斜視をまとう…映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2024年6月21日
監督:アレクサンダー・ペイン
恋愛描写
ほーるどおーばーず おいてけぼりのほりでぃ
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』物語 簡単紹介
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』感想(ネタバレなし)
クリスマスにも置いてけぼり
2023年公開のアカデミー賞の受賞作…覚えていますか? もう翌年の6月ともなるとアカデミー受賞作を日本で劇場公開しても、映画ファンの間でもアカデミー賞なんてすっかり過去の話題になってる気がする…。下手したらすでに2024年のアカデミー賞候補が浮上し出す時期ですし…。
何が言いたいかって、要はアカデミー受賞作を日本で大幅に遅れて6月に公開するのはやめてほしいなって話。最低でもアカデミー賞授賞式の前後には日本でも劇場公開してほしいところですね。
ただ、今回の映画は、実はクリスマス映画でもあるので、6月公開はもっと場違い感があったりします。まあ、アメリカ本国での劇場公開も10月だったので、そんなにクリスマスに合わせる気は製作側もなかったのでしょうし、そこはいいか…。
それが本作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』です。
原題は「The Holdovers」。「残って留まった人」という意味です。
物語の舞台は、ホリデーシーズンに突入したアメリカの全寮制の寄宿学校。基本的な文化としてクリスマス時期が近づくと、新年が明けるまで、長期休暇となるのが恒例で、寄宿学校でも生徒も先生も実家に帰っていきます。しかし、諸事情で実家に帰らない人もいます。
本作はそんなホリデー休暇中に寄宿学校に残留することになった…経歴も生い立ちも異なる数人が、同じ時間を共有することになる人間模様を描いています。
1970年代初期を舞台にしており、その当時の味わいを最大限に映し出した演出なども、目を楽しませてくれます(映画の始まりからしっかり作ってあります)。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を監督するのは、シネフィルの味にこだわり続けているアメリカ出身(今はギリシャ国籍らしい)のフィルムメーカーである”アレクサンダー・ペイン”。『サイドウェイ』(2004年)、『ファミリー・ツリー』(2011年)、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013年)と、アカデミー賞でも高評価を受けてきました。しかし、2017年のSF風刺映画『ダウンサイズ』はやや不評に終わり、その後もいくつかの作品が企画段階で降板しており、表舞台から見えなくなります。
そんな”アレクサンダー・ペイン”の久々の監督作となった『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』。いつもの持ち味がだせる物語のトーンに舞い戻っており、こういうのを待っていたという人も多いのではないでしょうか。
なお、今作では脚本は”アレクサンダー・ペイン”ではなく、“デヴィッド・ヘミングソン”というテレビシリーズで仕事してきた人が手がけていて、今回で長編映画脚本は初だったみたいですが、アカデミー賞で脚本賞ノミネートを果たしました。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』の俳優陣は、主役を担ったのが”アレクサンダー・ペイン”とは『サイドウェイ』からの仲である”ポール・ジアマッティ”。主演映画は久しぶりかな。”ポール・ジアマッティ”をいっぱい拝めます。
でも”ポール・ジアマッティ”もアカデミー賞で主演男優賞にノミネートされましたが、本作で賞をとったのは助演女優賞に輝いた”ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ”でした。あまり日本ではスポットライトがあたってこなかった俳優なので、”ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ”の名がこの映画を機に広まって良かったです。
また、今作でキャスティング・ディレクターに見いだされた新人の“ドミニク・セッサ”も要注目の俳優で、最高のデビューとなりましたので、今後の活躍が期待されます。
この3人がメインですが、他にもドラマ『Claws』の“キャリー・プレストン”、『ホーカスポーカス2』の“ナヒーム・ガーシア”、『マザー/アンドロイド』の“ステファン・ソーン”なども、物語を脇で支えています。
