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『ミーシャと狼』感想(ネタバレ)…ホロコーストを逃れてオオカミと暮らした少女?

ミーシャと狼

ホロコーストを逃れてオオカミと暮らした少女は真実なのか?…Netflixドキュメンタリー映画『ミーシャと狼』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Misha and the Wolves
製作国:イギリス・ベルギー(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:サム・ホブキンソン

ミーシャと狼

みーしゃとおおかみ
ミーシャと狼

『ミーシャと狼』あらすじ

アメリカのマサチューセッツ州の平穏な町に引っ越してきたベルギー人の女性。彼女はおもむろに自分の過去を語りだす。それは信じがたい驚くべき物語だった。幼い頃、ナチスによる人類史上最悪の残忍な歴史として刻まれるホロコーストを逃れ、ひとり森を彷徨い、やがてオオカミの群れと暮らしながら旅を続けた…。世間はそんな悲痛で神秘的な物語に同情した。ところがこの物語の裏にはさらなる衝撃が…。

『ミーシャと狼』感想(ネタバレなし)

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歴史や人生を物語にするということは…

人には語りたい自分の人生もあれば、語りたくない自分の人生もあるものです。

でも自分のこれまでの“物語”を聞かれることも多いのも事実。初対面の人に出会ったとき「今までは何をしていたの?」と質問されたり、友人や恋人とさらに親交や愛を深めるとき「昔を教えてよ」とお願いされたり、はたまた就職の面接で「過去の経験を手短に述べてください」と要求されたり…。

私はあまり自分を積極的に他者に語らない人間なので、こういう「自分の人生を語る」シチュエーションはなるべく避けたいと思いながら生きてきました。でもこの今の説明も「自分語り」のひとつですよね。意識してなくてもつい息をするように自分を語ってしまう…そういうものなのか。人生で不可避なことなのかもしれません。

人生は“物語”になってしまうのです。そうすると真実性は揺らぎます。物語化の過程で真実がそのまま正確に書き写されるとは限らないからです。本人の主観は無自覚に真実を歪めるかもですし、周囲の他者の意図が混入してしまうことも…。

しかし、私たちは人生を“物語”でしか認識できないので、その真実が脅かされる副作用を受け入れるしかなくて…。

なんだかちょっと哲学的な感じで話をしてしまいましたけど、今回の紹介する作品もまさにそういう終わりない長考に耽ってしまうくらいのテーマに踏み込んでいるものです。

その作品とは本作『ミーシャと狼』

本作はドキュメンタリーであり、ある衝撃的な物語を抱えているひとりの女性を主題にしています。ここからはネタバレになると台無しなので言葉を選ばないといけないのですが…この女性はある日、自身の子ども時代の体験を語り始め、それは世間に衝撃を与えるのです。その体験…それは自分はユダヤ人で両親は大戦時にホロコーストで収容所に送られてしまい、自分は幼い身で独りで森を逃げて生きたということ。しかも、その森でオオカミと共に暮らしたというのです。

まさに驚きの告白。確かにホロコーストによって人生を引き裂かれたサバイバーは世界中に散らばっています。ドキュメンタリー『アウシュビッツの会計係』でもわかるように、まだ何の罪にも問われずにのうのうと生活している元ナチスも世界にいます。ホロコースト生存者が近所にいたのはびっくりですが、それ自体は異例でもありません。

それでも幼少期に孤独なまま森で生きることになり、しかもオオカミの群れに育てられたとは…。にわかには信じたがたい“物語”。それこそ映画みたい…。

『ミーシャと狼』はそのアンビリーバブルな実話を掘り起こしていくドキュメンタリー…ではない。なんとそれで終わらない、この“物語”には“物語っていない”裏があった…!

はい、もうこれ以上は鑑賞前の人には明かせない。でもドキュメンタリーのオチとしては「そこに着地するのか…」という意外さもあります。

何といいましょうか、なんらかの歴史・事件に基づいた、もしくはそれらを素材にした「物語」を創作しようとしている人は必見だと思います。または自分の経験した人生を「物語」にしようとしている人とか。それに映画でたくさんの「物語」に触れて楽しんでいる、私のような映画好きにも他人事ではなく観てほしいです。結構、ギクっとなる指摘も飛び込んできたり…。単なる歴史ドキュメンタリーというだけでなく、「物語とは何か?」という問いかけすら感じられる、奥行きに驚くドキュメンタリーです。

