グンジャン・サクセナ
Netflix映画『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Gunjan Saxena: The Kargil Girl
製作国:インド(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:シャラン・シャルマ

グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて

あらすじ

飛行機の操縦士に憧れる少女。空は私にも平等に広がっていた。そして大人になり、当然のようにパイロットを目指そうとする。空軍に入隊しようとするが、そこには大きな壁が立ちはだかる。飛行技術ではない。飛行を邪魔するのは男社会という分厚い雲だった。インド初の女性戦闘機パイロットとしてカルギル戦争で活躍することになる空軍大尉グンジャン・サクセナの歩みは始まる。

『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』感想(ネタバレなし)

インド映画は“女性”で変わる

よく「女性初の~~~~」というフレーズは使われますが、あまり良い言葉だとは言えず、諸手を挙げて絶賛もできません。なぜなら本来は「女性初」という注目のされ方は当人にとって不本意だからです。それよりも自分の素質やスキルを見てほしいのですから。

しかし、「女性初」という言葉には意義もあります。その表現が用いられるということは、言い換えれば男だらけの世界だったということ。それを打破する最初の一歩でもあります。もちろん「女性初」な出来事が起きたからといって、その男だらけの世界を改革できることを保証するものではないのですが。でも残念ながら世の中のどの業界も男がマジョリティとして支配していることが多いので、何事でも「女性初」はつきもの。これはある意味でジェンダー平等のための開戦の始まりを告げる合図です。

そして今回紹介する映画もそんな男女平等を実現するべく、とある業界で起こった戦いの幕開けを描いています。それが本作『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』

本作の舞台となるのは、インドです。インドと言えば、もともと身分差別が根付いているのは有名ですが、それに重なるようにジェンダー差別が激しいことも知られています(まあ、日本は他国のことをとやかく言える立場じゃないのですが…)。

けれども、そんなインドでさえ、MeToo運動が映画業界で起こったりと、そうした社会に蔓延る女性差別に向き合おうじゃないかという動きが一歩一歩進むようになりました。それは作られる映画にも表れており、『シークレット・スーパースター』(2017年)だったり、『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018年)だったり、女性のエンパワーメントを主題にした映画も大ヒットし、また女性への性暴力を扱ったシリアスな作品も登場しています。映画内で描かれる、これまで当然とされてきた女性の在り方にも少しずつメスが入るようになってきました。

本作『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』もまさしくそんな女性エンパワーメント映画に連なる一作なのですが、題材にしているものがちょっと変わっており、空軍のパイロットになっています。

本作は「グンジャン・サクセナ」というインド空軍(IAF)に所属し、戦闘ゾーンで任務をこなした最初の女性パイロット(ヘリコプター)とされている人物に焦点をあてた伝記映画です。私も当然のようにインドの軍隊事情とかはさっぱりわからないので、グンジャン・サクセナなんて知りもしなかったのですが、こうやって映画で「こんな人がいたんだ~」と出会えるのは楽しいですね。

これは日本もアメリカも同じでしょうが、軍隊はとくにことさら男社会の濃さが充満している世界であり、そこに女性が飛び込むのはとんでもなく険しい道のりだというのはすぐに想像がつきます。本作でも、主人公が“女性ゆえに”冷たく扱われながら、それでも夢に向かって突き進む姿が真正面から描かれていき、胸を打つものになっています。

空軍・女性・エンパワーメントというキーワードを並べられる映画と言えば、最近だと『キャプテン・マーベル』がありましたけど、『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』はファンタジー要素のないオーソドックスな伝記映画です。


監督は“シャラン・シャルマ”という人で、本作が監督デビュー作のようです。

そして主演に抜擢されたのが“ジャンヴィ・カプール”という、2018年にデビューしたばかりの新人女優。今回は堂々たる主演を務め、ますます存在感を放っています。

こうやってみるととても初々しい映画ですね。

制作はインド映画界では有名な「Dharma Productions」という会社が手がけており、気合いの入った一作として送り出す…予定だったのですが、インドでも猛威を振るった新型コロナウイルスのパンデミックのせいで劇場公開の目途が立たず。しょうがないのでNetflixでのネット配信に舵を切り替え、日本を含めて世界で2020年8月12日にNetflixオリジナル映画として配信されました。

家にいながら気軽に観れるので、ちょっとした暇な時間にぜひどうですか。インド映画ですけど、映画時間は約110分なので拘束されることはそんなにありません。ひとり鑑賞でも、友人同士でも、家族でも、恋人でも、自由に眺めて観終わった後には夢を信じる元気がもらえる、そんなエネルギッシュな映画です。

「○○になりたい!」と夢を抱く全ての女子児童や生徒に観てほしい一作であり、きっと耐えがたい困難に直面したときの応援になってくれる映画にもなるのではないでしょうか。

オススメ度のチェック
ひとり◯(インド映画好きもぜひ)
友人◯(気楽に見やすい)
恋人◎(元気をもらえる一作)
キッズ◎(夢を応援してくれる一作)

『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』感想(ネタバレあり)

