今からでも日本で劇場上映公開してください…映画『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2021年にDVDスルー
監督:シャカ・キング
人種差別描写
ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償
ゆだあんどぶらっくめしあ うらぎりのだいしょう
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』あらすじ
1960年代後半、アメリカで勢力を伸ばしていた黒人人民主義運動団体「ブラックパンサー党」。元窃盗犯からFBIの情報提供者に転じたウィリアム・オニールは、ブラックパンサー党のイリノイ支部に潜入し、カリスマ的指導者であるフレッド・ハンプトンに接近する。その政治的手腕で頭角を現しつつあるハンプトンは、J・エドガー・フーバー率いる捜査当局に睨まれる存在だった。そして歴史に残る事件は起こる…。
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』感想(ネタバレなし)
扱いが残念すぎませんか?
2020年の映画を対象としたアカデミー賞…もう忘れているのではないでしょうか。第93回アカデミー賞はコロナ禍のせいで例年どおりの2月ではなく4月25日に授賞式が行われたので、まだ4カ月ちょっとしか経っていないのですが、遠い昔に感じる…。いろいろありすぎましたからね…。
映画ファンの皆さんならアカデミー作品賞ノミネート作品くらいは全部鑑賞済み…と言いたいところですが、日本での正規の鑑賞の機会が最後尾になってしまった可哀想な映画がひとつある…。
そうです、本作『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』です。
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』はアカデミー賞レースでも“遅れてきた番狂わせな存在”でした。いわゆるダークホース枠。アメリカでの公開が2021年2月12日だったので、スタートがそもそも遅かったのです。しかし、評判がパンデミックに負けないほど業界内で拡大し、いつのまにやら「これ、作品賞いっちゃうのでは?」くらいの勢いに思えるほど猛烈な追い上げを見せました。
実際にアカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネートされるという絶賛っぷり。そして助演男優賞と歌曲賞を受賞し、じゅうぶんすぎるほどの功績を残したのです。これだけの目立ち方をしたら日本の目ざとい映画ファンは要注目リストに当然加えますよね。
…でも公開されない…。
ここからは日本の問題。評判はお釣りがくるほどであり、宣伝にだって困らないほどの注目度なのですが、この『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』、日本では劇場公開されなかったのです。
嫌な予感はしていました。なぜなら黒人を題材にした映画は日本では扱いが低いのが恒常化していたので。『フェンス』もそうでしたし、受賞してもビデオスルーになってしまうんですよね。日本の映画会社は「黒人の物語なんて日本の映画ファンは興味ない」と思ってるんだろうか。『ブラックパンサー』に魅了された映画ファンが日本でもたくさんいるのだから、その認識はないだろうに…。
しかし、この『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』はいつも以上の受難が待ち受けていました。なんとDVDレンタルが2020年の9月始めからで、デジタルセル配信は2022年1月5日からというじゃないですか。普通はデジタルセル配信はDVDより早い提供になるものです。それをわざわざひっくり返して、しかもデジタルセル配信を2022年という大幅な後ろに回すとは…。DVDで稼ぎたいのでしょうけど…これはむしろ商業的にも悪手なのでは…。9月ですらも遅いし、すでに話題性は薄れている。この期に及んでDVDレンタルだけとなるとますます話題にしづらくなります。今はコミュニケーションもネットがメインストリーム。デジタル配信の方が薦めやすいというのもあります。2022年に「これ、2年前の映画で…」なんてオススメするの、やりづらいですよ。
私も誰に頼まれたでもなく映画の感想を書き、映画をオススメして回るという自己満足をしていますけど、こういう提供形態が一番困る…。見れるだけありがたいかもしれないけれど、これは…。こんなんだからファスト映画やらが蔓延る隙を与えるのに…。
愚痴っぽくなりましたが、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』、本当に良作です。『ノマドランド』がアカデミー作品賞を受賞したわけですが、個人的には『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』が受賞していても良かったと思うほど。