クリスマスにあまり馴染めない人にも優しい(というかほとんどそういう人のための映画になっている)『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』ですので、ちょっと時期外れですけど気にせずにどうぞ。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作が好きなら |
友人 | :シネフィル同士で |
恋人 | :トーンが合うなら |
キッズ | :大人のドラマです |
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
合唱団の指導者が顔触れ豊かな男子たちを穏やかに教えています。クリスマスキャロルの「O Little Town of Bethlehem」を歌い出す彼らの隣にはクリスマスツリーがあります。
外は雪が舞っていますが、ここはニューイングランドの川が流れる静かな街。全寮制の寄宿男子校であるバートン・アカデミーは1797年設立の歴史ある学校で、この街の一部でした。
ホリデーのシーズンに突入し、多くの生徒は実家に帰っていくことになります。しかし、いろいろな事情でここに残る者もわずかにいます。
古典教師のポール・ハナムは気難しそうにパイプを口にくわえながら仕事をしていました。クリスマスのクッキーを貰ってもとりあえず受け取りはしますが、そういう気分ではありません。同僚とそんなに親しい関係を作ろうとする性格ではないです。休暇時期もポールは仕事尽くしで過ごすつもりでした。
ポールは「ワルキューレの騎行」を口笛で吹きながら生徒に採点した課題を返します。どれも辛口の採点です。マイペースな教師に生徒たちは太刀打ちできません。せいぜい陰口を言うくらいです。
そんな生徒のひとり、アンガス・タリーは母親が再婚したものの一緒に過ごす気はなく休暇の間も寄宿舎に居残ることになってしまいました。
また、寄宿舎の食堂の料理長としてここで暮らす大勢の食事を用意してきたメアリー・ラムもこの学校に残って過ごします。
ウッドラップ校長はポールが大口寄付者の息子を落第させたことで困った事態になったのでその責任への罰として、休暇中もキャンパスに残されることになった5人の学生の監督を命じました。ポールは自分のスタイルを曲げないですが、この仕事を断るわけにもいきません。
5人の生徒は、アンガス・タリーの他に、ジェイソン・スミス、テディ・クンツェ、アレックス・オラーマン、パク・イェジュンの面々です。ポールはそんな生徒たちに休暇中も勉強と運動をするようにと指示します。当然、不平不満が返ってきますが、気にもしません。
食事中も自分の言いたいように言いまくって空気も読まないポール。クリスマスの楽しい雰囲気など微塵もありません。
ところが、数日後、学生のひとりの裕福な父親がヘリコプターでやって来て、他の子を家族のスキー旅行に連れて行くという太っ腹な提案をしてきます。しかし、アンガスだけが残念ながら両親に連絡が取れず許可を得られません。そのため、アンガスはこの学校に残されることになりました。
こうしてアンガスは、ポールとメアリーという話も合いそうにない大人となおも過ごすハメになってしまい…。
素晴らしくない、人生!
ここから『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のネタバレありの感想本文です。
”アレクサンダー・ペイン”監督はこの本作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を、『素晴らしき哉、人生!』みたいなクリスマス映画とは比較されたくもないのでしょうけども、オーソドックスなクリスマス映画として楽しめなくもない作りではあります。
ただ、基本的に物語で焦点があたる、ポール・ハナム、アンガス・タリー、メアリー・ラムの3人は、それぞれでそんなに温かい家庭と言える状況になく、「クリスマスは家族団欒で過ごそう」という世間一般の雰囲気に相いれないので浮いてしまっています。
ポールは、面倒くさい孤独屋という感じで、非常に皮肉な口ぶりが止まらず、わりとだれかれ構わずお節介したくなる中高年男性です。人に嫌われやすい…という評価も無理はないかなと思ってしまうほど、序盤から面倒臭さが全開。バーでくたびれるサンタクロースに対して史実といかに違うかを力説するあたりとか、本人は悪気はないのでしょうけど、やっぱり空気が読めてません。同年代でさえもこうですから、若者相手だと向こうからしてみれば「理解もしようがない大人」として愛想つかされます。
”アレクサンダー・ペイン”監督はこういう面倒くさい大人を描かせたら抜群に上手いですが、”ポール・ジアマッティ”との相乗効果で、今回の主人公は映画を引っ張ってました。
もちろんこのポールにも過去があり、そしてただの人間嫌いではなく、ちゃんと良心もあるということがわかってくるのですが…。
