そして彼らはその理由を突きつける…映画『HOW TO BLOW UP』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2024年6月14日
監督:ダニエル・ゴールドハーバー
性描写 恋愛描写
はうとぅぶろうあっぷ
『HOW TO BLOW UP』物語 簡単紹介
『HOW TO BLOW UP』感想(ネタバレなし)
環境正義の最前線を映画に
2024年6月、国連の”アントニオ・グテーレス”事務総長は「化石燃料業界の広告掲載を禁止するべき」と発言しました(BBC)。
この発言の理由は「気候変動問題」です。今は「気候危機(climate crisis)」という言葉がもっぱら用いられ、それを解決すべく行動する運動を「気候正義(climate justice)」と呼ぶようになりました。これらの用語は大袈裟な言い方でもなく、普通に国連で使われています。
地球温暖化はその深刻度がますます急上昇しており、この100年が人類文明の将来的存亡の瀬戸際です。本当に『マッドマックス フュリオサ』みたいな絶望の状況になりかねないのです。しかし、世間の多くはこの危機感を共有できていません。
2023年12月、ドバイで開催された「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」にて、初めて「化石燃料からの脱却」に向けたロードマップが承認されたものの、石油・石炭・ガスの段階的廃止を合意に盛り込むことができませんでした(国連広報センター)。
石油・石炭・ガスの大量消費で莫大に儲ける大企業は気候危機の最大の根源です。国連の”アントニオ・グテーレス”事務総長もこれら大企業を「気候カオスのゴッドファーザー」とまで言い放っています。
しかし、それらの大企業の影響力は絶大で、すでに多くの国家や業界を取り込んでいます。COP28でも、「石油・石炭・ガスの企業との依存を振り切れない国々」と「気候変動で滅亡危機にある小国&環境活動家」との間で明らかな意見の隔たりがあり、未来のために連帯できない厳しい実情が露呈しました。
石油・石炭・ガスの企業とその企業と癒着するさまざまな業界は「グリーンウォッシュ」が常態化しています。表向きは「エコ、大事ですよね。SDGsですよ」と綺麗ごとを言いながら、中身では環境破壊に繋がる行動をやめない…。
そんな偽善にうんざりし、多くの環境活動家が抗議しています。その抗議のかたちもいろいろで…。
今回紹介する映画はそんな環境正義を主題にしたアグレッシブな作品です。
それが本作『HOW TO BLOW UP』。
この映画を語るならまず原作となった書籍から説明しないといけないのですが、原作はスウェーデンの気候変動学者”アンドレアス・マルム”が2021年に発表した『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』です。
この本、タイトルが直球で過激になってますが、別にパイプラインを爆破する方法が本当に解説されているわけではなく、要するに気候正義において非暴力では限界があるので財産の破壊というサボタージュを有効な戦術として採用すべきだと提言する内容になっています。
その中身ゆえに出版時から相当に反発もあったのですが、今の逼迫する気候危機を真っ先に映す必然的な本でもありました。
そんな本を映画化したのが『HOW TO BLOW UP』。ちなみに原題は「How to Blow Up a Pipeline」で、どうせ英語でいくなら、邦題も「Pipeline」つければいいのに…。
しかし、原作に物語性がないので、映画ではあくまでインスピレーションを得たくらいの感覚で、独自のストーリーが展開されます。具体的には、気候正義に突き動かされたさまざまな背景を持つ若者たちが、テキサスの荒野にある石油パイプラインを爆破する計画を実行する姿を描きます。いわゆる「エコ・テロリズム」ですが、無論、活動当事者はこれを「テロリズム」とレッテルを貼る政治的評価に納得はしていません。
『HOW TO BLOW UP』は映画製作にこぎつけるのも大変だったみたいですが、これを実現したのが何より凄いと思います。映画業界も石油・石炭・ガスの企業とズブズブだからね…。配給の「NEON」はさすがです。
『HOW TO BLOW UP』を監督するのは、2018年に『カムガール』で鮮烈に長編映画監督デビューをした“ダニエル・ゴールドハーバー”。そこに、ドラマ『ランナウェイズ』でおなじみの若手俳優”アリエラ・ベアラー”が製作・脚本に関わり、企画初期から引っ張っています。