監督は『The Kleptocrats』(2018年)などこれまでも多くのスキャンダラスな出来事を取り上げてきたドキュメンタリー作家の“サム・ホブキンソン”

約90分ほどなので空いている時間にぜひ観てみてください。

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『ミーシャと狼』を観る前のQ&A

Q:『ミーシャと狼』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年8月11日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:映画好きもぜひ
友人 3.5:興味ある者同士で
恋人 3.0:ロマンスな空気は無い
キッズ 3.5:歴史を学ぶ
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『ミーシャと狼』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ミーシャと狼』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):信じがたい驚くべき物語

「あの話には本当に打ちのめされました」

物語を聞いた人はみんなこう口にする。その物語の主人公にして語り手。その名前は「ミーシャ・デフォンスカ」

彼女は1980年代後半、夫婦でみんな顔見知りの小さな町であるマサチューセッツ州のミリスに引っ越してきました。夫はモーリス。このベルギー人の夫婦を町は温かく迎え入れます。ミーシャは動物とすぐに仲良くなれる性格で、家にはたくさんの猫がいました。人当たりも良く、悪い人間には見えません。

そのミーシャはある日、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)で、自分の幼少期の出来事を語りだします。

まだ7歳の少女だった頃、迎えに来てくれるはずの父親が現れず、知らない家族のもとに引き取られたというのです。実はミーシャの両親、母はゲルーシャ、父はロベール、苗字はわからないのですが、とにかくその両親は強制収容所に連れていかれたのでした。子どもだったミーシャはカトリックのド・ワーイル家に引き取られ、モニークという新しい名前を与えられました。つまり、ミーシャはホロコーストのサバイバーだったのです。

しかも、それだけでは終わりません。見知らぬ新しい家族に放り込まれて疎外感を感じたミーシャ。愛してくれませんでした。けれどもおじいさんだけ優しくしてくれて、本当の両親はドイツにいると教えられました。幼かったミーシャはそんなに遠くないだろうと考え、自力で「東」としか認識せずに捜すことにしました。

家出をしたミーシャ。ドイツまでの距離感など理解しているはずもありません。持ち物は、食べ物、飲み物、ナイフ、コンパス。ひたすらに森を歩いてもどんどん疲弊するだけ…。農場から食べ物を盗みつつ、なんとか生き抜きます。

それでも森で暮らす野生動物に魅了されていき、自然の中の生き方に憧れを持つようになります。動物に言葉は要らない。幼い孤独な少女の寂しさを紛らわし…。

森での暮らしが始まってからある日のこと、誰かに見られている気がして振り返るとオオカミが1頭いました。美しい灰色のメス。仲間が欲しかったミーシャは時間をかけて近づいていき、並んで歩けるようになりました。そして群れに受け入れてくれて、守ってくれるように。

こうしてミーシャは絶望から救われたのでした。

90年代前半。小さな出版社を経営していたジェーン・ダニエルはこのミーシャの驚くべき物語を耳にします。これはきっとスゴイ話題になる。そう確信したジェーンは出版を持ちかけます。

そんなこんなで出版されたミーシャの物語。これは一気に世界の出版社が注目し、翻訳権欲しさにコンタクトをとってくるようになりました。あのディズニーさえも関心を示してきます。そして名番組の司会者であるオプラ・ウィンフリーも取り上げるかもという話まで…。

しかし、事態は思わぬ方向に転がりだします。それは誰も予想していなかった衝撃の結末に…。

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人は物語を信じたくなる

はい、オチです。ミーシャ・デフォンスカの語った物語はでした。ホロコーストのサバイバーでもなく、ユダヤ人でもなく、森を彷徨ったこともなく、オオカミに育てられてもいませんでした。虚偽、虚構です。

ではなぜ大衆は騙されたのか。もちろん物語がホロコーストを題材にしていたからというのも大いに無視できないことです。ホロコースト体験を安易に疑うなんて、それこそ反ユダヤ系のネオナチみたいな言動になってしまいます。センシティブである以上、そんな疑いはかけづらいです。

ただ作中でも指摘があるとおり、このミーシャ(本名はモニーク)の創作物語を実話のようにしたのは周囲の人間の力でもありました。「人は真実であることを望む。その貪欲さがこの物語を後押しした」…まさしくその見えざる作用が働いた結果です。