一方の若者ポジションにいるアンガス。彼は再婚を決めた実母と仲が悪く、それは密かに精神疾患で精神病棟に隔離されている実父の扱いをめぐる部分に大きな原因がありました。終盤、その実父にこっそり会いに行ってしまったことを責められ、母から陸軍士官学校に送ると脅されるのですけども、当時(1970年~1971年)はベトナム戦争も後半にすっかり突入していた時期です。米軍もたくさんの死傷者をだしており、この母の発言は実質上は息子に「死ね」と言っているようなもので、子への愛情はないことが察せられます。
アンガスの置かれている状況は本当に可哀想ですが、ポールという独自の人生を歩んできた大人の振る舞いをみて、何かを学べたでしょうか。
また、ベトナム戦争の悲劇が直撃しているのがメアリーで、彼女は息子のカーティスを戦争で失って、その喪失を引きずっています。キッチンで感情が溢れ出てしまうシーンが本作の最大の悲しい場面ですけども、なんだかどの人物もメンタルケアが必要ですね…。メアリーは用務員のダニーが寄り添ってくれているあたりで多少の希望は持たせてくれていますが…。
この3人を演じてた俳優、どれも演技は良かったですし、3人の掛け合いは見ごたえがありました。ベテランの2人に対応できている“ドミニク・セッサ”も凄い頑張ってました。結構、役について自分のアイディアも盛り込んだみたいですね。
メアリーを演じた”ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ”は、確かにアカデミー助演女優賞も納得の素晴らしい演技でしたが、家政婦的な労働をしている黒人女性というステレオタイプな役どころで、こういう演技が評価されるのはハリウッドでは保守的な土壌に合致したものなので、そこまで斬新さはなかったかな…。
斜視を利用する問題
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』で、私がちょっと好きじゃないなと思った最大の要素が、ポールのキャラクターにおけるある特徴。「斜視」です。
斜視というのは、眼の片方は視線が正しく目標とする方向に向いているのに、もう片方の眼がそれとは違う方向に向いてしまっている目の症状です。原因や症状の度合いは人それぞれで一概には言えないのですが、人によっては視力に大きな支障がでます。
作中のポールは常に斜視です。かなりハッキリわかりやすく、作中で何度も顔がアップになる正面のシーンだとポールの斜視が視認しやすいです。
これは演じる”ポール・ジアマッティ”が斜視なのではなく、特注のコンタクトレンズを使って斜視を表現しているみたいです。
この斜視の表象は、正直に言って、障害や病気を演出的な理由でまとうという構図になっており、あんまり良いものではないなと思いました。
ただでさえ、ポールは当初から他者に嫌悪感を与える性格として描かれています。それを斜視という要素を加えることで、より強調しているようにも感じられます。実際、作中では生徒から目を揶揄われていましたが…。
”ポール・ジアマッティ”の演技の凄さという評価も、斜視という見た目のインパクトに無意識に喚起されている部分も否めず、私は斜視をあまりそういうところに利用してほしくはないな、と。
斜視のキャラクターは映画などの映像作品にたびたび描かれますが、多くはネガティブな表象になりやすいです。「Investigative Ophthalmology & Visual Science」に掲載された研究によれば、アメリカで1989年以降に公開された123本のアニメ映画のうち、32作(26%)に少なくとも1人の斜視の登場人物が見つかり、58%は話さず、24%は恐ろしい人物として描かれ、29%はその他の身体的障害があり、31%は不器用だったとのこと。このように斜視というレプリゼンテーションは従来からいろいろな偏見を助長してきた側面があります。
病理的なところで言えば、斜視の他にも、アンガスの実父のキャラクターも似たような面があって、どういう精神疾患なのかは知りませんけど、作中ではスキャンダラスな存在としてピックアップされるのみにとどまります。
どうせ精神疾患者を登場させるなら、もう少しその主体性を描いてもよいのではと思うので、展開をあと数段は捻ってほしかったです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
クリスマス映画の感想記事です。
・『スピリテッド』
・『シングル・オール・ザ・ウェイ』
・『ジングル・ジャングル 魔法のクリスマスギフト』
作品ポスター・画像 (C)2023 FOCUS FEATURES LLC.
以上、『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』の感想でした。
The Holdovers (2023) [Japanese Review] 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』考察・評価レビュー
#クリスマス #視覚障害