アジア系女性は負け犬じゃない…映画『クイズ・レディー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にDisney+で配信
監督:ジェシカ・ユー
クイズ・レディー
くいずれでぃー
『クイズ・レディー』物語 簡単紹介
『クイズ・レディー』感想(ネタバレなし)
この2人が共演だなんて嬉しすぎる
私はテレビを全然観なくなってしまったので認識が浅いのですが、今、日本ではクイズ番組って何か流行っているものがあるのでしょうか?
とくに高額な賞金がでる一般参加型のクイズ番組。1990年代はクイズ王だなんだと結構もてはやされていた気がするけど…。今はそういう博識さはインターネットの登場で価値を失いつつあるのかな。すぐに検索して調べられますもんね。それに知識が深い人ならわざわざ番組で披露せずとも現代は動画配信という個人で番組を作れちゃう最強の武器がありますから、番組の必要価値はそういう意味でも薄いのかも。
今の日本は主にタレントがでて、なんとなくクイズ風なお題が出されてちょっと答える程度の、番組の間繋ぎみたいなもので、そんなに力を入れている番組はないのですかね。視聴者もクイズよりもタレントのトークが見たいのでしょうし。
でも高額な賞金がでる一般参加型のクイズ番組にしかだせないエンターテインメントの空気というものもあったと思います。普通の人がガチで挑むことによる緊張感とか、予想外の博学が垣間見えることの面白さとか、ここで発掘される天才が原石として磨かれてさらに羽ばたく可能性とか…。
もはや一般参加型のクイズ番組はノスタルジーを感じるコンテンツになってきているのか…。
今回紹介する映画はそんなクイズ番組に魅了された主人公を描いています。
それが本作『クイズ・レディー』です。
本作は、小さい頃からとあるクイズ番組に夢中で大人になった今でものめり込んでいるアジア系の女性を主役にしたアメリカ映画。その女性は日常では冴えない目立たない生活を送っているのですが、クイズ番組を見続けてきたことで知識量だけは誰にも負けません。そんなくすぶっていた女性が、その愛してやまないクイズ番組に出演することになる…というのがだいたいの流れ。
わりとベタなアメリカン・ドリームのロードムービーなのですが、姉妹映画でもあり、主人公は疎遠だった姉との関係を見つめ直すことになり、そこが物語の中心となります。
クイズ番組を主題にした映画なんてものは、『クイズ・ショウ』から『スラムドッグ$ミリオネア』までいろいろありますけど、『クイズ・レディー』はシンプルなコメディなのでそこまで意外性などで勝負しているところはありません。
ただ、本作『クイズ・レディー』の個性はその王道のストーリーをアジア系女性2人を軸にやっていることです。まだまだアジア系主体のコメディ映画がとても少ない中、このアジア系女性2人の主導でコメディが成立しているのは貴重です。こういう映画、どんどん増えていってほしいな…。
そんな主役2人はアンサンブルが大事です。でもこの2人なら何も問題なし。
ひとりは、ハリウッドで存在感急成長の“オークワフィナ”。『フェアウェル』のような温かいドラマから、『オーシャンズ8』のようなサスペンス活劇、『レンフィールド』みたいな小粒なコメディ、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のような大作、さらには『ラーヤと龍の王国』や実写『リトル・マーメイド』でも声の演技で多才さを発揮。これだけ器用な演技力は同年代の白人だったら瞬く間に賞レース常連になりそうですけど、アジア系ゆえに活躍できる機会が増えたのは最近のこと。ほんと、良い俳優です。
そしてその“オークワフィナ”と今回タッグを組むのが、“サンドラ・オー”。こちらは年配なので下積み時代がもっと長いのですが、近年はドラマ『キリング・イヴ』での大注目に始まり、ドラマ『ザ・チェア 私は学科長』では主演&製作総指揮を務めたり、やっと脇ではないメインでの正当な評価が増えてきた印象です。
この“オークワフィナ”と“サンドラ・オー”がW主演で一本の映画を引っ提げる。2人のファンにとっては贅沢すぎる作品で、ニコニコが止まりません。何よりもここまできたか…という感慨深いものもあります。アジア系女性2人が主役の映画が大手スタジオで作られるって本当に道のりは長かった…。
『クイズ・レディー』を監督するのは、一人っ子政策や中絶反対運動など世界の出生にまつわる動きに翻弄される人々を追ったドキュメンタリー『Misconception』を手がけた中国系アメリカ人の“ジェシカ・ユー”。“サンドラ・オー”とはエピソード監督を務めたドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』での接点があります。
