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『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』感想(ネタバレ)…男性の性犯罪被害者に救いはあるか

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

男性の性犯罪被害者の苦悩を淡々と描く…映画『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Grace a Dieu(By the Grace of God)
製作国:フランス(2019年)
日本公開日:2020年7月17日
監督:フランソワ・オゾン
性暴力描写

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

ぐれーすおぶごっど こくはつのとき
グレース・オブ・ゴッド 告発の時

あらすじ

妻と子どもたちとともにフランスのリヨンに暮らすアレクサンドルは、幼少期にプレナ神父から性的虐待を受けた過去を抱えていた。アレクサンドルは、プレナ神父が現在も子どもたちに聖書を教えていることを知り、家族を守るために過去の出来事の告発を決意する。彼と同様に神父の被害に遭い、傷を抱えてきた男たちの輪が徐々に広がっていくが…。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』感想(ネタバレなし)

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権力に「黙れ」と言われたら…

今もどこかで性暴力の被害が起きています。その被害の形態はいろいろです。物理的な殺傷事件と違って可視化されづらい被害ではありますが、被害者の心には深い傷跡を残します。そして被害者が声をあげづらいのも問題です。

とくに権力からの性犯罪被害に声をあげるのは、被害者にとって恐ろしく重圧とリスクがともなうのが現状です。相手は権力者。その気になれば弱小な被害者などその力で踏みつぶすことができてしまうのですから。

これと似たような構造の性犯罪問題が世界で話題騒然となっています。それがカトリック教会の神父による児童への性的虐待です。これは2000年代初めから大々的にクローズアップされ始めた事件。それは1件2件の話ではなく、世界各国で何百人という聖職者が性的虐待をしていたことが報告され、世間を震撼させました。

この事件のひとつは2015年に『スポットライト 世紀のスクープ』として映画化され、その年のアカデミー作品賞を受賞しましたし、それ以前にも2004年に『バッド・エデュケーション』という映画もありましたし、映画業界にとっても無関心ではいられない話題です。

教皇にも批判が及ぶほどカトリックの世界そのものを揺るがした性的虐待事件なわけですが、それはいまだに裁判などが継続中であったり、なおも告発をする人が現れており、収束する気配は見えていません。

そして今回紹介する映画もそのカトリック教会による性的虐待事件を扱った作品です。それが本作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

本作はフランス映画であり、題材になったのは2016年に大きく明るみとなったプレナ神父による性的虐待事件です。具体的には1972年から1991年の間、この神父は子どもに対して繰り返し性的加害行為をしていたというもの。

つまり結構最近の話題性のある事件であり、それが2019年に映画化というのはかなりの早業で企画が進んだことがわかります。その映画を手がけた監督がまた特筆され、その人とはフランス映画界を代表するベテランである“フランソワ・オゾン”監督でした。

“フランソワ・オゾン”監督と言えばもはや語るまでもない実力が認められた映画監督。その人がこの実話で、まさに渦中で大問題になっている題材に手を付けるのは、おそらく多くの映画ファンにとっても意外だったと思います。なぜなら“フランソワ・オゾン”監督は『スイミング・プール』(2003年)や『17歳』(2013年)など、わりとセクシャルな要素もガンガンに取り入れた、いかにもフランスらしいアートスタイルなエロティック映画も撮る人です。その“フランソワ・オゾン”監督が社会派サスペンス、しかも性犯罪をテーマに選ぶとは…。

しかし、それは裏を返せば“フランソワ・オゾン”監督自身もこのカトリック教会による性的虐待事件を静観できないと思っての覚悟のうえだったのでしょう。これが日本なら「まだ裁判中だから推定無罪だし…」などと言う中立論者が湧いてきそうなところ。けれどもそういう問題ではない…裁判の結果がどうであろうと「声をあげた被害者」の苦悩は動かぬ事実。“フランソワ・オゾン”監督は『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』にて徹底して被害者に寄り添った静かな感情のこもった映画を生みだしました。

結果、本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞したほか、フランス国内でも大ヒットし、この事件の問題性を大衆に訴えることに成功。こういうふうに映画業界がちゃんと弱者のバックアップをしてあげる姿はいいものですね(フランス映画界もいろいろ性差別などで批判されているわけですが)。

俳優陣は『ぼくを葬る』『ムースの隠遁』の“メルヴィル・プポー”、『危険なプロット』の“ドゥニ・メノーシェ”、『アナーキスト 愛と革命の時代』の“スワン・アルロー”、『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』の“ベルナール・ヴェルレー”など。

