と呼ばれる猫がまたバイクで出ていきます。
あんずちゃんは化け猫でした。かりんにとっての祖父である住職いわく、土砂降りの中で拾った子猫だったそうで、成長するもいつまでも死なず、30年過ぎた頃には化け猫になっていたそうです。もうこの町に馴染んでいて、顔も知られています。
あんずちゃんは近隣住民に按摩をしたり、いろいろな仕事をしていました。親しみやすく、関係は良好のようです。近所の男の子に不良グループに誘われたりもしますが、マイペースで対応します。
暇なかりんは外に出て、近所の男の子を言いくるめて、情報収集をします。その頃、あんずちゃんはお気に入りのバイクを飛ばしていて、スピード違反と無免許運転で警察に捕まっていました。猫だから免許はいらないと考えていたようですが、警察は見逃してくれません。
あんずちゃんの作った夕食を3人で食べる時間。おやじギャグを口にし、おならをし、立ちションもそのへんでする…自由気ままなあんずちゃんにかりんは溜息しかでません。
あんずちゃんはカネに目がなく、鮎を食べまくるカワウの退治の仕事を報酬3000円に引き寄せられて引き受けます。かりんも参加するハメになり、渋々従いますが、あんずちゃんは世話という名目でかりんに報酬の金額を全て渡そうとはしません。
かりんはあまりに何もない田舎にうんざり。夜はベッドの上で逆立ちの練習をしながら、スマホの壁紙にしている母の写真を見つめます。あの頃にはもう戻れません。
そんな中、かりんとあんずちゃんの交流は続き…。
おっさん猫のトレンド

ここから『化け猫あんずちゃん』のネタバレありの感想本文です。
『化け猫あんずちゃん』は、かりんのような他のさまざまなキャラクターにもロトスコープが使われているのですが、やはり最も目立つ「あんずちゃん」にロトスコープを用いるという、その一点突破で「面白い絵」を作れている時点で完璧にハマっているなと思いました。
最初は普通の人間のキャラクターがロトスコープで妙にリアルで生々しい動きをみせ、そこに魅入っていると、不意にあんずちゃんが登場して、平然とこちらも人間臭い動きをみせる。この4コマ漫画のオチみたいな…でも漫画には絶対にできない、動きのある映像作品だからこその初手のギャグが綺麗にキマってましたね。
あんずちゃんのアニメーションは前述したとおり、“おっさん”特化型で、実年齢が37歳(猫にとっての30歳以上は人間でいうところの長寿の高齢者なんじゃないのかというツッコミはさておき)というわりには、ものすっごくコテコテなオッサン仕草になっています。
まあ、そもそもが猫なのだし、どんなにぐうたらしていても特段の問題はないのですが、地味に小銭を稼いではパチンコにつぎ込んでいるなど、人間的社会行動さえも、どことなく「ダメなオッサン」をなぞっていて…。
それでもなんとなく不快感がないのは、猫だからです。これはいわゆるオッサンを猫に変えることで無害化して「愛でる対象」にするという昨今も流行り(?)のアプローチですかね。
『化け猫あんずちゃん』でも、あれだけ人間臭くても時折、あんずちゃんも猫っぽい仕草を混ぜてきます。するとあら不思議…猫だと許せる…。
全国の人間のオッサンは猫になるという目標を持てばいいんだよ…。
『デキる猫は今日も憂鬱』とかとは違うのは、この『化け猫あんずちゃん』はとくに優秀さはないということです。優秀である必要はないというのは、別に性別も年齢も限らずそこは結構大事じゃないですか。
そんなあんずちゃんを客観視する外からの視点を担うのが、かりんという人間の少女。都会っ子で表裏を使い分ける術を身に着けているこのかりんは、非常に冷めた目線で、このあんずちゃんを見下ろします。
この2人の組み合わせも観ていて飽きることはなく、これもまたシュールな絵としていくらでも楽しめました。
普段は猫を被るかりんも、このあんずちゃんにだけは一切取り繕うこともないので、ある意味では素をだせる相手になっている…という関係性もいいですね。
全体的にキャラクターの存在感は“山下敦弘”監督の癖が出まくっていました。こいつらだけは昭和なのかと言いたくなる小学生男子の井上と林のコンビとか、貧乏神に憑りつかれて常に人生が上手くいかない吉田(よっちゃん)とか、さらにはこの地に暮らしている自称「大妖怪カエルちゃん」ら妖怪たちの面々とか。ロトスコープで描かれることでこれらのキャラクターも余計に愛着がわきます。
ただこの町の人間(化け猫や妖怪も含む)模様を眺めているだけでとりあえず満足できるという味わいをだせるのは、じゅうぶんな才能だと思います。
ロトスコープの弱点
『化け猫あんずちゃん』の後半は、かりんが東京に戻ることになり、付き添いであんずちゃんも同行します。この「あんずちゃんが東京の都会にいる」という絵もまたそれだけで面白いので、もっと観たかったのですが…。
後半の物語の主軸は、かりんが亡き母に会うということです。
『トレインスポッティング』みたいに汚さそうなトイレの便器に入っていき、辿り着いた地獄は、なぜか高度経済成長期の日本で繁盛したような大手ホテル風の空間。この世界もやはりもっと観たかったところ…。
ここから物語は駆け足です。正直、とくに取り留めもなく物語が流れていた前半と比べると、明確に目的性が出始めた後半のほうが面白味が減っている感じはありました。終盤はことさらまとまりに欠けていたのも気にはなります。
母を地獄から連れ出して逃げるかりんとあんずちゃんに対し、閻魔大王が手下を率いて追ってくるのですが、あれだけのハチャメチャが起こるなら、かりんの父の消費者金融の悪い奴らも巻き添えにして3つ巴にするくらいのことをしても良かった気もするし…。
ただでさえ、あのかりんの父の件は、尻切れトンボな片づけ方ではあったなと思いました。カネを払えばそれで終わりという業界でもないですし…。
そして、かりんの母の件もだいぶ「それでいいのか」という幕引きではありました。本作は「あの世がある」と明白に映し出してしまっている以上、死別の物悲しさという人生最大のどうしようもならない宿命がごっそり希釈されてしまっているので、「もっとハチャメチャな幕引きもありだったのでは?」という期待も捨てきれないというか…。このあたりは個々の観客の好みですけどね。
さらにここであんずちゃんのキャラクター・アークが大きく関わってこないのももったいないです。「勝負だ、ひけぇ!」の迫真の定番ギャグが炸裂する以外の物語としての化学反応が見たかったですね。
結局、あんずちゃんはキャラクターとしてある程度は「謎の存在」のままにしないといけないので、オリジナル展開にするとしてもそんなに踏み込めなかったのかもしれませんが…。
あと個人的にはああいう終盤のカーチェイスもありなアクロバティックなシーンになればなるほど、この作品の最大の持ち味であるロトスコープが活かせなくなるのが惜しくもあって…。これはロトスコープ系のアニメの弱点ですね。ロトスコープじゃないアニメだと、むしろハチャメチャなシーンほどに楽しさが天井知らずで上昇したりするのですけども。
最後のかりんが「あんずちゃん!」と駆けていくカットを観ると、ロトスコープがじっくり味わえるシーンのほうが気持ちがいいなと再確認できました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会 化猫あんずちゃん 化け猫アンズちゃん
以上、『化け猫あんずちゃん』の感想でした。
Ghost Cat Anzu (2024) [Japanese Review] 『化け猫あんずちゃん』考察・評価レビュー
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