例えば、同情心。人は同情できる可哀想な物語に弱いです。おカネを儲けたいという欲もあったでしょう。そうでなくても「この物語を多くの人に知ってほしい」という拡散意欲はきっと多くの人にあったはず。邪悪なナチスから純真な子どもが大自然の恵みによって生き延びる奇跡…道徳的で神話的な物語。飛びつかないはずはありません。

これらは何も今回の話題だけでなく、SNSなど情報が飛び交う世界なら日常的に起きてしまうことですよね。真実かどうかよりもキャッチーな物語に惹きつけられる。デマが拡散しやすい理由とも一致します。

それにしても真実を知ってしまうとミーシャ(モニーク)がジョニ・ソフロンの飼育オオカミと触れ合ったエピソードとかが途端に茶番に思えてきますが、人は先入観があると何でも「あ、これはオオカミに育てられたからなんだ…!」と都合よく脳内変換してしまうものなんですね。滑稽さがよくわかる…。

それにしても映画公開日の翌日に真実が暴露されるのは…映画会社や俳優が可哀想だったなぁ…。ちなみにその映画『ミーシャ ホロコーストと白い狼』は今では日本で観るにはレンタル店で探すしかないですが、翻訳されているので鑑賞はできます。

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人は物語で救われたいと思うようになる

一方で、このミーシャ(モニーク)の創作物語は全てが嘘というわけではなく、部分的に事実を基にしていました。本当に父であるロベールはベルギーがナチスに攻め入れられたとき、抵抗軍として活動し、諜報活動までしていました。しかし、両親はナチスに捕まり、父は娘を守るべく、抵抗軍の名簿をナチスに渡して仲間を売り、収容所で死ぬことに…。

ミーシャ(モニーク)は「ナチスによる犠牲者」、そして「母国の裏切り者」…2つの顔を持っていました。

ここが事態を複雑にします。もしミーシャ(モニーク)が実はナチスの子でした!とかだったら話は簡単だったんですよ。善悪で片付けられたでしょう。でもそうではない。

つまり、ミーシャ(モニーク)は自分のツライ境遇を物語で緩和しようとしたのかも…しれない。それはたぶん多くの人は似たりよったりなことをした経験があるのでは? 現実を直視するのは苦しすぎるので物語にして乗り越える。それは一般的にはそう悪いことでもない。でもこのミーシャ(モニーク)は一番ダメなラインを大きく踏み越えましたけどね。

ミーシャ(モニーク)が今も「オオカミは空想の中の友達」とコメントしているのも、そうでもしないと幼少時代の苦しさを乗り越えられなかったんだと思うと…。

ベルギーでの調査に協力した実際のホロコースト・サバイバーであるイヴリン・ヘンデルの最後のコメントも切ないです。立場上、怒り心頭になるのも当然であろうに「多少理解できるような気がする」という共感性を捨てきれないのですから。あの時代を知る当事者だからこそなおさらそう思うのでしょうけど…。

最近だと映画になった『異端の鳥』も同様の問題性を抱えていましたね。

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検証は健全な物語には欠かせない

『ミーシャと狼』を観ていて思うのは「物語」というものに私たち人間はあっけなく心を奪われて頼ってしまうという弱さ。同時にそれに対抗する方法も提示しています。「検証」です。

ホロコースト・サバイバーであるイヴリン・ヘンデルの調査の姿は印象的でした。「文書化されていない、隠された子どもかもしれない」「ユダヤの子を隠すために死んだ名前の子を使うことがある」など念には念を入れる慎重さで当事者に配慮を重ねながらの検証の繰り返し。

本来はこの検証は出版前にすべきことなんですけどね。そうだったらこんな問題にならなかったのに…。

これは物語を創作するクリエイターにとって心に刻むべき教訓です。自分であれ他者であれどんな歴史や史実を素材にするにしても徹底して検証すべし…という。歴史を踏みにじっていないか、当事者を愚弄していないか、都合いいように改変していないか…。自分勝手に物語に酔いしれないためには、検証をサボることはできませんね。

映画好きな私としては映画の物語に陶酔しすぎないためにも、もっと歴史や当事者に目を向けることを忘れないようにしようと心をあらたにしました。

『ミーシャと狼』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 74%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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関連作品紹介

ホロコーストを題材にした作品の感想記事です。

・『否定と肯定』

・『マウトハウゼンの写真家』

・『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』

作品ポスター・画像 (C)Netflix ミーシャとオオカミ

以上、『ミーシャと狼』の感想でした。

Misha and the Wolves (2021) [Japanese Review] 『ミーシャと狼』考察・評価レビュー