非常に淡々とした物語ですが、それ自体が必要以上に煽り立てもしない、事件に対する誠実さを映し出しており、権力からの性犯罪被害に声をあげる者たちの苦悩が静かに伝わってくる映画です。

なお、作中に性的虐待を直接的に描写するシーンはありませんので安心してください。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(必見のフランス映画)
友人 ◯(題材に興味ある同士で)
恋人 △(恋愛気分では全くない)
キッズ △(大人のドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』感想(ネタバレあり)

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神は祈っても救ってくれない

2014年、フランスのリヨン。40歳のアレクサンドルは円満な家庭を築くごく一般的な生活を送っていました。家族との関係もそこまで悪いものではありません。妻と子どもを連れて教会へ行き、厳粛な空気の中、いつものように祈り、そして家族並んで帰る。そんな日常を過ごしていました。

ある日、アレクサンドルは幼少期に所属していたボーイスカウトの仲間からのある言葉で過去を思い出します。

「君もプレナ神父に触られた?」

自分がまだ幼く、それこそ性なんてものすらしっかり理解もしていなかった頃。ボーイスカウトに所属していたアレクサンドルはそこでプレナ神父というみんなから慕われる男と居場所をともにしていました。それだけ見れば穏やかなひとときです。

しかし、確かに…確かに自分はそのプレナ神父に“触られた”。それは当時ではよくわかっていなかったことではありますが、さすがに大人になった今なら冷静に考えることができます。あれは…性的な虐待だったのではないか、と。

ただ単に忘れてしまっただけなのか、それとも辛い記憶を無意識に封じ込めてしまっていたのか。それはいくら考えてもわかりませんが、確かに心に残っているあの体験。それが今、思い出されてしまったことでアレクサンドルは穏やかではいられなくなりました。

しかも、調べてみるとあのプレナ神父は今も宗教の世界に身を投じ、あろうことか子どもたちに聖書を教えているようでした。つまり、もしかすればまだ子どもに“あんなこと”をしているのかもしれない…。そう考えると居ても立っても居られません。

勇気を振りしぼり、告発すると心に決めます。足取りも重く、まずは教会のトップであるバルバラン枢機卿に処分を求めて直談判に行きます。バルバラン枢機卿は重大な告発を持ってきたアレクサンドルに対して一応は誠実に対応してくれたものの、プレナ神父を裁く気はないようでした。すでに過去のこと。プレナ神父は今では人徳者として子を持つ親にも信頼されている存在で、それを今さらぶち壊すことはできないようです。

アレクサンドルはその場は帰りますが、納得するわけもありません。ますます不信感を募らせたことで、さらに告訴する覚悟を持ちました。自分の事件として時期的にも時効になっていましたが、まだ被害者がいるかもしれません。

アレクサンドルの決死の訴えで捜査に動き出した警察。手ががりはほとんどない中、思わぬ事件の糸口が見つかります。それが手紙。1991年に枢機卿宛てに届いた手紙らしく、それはフランソワという少年の母親から送られたものでした。そしてその内容は、プレナ神父による息子への行いを非難するという文章であり、これは性的虐待事件ではないか。

警察はすぐにフランソワ本人を訪ねます。今は大人としてこちらも普通に暮らしており、最初は過去のことを聞いてもまともに相手にしてくれません。しかし、フランソワもまたこのことをきっかけに自分の過去と向き合い、やがて自分の被害を告白。フランソワも訴える決意を固めて、動き出すことになります。

被害者の会を作り、記者会見をし、マスコミにも大々的に取り上げてもらい、世間はこの事件を知ることになります。

しかし、本当の戦いはここからでした。神に祈っても救ってはくれないのなら、彼ら被害者の苦しみは誰が救うのか…。

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中年になって被害者だと気づく苦悩

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のように性犯罪を扱った社会派作品はこれまでもいくつもありました。しかし、そのアプローチはそれぞれ違います。
同じくカトリック教会による性的虐待事件を題材にした『スポットライト 世紀のスクープ』はそれを調査して明らかにしようとするマスメディアに焦点を当てており、立ち位置としては俯瞰的です。

一方で『アンビリーバブル たった1つの真実』は完全に被害者目線のパートと、その事件を捜査する刑事のパートに別れていました。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』はマスメディアも警察も主体ではなく、あくまで複数の被害者の視点にひたすらに寄り添った群像劇になっています。
しかし、その被害者の視点は『アンビリーバブル たった1つの真実』のようなリアルタイムではなく、事件から相当な年数が経った後の物語です。これは『ジェニーの記憶』と同様の構成です。