制作スタジオには、“ウィル・フェレル”と“アダム・マッケイ”が女性に焦点をあてた作品を手がけるために設立に関わった「Gloria Sanchez Productions」が参加。このスタジオは、これまでも『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』『ハスラーズ』『ユーロビジョン歌合戦 ファイア・サーガ物語』『バーブ&スター ヴィスタ・デル・マールへ行く』『シアター・キャンプ』など、良質なコメディを生み出しており、目が離せませんね。
なお、本作は『ピーウィーの大冒険』でおなじみの“ポール・ルーベンス”の遺作となっています。
『クイズ・レディー』は残念ながら日本では劇場未公開で、「Disney+(ディズニープラス)」での配信となりましたが、元気をもらえる映画なのでぜひ。
『クイズ・レディー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :明日の元気に |
友人 | :気楽に満喫 |
恋人 | :気分をリラックス |
キッズ | :子どもでも観れる |
『クイズ・レディー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):答えは知っている
「Can’t Stop the Quiz」…それがアンの子どもの頃からのお気に入りのクイズ番組でした。名物司会者のテリーが饒舌に番組を仕切り、出演者たちは次々とバラエティー豊かなクイズを出題され、それに答えていく。アンはその番組が映るテレビに釘付けになり、いつしかこれ無しでは生きられないような人間になっていました。
現実では今はただの地味な職場で働くひとりの人間です。職場内での影も薄く、おそらく誰も自分のことを覚えていないのではという気がします。
大人になった今でもあのクイズ番組は欠かさずに見ています。愛犬と一緒にひとり暮らしの家で、テレビを眺めてクイズの世界に浸る。それくらいしか現実逃避できません。
ある日、高齢の母がいる介護施設から電話がかかってきて、急いで駆け付けます。急を要する事態のようで、まさかついにあの母が亡くなったのかと覚悟を決めて施設の受付に立つと、どうやら違うようです。
なんとあの母は施設を抜け出して逃走したようで、しかも、母の態度があまりに悪いのでもう施設側もこれっきりで退去してくれということでした。
うんざりしていると、施設担当者は姉のジェニーも呼んだと言います。案の定、何もわかっていない姉が血相を変えて施設の入り口に現れました。完全に母が死んだと思っており、喪服になりそうな黒いファッションをとりあえず着てきただけの状況。姉に事情を説明し、一応はわかってもらいます。
アンは姉のジェニーと疎遠です。自分勝手でいつもひとり暴走する姉にも昔から迷惑していました。
ひとまずジェニーはアンの家に一旦居座ります。アンはいつもどおり例のクイズ番組を視聴しだし、どんどん出題されるクイズを出演者よりも速い速度で答えていきます。全問正解です。そんな様子にジェニーも驚愕します。
ところが厄介なことが起きました。原因はやっぱり姉です。
面倒なことに、ジェニーはあのクイズ番組を視聴しながら正解を口にだしていくアンの姿を隠し撮りしており、ネットにあげてしまったのです。それはなぜだかたちまちバズってしまい、「クイズ・レディー」として一夜で有名人になってしまいました。
職場にさえも知られ、今さら馴れ馴れしく話しかけてきたり、恥ずかしい状況に気まずいだけ。
さらに追い打ちになる出来事が発生します。母親の借金を返済するよう要求する高利貸しの目にもとまってしまい、肩代わりとしておカネを用意できるまであの愛犬を奪われてしまったのです。
唯一の心の友を引き離されてしまい、アンはパニックです。元凶のひとりであるジェニーはある妙案を思いつきます。
それだけクイズが得意ならあの番組にアンが出演して、高額報酬をゲットすればいいと…。
2人の掛け合いだけでも満足
ここから『クイズ・レディー』のネタバレありの感想本文です。
犬が誘拐されて(和牛を食べさせてもらって元気です)、なんかお姉ちゃんとギャーギャー喧嘩しながら、車で旅して、そして一攫千金のチャンスに飛び込む…。『クイズ・レディー』のバカバカしいストーリーはアメリカン・ドリーム流コメディの方程式に綺麗すぎるほどに則っています。
その全てに“オークワフィナ”と“サンドラ・オー”の化学反応による花火が打ちあがっており、このペアを組ませた人、本当に大正解です。
“オークワフィナ”演じるアンはいかにも影の薄いキャラクターで、私生活でも職場でも「地味・オブ・地味」。『フェアウェル』とかに近い大人しいキャラクターです。これだけだとどうしてもアジア系のステレオタイプになりやすいという表象上の欠点のほうが心配になってきます。