私でもパイロットになれますか

グンジャン・サクセナ(グンジュ)は幼い頃からパイロットになることを夢見ていました。兄からは「無理だ。女は客室乗務員だろう」とバカにされますが、父はグンジャンの背中を優しく押してくれます。「男でも女でも操縦士と呼ばれる。飛行機を飛ばせればそれでいい」

成長したグンジャンは高校でも学業優秀。しかし、同級生に不満をぶつけます。「操縦士になりたいから、学校をやめたい」…そんな他とは変わったグンジャンに「男を追いたいのではなく、夢を追いたいなんて言ったら批判される」とたしなめられますが、夢への気持ちはそれで消え失せるわけではありません。

父から主席のお祝いでパーティーが開かれていました。自分は全く嬉しくありません。そして大勢の前で「学校を辞めて操縦士になる!」と勢いで宣言してしまいました。静まり返る一同。後に母と兄には「バカなことを言うな」「大学に行け」と厳しく叱責されてしまいます。「兄は入隊したのに…」とごねますが、母の態度は頑なです。それでも父は許してくれました。

デリー航空学校でも好成績をおさめるグンジャン。12年生になり、当人は夢に向かって爆走中。一方、母は占い師に頼って娘が夢を諦めることを願っていました。グンジャンは頑張って大学修了証を手に入れるも、今度は100万ルピーという大金の壁にぶち当たります。結婚はしたくない、でも親に相談すると、やはり母は厳しい言葉をぶつけてきます。

ある日、家の部屋で目覚めると枕の横に新聞が置いてありました。そこには「インド空軍、女性パイロット募集」の広告が…。父の粋な計らいで、母にアプローチしてみます。やっぱり猛反対です。

兄は夜にこっそり父に話します。娘を溺愛するのはわかる。でも安全を考えていない。夢を追えば傷つく。そんな懸念に対して父は「だったらもう一緒に飲めない」と息子にさえもキツイひと言を置いて立ち去りました。

選抜のための訓練が始まります。女であろうと男並みの激しい体力テストが待っています。入隊審査では知識も問われます。グンジャンはそこで指導員のミスをハッキリ指摘する態度を見せ、また機転も示しました。操縦士しか考えていなかったグンジャンは時事問題だけは苦手で、土壇場でポップソングや映画のネタでその場をやり過ごします。

合格者の発表。呼ばれたのは「4番」。自分だけでした。身体検査も受けて有頂天。ところが思わぬ知らせを受けます。体重7キロ超過で、身長が1cm足りない。これではダメだと不合格を突きつけられます。一瞬で意気消沈するグンジャン。

しかし、父は諦めません。ここからダイエットがスタートです。走り込みを続け、体重が減り始めます。

そしてもう一度、検査を受けます。身長は1cmくらいは…と主張しますが、指導官は「身長は腕の長さに比例する」とコクピットを模した椅子に座らせ、操縦レバーに手が届くか、ペダルに足が届くか、チェックさせます。

結果、手足の条件は超えているので、合格ということに。「神様が操縦させたがっています」

グンジャンの夢は今、大きく切り開けました。

自分は愛国心もなく軍隊で操縦士になっていいものだろうか。そんな不安を口にするグンジャンに、大佐である父は「国のために誠実に働けば、裏切ったことにはならない」「口先だけの愛国心を叫ぶ者じゃなくて、目標と情熱を持ち、誠実に一生懸命に働く士官候補生を求めているんだ」と励まします。父の言葉はいつもグンジャンの燃料になります。「滑走路を走るのはもう終わりだ。離陸しろ」

ところがここからがさらに過酷でした。空軍基地は男ばかりの世界。男だけのルールで、男が主導権を持ち、男にとって都合がよく成り立っています。兄の言ったように、社会は変われないのか。

私は「操縦士」ではなく、「女」としか見なされないのか…。

グンジャン・サクセナ

戦争映画にはしない

『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』はタイトルのとおり、グンジャン・サクセナの伝記映画ではあるのですが、その構成は非常に的を絞っており、網羅的な半生を描くものではありません。

そもそも彼女はインド空軍初の女性パイロットというわけではなく、他にも同業で共に働く女性がいました。本作はそんな女性たちをひとつに集約した存在として、グンジャンが脚色されて位置づけられています。

そして、空軍が舞台なので普通に考えるとミリタリー映画になりそうです。確かに冒頭はいかにも戦争映画っぽい出だしでスタートし、そんな雰囲気を期待させます。しかし、結果的にはそうはなりません。本作はそういうジャンルっぽさにあえて逃げることもせず、ましてや愛国心を煽り立てるような勇ましい軍事高揚作品でもないのです。

ちなみに終盤で舞台になっていく1999年のカルギル戦争。インドとパキスタンとの支配地域を分ける軍事境界線で起こった両国の歴史上何度も起きている軍事衝突のひとつであり、これ自体、題材としてはかなりセンシティブなものです。なので一歩間違えれば、本作は凄まじくインド万歳!なプロパガンダ映画になりかねません。