要するに中年になってしまってから被害を自覚するというパターン。これは実際に性被害として少なくはない事例です。よく性被害を告発した人が「カネ目当てなんだ」と非難されるケースがありますが、おカネ欲しさに被害を訴える人はまずいません。なぜなら「性被害者」として社会に認識されることはあまりにも辛く生きづらいからです。

本作でも被害者であるアレクサンドルたちは誰も笑顔でもなく、嬉しそうでもありません。一様に苦しさを抱えています。性被害者であると自覚すればするほど、どうしようもない怒りと同時に無力さと惨めさに沈んでいく。その過酷な現実が淡々とした映像で伝わってきます。

なおかつあのアレクサンドルなんかは「親」でもあります。子どもに教会を通わせているわけで、その責任はじゃあどうなんだということになると…。ただただ辛い八方塞がりです。

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男性にとっての宗教の重要性

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のもうひとつの特徴は、「男性」の性犯罪被害者を主体にしているということです。

もちろん世間一般の性犯罪の大多数の被害者は「女性」です。しかし、男性の被害者も確実に存在しており、その当事者は男性ゆえの苦しみを抱え込むことになります。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』は男性の性犯罪被害者に焦点をあてているという点で非常にフレッシュであり、ここまで真摯に向き合った作品もなかなかありません。

ましてやアレクサンドル、フランソワ、エマニュエルといった被害者たちはすでに中年ほどの年齢になっており、ある種の“男らしさ”を抱えなくてはいけない状況になっています。その立場で「自分は性犯罪被害者である」と吐露するということは世間は「男らしくない」と見なします。妻や子どもたち、他の家族、親戚、同僚…あらゆる人からの自分を見る目が変わってしまうでしょう。
さらにここで「宗教」が大きく関わってきます。

本作を観ていてあらためて思ったのですが、それは男性にとって宗教はかなり大事な拠り所なんだということです。ドキュメンタリー『男らしさという名の仮面』を観れば詳細が説明されていますが、男性は“男らしさ”の重圧のせいで自分の弱さを他者に相談することをしたがりません。しかし、宗教となれば特例です。男性にとって宗教は“男らしさ”を気にせずに自分の弱さを打ち明けられる大事な場所なんだろうな、と。

しかし、その宗教を前に素直に弱点を見せた男性に牙をむくのがこのカトリック教会による性的虐待事件です。つまり、“男らしさ”を脱しようとした男は性犯罪の餌食になる。その構図を考えると、これは何重にも悪質さとおぞましさが絡み合っており、最悪だなと吐き捨てることしかできません。

作中でアレクサンドルは真っ先にバルバラン枢機卿に相談をします。警察でもジャーナリストでも専門家でもなく、宗教関係者に頼るあたりがいかにも彼の敬虔さと、同時に依存性を物語っています。そしてそこで“祈り”というなんとも体裁のいいかたちでうやむやにされてしまったときの、あの祈りの言葉につっかかるアレクサンドルの何とも言えない表情。ここの絵をおさえる“フランソワ・オゾン”監督のセンスの良さですよ。ワンシーンだけで信仰への揺らぎを説明なしで見せきる、さすがの演出力。

そして宗教という最大の拠り所を失ってしまった男たちの弱さ。既存の“男らしさ”も被害者告白で吹き飛び、もはや何も残っていない。その姿が何とも悲痛で…。痙攣して倒れるエマニュエルといい、そこにいるのは瀕死の男たち。

今すぐ救いが必要なのに、でもそれを躊躇する周囲の人間。本作ではその彷徨いが淡々と描かれ、そこに安易なハッピーエンドはありません。

ラストでアレクサンドルは息子に「まだ神を信じる?」と言われ、言葉を帰せません。

結局のところ、終盤で何とも言えない表情の当事者たちからもわかるように、ここには理想的な救いはないのかもしれない。ではどうしたら…と考えても答えは出ない。

まあ、慰めにはならないかもしれないですけど、こういう『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のような映画が作られ、それが大衆に受け入れられることがひとつの救いの架け橋になる…といいですけどね。

それにしても業界をトップで走る大物監督がここまで社会的な映画を躊躇わずに作ってくれるのはいいなと思います。日本の監督もどうでしょうか。重大な性犯罪事件、挙げきれないほどに起こりまくっている国ですよ…。
『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 77%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS–France 2 CINÉMA–PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE グレースオブゴッド

以上、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』の感想でした。

By the Grace of God (2019) [Japanese Review] 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』考察・評価レビュー