まだ映画の内容の話をしていませんでした。物語は1960年代にアメリカで黒人差別に対抗するべく勢力を強めていった「ブラックパンサー党」の中心人物「フレッド・ハンプトン」を描く伝記映画です。このブラックパンサー党にFBIに命じられて潜入する若い黒人の視点でも描かれており、これは白人至上主義団体「KKK」に潜入する『ブラック・クランズマン』と真逆の構図ですね。本作ではこの潜入を通して白人社会からは「過激な思想の人物」と恐れられたフレッド・ハンプトンの温かみある人間性を映し出していきます。
監督は“シャカ・キング”。製作には『ブラックパンサー』の“ライアン・クーグラー”が名を連ねています。
俳優陣ですが、フレッド・ハンプトンを演じてアカデミー助演男優賞に輝いたのは『ゲット・アウト』でおなじみの“ダニエル・カルーヤ”。共演は『ホワイト・ボイス』の“ラキース・スタンフィールド”、『ムーンライト』の“アシュトン・サンダース”、『ヘイト・ユー・ギブ』の“ドミニク・フィッシュバック”、『ビール・ストリートの恋人たち』の“ドミニク・ソーン”、『デトロイト』の“アルジー・スミス”、そして『ジャングル・クルーズ』の“ジェシー・プレモンス”など。
アカデミー歌曲賞を受賞した“H.E.R.”の「Fight for You」も必聴。
ジョージ・フロイド事件のあった2020年を象徴する意義もある『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』、ぜひとも忘れずに鑑賞してほしい一作です。
オススメ度のチェック
ひとり | :必見の名作 |
友人 | :映画ファン同士で |
恋人 | :ロマンスもある |
キッズ | :歴史を学ぶ |
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):反逆の中心人物に迫る
1966年のシカゴ。夜中、バーにあがりこんで客の持ち物調査をいきなり開始して捕まえようとする帽子の黒人男。FBIだと名乗りますが、すぐに偽物の警官だとバレて店を飛び出ることに。急いで車を発進し、逃げ出せたはいいものの、すぐに本物の警官に逮捕されました。
ビル・オニール(ウィリアム・オニール)。彼は額下から血を流して本物の警官に尋問を受けています。「なぜバッジを持っていたんだ?」「バッジの方が有効だ」「キング牧師の殺害で動揺でもしたのか? マルコムXは?」…そんな煽りにも冷静に受け答えするオニール。
「罪は重いぞ」と言われ、それを免状する代わりに“ある取引”をFBIのロイ・ミッチェル特別捜査官から持ちかけられます。
一方、ブラックパンサー党のイリノイ州支部。指導者のひとりであるフレッド・ハンプトンが大衆の前に立って演説を始めます。「真の革命は見せかけの革命とは違うものだ」と熱弁し、搾取へ抵抗を語りながら「革命は文化だ」「民族衣装ではない、AK-47や装弾ベルトが必要だ」と勇ましく鼓舞。大盛況でした。
それが終わるとひとりの女性が近づいてきて、「もう少し言葉を選んだら? でも詩人だね」と優しく褒めてくれます。ハンプトンはこのデボラ・ジョンソンと親しくなります。
ハンプトンはブラックパンサー党員に戦略を叩き込みます。「戦争で勝つ方法は?」…その講義に額下に包帯で手当てされているオニールも参加していました。「大衆の力だ。政府を打倒するには大衆の意思だ」…そう論じるハンプトン。
オニールはミッチェルに命令されてブラックパンサー党に密偵として潜入し、報告していたのです。ミッチェルは「パンサーを信用するな。KKKと同じだ。憎しみの種をばら撒いている」と言います。しかし、ハンプトンは、貧しい子どもたちへの支援や、女性の人権など、幅広い社会奉仕にも尽力していました。
オニールは車を活用して運転係としてハンプトンの傍に居場所を手に入れます。今日は銃を取り出してある場所まで車で送ります。とあるバーで無料の朝食プログラムを宣伝するハンプトン。しかし、そこに「何しているんだ?」との声。ここはギャングの「クラウン」の縄張りでした。一触即発。銃を突きつけられますが、ハンプトンは冷静。そして見事にこのギャングと和解し、協力関係を築いたのです。
本当に危険人物なのか? 心が揺れるオニール。そこに事件が…。
フレッド・ハンプトンを取り戻す
伝説的な人物であるフレッド・ハンプトンの伝記映画を作る企画は以前からあったらしいですが、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』に至るまでかなりの苦労があったようです。どの映画会社も企画に積極的になってくれなかったとか。
それはブラックパンサー党に対するネガティブな印象も起因していたのでしょう。
白人至上主義団体「KKK」も過激だけど、ブラックパンサー党も過激だったじゃないか。結局は暴力で解決しようとしているんでしょ? どっちもどっちだよね…。