それでも本作がそうなっていないのは、ちゃんと映画の主軸に何を据えるべきか、作り手はわかっていたからでしょう。つまり、女性差別を描こうという意思です。本作における敵はパキスタンではない。家父長制であり、男社会のミソジニーであるのです。

実際のグンジャンは男性と結婚していますが、そこも描写しないのは「女らしさ」の定番に引きずられないようにしているからでしょう。

こういうブレない姿勢を貫いているのが本作の一番の良さだなと思います。

“女らしさ”からテイクオフ

『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』は前半はその女性のエンパワーメントのテーマに対して、とてもコミカルに軽やかに向き合っています。

まず序盤で幼いグンジャンが民間飛行機に搭乗しているシーン。ここで窓を開けて空を見せてくれない兄と、それを見かねて彼女をコクピットに案内してくれる客室乗務員女性、それを受けて操縦の感覚を味合わせてくれる機長。この一連の場面がとてもよくできています。夢を後押しする連携があるというか、空で働く女性から女の子へ、そして機長から女の子へ…という継承がすごく爽やかに映ります。

その後のグンジャンはサングラスなんかかけちゃってもう無邪気です。でもこのサングラスというアイテムが、この先に待つ困難までは見えていない、この女の子の視界の悪さを象徴しているようでもあるのですけどね。

面白いのはグンジャンの家庭では父が夢を全力で応援してくれるので家父長制の打破というポイントはこの序盤にはないということ。立ちはだかっているのは母と兄。ただこちらもグンジャンを想っての心配ゆえであり、足を引っ張りたいわけでもありません。序盤ではこういう家父長的ではない父親の心地よさを描いてくれるので、やっぱりどこか安心感があります。

そんな中でもどうしても社会が押し付ける「女らしさ」に引っ張られる瞬間があります。例えば、首席パーティーで兄がいかにもインドらしいダンスをしようと誘ってきて半ば流されるように踊ろうとします。でもそれを遮って夢を告白する。この「ダンス=旧時代的な女らしさ」という図式は、『シークレット・スーパースター』でも風刺されていましたし、ちゃんとインド映画界ではそういう認識ができあがっているんですね。これはこれで凄い自己批判だなと感心してしまいます。

また、身体検査で体重規定に引っかかってしまい、ダイエットを決意する場面。ここでもよくありがちな「女らしさのために痩せる」のではなく、「女らしさを打破する夢のために痩せる」という逆転現象が起きているのがユニークです。ルッキズムとかではない、健康的でポジティブなモチベーションが見ていて気持ちいいですね。

男の威厳を失うのが怖いの?

そんな軽やかだった前半が終わると、いきなり雲行きは怪しくなり、具体的には空軍基地に舞台が移ると露骨に男臭くなり始めます。もう音楽から違って、『トップガン』感がプンプンします。そしてシリアスで重たくなります。

ここでのグンジャンに対する男たちの非常に辛辣で痛烈な嫌がらせは、観ているだけでこっちまでムカムカしてくるウザさです。ちょっとキャプテン・マーベルに一発ぶん殴ってほしいような…。

何かと理由をつけてグンジャンを飛行させずに実績を増やせないようにさせる。着替え場所だってろくにない。女性を起用して表向きは平等であるかのように見せても、実際の中身は話にならないレベルで酷い。その際たるシーンである急な腕相撲展開。パイロットのテクニックと腕相撲は何の関係もなく、あれは完全にこれくらいでしか勝てない男のしょうもない弱さを象徴しているのですが、同時にグンジャンの尊厳はズタズタに踏みつけられます。

そのグンジャンが男たちに突きつけるのが以下の言葉。

「問題は私の弱さではない。私が偉くなって敬礼するのが怖い。男の威厳を失う恐怖ですね」「私への敬意で、威厳を失ったりはしない」「あなたの心の狭さも恐れも空虚な男の誇りもお大事にどうぞ」

まさにホモ・ソーシャルにとって言われたくなかった図星であり、男社会に落とす爆弾でもあります。これをここまでハッキリ映画で言えたのも良かったと思います。説教臭いと思うかもですが、実際の問題として説教しないとわからないどうしようもない奴もいるわけで。また、女は怒らない、おしとやかで弱い生き物だ…という男の作った偏見を吹っ飛ばすシーンでもあります。

実は『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』は、インド空軍(IAF)から否定的な反応をわざわざ制作会社に示されており、差別描写に対して現実と違うと苦情を言われているようです(だから映画冒頭にまどろっこしい免責事項が表示される)。でもそれこそ差別そのものなんですよね。「俺たちは差別していない!」と否定することが典型的な差別のパターンであり、その話を聞いて「あ、やっぱり空軍組織内には差別は根深くあるんだな」と確証できた感じです。

真の敬礼は平等な世界で活躍する人に送りたいものです。

『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 21%
IMDb
5.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

女性のエンパワーメントを主題にしたインド映画の感想記事の一覧です。

・『パッドマン 5億人の女性を救った男』


・『シークレット・スーパースター』


作品ポスター・画像 (C) Dharma Productions

以上、『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』の感想でした。