傘は無意味です!…映画『ACIDE アシッド』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス(2023年)
日本公開日:2024年8月30日
監督:ジュスト・フィリッポ
動物虐待描写(ペット)
あしっど
『ACIDE アシッド』物語 簡単紹介
『ACIDE アシッド』感想(ネタバレなし)
フランスの天気は酸性雨です
最近は「酸性雨」の話題は聞きません。
酸性雨とは読んで字のごとく、平常よりも酸性な雨のこと。1960年代にその有害性は大きく注目され、主要な環境問題となりました。しかし、1970年代から大気汚染規制を各国が続々と実施し、1983年に発効された「長距離越境大気汚染条約」など、国際的な連携の取り組みも加速。二酸化硫黄や窒素酸化物などの原因を大幅に削減しました。結果、酸性雨の発生はかなり減少しました。
しかし、今も酸性雨が生じている国や地域はありますし、酸性雨の長期的な悪影響のメカニズムなど科学的に判明していないことがたくさんあります。
環境問題の話題上位から外れても酸性雨が消えたわけではないのです。
今回紹介する映画はそんなちょっと話題性を失いかけて忘れられてきている酸性雨がスクリーンで猛威を振るう(振るってほしくはないけども)、容赦のないディザスターパニックです。
それが本作『ACIDE アシッド』。
最近は『ツイスターズ』で竜巻がディザスターパニック映画の活況を取り戻しましたが、酸性雨はどうなのでしょうか。
「酸性雨って地味じゃない…?」と思ったそこのあなた。『ACIDE アシッド』は心配いりません。この映画の酸性雨は、人の肌や車も溶かすくらいに強力な酸性です。硫酸が降っているようなものです。当然、阿鼻叫喚の地獄絵図となります。
面白いのは『ACIDE アシッド』はフランス映画だといこと。あまりディザスターパニックを撮るような印象のないフランスですけども、たまにはハリウッドも作らないようなコテコテの設定の要素を一部借用した変わった映画を作ってくれますね。フランスもアート系映画館から若者は離れつつあるらしく、こういうジャンル系の映画との間でバランスをとろうという試行錯誤しているようで、いろいろ業界の変動期なんでしょうね。
『ACIDE アシッド』もアート系とジャンル系の中間みたいな感じもありますし…。
今作では、フランスで暮らすとある家族が、いきなり降り注ぐ異常な酸性雨に見舞われ、生存はもちろん家族の関係も揺らいでいくという定番の流れとなっています。
『ACIDE アシッド』を監督するのは、フランス人の“ジュスト・フィリッポ”。2020年に『群がり』という作品で長編映画監督デビューを果たし、イナゴ養殖で生計を立てる母親がしだいに現実との境を失いながら不安定になっていくという心理をイナゴの群れに襲われるパニックで表現するという独特な映像を生み出していました。
“ジュスト・フィリッポ”監督は、2018年にこの酸性雨を主題にした短編を作っており、今回はそれを長編映画化したかたちとなります。なので“ジュスト・フィリッポ”監督にとってはこの作品を弄り回して扱うのは手慣れているのかな。
『ACIDE アシッド』に出演するのは、『冬時間のパリ』や『ベル・エポックでもう一度』の”ギヨーム・カネ”、『パパは奮闘中!』や『シンプルな情熱』の“レティシア・ドッシュ”、『The Bare Necessity』の“ペイシェンス・ミュンヘンバッハ”など。登場人物の数は最小構成になっています。
直近では日本は台風が列島を直撃・横断して、各地で激しい雨を降らせているのですが、そんな降雨被害が起きている状況でこの映画の鑑賞は正直に言ってオススメしづらいところはあります。もう雨はうんざりだよという人もいるでしょうし…。
とりあえず余裕があれば、今作のひと味違った雨を安全な環境で体験してください。危険な豪雨や暴風の場合はいくら映画館に行きたくても外に出ないでね。
『ACIDE アシッド』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :アート系好きな人も |
友人 | :フランス映画好き同士で |
恋人 | :恋愛要素は無い |
キッズ | :やや大人向け |
『ACIDE アシッド』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