そんな中立風情を気取る立場からの冷笑的な「正義の暴走」を見るような目線。それがブラックパンサー党に対して付与され続けたイメージです。ジョージ・フロイド事件に端を発する2020年の「BLM(ブラック・ライヴズ・マター)」に関しても「しょせんは暴動だ」という見下した反応がありました。
でもそれは全く何も理解していない。そう言い放つのがこの『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』であり、その負のレッテルで塗りつぶされたフレッド・ハンプトンを取り戻すための映画でもありました。
フレッド・ハンプトンは『シカゴ7裁判』でも登場したのですが、あちらと比べて本作の描かれ方は愛が感じられます。
スピーチでは確かに物騒な言葉を連発してギョッとさせますが、それはレトリックに過ぎず、実際はとても博識で学問肌の人物だったことがわかる序盤。暴力とは真逆の対話によって敵対勢力とも融和。黒人だけではない、性別・貧困などあらゆるマイノリティへの目配せ、ゆえの支持率の広さ(レインボー連合)。そして愛する人への献身的な佇まい。それは最期の暗殺の瞬間さえも崩れない。
また、彼にはカリスマ性はありましたけど、現実では仲間の支えあってこそであり、そこには連帯の尊さも感じられます。
このハンプトンを演じた“ダニエル・カルーヤ”、本当に名演です。アカデミー賞では助演男優賞扱いでしたけど、どう考えても主演でしょう。『ゲット・アウト』以上に主演感あったのに。
裏切り者ではない
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』のもうひとりの主人公はオニールです。オニールのキャラクターは削っても伝記映画はひととおりは形作れます。それでも彼もこの映画に欠かせません。
彼は同じ人種に対する裏切り者だったのか。本作はそんなオニールさえも歴史の闇から救いとるような物語だったと思います。だから「裏切りの代償」という邦題の副題は全然マッチしないと思うのですけど…。
まず歴史の目撃者という役割を担い、物語に関与していくわけですが、その過程で虚実入り乱れる演出も加わりつつ、葛藤していくオニール。自分はこのまま得体の知れない白人社会に飲み込まれるのか…という恐怖はアメリカで生きる黒人の多くが感じる怖さなのでしょう。“ラキース・スタンフィールド”はこういう翻弄されている役柄を演じるのが上手いですね。
そして終盤、オニールの前に現れる帽子の黒人の男(“リル・レル・ハウリー”が演じている)。冒頭の自分にそっくりな風貌で、ちょっとおどけた感じさえある。あの不気味さ。え、自分ってこんな奴と同列だったのか…という嫌悪に近い感情。あそこは本質的にはホラー映画よりもホラーでしたね。
結局、オニールは自殺してしまいます。それはずっとハンプトンが主張してきた搾取による犠牲の結果です。ハンプトンはオニールに裏切られたのではなく、オニールを救おうとして叶わなかった。それをこの映画は引き継ぎ、オニールを救ってあげる。本作はしっかりあのブラックパンサー党の精神を受け継ぐ、正真正銘の革命の映画だったと思います。
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』が決起した次世代の革命は始まったばかり。やっとハンプトンの伝記映画が作られたわけですからね。これから他のメンバーの伝記映画も作られるべきでしょう。デボラ・ジョンソン(Akua Njeri)の伝記映画とか、絶対に価値があるし…あの党員の中にはまだまだ語られるべきストーリーがいくらでもあるはず。
その埋没した物語が正々堂々と公に創作物として再誕していくことで、それに影響を受けて自由の革命家を担う新しいパワーが生まれるはず。エメット・ティルの悲劇を原動力にしたフレッド・ハンプトンと同じように、ハンプトンの悲劇をエネルギーに変える者はいるでしょうから。
映画がそういうバトンの橋渡し役を担えるのは最高ですよね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 95%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2020 Warner Bros. Entertainment Inc., MACRO JWMH, LLC, Participant Media, LLC and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved. ユダ&ブラックメシア ユダ・アンド・ブラック・メシア
以上、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』の感想でした。
Judas and the Black Messiah (2020) [Japanese Review] 『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』考察・評価レビュー