俳優陣は、先に挙げた”アリエラ・ベアラー”を筆頭に、『アメリカン・ハニー』の“サッシャ・レイン”、『レヴェナント: 蘇えりし者』の“フォレスト・グッドラック”、『ティル』の“ジェイミー・ローソン”、『バーズ・オブ・パラダイス』の“クリスティン・フロセス”、ドラマ『Love, ヴィクター』の“ルーカス・ゲイジ”、ドラマ『ブラッキッシュ』の“マーカス・スクリブナー”、『イット・フォローズ』の“ジェイク・ウィアリー”など、若手が揃っています。
環境正義映画として『HOW TO BLOW UP』は誰よりも未来のリアルを見据えた決死の一作です。気になる人はぜひどうぞ。
『HOW TO BLOW UP』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :題材に関心あれば |
友人 | :語り合える相手と |
恋人 | :異性&同性ロマンスあり |
キッズ | :倫理的に複雑だけど |
『HOW TO BLOW UP』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
フードを被って道路を歩くひとりの若者。ソチトルは、おもむろに片手にナイフを取り出します。ゆっくり周囲を警戒しながら路肩に停車しているSUV(スポーツ用多目的車)の横でしゃがみこみ、タイヤに刃物を突き立ててパンクさせます。そしてフロントガラスに黄色いチラシを1枚残して、立ち去ります。そのチラシにはこの行為の理由が記述されていました。
スーパーでレジの仕事を終えた別の若者、マイケル。裏手に回ると奥にしまっていたカバンに道具がぎっしり入っており、それを確認して、「56時間」とメッセージを送った後、スマホを目立たない棚の上に放り投げます。
掃除をしていた若者、アリーシャは、ノートパソコンを開き、動画の日付データを書き換えます。そしてどこかへ向かいます。
別の場所。ショーンはキャリーケースをバンに投げ入れて、助手席に座り、運転手のソチトルに声をかけます。
また、テオはトイレで吐いていました。グループセラピーに参加した後、スマホを確認し、地面に叩きつけて破壊します。
ローガンとローワンはドラッグでハイテンションになりながら車で出発。
ドウェインは銃を用意しつつ、愛する女性と抱き合い、別れを惜しみます。そしてこちらも出かけます。
テキサス州の西部。あたり一帯が荒地に囲まれた辺鄙な場所で、あの若者たちが集います。ソチトル、ショーン、テオ、アリーシャの4人です。ドウェインはとぼとぼ歩いていたマイケルを車でピックアップし、4人のいる家に合流。
初対面もいれば、顔見知りもいます。各自黙々と自分の作業を開始。マイケルはショルダーバッグから道具を取り出し、テオは外でガスマスクをしながらドラム缶の前で手を動かします。それぞれ決して慣れた手つきではありませんが、ときに資料を確認しながら、着実に準備していきます。
その最中、もう1台の車が到着。ローガンとローワンです。作業継続。マイケルとショーンは紙に書かれたメモを頼りに化学薬品を慎重に調合。テオとアリーシャは重いドラム缶を転がします。
残りのドウェインら4人はシャベルで穴を掘っていました。
その穴を掘る姿を見ていたソチトルは、不意に自分の母の埋葬の光景がフラッシュバックしました。
全てはあの瞬間から始まったのです…。
なぜサボタージュするのか?
ここから『HOW TO BLOW UP』のネタバレありの感想本文です。
原作映画化の難易度としては最難関だったと思いますが、『HOW TO BLOW UP』は真摯に原作に向き合っていました。
考えられる一番ダメな映画化は、あの本の思い切った宣言に映画製作側が怖気づいて、日和見主義の穴に落ちることです。しかし、本作は日和ってません。むしろ論争的な原作をより強固に補完する力強さがありました。
実際に石油パイプラインを爆破する計画を実行する若者たちを描くということで、どうしたって世間一般的に「過激」とされるアクションを訴求するような映像効果が生じるのですが、本作は終始落ち着いています。
まずサスペンス・スリラーとしてジャンル的に面白く、たぶん技術的なアドバイザーが製作にはついてくれているのでしょうけど、爆弾をDIYで作っていく過程も妙に生々しく、その作業風景だけで緊張感があります。エンタメ映画にありがちな「なんか簡単に超強力な爆弾が用意されてます!」という雑な扱いは全くないです。
そして本作に何よりも深みを与えているのが、パイプラインを爆破する計画に参加する若者たちの描写。これは基本的に活動手段の是非を論じているだけだった原作には絶対にだせなかった味わいです。
こういう環境正義に根差した活動をする若者というと、表象においては定番のステレオタイプがあります。「安易な正義感に陶酔している自意識過剰者」とか「浅はかな勢いだけで行動している未熟者」といったイメージです。
『HOW TO BLOW UP』の若者たちはそんな固定的に描かれません。安易でも浅識でもない。各自で本当に真剣に考え抜いて行きついた結果があの行動でした。