「カリンに正義を!人殺し!」と叫びながら、建物内になだれ込んで抗議する人たち。大勢が怒鳴り、掴みかかり、部屋を荒らし、血気盛んです。立てこもりますが、装備を整えた機動隊に突入されます。それにもものともせず、馬乗りで隊員を殴りつけるひとりの男がいました。取り押さえられるも、抵抗はやめません。
捕まったのは、北部の地方都市に住む中年男性のミシャルでした。労働者のリーダー的な存在で、今回の抗議行動でも先陣をきっていました。
ミシャルは保護観察処分を受けることになり、真っ先にある家に向かいます。そこは恋人のカリンがいて、ベッドに寝ています。完全に回復しておらず、2人は身を寄せ合って苦難を乗り越えようと気持ちを共有します。その後、手術へ向かうカリンを見守るしかできません。
一方、ミシャルの元妻エリーズは悩んでいました。寄宿学校に預けていた10代の娘のセルマが、父のミシャルが機動隊を殴りつけているインターネット上の動画を同級生が楽しんでいるのを目にし、それに怒ってその子に暴力を振るったのです。騒動の連絡を受け、すぐに娘のもとへ駆け付けるも、行為の責任は免れないものでした。
エリーズは娘のセルマとギクシャクしており、会話の糸口がありません。離婚となってしまったことをセルマは今はどう思っているのか。本音を聞くのも躊躇します。
ミシャルとセルマは今も仲が良く、今日も会っていました。のんびりとくつろいでいるミシャルの足首には追跡装置。
ニュースでは、南米に壊滅的な被害をもたらした酸性雨を降らせる危険な雲について報じられていました。どうやら大勢が退避しているらしく、相当に深刻な状況のようです。それでもフランスではどこか他人事でした。ましてやミシャルたちにとっては、そんな天気のニュースどころではなく、家族のことでいっぱいいっぱいです。
ミシャルは日々の生活のためにコツコツと働き、エリーズもセルマを気遣いながら職場を往復する毎日です。
夜、エリーズは家で物音を耳にします。窓が開いているだけでした。床が濡れたのでタオルで拭きますが、疲れ切って横になってしまいます。タオルが変色していることに気づかずに…。
翌日、セルマはいつものように授業を受けながら上空の分厚い雲が目に入ります。エリーズは職場で、何か起きているらしいことをスマホの情報で知ります。
ミシャルも職場の建物の上空で何やら変な水たまりに気づきます。エリーズは心配してミシャルに電話。2人でセルマを迎えに行くことにします。
2人は学校に到着。エリーズは降りて校内へ。ミシャルは車内のラジオで不穏な情報を知り、かなり危険な事態が間近に迫っていると知ります。
エリーズは急いで戻ってきますが、ひとりです。どうやらセルマは森での乗馬から戻っていないようで、まだ森にいるらしいとのことでした。2人は大慌てで車で探しに行きます。
渋滞にぶつかり、居ても立っても居られないエリーズは車を降り、歩いて進みます。そのとき、空が暗くなり、かなり近くで雷雲が発達していました。このままでは雨が降るのは時間の問題です。2人は車で道路を外れて草地を進みます。
そして、雨が地上に降り注ぎ…。
酸性雨の下で犠牲が家族を変えていく
ここから『ACIDE アシッド』のネタバレありの感想本文です。
酸性雨ディザスターパニックである『ACIDE アシッド』はハッキリ言って、気象学的なリアリティはほとんど皆無です。
そもそも酸性雨は一般的にあんな人をすぐさま溶かすほどに強力な酸性ではありません。平均的な酸性雨のpHは「4~5」で(pHが低いほど酸性が強い)、リンゴのpHが「3~4」なので、まだリンゴのほうが酸性です。純粋な硫酸はpHが「-12」くらいになりますから、たぶんあの本作での凶悪な酸性雨はそれくらいのpHなのでしょうか。
それにしたってそれほどの危険な酸性雨のわりには、周囲の風景はまだ緑が残っているし、それほど世紀末な環境としては描き切れていません。そこは予算的な限界を感じます。
それでも最初の酸性雨のシーンでは渋滞で立ち往生する人たちが酷いありさまになる姿を直球で映し出していますし、腐食して倒壊する橋での群衆パニックからの川に落ちたエリーズが硫酸河川状態の中で溶解して死ぬ場面は壮絶です。
ただ、この『ACIDE アシッド』は映画としては、家族の不和を描きたいのだろうなと思います。困難な状況に置かれたとき、家族が試されるってやつです。『インポッシブル』や『奈落のマイホーム』などディザスターパニックでは定番ですね。
今作の酸性雨はその舞台装置です。雨というのは、悲しい時とかに演出で使われたりしますし、映画的にも馴染みがあります。それがここまで強力な酸性雨というのはなかなかに極端ですが…。