しかし、ご安心あれ。そこに“サンドラ・オー”演じるジェニーが加わることで、もうそんな懸念は吹き飛びます。このジェニーが、まあ、とにかく楽しいキャラクターで、手当たり次第に人生を謳歌しまくっています。ファッションセンスもその他の言動も何もかも「規範など知ったことか!」というフリーダムさです。ウザいお姉ちゃんキャラがぴったり似合いすぎている…。
アンも大人しさに収まらず、スイッチはいればアカデミー賞の最優秀作品賞受賞作を全て暗唱できるくらいのパワーはありますし、この本気モードなら姉も圧倒できます。
“オークワフィナ”と“サンドラ・オー”って30代と50代で実際は年の差がかなりあるのですけど、この2人を並べて姉妹にすると楽しさ倍増で…。“サンドラ・オー”に引っ張り回される“オークワフィナ”という関係図がいいですね。
ギャグのネタとしては全然普通で、どっかで見たようなことしかしてないんですけども…。ドラッグでハイになってよくわからない幻覚空間に没入するアホっぽさとか。“ハリー・スタイルズ”の「Watermelon Sugar」を使ってくるとは思わなかったけども。
でもやっぱり2人ともがアジア系であるからこその、暗黙のうちに押し付けられがちな人種的な役割を全く気にせずにやりたい放題できる楽しさってあると思います。それはとても大切で、そして今まで分かち合いづらいことだったんですよね。
クイズ王のその先へ
『クイズ・レディー』は確かにアジア系主導の映画なのですが、テーマ自体がアジア系のステレオタイプに陥らないように軽妙に回避していて、そこもなんだか落ち着きます。
例えば、アジア系だと「家族」が主題になることが非常に多いです。家族の確執、とくに親から子への抑圧とか、そういうアジア圏の家庭観にこびりついている保守性などです。
本作も最初は母親絡みの問題が起点になるのですが、だからといって母との融和みたいな方向に持っていくこともありません。あのギャンブル依存症の母はとりあえず適度に放っておき、それよりも自分たちの幸福を追求しようというスタンスになります。この肩の力を抜く感じがいいです。
結婚などの恋愛関係の話題に突き進むわけでもないのもいいですよね。いや、恋愛を描くのもアジア系にとっては軽視されてきた題材なので大切なのですけども(『好きだった君へ』シリーズとか『クレイジー・リッチ!』とか)、そればっかりになるのも偏るので…。
人種差別もそんなに真正面で取り上げません。車で移動中に対向車に罵倒され、「レイシスト!」と文句を言ったら、相手もアジア系だった…みたいなオチで和んだり…。かと思えば終盤でライバルの出場者のロンが自分が負けたことを認めずに、アンたちは中国人だからズルをしたんだというようなことを口走って、ジェニーが「ガチのレイシストじゃん…」とツッコむなど、しっかり指摘するときは指摘しているので、バランスもちょうどいいです。
物語全体としては、このアメリカ社会でアメリカン・ドリームの例外として見向きもされないようなアジア系女性がいかにして自己肯定を見い出せるのかという、とても真面目に寄り添った内容でした。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』ほど摩訶不思議ではないけども、ちゃんと同じテーマ性です。
アンはテリー(綺麗な“ウィル・フェレル”)からクイズ番組への情熱を受け継ぎ、番組のライターになるというやりたい仕事を見い出し、これまた良い着地(ライターの仕事に正当な尊厳と対価を! ストライキは終わったけどあらためて)。
真面目だけども、姉妹の仲直りはあのアホらしいジェスチャーゲームで再構築していく展開も、ほど良い匙加減だったと思います。いいんです、これくらいのマヌケさで…。
個人的にはまだこの“オークワフィナ”と“サンドラ・オー”のペアを観ていたくて、映画が終わってしまうのが名残惜しかったのですが、こういう映画をいっぱい作ってほしいなと強く感じるエネルギッシュな一作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 81%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
オークワフィナが出演している映画の感想記事です。
・『レンフィールド』
・『シャン・チー/テン・リングスの伝説』
・『フェアウェル』
作品ポスター・画像 (C)20th Century Studios クイズレディー
以上、『クイズ・レディー』の感想でした。
Quiz Lady (2023) [Japanese Review] 『クイズ・レディー』考察・評価レビュー