ソチトルは地元のカリフォルニア州ロングビーチで母を熱波で亡くしていました。太平洋岸に近接するカリフォルニアはその地理的条件から異常気象の影響を受けやすく、通常では考えられない高温が近年は確認されています(San Francisco Chronicle)。熱波による死亡者も増加が報告されていますが、正確な数字は記録できていません。ソチトルの胸の内にあるのは家族を奪われた喪失感です。
マイケルは、ノースダコタ州の保留地に住むネイティブアメリカンで、先祖代々の土地を奪った石油会社に深い恨みを抱いており、それが動機です。
テキサスに暮らすブルーカラー労働者であるドウェインも、石油企業に土地を我が物顔で利用され、この計画への参加を決めます。
一方、テオは病気で余命わずかと診断され、ある種の自暴自棄になりながらも、どうせ残りの人生は友人であるソチトルのために世の中の大義に捧げようと決心。
そのテオの恋人であるアリーシャは、テオに感化されて行動しています。最期を見据えた恋人の姿に寄り添うのは相当にツラいはず…。
ローガンとローワンはベジタリアンとヴィーガンだと本人は言ってましたが、一見すると環境正義らしい土台がなく、チャラチャラしたバカップルにみえます。しかし、当人たちはあの若者勢の中でも最も貧困で実質的に車生活のホームレス状態。だからこそこの計画の終盤の鍵となる大きな役割を果たすことに…。
イデオロギーを超えて集う若者たち
『HOW TO BLOW UP』のそんな「爆破」の道を選ばざるを得なかった若者たち。印象的なのは、党派や信仰などのイデオロギーを越えて、結果的に行動を共にしているということ。環境正義的な行動をとる人はみんなリベラルとか、左派とか、進歩主義とか、そう思われやすいですけど、そうじゃないんですね。
これは実際に環境正義活動家をみているとわかるのですが、確かに狭いコミュニティだと似た主義が寄り集まりやすいですけど、現実的に環境破壊企業に虐げられるのは、イデオロギーは関係なく、広範な人たちです。本作はその構造をよく現していました。
例えば、ドウェインは典型的な保守系の白人家庭で、あの一時作業場の家でちょっとした息抜きがされている間もあまり馴染めておらず、キリスト教を皮肉るジョークにも顔をしかめています。
ソチトルは大学でも石油企業との金銭関係撤退を促す非暴力的な活動を同年代の”環境正義”仲間とやっていましたが、そこに限界を感じ、仲間と縁を切って退学するまでします。
ショーンは映画製作で環境問題にアプローチする道を最初は選んでいましたが、こちらも限界にぶちあたり、映画ジャーナリズムに失望して、あの計画に身を投じ、ドウェインを誘います。
共通するのは「既存のやり方・コミュニティではダメだ」という結論です。それがあの「なぜサボタージュするか?」という問いへの答えになっています。
本作は冒頭とラストで、黄色いチラシが登場し、「財産を破壊する理由」が明示されるのですが、それがこの映画が全体を通して伝えることでもありました。
作中で「財産を破壊するのは自衛」なのだと言います。おそらく狙った演出でしょうけど、ローガンは石油パイプラインの監視員に発見された際、発砲されて負傷します。当然、この発砲は「自衛のため」なのでしょう。それが許されるなら、地球環境を破壊する行為を食い止めるために財産を破壊するのも「自衛」になるのでは?と、この映画は暗に問いかけているようです。そして、今回の財産の破壊は問題視するのに、企業側に寄る人命への傷害は正当化される…ダブルスタンダードも映し出して…。
この終盤の演出加減も上手かったと思います。極端にもの凄い成果をだせたわけでもなく、静かに反抗の火を延焼させている感じ…。わざとらしく「倫理観を問います」みたいな中立仕草をしていないのもいいです。
エンディングまで驕り高ぶることもなく、ここまで環境正義の重みを描けた映画はそうそうないと思うので、『HOW TO BLOW UP』は”環境保護”映画史に残る一作だったのではないでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
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・『炎上する大地』
作品ポスター・画像 (C)Wild West LLC 2022 ハウ・トゥ・ブロウ・アップ・ア・パイプライン
以上、『HOW TO BLOW UP』の感想でした。
How to Blow Up a Pipeline (2024) [Japanese Review] 『HOW TO BLOW UP』考察・評価レビュー
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