本作の主人公であるミシャルとエリーズの夫妻は離婚状態にあります。ミシャルは完全にカリンという恋人との関係に切り替えており、エリーズはまだ取り残されている状態でした。その子どものセルマは、そんな両親に挟まれて口にできないフラストレーションを抱えています。
セルマは終始理性的でない不安定な突発的行動をとるので、ミシャルをイラつかせますが(観客の中にもイラつく人もいるでしょう)、わりとその言動は父のミシャルに似ており、ある種の自己の姿を反射しているとも言えます。
そんな家族の中核において犠牲が生じ、未熟なセルマはコントロールを喪失する中、否が応でも自分で自分をコントロールしないといけないことになっていく。親を失って子が成長するというスタンダードな家族物語が展開されていきます。
ラストのセルマが父にかける言葉といい、本作は最後にはエモーショナルな盛り上がりを避け、ハッピーエンドからはかなり距離をとって突き放したオチになっていますが、それもこの映画らしいところです。大衆向けのハリウッドのディザスター映画ではまずやらないタイプの閉幕のしかたですね(どちらかと言えばホラー映画でやりそうなエンディング)。
あの抗議運動を代表する主人公
『ACIDE アシッド』がもうひとつハリウッドっぽくないのが、冒頭の始まり方。結構びっくりする始まりで、ニュース映像で報じる現場撮影動画のような感じで、建物内になだれ込んで抗議する人たちを映します。
この抗議の詳細はわかりません。カリンがあれほどまでに傷害を負った原因も明確に示されません。
ただ、“ジュスト・フィリッポ”監督のインタビューを読むかぎり、「黄色いベスト運動」から着想は得ているようです。これは2018年11月17日から断続的に行なわれてきたフランス政府への抗議運動で、今も継続されています。燃料価格の上昇や付随する生活費の高騰、低所得労働者にまで税負担が重くなっていることなどへの反発が背景にあり、多くの低所得労働者が抗議の声をあげたものです。これによってフランスのエマニュエル・マクロン大統領は支持を大きく失い、実際、2024年に与党連合は欧州議会議員選挙で惨敗し、極右の台頭もあって与党体制を大きく変えることを余儀なくされました。
本作のミシャルはそんな低所得労働者の代表的人物であり、この映画が誰を主体にしているのかを冒頭で表明しています。
それ以外だと、酸性雨という気象災害を考えれば気候変動も暗示されますし、新型コロナウイルスのパンデミックとも重なります。みんなで避難するくだりは、難民の大移動を思わせますし、とにかくこの映画全体が2010年代後半から2020年代にかけてのフランスの社会不安を凝縮したような構成です。
そういう現代社会の集合体的なディストピアとしての肌触りは、最近の映画だと『終わらない週末』に似ている感じもします。
問題はこういう終末スリラーは今やあちらこちらに溢れかえっており、その中でも突出した個性を出し切れなかったことでしょうか。
酸性雨を最大の武器にするアイディアももっとシチュエーション・スリラーとして練ることはできたようにも思います。例えば、助けてくれたデボラの家が酸性雨で崩れ始める後半のシーンも、暗すぎてあまりよくわからず、もう少し見せ方を変えて緊張感をだしてほしかったですし…。最後の泥にハマる展開もとってつけた感じには見えました。
総括すると、アート映画としてもジャンル映画としても中間を行こうとしすぎて器用貧乏な雰囲気で終わってしまったのかな。
でもこういう気象災害、とくに環境汚染を含めたディザスターパニックはもっと挑戦してほしいですね、私の気持ちとしては。
日本にはその題材としては『ゴジラ対ヘドラ』という屈指の個性派が堂々と鎮座していますから、私の願望を言うなら、世界中で「ヘドラ」が出現して暴れまくるような映画が見たいなぁ…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
ディザスターパニック映画の感想記事です。
・『ムーンフォール』
・『ドント・ルック・アップ』
・『グリーンランド 地球最後の2日間』
作品ポスター・画像 (C)BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHE FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANEO FILMS – 2023 アシド
以上、『ACIDE アシッド』の感想でした。
Acide (2023) [Japanese Review] 『ACIDE アシッド』考察・評価レビュー
#ディザスターパニック